110話
「ピアノだってコンサートとコンクールで違うだろう。リサイタルもまた。それぞれ得意分野が違う」
ベアトリスの出した比較対象を改めてベルは吟味した。
自身のやりたいようにできるリサイタルと、課題曲が決められ、しっかりと曲の理解を深め、なおかつ自分の色を出し、ミスなく演奏することを求められるコンクール、そして様々な楽器を用いるコンサート。全く別物なのだ。
二○世紀最高のピアニストの一人であるグレン・グールドも、もしショパンコンクールに出場していたら、その異端さを発揮して、二次審査あたりで落ちていたとまで言われるほどだ。
「店に来店されたお客がなにを求めているか、それを見極め、花を通して伝えるのが我々だ」
つまりベアトリスの言いたいことは『目に見えないものを見ることが大事である』ということ。ピアノでも共通することであるとベルは思い起こした。クラシックにおいて、作曲者の意図を掴むことはとても重要なことである。なぜここはフォルテなのかなど、考え出したらキリがないが、必ず意味があるのだ。
「あくまで主役は花、我々にできることなんて少ない」
諦めたようにベアトリスは、今日のレッスンを終わりにする。そもそも花は、教えてどうにかなるようなものではない。バラの花束より、一輪のタンポポが喜ばれることもある。教えることができるのは、心構え程度だ。
「そう……ですかね」
なんとなくわかる。だが、ベルはなんとなく腑にも落ちない。
くぐもったベルの声の質と音量から、ベアトリスは察知する。
「あんまりわかってなさそうだな」
してはいないが、ため息を吐いていそうな物言い。だが、それも仕方のないこと。花のことなど、自身ですら数パーセントしか理解できていないことは、重々承知している。
「言葉ではわかるんですけどね……」
やはり楽譜から読み取るのと、生きた人から読み取るのとでは勝手が違うため、ベルは生返事しかできずにいた。
頭に疑問符が見えてきそうなベルを見かね、ベアトリスが口を開く。そのままほっといてもいいのだが、きまぐれに助け舟も出す。なんだかんだで面倒見はいいのかもしれない。
「ひとつ、例をあげよう。花ではないが」
やれやれ、と聞こえてきそうな嘆息をしつつ、続けた。
キョトンとしてベルは目を見開いた。いつもなぞなぞを出すだけ出して答えを言わない人なだけに、なにか裏があるのではないかと怪しむが、とりあえずタダだし、と打算的に耳を傾ける。




