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濃い灰色のマントで顔を隠しつつ白の門に備えられている内部との通信用機器に噛り付いた。後ろから無言の圧を感じて焦る。
各色の宮殿の門は内部からの遠隔映像監視と合わせて門番も常駐しているはず。誰一人出て来ないとはどうなっているんだ。
話し声が聞こえるわけではないが、門の内側近辺に大勢の気配は感じる。何らかの意図をもって応対しかねているように思われた。
内密に訪れたつもりだったのに、既に大事になっているようだ。
「我が主の遣いですよ。一体いつまで待たせるつもりですか」
珍しく番との会談を希望すると言うからこちらから出向くことになった。両者の関係性向上にむけた建設的な話し合いに期待し嬉々として同行したのに、こんな時に限って白の宮殿のこの対応。業務時間中は開いているはずの門は固く閉ざされているし、内部への取次ものらりくらりと躱されているようだ。
実質最高位の者が訪れているにも関わらず、と言うことは誰の指示なのかは明白だ。他の宮殿では有り得ない。
(これまでの両者を顧みれば当然か)
先代とは大きく異なる関係性にため息だってつきたくなる。
我が主に連なる先祖達の長い歴史を紐解けば、実は先代が特殊だっただけで似たような姿勢の番がほとんどだが、合理的かつ効率的な最低限の協力関係にはあった。我が主とその番だけがお互い極端に無関心なだけだ。
門に横付けした地上走行用の車両から感じる空気で肝が冷え切った頃、唐突に門が開いた。
眩しいほどの白が垣間見え、直々に門を開いた長の姿にほっとする。とは言っても最低限の幅のみ門を開けて首を突き出しているのだから強い拒否の姿勢を感じた。
しかも正しい操作で門を開いてくれたわけではなく、電子制御の門扉を両腕で抉じ開けているようだ。さすが主の番に選ばれるだけはある尋常ならざる腕力に感心する。
「なにか用か?」
「用も無いのに来るとお思いですか?」
「用は無いという事だな」
煩わしい気持ちを隠そうとしないぶっきらぼうな言葉に嫌味を込めて言い返したが、うっかり門を閉じられそうになったので慌てて足を突き出した。門外側のセンサーが反応して辺り一帯に非常事態を知らせるけたたましいアラームが鳴り響く。
「五月蠅い!」
「そっちのせいでしょう!!」
早く止めてくださいよと押し問答していると、目の前が陰って閉じかけた門が不快な音を立てて歪んだ。
振り返れば我が主が力尽くで門を抉じ開けている。
対する白の長も無理やり閉じようとするので、相反する力に曝された哀れな門は大きく波打ってしまった。ぽっかりと空いた部分を通って主は宮殿の中へ入る。
漸く諦めたのか白の長もその後を追う。
周囲の者達はただ遠巻きにそれを眺めてどうしたものか困惑しているようだった。
主の後に続いて門を潜りながら、破壊された部分を撫でる。政を支える五色のうちの一色の宮殿だ。生半可な攻撃ではびくともしない材質で頑丈に作られた門だったはずなのに。
最終的な優劣は力で決める我々の本能に相応しい行動ではある。
(はぁ・・・)
門の開閉を操作する最高権限を持つ二人なのに、揃って腕力で開閉を試みたため大規模な修繕は避けられないだろう。
腕力で解決する前にもっと経るべき過程があったはずなのだが。
今確かなのは、関係性向上にむけた建設的な話し合いなど期待できないという事だけだ。
*
部屋の主の許可も得ずに椅子の下や像の影を覗き込み手あたり次第見て回るが、目的としたものが見当たらず後ろを振り返った。
宮殿の奥、長の執務室にはいない。神経を研ぎ澄ましても気配を感じられない。
「どこです?」
「女神様が過ごすのにふさわしい場所に決まっている」
主語はなくとも質問の対象は伝わったらしい。
部屋の外で待たされているアルジズは番同士の建設的な会話を期待して付いて来たようだったが、今はもう諦めているだろう。部屋の扉が閉まる寸前、せめて争いは起こさないでほしいと懇願していた。
アルジズから見れば危機的状況でも、周囲から見れば番との接触は極く自然な行動でまさかそこに別の思惑があるようには見えない。
不服ではあるが、ウルズの選択は理に適っていると認めざるを得なかった。
「彼女はどこです?」
「卑しい世俗から離れて健やかに過ごしているさ」
再度の問いかけにも答えをはぐらかされる。
「何故そんなに会いたがるんだ?まだ問題とやらは解決していないんだろう。私が責任を持ってお仕えすると言っているんだから邪魔しないでくれ」
スリサズの言う通り、彼女に会うには時期尚早だった。容疑者の見当が付かないため慎重に調査を進める必要があり、ウルズが単独で動くしかなくここ数日は思うような進展はない。
誰が裏切っているのか、動機は何なのか。
事前にウルズが調査した結果スリサズ自身に疑義はないが、問題の性質上どこからどう情報が洩れるかわからないためスリサズにも詳細は明かしていない。
あらゆる者から彼女を秘匿し庇護すること、とだけ下命してある。
「尤も、私としてはその問題が解決しないままでも一向に構わんがな」
白の長に選出するにあたり、スリサズの思考や思想も当然精査されていた。
古くは信心の深さが重要視されていたからこその項目だが、今では政に悪影響を与えるような危険思想の有無を見ているのみだ。
ところが近年稀有な信心深さをスリサズは持っているようだった。
容貌がよく似た彼女に女神の姿を重ねて見てくれるならば悪いようにはしないだろうという思惑は外れていなかったが、些か傾倒の度合いが過ぎる。
「いい機会だ。前々から聞いてみたかったんだが」
意地でも彼女には会わせてくれないようだ。スリサズは無理やり話題を捻じ曲げた。
「わざわざ私と偽りの番になってまで彼女から何を得ようとしているんだ?」
偽りの部分は納得尽くだから言う事はないが、伝統から逸脱してまで実現しようとしている事が彼女に悪影響を及ぼさないか懸念している、という言葉に少し安心した。
彼女と生活を共にした結果なのか、最早彼女と女神を同一視しているのではと思うほどに彼女の庇護者として自覚があるようだ。
答える義理はないが、しかし貴重な協力者ではある。
「白の長は―――・・・遠い昔からずっと偽りの番ですよ」
何を以って偽りと称するかは議論の余地があるものの、この状態こそが伝統通りだ。
ただしスリサズには伝えていないが、今までの白の長達の偽りの番の契りとスリサズのそれは少し違う。
悩みに悩んで自ら変更を加えた。
「それはそれは。どういう意味だ?」
「少なくとも彼女を害するようなことは本意ではないということです」
散々はぐらかされた仕返しと言わんばかりに遠回しな回答をすると気に入らなかったのか、グルルと低く唸ると冷たく言い放った。
「とにかく、私はあらゆる者から彼女を秘匿せよと言われているんだ。例外はないからさっさと帰ってくれ」
確かに問題解決に向けた進捗もないのに耐えきれず会いに来てしまった引け目があり、強くは言えない。さっさと出て行けと言わんばかりの態度に拳を握る。
スリサズが背にした壁に、細工され隠蔽された扉があるのはわかっていた。「始まりの地」へ続く渡り廊下の扉だ。きっと彼女はそこに居る。
指示したわけではなかったが、白の宮殿で一番安全な場所であり彼女を保護する場としては正しい。
スリサズにはそろそろ元来の白の長の役目について明かそうと考えながら、今日は一旦退くことにした。