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龍の棲む星  作者: 青丹柳
星食
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7

「日記・・・って、あの日記ですか?天気を記録したりするあれ?」


 今日も庭でのんびりしようとしていたところ、アルジズに急に呼び止められたから何事かと思えば小学生の宿題みたいな依頼をお申し付け頂いた。


(まあ最終学歴は小学校だから、ぴったりかもしれないけど)


 基礎的な教育も受けられず長く幽閉されてきたわたしに何らかの教育でも施そうとしているのだろうか。

 捕虜にそこまでする義理はないはずだ。


「天気は書かなくてもいいです。主に体調面での変遷を記録頂ければ十分ですから」

「はぁ・・・」


 健康面を考慮したものか。

 とはいえこの星に来てから恐ろしく規則正しくて栄養面、運動面でもバランスのとれた生活をしており、体調を心配されるような要因はないはず。万一に備えて異常を検出する際の指標として記録を残したいのだろうか。もしくは、人間の研究に使うとか。


(有り得る)


 一応の和平は結んだものの、この先ずっと友好的な関係を築いていけるかと言えば、先日の騒動もあって不透明だ。いつか再び争う事を想定して敵の情報を集めようとすることは理に適っている。

 でもそうであるなら日記なんてまどろっこしい方法を取らずに、はっきりと体を調べると言ってくれていいのに。よほど苦しみや痛みを感じるものでなければ拒否するつもりはない。一度は死を選ぼうとした者が苦痛を気にするなんておかしいかもしれないが、嫌なものは嫌だ。

 人間側に不利益を齎す可能性はあるけれど、これまでの事を考えればそんな事は知ったことではなかった。

 訝しげなわたしの視線を避けるように、アルジズはタブレットのようなものを投げて寄越すとそそくさと去って行く。


「・・・え、あの、これどう使うんですか?」


 慌てて問い掛けようとした時には、その姿は見えなくなっていた。








 牢屋、とわたしは呼んでいるが、それは捕虜がいるべき場所はそう呼ばれるものだと思っているからで、設備を見れば実際は牢屋からは程遠い。

 華美な装飾めいたものを調度に施すという文化がほとんどないようなので見た目はひどくシンプルだが、それなりの広さの中に清潔なベッド、テーブルと椅子、キッチン、トイレや洗面台が用意されたこの部屋は、人間が暮らしていくにあたり何の不便もない設備が整っていた。大きな窓もあって日中は適度に光も差し込んで明るい。そこに鉄格子ははまっていないし、扉も自由に開閉が可能なのでますます自分の立場を忘れそうだ。

 彼らも同じような調度品で生活するのか、それともわたしのために人間用品を揃えただけなのかはわからないが、快適に過ごしている。


 どっしりとした木製のつやつやしたテーブルにタブレットを載せて、わたしはうんうんと唸っていた。


「まず電源はどれ?」


 タブレット型の機器は人間も使う。日記をつけろ、という話題からこれを渡されたのだから、きっと用途は日記の記入に適したものなのだろう。せめて起動さえできればどうにかなるかもしれないが、電源ボタンも見つからないので今のところただの長方形の板だ。


(こんな時に限ってエオーも見当たらないし)


 エオーに聞けばどうにかなるだろうと高を括っていたら、庭に彼の姿が見当たらなかったので自室まで蜻蛉返りして一人悩む羽目になった。


「叩いたらどうにか・・・なるわけないか」


 比較的丈夫そうに見える背面をコンコンと叩いてみたが、もちろん反応はない。やはり誰かに使い方を教えてもらうしかなさそうだ。

 最近の周囲の態度を考えるに、神殿内の誰に聞いても教えてはもらえるだろう。じゃあ早速、と立ち上がったところで、ピピピと無機質な音が鳴った。


 自動扉の脇に設置された呼び鈴の音だが、風呂や食事の時間でもないのに鳴らされたのは初めてで恐々と自動扉の方を見る。

 わずかなモーター音と共に開いた扉の先に居たのはよく見知った顔だったので、強張った体はすぐにほぐれた。


「今日は庭にいらっしゃらなかったので様子を見に来ました。具合でも悪いのですか?」

「はぁ・・・いや、エオーが居なかったので」


 彼のような立場のある者がわざわざ捕虜を探し、毎度様子を気にするのは真面目さの表れなのだろうか。行動監視だとしても、部下に命令しておけばいいのに。


(やっぱり暇、なのかな)


 生温かい目で見るわたしの様子は気にもならないらしい。

 さっと向かいの椅子に座るので無視するわけにもいかず、立ち上がり掛けていた腰を再度下ろした。


 ちょうどいいかもしれない。


「この機械の使い方を教えてもらえませんか?」


 タブレットを差し出すと、五つの顎がいつもよりわずかに大きく開いた、ような気がした。


「・・・これをどこで?」

「アルジズ様に渡されました。体調に関する日記をつけなさいって。でも使い方がわからなくて困って―――あっ」


 説明をし終えるよりも前に、リュウがマントの中にタブレットを仕舞ってしまったので思わず抗議の声が漏れる。だが返してもらえる気配は微塵もなかった。


「これはあなたには必要の無いものです」


 なんの変哲もない簡素なタブレットに見えたが、実は精緻な機器であり技術の漏洩を心配している可能性も考えられる。だが、短い期間だが彼らを見ていてわかっていた。彼らは合理的な考えを持ち、意味のない事はしない。

 だからアルジズの依頼もきっと重要な意味を持つものであり、簡単に反故にしてはならないと感じていた。

 忠実に見えるアルジズが主であるリュウの意向を無視することはないだろうから、何故二人の間で齟齬が発生しているのかわからないけど。


 困ってしまいしばらく黙っていたが、リュウも何も言わない。かと言って去る気配もない。

 自分の立場を考え、そしてアルジズの依頼の趣旨もよくよく考えた上で、仕方なくこちらから口を開いた。


「わたしには難しい事はよくわからないですけど、でも人間の記録みたいなものが欲しいのではないんですか?」


 リュウは何も言わないが、マントの裾から見える尾が小刻みに縦に揺れて床をぱしぱしと叩く。苛々した人間が机を指でトントンする様を彷彿とさせるので、彼もまた苛々しているのだろうか。


「それがないと何か困る事があるから、きっとアルジズ様は依頼してきたんですよね」

「あなたが心配する事ではありません」


 こんな突き放すような言い方をされたのは初めてだったから一瞬怯んだが、でもこんなわたしでも彼らには一宿一飯の恩義のようなものは感じているのだ。可能な範囲で協力してもいいと思っていた。

 ちゃんと協力する意思を持っているとわかってもらいたい。


 何故だか自分でもわからないが、リュウにそれが伝わらなかった事がとても悔しかった。


「じゃあ・・・タブレットへの記録じゃなくて・・・ええっと・・・」


 何か、何か他の形でアルジズの依頼を完遂できないだろうか。

 人間について情報が集められれば記録方法なんてどうでもいいはずだ。


――― がたん


 勢いよく立ち上がったわたしを、黒曜石の様な瞳がじっと見ている。

 つかつかとリュウの脇まで来ると、小さな声で失礼しますと言ってその手首を掴んだ。ざらざらゴツゴツしていて冷たい無骨な肌だ。振り払われるかも、という心配は杞憂だったようで、されるがまま特段拒否反応はない。

 掴んだ手首を、わたしのそれに導くと無理矢理掌を重ねて握らせる。遠い昔、機器がなければこうやって脈拍を計るのだと聞いたことがあった。


「こんなふうにあなたがわたしの体調を見て、記憶するというのはどうですか?」


 どうせ暇そうにしていて毎日顔を見せるのだから、リュウ自身を記憶媒体にすればいい。


「隅々まで観察してもらって構いません」


 黒々とした目がゆっくりと一度だけ瞬いた。

 何か言いたげに五つの顎が放射線状に開き、ノイズのような、唸り声のような、低くて聞き取れない声が漏れる。もちろん意味はわからないので、人間の言葉に訳してもらう他ない。


「ええと・・・今なんて?」


 ポジティブかネガティブか、せめてどちら寄りの反応なのか彼らの言語で聞き取れたほうがいいかもしれない。

 明日エオーにお願いして習おう。


「・・・」

「・・・」


 なかなか再翻訳してくれないので、仕方なく見つめあう。

 この提案も駄目だったかと不安になりかけた時、ごつごつした表皮を持つ尾がわたしの足首をさっと撫でて離れていった。


「いいでしょう。あなたがそれを受け入れるのならば」


 ひとまず肯定的な反応が返ってきたので心底ほっとした。





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