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龍の棲む星  作者: 青丹柳
青星
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「どうしたんですか?」


 オセラ達が帰ってからかなりの時間が経ち、本来だったら眠りについている時間をとうに過ぎている頃だ。寝付けなくてごろごろしているところへリュウが現れた。

 いつもの通り体調を診るという建前の下に人間調査をするのだと思ったが、入り口でじっと立っているその姿は元気がないように見える。


 きっと疲れているのだと思って、ベッドの上をぽんぽんと叩いて導いた。素直にベッドに腰掛けたのを見て立ち上がる。

 最近隣で寝ているけど、体格からして一人でベッドを使ってもらった方がゆっくり休めていいだろう。そう思ってダイニングテーブルから椅子を引っ張ってくるとベッドの横に付けてわたしはそちらに座った。

 幽閉されている時なんて毎日野ざらしで寝ていたと言っても過言ではないのだから、一日くらいベッド以外で寝ても大丈夫。


「・・・どうして椅子に座るんです?」

「ゆっくり寝てもらおうと思って」


 そっと肩を押すと、ベッドの縁に腰掛けたまま大きな体の上半身がこてんと横になる。

 足元に畳んであったブランケットを引っ張って首元までしっかりと掛けてあげた。五つの顎から漏れるリュウの吐息が肌を擽って、ちょっとだけ目を細める。

 足のほうもつんつんと指で控えめにつついてベッドに上げさせた。そういえば彼らは神殿内では裸足の事も多いが、ブーツみたいなものを履いている時もある。リュウも今日は靴を履いていたから四苦八苦しながら脱がしてあげた。彼らの足は人間のそれよりもずっと大きく安定感があるので、むしろ履かないほうが機動性はよさそうだ。


「あなたはどこで寝るんですか」

「そこらへんで大丈夫です」


 屋根があるならどこでも寝られる。

 心配するなと頷いてみせると、気にするのかはわからないが一応電気を消そうと立ち上がったら腕を引っ張られた。


「嫌です」

「え?・・・わっ」


 本気の力ではないのはわかるけど、ささやかな抵抗が通じない程度の力で引き寄せられるのでバランスが保てない。

 ベッドのほうに向かって倒れこむ。

 リュウの上に掛けてあったブランケットが、しっぽで勢いよく弾き飛ばされたのが見えた。


――― ぽすん


「離れて眠るのは嫌です」


(こんな人だったかな・・・?)


 まるで子供のような言い様に困った。先日から嫌だ嫌だと言ってばかり。

 それに一緒に寝ても体が辛いのはリュウのほうなのに、どうして一緒に寝たがるのだろう。

 ベッドから下りるか、このまま横になるか、逡巡していると体がシーツの上で引き摺られて無理矢理仰向けにされた上にリュウが跨るので下りられなくなった。

 視界の両端、顔の両側に鋭い爪が僅かに映る。傍から見れば取り押さえられているように見えるかもしれない。


「眠る前にお話があります」

「じゃあ椅子に」


 どう見ても落ち着いて話す状態じゃない。

 体格差もあるのだから、こんな体勢だと気圧されてしまう。いつもならそういった些細な事も気遣ってくれるのに、今日に限ってどうしてこんなことをするのか。せめて上から退いてくれないかとそっと押し返してみたがびくともしない。

 昨晩に輪をかけて危うい気配を感じる。

 リュウにはわたしの声が聞こえていないようだった。


「どうして、どうしてオセラと親しくするのですか」


 友達なのだから親しくするのは当たり前だ。

 責められることではないし、大体何故オセラだけを目の敵にするのかわからない。ベルカナだって、ウルズだって、同じように親しくしている。

 一方でリュウも理由なく責めるような人ではないとわかっているから答えに窮した。

 頬の横に突いた両手のうち、右側にあるほうが動いてわたしの額を慈しむように撫でてくる。少し汗ばんだような掌に目を細めた。


「頭がおかしくなりそうなんです。あなたが彼と親しくする度に、息が止まりそうに苦しいんです」


 本当に苦しそうに言うのでわたしもつらい気持ちになる。

 どう答えるのが正解なのか、誰か教えてほしい。


「手紙、もう送らないって約束しました。それじゃ駄目ですか?」


 今朝はそれ以上の要求はないようだったのに。


「・・・今日、庭で何をしていました?」


(何だっけ?)


 そうだ、ベルカナとの一件があった。隠すような事は何もないからはっきりと申告する。


「最初ベルカナさんとお話して、その後ウルズさんと、オセラと少しだけお話しました」


 艶の消えた黒曜石のような瞳が虚ろに見下ろすので背筋が震えた。

 悪い事はしていないと胸を張って言えるのに、そして正直に言ったのに、どうしてそんな目で見るのか。


「その時、オセラに何をしました?」

「何、って?別に普通のお喋りです。何も―――」


――― ギシッ


 リュウが顔を近づけ、より前傾姿勢になったためにわたしの周囲に掛かる荷重が変わり、スプリングが鳴く。揺れる。


「嘘は駄目ですよ」


 息が掛かるほどの至近距離まで近づくのでリュウが喋る度に頬がくすぐったい。つつつ、と顔の輪郭を撫でられる。

 嘘じゃない、という反論は異様な雰囲気に呑まれてできそうになかった。


「首に縋りついていたじゃないですか」


 確かにそうだけど、ベルカナのために起こした行動の延長線上にあるおまけみたいなものだ。

 それのどこか駄目なのか、という表情をしてしまったのが良くなかった。

 ギィィという金属を掻くような嫌な音と共に、鋭い爪がベッドに食い込むのが見えて息が止まりそうになる。彼らにとっては少し駄々を捏ねたようなものかもしれないが、持てる力と体の大きさが桁違いなのでそんな可愛いものには見えない。


「あなたが何でもない顔をしているのが悔しい・・・僕をこんなふうにしておいて、僕が、僕だけが・・・どうにかなりそうです」


 必死に頭の中で状況を整理した。

 リュウはオセラの事が気に入らない。手紙を送らないと約束しただけでは足りなくて、それ以上の事を望んでいる。

 そこまではわかったけど、最終的な解決方法が思い浮かばなかった。


 ノイズのような唸り声がリュウの喉から漏れ聞こえる。

 そうして、場の空気にそぐわないひどく優しい囁き声にもう一度背筋が震えた。





 手紙のやり取りをやめさせて、一度は落ち着いたと思っていた。

 それ以上強弁するのは諦め、また自らの心情を深堀することを意識的に避けたのは、二人の今後を考える時間的余裕は十分あると判断したからだ。


 まずは彼女の身に迫る危険を排除することに集中する。

 そう思っていたのに、一日も経たずに覆さざるを得なかった。


 生まれて初めて他者に対して震えるほどの脅威を感じた。このままでは彼女を盗られてしまうかもしれない。

 オセラの首に縋りついて微笑みかける彼女の姿が目の奥にこびり付いて離れない。


(嫌だ、嫌だ、嫌だ!!!)


 今も昔も、この星で彼女が最も信頼し寄り掛かるのは自分だと思っていた。その場所を他者に奪われると考えただけで強い恐怖を感じる。種としての本能の奥底に眠る闘争心が滾り、一刻も早く隠してしまわなければという焦燥感に駆られる。

 ウルズには言葉を濁したが、最早形振り構っていられない。


 少女期以降の彼女は、他者との正常な交流がほとんど経験できなかった。彼女にとってそれは不幸な出来事ではあるが、こちらにとって望ましい状況を作り出している。

 近くで過ごすようになってわかった。経験がないからこそ、他者から向けられる悪意以外の感情、特に対極にある好意や純粋な興味に酷く鈍感になっているのだ。恐らく自らを取り巻く周囲の感情を正確には把握できていないだろう。


(だからこそ)


 何もわからないうちに誰の所有物なのか刷り込み、優しさという毒に浸して、庇護という名の籠に閉じ込めなければ。


「手紙を禁じるだけでは足りそうにないのです」


 頬を撫で、首を撫で、肩を撫で、腹を撫でた。

 どこもかしこも柔らかい。彼女の肌に触れたオセラも同じように思ったのかと考えると酷く苛々した。


「今後は僕以外には触れてはいけません。解ってください、あなたの身を守るためです」


 喉の奥から舌を差し出すと、先日の事を覚えていたのか彼女も僅かに口を開くので安心した。

 着実に刷り込み出来ている。このまま訳も分からないうちに躾ていけば、きっと他者の入る隙間はないだろう。

 ただ、彼女が過去を思い出せない以上言い知れぬ不安が募った。

 仕上げに魔法の呪文を唱えなければ。彼女を雁字搦めにして身動きが取れない状態にする魔法の呪文。


「あなたは捕虜なのですから」


 彼女が艶めく瞳を僅かに見開く。

 その時、部屋の呼び鈴と共に密やかな声が響いた。


「おい、準備はできたか?夜明け前にはここを出るぞ」


 ウルズの声を聞きながら、彼女の体をできるだけ優しく抱き締めた。



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