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長い長い渡り廊下を抜けて通された部屋は、神殿の自室と大きく異なっていた。
蔓のような文様が彫られた白い壁、白い石の床、同じく白い台座、地球で見た礼拝堂のような高い天井。台座の目の前にある大きな六つ足のテーブルの傍にはいくつか椅子が設えられているが、彼らの体格に合わせたもののようでわたしが座るには苦労しそうだ。壁には一つ、これまた真っ白なカプセルが垂直に設置されているが何の用途があるのかはわからない。
蜘蛛の巣のような網目状の枠の窓から薄っすらと朝日が差し込む。そういえば神殿自室の窓は開けられたことがなかった。
清々しい外気を感じて思わず息を吸い込んだ。
――― すぅっ
全てが真っ白で病院を連想してしまう。だからなのか、神聖な空気を湛えているように感じて厳かな気持ちで台座の上に身を置いた。
冷たくて硬い、床と同じく磨かれた石みたいだ。
その感触、清廉な空気は彼ら種族の印象にも通じるものがあるので嫌いじゃない。
(これがベッドでも全然平気)
多少寝心地が悪くともわたしなら眠れるはず。
すりっと台座を撫でていると、スリサズがゆっくりと振り返って素気無く声を掛けられた。
「それは神へ供物を捧げるための台座だ」
「え・・・」
スリサズと一瞬見つめ合う。
ベッドのようなものはこれしか見当たらなかったので上がったのだが、とんでもない間違いだった。我に返って慌てて下りるとワンピースの裾で台座を拭く。神殿にそんなものはなかったからわかるはずない。
ベッドかと思ったんです、と謝罪しながら必死にごしごしと磨いていたら、ひょいと持ち上げられて壁のカプセルの前まで運ばれた。
「このカプセルの中で眠れ。見慣れずとも人間に害はないものだ」
お前達はあのような台座で寝るのか、と問われたのでこくこくと頷く。決して彼らの神様を冒涜する意図はなかったことをわかってもらわないと。
誤解が解けたのか、大して興味もなかったのか、スリサズはわたしの体をもう一度持ち上げてカプセルの蓋の前へ翳す様に掲げた。すると空気が抜けるような音と共に蓋が開き、ぐいと中へ押し込められる。目に見えない液体に沈められたかのように、体が妙な浮遊感に襲われた。
「移動で禄に寝ていないだろうから、少し眠ると良い」
待って、と声に出す前にカプセルの蓋が閉まる。
息はできるが地に足がついている感覚はなく、周りは真っ暗闇。宇宙空間に一人放り出されたみたいだ。
(みんなこうやって寝ているの?)
そういえばイサの騒動の際にコールドスリープをしようとして似たような機械に入ったことがあった。あの時の感覚とほぼ同じだ。
確かに体のどこにも負担がかからないので楽ではある。
でも神殿にある危険や、これからわたしはどうやって暮らせばいいのか、色々スリサズに聞きたい事があったのに消化不良のまま強制的にこの状態になってしまったのだからすぐには寝付けそうにない。
そう思ったのに、周りが暗闇だからか自然と瞼が落ちて来て、いつの間にか意識を手放した。
*
椅子に腰掛け顎に手を当てる。
渡り廊下の先、宮殿の奥に立ち入れるのは白の長だけだから、誰にも邪魔されず思う存分考え事ができた。
(そうでなくとも、必要最低限しか干渉してこないが)
他の色と違って白だけは特別だ。
長に選ばれた当初は嫉妬や羨望のちょっかいがあったものの、現在はそれも無くなった。
また、長を除けば明確な上下関係がないので部下に纏わりつかれるような状況にもならない。それどころかマントの色での階級区別すらない。
元々は女神を讃え、その存在を後世に語り継ぎ、民間へ広める責を担う色だったため、女神に仕える者に上下はないとしてマントの色に違いを設けなかったと伝えられる。
宗教の力が強かった古代、この星を治める者達は代々、女神に忠誠を誓い最も信心深き者を伴侶としたため自然と白の長が即ち権力者の伴侶となったそうだ。よって長だけは次代の為政者を産む母として尊重され特別視されてきた。
そういう成り立ちだからこそ、いつの時代からか優秀な相手、つまり為政者と番う事を目的として白の宮殿に上がる薄汚れた思想が蔓延していた。宗教の力が弱ったからか、為政者側も女神への忠誠など問うこともなく、ただ強い子孫を残せる事だけに重きを置いて長を選ぶようになっている。
(私は違う)
実際に会った黒の男は、他の者が言うような良いものには到底思えなかった。
特段興味を引くような輝くものは見当たらない。興味も湧かない。
そして、向こうも同じように思っているのは間違いない。そこだけは番としてぴったり意見が合った。
私が唯一興味を持ったのは―――
カプセルの駆動音が微かに聞こえる。
中を覗き込んでも安眠効果を高めるためのスモークで様子は伺えなかった。どのような体勢で、どのような寝息を立て、どのような寝顔なのか。
見られない事を残念だと思う。それは私の立場としては当然の事だった。
(だが時間はある)
「これから良い日々を過ごせそうだ」
努めて平静を装っても、抑えきれない喜びで尾が跳ねているのを感じた。