10話
入り口から見て右奥には、ニスで艶やかに輝く茶褐色の木製の扉がある。相当な年季が入っており、店内で一番の年長者だと思われる。
左奥には黄色みがかった扉。シャルルはこの扉を開けて中へ入っていく。
ベルの眼差しはその小さな背中を追った。
「安心しろ、ノンアルコールのシードルだ。花に酒は悪いんでな」
不安が顔に出ていたベルに、ベアトリスは軽口を叩く。もちろん、彼女が気にしているのはその点ではないということを理解してのことだ。
ベルは迷っていた。元々は、ただ勧められて来ただけのはずだった。そして、知らず知らずのうちに店を見つけないように歩いていたのかもしれない。しかし、だったら断ればよかっただけのこと。それなのに、歩き回って探した。
自分の中の自分が、自分でわからなくなる。もし彼女の脳の中をスキャンして文章化する機械があれば、文字化けしているのではないだろうか。
「……一つ、訊いてもいいですか?」
「なんだ? 言ってみろ。聞くだけは聞いてやる」
先に歩を進めるベアトリスは足を止め、その小さな体は向けずに、顔だけを向けて発言を許す。
「シャルル君は……あたしがここを探していると知っていたんですか?」
喉を搾るような感覚でベルは言葉を音にする。必死さは音に乗る。
ニヤリ、と音もなくベアトリスは笑い、答えることにした。
「たぶん最初に会った時にな」
「どうして」
「それはだな」
懇願さが滲み出る声色を聞き、シャルルの入っていった黄色の扉を遠い目でベアトリスは見つめ、一瞬溜めた。
「——あいつが、フローリストだからだ」
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