118話
そうかもね、と苦笑するサミーではあるが、それより本題に移ることにした。
「それで、思い当たる花はあるのかい?」
「……そうですね」
投げかけられたベアトリスは、手の甲を唇に当て、瞬きも忘れて脳をフル回転させた。あらかた決まってはいる、だがピースがひとつ足りない。
「……」
無言でもう一度ベアトリスは手紙を手に取り、凝視する。サミー。監督の名前。
「これ以外にも封筒とか、なにか一緒に渡されたものなどはありますか?」
少しでも想いに近づけるものは。もしかしたら、監督が気づいていないだけで、なにかあるのかもしれない。
「いや、これだけなんだ。俺も聞いたり探してみたけど、見つからなかった。そもそもが、これも投函されたものとかではなく、直接手渡されたらしい。その配達員の良心で五年後、届いたわけだ。シワなどがつかないよう、丁寧に保管してくれていたみたいだし」
否定しつつ、もう一度考え直してみたサミーだが、やはりなにも。見落とすもなにも、これしかない。
なにかヒントはないだろうか。
おそらく万年筆の太さと滑らかさは、エルメスのノーチラス。
字のはらい方や擦れから見て左利きか。
紙はやはりヴェルジェ・ド・フランス。
滲み具合から見て、少し柔らかいものを下にひいていた?
なぜリオネルに話を持ちかけた?
書かれた当時の紙の保存状態はどうだった?
監督ということになにか関連がある?
……ふぅ、とベアトリスが一息つく。
「別れや過去の思い出を表現するのであれば、ネリネやスイートピーなんかがありますが……あまりに普通すぎますね。監督の奥様の伝えたいメッセージではない気がします」
そして、それ以上に気になるのが、どうして今頃? ということ。なにかその年月も意味がある?
諦め、とは違うが、サミーは大きく感情を揺さぶられたりはしない。それだけの時間はあったから。
「しかし、もう正解はわからないからね。親身になって考えてくれるだけでも嬉しいよ」
そう口にしつつも、手紙を握りしめるサミーの目。
それがベアトリスには、どこか寂しげな色に見えた。燃えるような炎の朱でも、冷静さを表現する青でもない。考えることは大事。だが、その考えをまとめるために行動することもまた、大事となる。
「少し作ってみましょうか」
静かにイスから立ち上がったベアトリスは、傍にある、水揚げされて容器に入れられた、別名ダイヤモンドリリーとも呼ばれるネリネを手にした。その他、グリーンミストや、キーパーに入れられていたハーブゼラニウムなども手際よく合わせていく。
この店にはフラワーキーパーと呼ばれる、温度が一五度前後で保つことのできる、花用の冷蔵庫が存在する。フランスにはほぼないものだが、特別に仕入れたものだ。そもそもはフランスは気温も湿度も低いため、あまり必要とはしないのだが、せっかくなので入れてみた。人の金だし。




