12話
聞き手にまわったベアトリスは一口グラスに口をつけ、舐めるように少量口に含む。やはり美味い。自分が選んだのだから当然か、と自画自賛し、それが喉元を過ぎると話し手にまわる。実は聞き手はあまり得意ではない。
「ずいぶんと私を過大評価しているみたいだな」
「少なくとも、あたしはそう思いました。あれくらいズバっと言ってくださらなかったらきっと……」
どうも食い下がるという選択肢しかないらしい。しかしベアトリスはそういう輩は嫌いではない。
「ただ私は、お前があのままズルズルと痛みを抱えるより、ちゃっちゃと楽になるようにしたかっただけだ、侮るな」
それは、ぶっきらぼうで不器用な優しさだった。
フローリストとは、お客様がいて初めて成り立ち、初めて成長を実感できる。ベアトリスはそれを誰よりも理解している。その根底にあるのは花とお客様への『愛』と『感謝』。それは揺るがない。喋るのは花、なら自分は少しくらい口不調法な方がちょうどいい。それがベアトリスなりの根底の表現の仕方なのかもしれない。
十人十色の、それこそ百人百色千人千色。
ベルは小悪魔的に思えていたベアトリスの想いを、本人に言えばまたけなされるだろうが、心で受け取った。目頭が熱くなり、隠そうと下唇を噛む。その涙は先の悔しさなどからきたものではなく、嬉しさからだった。
「それに――」
まだ話が終わっていなかったらしく、俊敏に潤んだ目をベルは合わせる。
「私が言わなくても、シャルルがなんとかしただろうしな」
「シャルル君が、ですか?」
「あいつは私の弟だ、それくらいできなくては困る。それになかなか面白いアレンジが見られそうだ。そうか、あいつもそこまで考えられるようになったか」
舌なめずりをするそのベアトリスの姿に、ベルはどこか官能的なものを感じた。まじまじと観察してみると、そこかしこにシャルルと似ていることに気付く。姉弟なら当然なのかもしれないが、ちょうど自分内のベアトリスの株が上がったところだったので、目頭に続いて頬が熱くなる。少しくらい口下手な妹もいいかも、と。どうも惚れやすいタイプのようだ。
コトッ、と飲み終えたらしいベアトリスがグラスを置いた。
それを見計らったように扉が開く。
「おい、私の分も持ってきただろうな」
「もちろん。姉さんが飲み終わるタイミング、もうすっかり慣れたよ」
その言葉通り、トレーには新たな二つの気泡のたつシャンパングラス。それをまた無駄のない動きでシャルルはテーブルに置いた。すでにそれを何回もこなしてきたことは動きを見ればわかる。
「ありがと。この林檎の香り、なんか癒されるね」
「ええ、林檎の香りは精神的疲労や筋肉弛緩、不安解消に鎮静作用など、リラックスできる香りの一つとも言われています。アロマとしても売っているくらいですから」
豆知識に「そうなんだ」と手にしたグラスの中で元気に弾ける泡に語りかけるが、もちろん答えてはくれないので、独り言ちりつつ口に含む。二杯目も変わらず美味い。
「なんだ、お前は飲まんのか。それか私のシードルが飲めないのか? 今日は無礼講だ、気にせず飲め」
「無礼講って……それじゃ、いただきます」
半分ほど飲み終えたグラスをベアトリスはシャルルに手渡す。トレーを脇に抱え直し、両手で丁寧に受け取ると、そのままクイッと二口で飲み干した。
その姿をベルはじっと見つめていた。が、ふと、
(あれ? それって……間接キス? いや、でも姉弟だしそれくらいは別に……そういえば、漫画で瀕死の人に口移しで水を飲ませるシーンがたまにあるけど、それって実は器官に入ったりする危険性がある、ってそれは直接キスだし、そもそもキスは挨拶だし、いやでもこの二人だとなんかあたしの心が落ち着かな――)
「あの、ベル先輩、どうかなさいましたか?」
「え? いや、その……ナンデモナイデス……」
「?」
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