128話
花の用意はできた。さて、ここから向かう航海の道は正しいのか。
「監督は一九五六年、日本から出航した宗谷という船をご存知ですか?」
ガイドとしてベアトリスは、答えまで導く。そこには辛く悲しいと感じることもあるかもしれない。だが、迷わず突き進む。
問われたサミーはすぐに否定する。記憶にない。
「いや、聞いたことないな。船といったら私達にはタイタニックだからね」
映画で船、といえばやはりタイタニック。氷山にぶつかったせいで船に穴が空き、そこから海水が入ってきて、と言われているが、本当のところは元々燃料庫で火災があったなど、様々な事柄が要因だった、とも言われている。
ひとつひとつ、順を追うベアトリス。イメージしやすいように、一応詳しい部分は下調べはしておいた。
「その船は南極観測隊を乗せ、翌年南極に到着しました。氷点下四五度、最大風速六○メートル、まさに死と隣り合わせの観測です」
寒い、と理解する前に凍りついている世界。三〇分でも外にいれば『シャイニング』のラストのようになってしまうだろう。
「最初こそ順調でしたが、食糧も不足しだし、宗谷にもトラブルが起き始め、隊員達の不安は日に日に募るばかりでした」
確実に近づく死の足音。どれほどの恐怖だったのか、想像もできない。生まれ育った地から遠く離れた場所。宇宙に行くほうが距離的には近い。
「そんな彼らにとっての最大の楽しみは、家族からの電報でした。ですが、今の時代と違ってメールなんてものはありませんから、モールス信号を介した簡単な文章。それでもかかる費用は莫大なものになったそうです。だからできるだけ短くと制限されていたそうです」
生きるための糧、感情を揺さぶる。そのためだけに、とわずかな気力を振り絞って、極寒の中で生き抜く男達。
「そして自分宛の手紙を隊員達で披露し合い、共有して楽しんでいたそうです。その中で一通、とある隊員に向けられた奥様の電報がありました。他の電報は近況や隊員の体を気づかうものでしたが、それを見た他の隊員達も涙ぐんだそうです」
元気でやっているか、子供が大きくなった。そんな他愛のない会話にすら幸せを感じる。そんな中で、ひときわ短い電報。
息を呑んでサミーはのめり込む。まるで映画だ。
「……それで、どんなことが書かれていたんだ?」
他の隊員まで巻き込むほどの熱量。それは一体。
ベアトリスは、心を込めて告げる。
「たった三文字、『アナタ』と」




