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龍の棲む星  作者: 青丹柳
星食
6/48

6

「おはよう、ニンゲン」


 おはようございます。


「ニンゲン、もう傷の具合は大丈夫か?」


 おかげさまで。


「今日、日差し、強い。ニンゲン、庭、あとで。」


 木陰にいるから大丈夫。


(わたしの名前はニンゲンじゃないんだけどな)


 和平交渉から戻ってきた後、周囲のわたしへの態度が明らかに軟化した気がする。

 あの男に一泡吹かせてやろうという一心だったのだが、彼らはわたしが彼らを庇ったと受け取ったようだ。神殿内ではよそよそしく事務的だった会話の内容が、最近はずっと気さくになっている。雑談も増えた。


(良かったのか、悪かったのか・・・)


 ひとつだけ確実に言えるのは、もうわたしが地球に帰る余地はないということくらい。

 あの騒動の時、宇垣はわたしを殺してやろうとすら思っていたんじゃないだろうか。既に敵側に引き渡して手を出す権利のない捕虜であるという事も忘れて更にわたしに殴りかかろうとして止められたらしいから、ほぼ間違いない。


(まあどっちに居ても変わらないんだけど)


 地球で幽閉されているのとこの星で捕虜として囚われているのとあまり生活は変わらないが、ただ周囲に悪意が満ちていないだけこっちのほうがずっと過ごしやすかった。


「なーんか、つまんない」

「エオー」

「急にみんな態度変えちゃって、な―――んかつまんない!!!」


 裏返って八本の脚をわさわさと動かすのは彼なりの甘えのようだ。人間の子供が駄々をこねるようなものだろうが、殺虫剤を掛けられて絶命寸前の虫を彷彿とさせるのでそっと目を逸らした。

 頭部のあたりとつん、と突いてフォローは忘れない。


「この星で最初の友達はエオーだよ」

「・・・だよねぇ!えへへへ」


 木漏れ日に目を細めて、今日も今日とて庭でエオーとのんびり過ごす。

 ふと気配を感じて、庭をぐるりと取り囲む回廊へ目を向ければ遠くにリュウとアルジズの姿が見えた。リュウのマントは漆黒、アルジズのマントは濃い灰色。彼ら二人だけが濃色のマントを纏っているので遠目からでも判別がつきやすかった。


「ん?あの人は誰?」


 二人の後ろに見慣れない色のマントを纏った者が一人。

 濃紺のそれはどことなく上品で高貴な雰囲気だが、彼もまたリュウの部下だろうか。姿形を見る限りリュウ達と同じ種族のようだ。


「あーあれはね、ユル様だよ。技術のえらーい人・・・ええと、科学者?たまに神殿に来てるんだ」

「ふぅん」


 相変わらず、わたしにはリュウ達種族の個体判別ができない。喋り方、マントの色、わたしへの対応方法などで辛うじて見分けている状況だ。どうせこの先会うこともなさそうだから、彼か彼女かわからないが、とりあえず濃紺のマントだけ覚えておけば上出来だろう。

 すぐに興味を失って目を逸らす直前、急に濃紺のマントが翻った。


(?)


 お互いの立っている場所はかなり距離があるのに、明らかに上半身を此方に向けてわたしを真っ直ぐに見ている。視線が絡むが彼らには表情がないのでどのような感情で見ているのかはわからない。ただその視線はねっとりと纏わりつく様な気がして背筋がぞくりとする。

 つい先日まで人間とは交戦状態にあったのだから憎しみの感情であっても不思議ではない。要らぬトラブルに巻き込まれないよう、さっと木の幹に身を隠した。


「どしたの?」


 能天気で鈍感なエオーが不思議そうに見上げてくる。


「なんでもない・・・ねえ、回廊にまだ誰かいる?」

「え?ううん、もう誰もいないよ。主様たちは行っちゃったみたい」


 ほっと息をつくと木の幹から出てエオーの隣に腰掛けた。

 エオーの言葉通り、濃紺のマントの科学者の姿はもう見えなかったのでぐっと手足を伸ばして緊張を解く。


「今日もいい天気だねぇ」


 いくら神殿内でわたしへの扱いが穏和になったって、エオーのように好意的に接してくれる者が居たって、わたしが存在する事自体面白くない者も絶対いるはずだ。

 注意すべきことは地球にいる頃と同じ。出来るだけ周囲との関わりを避けて目立たないこと。


(大丈夫、わたしは弁えて行動できる)


 知らずと浅い呼吸を繰り返した。










「私には分かりかねますな」


 濃紺のマントをわざとらしくバサバサと振って大仰に肩を竦めるこの男が苦手だ。

 この星のあまねく広範な技術面を支えているのは間違いなくこの男なのだから無下にはできないが、何を考えているのか分からないから本能的に警戒を解く事ができない。

 執務室の最奥の大きな椅子に腰掛けた我が主は鷹揚に首を傾げた。


「と言うと?」

「折角手に入れた貴重な生体サンプルです。何故研究所へ回さないのですか」


 この私に預けて頂ければ有意義な研究成果に繋げる事ができると自負しております、と続いた言葉に暫く沈黙が続く。ここは自分がこの男に釘を刺しておくべきか。

 一歩足を踏み出そうとしたのを制して、主が断固とした口調で返した。


「捕虜の扱いについてはすでに両政府で取り決めています。実験体として扱うことはできません」

「ふん、所詮口約束です。それに明に実験体として扱わなくとも、健康診断などと言えば身長、体重、骨格や臓器のスキャン程度なら出来ましょう」


 この男は粘着質だ。自分の考えが通る見込みがなくても、いつも食い下がる。

 正直あの捕虜がどうなろうとあまり興味はないが、主から受けた指示を鑑みれば到底許可されないだろう。


「既に取り決められた扱いを反故にするなど我々の良識を疑われてしまう。生体に対する如何なる実験も絶対に許可しません」


 案の定だ。

 明らかに気分を害した様子の男は尾を大きく振って床に叩き付けた。


「この私の知的好奇心を利用されないとは、為政者としての能力を疑われないといいですがね。せめて神殿内で日々の飼育日誌でもつけては如何でしょう!」


 わざと侮蔑的な言葉を選んでいるとしか思えない。


「それに例の計画には人間の情報がどうしても必要だと伝えてあったでしょう。あの人間さえ渡してくだされば研究を飛躍的に進められるかもしれないのに・・・本当に愚かですよ!我らにとって最も良い道はどれなのか、今一度よくお考えください」


 言いたいことを言いたいだけ捲し立てると、こちらの返答を聞かぬうちにマントを翻して執務室から出て行った。

 他の者であれば処罰物だが、あの男は他に類を見ない才能を持っているが故にこの程度であれば見逃される。本人もそれを理解した上で度々目に余る行動を取るので頭が痛いが、研究以外に興味がないため政治的な増長は見られず今のところは野放しにされていた。


 去って行った扉を見て、それから我が主の方を見る。


 既に定時の業務に移っており、先ほどまで来客があったことすら主の頭の中では無かったことになっていそうだが、付き合いの長い自分の目は誤魔化されなかった。


 顎の開閉が通常よりもやや速く、尾の先端が小刻みに揺れている。苛立ちを隠しきれていない。


(・・・面倒な事になりそうだな)


 しばらく主の傍に控えて思案に暮れていたが、意を決して執務室から退出した。





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