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「なんだよ、もっと話したかったのにさ」
「ごめんごめん」
女神様について熱く語っている途中に遮ったのが不満だったようで申し訳なく思うが、赤の長は個人的な事情でウルズを訪問して来たようだったのであの場に自分達が残るのは適切ではなかったろう。
彼は良き同僚であり、お調子者で周囲との小気味よいコミュニケーションに長けた楽しい友人ではあるのだが、どうにも周囲の状況や心情を察するのが苦手なようだ。
ふと心配になって宮殿の奥を見遣る。
雑談には応じていたから気のせいかもしれないが、思い詰めたようなベルカナの様子が気になっていた。
(おかしな事が起きなければいいけど)
ウルズとベルカナの付き合いは長いと聞く。それこそ国家による一括初等教育時代から常に同じ最優秀ランクで育成されていたそうだ。
お互いの事を気心の知れた良き理解者だと認識していることは、誰から見ても明らかだった。
「それで、今度はいつ女神様に会うんだ?また俺達をあの部屋に入れてくれるかな。最初にお会いした時よりも肉付きが良くなったのには安心したよな~」
(そう言えば、あの方がウルズ様の事を好いた者が居るとおっしゃってたな)
あの時ははっきり言えなかったが、誰だかわからないそのウルズを慕う者に勝ち目はないはずだ。
ウルズははっきりと言わないし長達の関係性を完璧に把握しているわけではないが、部下として短くない時間を共に過ごす中でなんとなく感じている。
(ウルズ様は、多分ベルカナ様が・・・)
自分の予想が正しければ、あの方の期待には沿えない。
手伝いたいと言っていたからには、ウルズを慕う者とは相当に親しい間柄だと推測される。事実を知ればきっと悲しむに違いない。
あの方を悲しませたくない。
でも他者の、それも上司の感情はどうにもできない。
(うぅ~~俺はどうしたらいいんだ!)
自然と尾が丸まり足の間にぴったりとはまり込んだところで、後頭部に鈍い衝撃が走った。
「おいってば~!!聞いてるか?」
ハッと抱えた頭を持ち上げるとニイドが目の前でぶんぶんと手を振っている。
申し訳ないが全く聞いていなかった。
「ん?何だっけ?」
「お前・・・。次に神殿に行くのはいつだって聞いたんだよ!女神様はお庭で遊んでいるかな?俺とも一緒に遊んでくれると嬉しいな~」
いつもやたらと外出の子細を聞きたがるのが不思議だったが、どうやら女神様の動向が気になって仕方がないようだ。たまにウルズに付いて二人で神殿を訪問することがあっても、ニイドは入口で待たされることも多かったから疎外感を感じているのかもしれない。
だからこそ、いつも訪問の内容やあの方の様子を含めて共有していた。
ウルズもそこに気づいているのか、先日からニイドも神殿に上がることを許したようだ。前回の訪問では部屋にまで入らせてもらえたので大変満足した様子だった。
(でも、あの訪問は良かったのか・・・)
一般的な人間達の常識として、夜に私室を訪ねるというのはかなり親しくなければ非常識だと聞いた事がある。我々も似たような考えだ。昼夜問わず活動可能なため夜に限った話ではないが、それでも休息時には無防備になりがちなので可能な限り訪問は避ける事が良しとされている。
あの方は少し無防備なところがある。
警戒心は強いものの、一度真っ当な交流を持つと全員に厚い信頼を寄せているように見えるのだ。
普通はもっと段階を踏んで、徐々に信頼を深め受け入れていくものだろう。各々で線引きの指標に多少のズレがあるとしても度合いというものがある。我々であれ、人間であれ、それは変わらない。
なのにあの方は信頼するかしないか、おおよそ二つの要素しかないように感じた。
(心配だな)
ウルズ様の付き添い指示を待たずに神殿を訪問する方法はないだろうか、と悶々と考えていると出し抜けにニイドが大きな声を出すのでびくりと震える。
「お、パスローじゃん!他所の宮殿で何してんだよ~」
「お前が呼んだんだろ!」
肘で突っつくニイドを躱しながら不機嫌そうに尾を振り回しているのは水色のマントを纏った見知らぬ男。五色の中でも自分の周りではあまり見かけない色、技術の青に所属しているようだが、何の用事でここにいるのだろう。
ニイドとは面識があるようで、和気あいあいとした雰囲気で話している。
空気が読めないところがある代わりに臆せず周囲を巻き込めるニイドは昔から顔が広い。
パスローと呼ばれた男はニイドほど周囲に注意を向けないタイプではないらしい。こちらにも軽く会釈してくれる。
「未来の青の長様の研究がどこまで進んだか気になってさ~」
「馬鹿!公共の場で変なこと言うな!」
国家全体が厳格な実力主義であり闘争心と向上心は高いほど良いとされる我々においても、見境なく蹴落とすそぶりを公に見せるのは品がないと眉を顰める者もいる。パスローとしてもニイドの言葉が上司の耳に入るのは憚られる、そんな思いが見て取れた。
「ずっと前から行き詰っているのは知ってるだろ?あのユル様でさえ生きているうちには解決できないかもって言ってる」
「でも~女神様の力があれば違うんでしょ?」
ニイドの言葉にあからさまに声を落として応じたパスローの声は、いつの間にか人通りがなくなった廊下に波紋のように広がる。
「女神様っていうか人間の存在がブレークスルーになり得るのは間違いないんだが」
如何せん情報が少なすぎる。なんで黄色連中は戦時中に生体を集めなかったんだよ、などと物騒な事を言っている。もしかして遠回しにあの方を実験台にしたいと言っているのではないだろうな、と警戒してしまった。
何となく嫌な気分になったところで、空気を切り替えるようにニイドが大きく手を打ち鳴らす。
「やっぱり俺達を救えるのは女神様だけだ!そのうちいいニュースを聞かせてやるからな~」
(・・・何をするつもりだ?)
女神様を信奉しているようだから悪いことは考えていないと思いたいが、お調子者で短絡的で行動力あるニイドが少し心配になった。
(あぁ~~心配なことばっかりだ!)
ますます尾がくるりと丸まってしまった。