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龍の棲む星  作者: 青丹柳
銀湾
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「ひ・・・」


 思わず声を漏らした時、軽く首を振って誤魔化せばきっと聞き流してくれると信じていた。だって彼女は根掘り葉掘り気軽に質問を重ねるようなタイプには見えない。会ったのも数回だけだから、わたしと仲が良いとも言えずそこから気さくな会話への発展も望めない。


 こほんと咳払いして体格に見合わない大きな椅子に座りなおす。

 それで終わりだと思ったのに、驚いたことに向かいの彼女はテーブルに身を乗り出してわたしの顔をまじまじと見下ろし淡々と言葉を紡ぎ始めた。


 "ひ"とはどういう意味か、要求か、感嘆か、はたまたそれ以外か。

 不満があるか、疑問があるか、困りごとなのか。


(暇ですね、って言いそうになっただけなんだけど)


 お世話になっている身でそんな事言っていいはずがない。


 着の身着のままここへ移ってきたが、せめてエオーも一緒に来てくれたらよかったのに。

 気さくに話す相手がいないどころか、目覚めてからスリサズにしか会っていない。朝にカプセルから起こしてくれたのも、食事を持ってきたのも、今目の前に座って一応の話し相手になってくれているのも、全部彼女だ。

 部屋の外には生き物の気配を感じなかった。

 神殿ではリュウやアルジズも含め周囲にそれなりの人数がいたのに、白の宮殿は人手不足なのかもしれない。


「いや、その・・・何か・・・お手伝いする事はありますか?」


 本当は聞きたい事があった。

 何故わたしが白の宮殿へ預けられることになったのか、神殿にある危険とはなにか。

 だけど不躾に聞いてもいいものかと既の所で思い直し、口に出すのはやめた。リュウやウルズから聞くべきかもしれない。


 だから言葉に困った末、恐らく"ない"と言われるだろうとわかっていて言ってみた。立場としては捕虜だし、労働力を期待されているはずはない。

 神殿でだって、明に仕事を与えられたことはないけど、もしかしたらリュウがしていたみたいに人間の調査がしたいかもしれない。だったら協力するつもりで申し出た。


「何か、とは?」

「ええと・・・何でも?」


 返答には訝し気な響きが含まれている。

 元々スリサズの声音は冷たい印象を受けるのもあって、中身のない申し出を責められているような気がしてならない。

 やはり申し出は取り下げようしおしおと顔を下げた時、テーブルから身を乗り出していたスリサズが長い腕を伸ばしてきて、顎をぐいと持ち上げられた。


「何でもいいなら、聞きたい事が山ほどある」

「あ、はい。どうぞ」


 政治的なことも、生物が気的なこともわたしが話せることなどほとんどないけど、せめて可能な範囲で答えたい。

 居住まいを正して身構えたが―――


「何故そのような顔なのか?」

「はい・・・はい?」


(どういう意味??)


 がんばって答えを絞り出そうとするけど、質問が哲学的というか、意図を図りかねてもごもごと口籠る。そんなわたしの様子を意に介すことなく、矢継ぎ早に質問が飛んできた。


「一族皆似た顔をしているのか?それは雌雄差なく類似しているか?最もよく類似点があると言われる親族は何親等程度離れているか?」


 困惑を通り越してぽかんとスリサズの顔を見る。


(どう答えたらいいんだろう)









――― ぐにっ


「でひゅからにぇ・・・」


――― ぐにっぐにっ


「にひぇりゅかりょうかは、みるひひょによりゅまひゅ」


――― むにぃぃ


(しゃべり辛い)


 興味深げに顔面を撫でまわされるのは、そういえば二回目だ。

 ただし一回目はもう少し遠慮があった。今回はわたしを膝に乗せて思う存分わたしの顔面を揉み解すので、うまく喋られない。


 どうやら彼女はわたしの顔の由来にとても興味があるようだ。答えに窮して顔面を差し出したものの、これでいいのだろうか。

 親族の事をたくさん聞かれたけど、思い出そうにもわたしの記憶は朧気だった。親戚付き合いが希薄な家庭だった上、特に母方の親族については全く記憶にない。


(顔、と言えば)


 少し手を緩めてくれた隙に、思い出したことをふと口に出すとスリサズの動きが止まった。


「わたしの母の顔は、この星の女神様の像に似てるかもしれません」


 言った後にしまったと思った。

 彼らの宗教を侮辱していると思われただろうか。いくら彼らがわたしに対して寛大に接してくれていても、少し前まで敵対していた間柄だ。そんな存在に似ているだなんて言われたら怒るかもしれない。


 恐る恐るスリサズの顔を見上げると、爛々と輝く黒曜石の瞳が見返してきた。


「そうか」


 怒るでもなく、悲しむでもなく。淡々と言葉を紡ぐ。


「だからか」


 ほっとしたけれど、だから、という言葉に首を傾げたら、続く言葉にもっと困惑した。


「だから聖いのか」


 今までに会ったこの星の生命体の中で、彼女が一番不可解だった。

 悪し様に言われているわけではない、と思う。だけど良い様に言われているのかもわからない。


(黙っていよう)


 わたしは一時的に彼女に預けられている身だ。変な事を言ってトラブルを起こしては、リュウやウルズにも迷惑をかけてしまう。


 熟考の末、じっとしていると手を取られた。

 そして手の甲に、ごりっとした硬い感覚。


「っ!?」


 絵本の中の王子様みたいにわたしの手の甲へ顔を押し付けるスリサズを見て、困惑の度合いを深めた。

 この行動にはどういう意味があるのだろう。


 彼らには柔らかな唇がないから、厚い外皮をそのまま押し付けられるとちょっとだけ痛い。


 スリサズの口からは、聞き取れない言葉がぼそぼそと紡ぎ出されている。

 単にわたしがまだ習っていない単語なのか、それともお祈りのような特殊な言葉なのか。何となく後者な気がして、それが終わるまでじっと聞き入った。


 地球でもそうであるように、この星でも宗教という存在は昔と大きく変わったと聞いている。

 潜在的に神という存在が刷り込まれているとは言っていたが、それでも神を尊崇することに生を捧げるような者はほとんどいないだろう。


 彼女はその道を進む、稀有な存在のように感じた。



 縦長の窓から差し込む光がスポットライトのようにわたし達の姿を照らし、まるでひとつの宗教画のようだった。




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