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龍の棲む星  作者: 青丹柳
星食
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8

――― ウィン


 いつもならば、食堂の自動扉の開閉音を聞きながら就寝の挨拶をして別れる。わたしは見張り兼護衛と牢屋へ、リュウは一人で執務室へ。

 だけど今日はそうせずに、二人連れ立ってわたしの牢屋まで一緒に向かっていた。


 ちらりと目を遣った彼の手元には何もない。


(聴診器とか、血圧計とか、そういうのいらないのかな)


 何しろまともな健康診断を最後に受けたのは幽閉される前、小学生の頃だ。どういう方法で体調を診ていたのかも記憶が曖昧で、道具無しという状況が一般的かどうなのかも判断しかねる。彼らの世界における体調を診る方法が人間と同じとは限らないけれど。

 更に心配なのが、特に指示はなかったものの事前準備は必要なかったのかという点だ。


(健康診断の時は、しばらくご飯を食べてはいけないと言われていた気がする)


 一緒に食事を摂っているのだからもし制限があれば言ってくれているはずだが、それでも心配になってきた。


(ああ、なんか緊張するな)


 牢屋という名の自室の扉が開いて、二人で無言のうちに入室する。

 自然と相対する形でテーブルに着いた時、気になっていたことが堰を切ったようにあふれ出した。


「今日は採血しますか?食事摂っちゃったけど問題なかったですか?注射する時アルコール消毒をしたほうがいいかと思うんですが、そういうのこちらにもあるんですか?もしかして先にお風呂入ったほうがいいですか?」


 面食らったように白目の無い真っ黒な瞳が見開かれ、そしてゆっくりと閉じて、開いた。


「落ち着いてください。大丈夫、ちょっと体を診せてもらうだけです」


 いつもの落ち着いた声が諭すように響く。

 余裕の無さが伝わったのは間違いない。自分から提案しておきながらこんなに緊張しているのがちょっとだけ恥ずかしくて、それを隠すために無作法に両腕をテーブルの上に投げ出した。


「じゃあ、はいどうぞ」


 よくわからないけど、多分体を診るイコール健康診断のように脈を計ったりするだろうと結論付けてとりあえず腕を差し出した。

 煮るなり焼くなり自由に診て良いと思ってそうしたのに、尾の先を思案するようにゆらゆらと揺らすだけで一向に触れてこないし問診もない。ただ見ているだけだ。

 表情は無くとも、彼もまた迷いか途惑いかを感じているように見えるのは気のせいだろうか。


「もしかして、凝視すれば健康状態がわかるんですか?」

「・・・だったらアルジズが日記を書けなんて言わないでしょう」


 ムッとしたように返された。

 どうも彼は近くにわたししかいないと、幾分幼い反応を返すきらいがある。


 恐々と伸ばされた無骨で大きな手が、触れるか触れないかの位置でぴたりと止まった。


「温かい」

「今は体調不良でもないですし、これが平熱ですよ」


 そういえば彼らからは体温を感じない。でもそれは表皮がごつごつと分厚いから外部からは感じ取れないだけのような気もする。

 ざらざらしたリュウの手がそっとわたしの両手首を包んだ。


「痛かったらすぐに言ってください」


 どうやら予想通り、わたし個人の体調を診るというよりも人間の情報を得たいようだ。手首の辺りを撫でながら、骨格を探るように骨の分岐点のあたりを執拗に行き来している。それは構わないので好きに診ればいいのだけど。


(くすぐったい)


 扱い方を考えあぐねているようでかなり慎重に触れてくれるのはありがたいのだが、羽で擽るように軽く撫でていくのでうなじの辺りがそわそわする。

 あまりのじれったさに思わず声を上げた。


「あの!」

「痛かったですか」


 はっと手首からリュウの手が離れる。違う、痛いんじゃない。

 手首を差し出すともう一度無理矢理握らせた。


「手首を握ったまま、少しずつ力を込めていってください。痛くなったら言いますから」


 明らかに困惑の色を浮かべた黒い瞳がこちらを見る。でも百聞は一見に如かず。限界値を体で覚えてもらった方が早い。

 早く早くと急かせば、少しずつ遠慮がちに力が込められていく。


「ッ・・・今、この力加減が限界です。これ以上だと痛いですが、ここまでの力でなら気にせず触ってもらって大丈夫ですから」


 加減を覚えましたか、と聞けば返事はなかったが即座に掛けられていた力が抜けて、代わりに大きな手形が付いた手首を何度も優しく撫でられた。


「人間は柔らかすぎます。それに温かくて、小さい」


 呟くように言うが、彼らのような筋骨隆々の体格を持つ者からすればそれはそうだろう。人間だって、軍人のような鍛えている者であれば耐久値はもっと高いはずだ。あくまでわたしの情報は最底値だと思ってほしい。


「でもおかげで覚えられました。現在のあなたの柔らかさ、骨格、匂い、限界値」


 わたしの個人的な情報を得たって仕方ないとは思うが、人間という種族の肉体を知るにあたって一つの指標にはなるだろう。

 こくりと頷いた。


「じゃあこれでアルジズ様の宿題は完了ですよね、よかった」

「まだです」

「・・・え?」


 ほっとして少し砕けた言い方をしたのだが、食い気味に否定されたので驚いて顔を上げた。


「今情報を得られたのは、前腕の一部、手首だけでしょう。それにアルジズの依頼は体調の変化の記録。つまり定期的に情報を取り続けて変化を記録するのですから、一度では終えられません」


 がたん、と椅子が倒れる音がして、黒いマントを纏うリュウがテーブル越しに身を乗り出す。未だ掴んだままの手首を引っ張るので、否応なしにわたしの体もテーブルに身を乗り出す形になった。

 テーブル中央でお互いの顔が近づく。

 悪い事をしているわけではない、脅されているわけではない、ただ至近距離で向かい合っているだけなのに胸の奥がざわざわするのは何故だろう。


「もっと、知りたいのです。今のあなたの事を」


 囁く言葉に、何かが引っかかる。

 でも胸の奥のざわざわに引っ張られて何に違和感を覚えたのかはっきりしない。


「体の隅々まで観察しても良いと言いましたよね」


 見えない圧力を感じて無意識に喉が鳴る。

 底なし沼のようなどこまでも漆黒の瞳が覗き込むので、体が固まって首を縦に振るのが精いっぱいだった。そうしたらやっと手首を解放されて、同時に張り詰めたような変な空気も解けて消える。


「これから毎日夕食後に診ていきましょう」


 そう言うリュウの尾が左右に大きく揺れるの見ながら、なんだか大事(おおごと)になってしまったと表情を歪めた。




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