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Sonora 【ソノラ】  作者: じゅん
オーベルテューレ
12/318

12話

 聞き手にまわったベアトリスは一口グラスに口をつけ、舐めるように少量口に含む。やはり美味い。自分が選んだのだから当然か、と自画自賛し、それが喉元を過ぎると話し手にまわる。実は聞き手はあまり得意ではない。


「ずいぶんと私を過大評価しているみたいだな」


「少なくとも、あたしはそう思いました。あれくらいズバっと言ってくださらなかったらきっと……」


 どうも食い下がるという選択肢しかないらしい。しかしベアトリスはそういう輩は嫌いではない。


「ただ私は、お前があのままズルズルと痛みを抱えるより、ちゃっちゃと楽になるようにしたかっただけだ、侮るな」


 それは、ぶっきらぼうで不器用な優しさだった。


 フローリストとは、お客様がいて初めて成り立ち、初めて成長を実感できる。ベアトリスはそれを誰よりも理解している。その根底にあるのは花とお客様への『愛』と『感謝』。それは揺るがない。喋るのは花、なら自分は少しくらい口不調法な方がちょうどいい。それがベアトリスなりの根底の表現の仕方なのかもしれない。


 十人十色の、それこそ百人百色千人千色。


 ベルは小悪魔的に思えていたベアトリスの想いを、本人に言えばまたけなされるだろうが、心で受け取った。目頭が熱くなり、隠そうと下唇を噛む。その涙は先の悔しさなどからきたものではなく、嬉しさからだった。


「それに――」


 まだ話が終わっていなかったらしく、俊敏に潤んだ目をベルは合わせる。


「私が言わなくても、シャルルがなんとかしただろうしな」


「シャルル君が、ですか?」


「あいつは私の弟だ、それくらいできなくては困る。それになかなか面白いアレンジが見られそうだ。そうか、あいつもそこまで考えられるようになったか」


 舌なめずりをするそのベアトリスの姿に、ベルはどこか官能的なものを感じた。まじまじと観察してみると、そこかしこにシャルルと似ていることに気付く。姉弟なら当然なのかもしれないが、ちょうど自分内のベアトリスの株が上がったところだったので、目頭に続いて頬が熱くなる。少しくらい口下手な妹もいいかも、と。どうも惚れやすいタイプのようだ。


 コトッ、と飲み終えたらしいベアトリスがグラスを置いた。


 それを見計らったように扉が開く。


「おい、私の分も持ってきただろうな」


「もちろん。姉さんが飲み終わるタイミング、もうすっかり慣れたよ」


 その言葉通り、トレーには新たな二つの気泡のたつシャンパングラス。それをまた無駄のない動きでシャルルはテーブルに置いた。すでにそれを何回もこなしてきたことは動きを見ればわかる。


「ありがと。この林檎の香り、なんか癒されるね」


「ええ、林檎の香りは精神的疲労や筋肉弛緩、不安解消に鎮静作用など、リラックスできる香りの一つとも言われています。アロマとしても売っているくらいですから」


 豆知識に「そうなんだ」と手にしたグラスの中で元気に弾ける泡に語りかけるが、もちろん答えてはくれないので、独り言ちりつつ口に含む。二杯目も変わらず美味い。


「なんだ、お前は飲まんのか。それか私のシードルが飲めないのか? 今日は無礼講だ、気にせず飲め」


「無礼講って……それじゃ、いただきます」


 半分ほど飲み終えたグラスをベアトリスはシャルルに手渡す。トレーを脇に抱え直し、両手で丁寧に受け取ると、そのままクイッと二口で飲み干した。


 その姿をベルはじっと見つめていた。が、ふと、


(あれ? それって……間接キス? いや、でも姉弟だしそれくらいは別に……そういえば、漫画で瀕死の人に口移しで水を飲ませるシーンがたまにあるけど、それって実は器官に入ったりする危険性がある、ってそれは直接キスだし、そもそもキスは挨拶だし、いやでもこの二人だとなんかあたしの心が落ち着かな――)


「あの、ベル先輩、どうかなさいましたか?」


「え? いや、その……ナンデモナイデス……」


「?」

続きが気になった方は、もしよければ、ブックマークとコメントをしていただけると、作者は喜んで小躍りします(しない時もあります)。

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