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龍の棲む星  作者: 青丹柳
青星
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 どきどきと心臓が早鐘を打つ。

 この星に来たばかりの頃のわたしだったらこんな事絶対にしなかった。もやもやむしゃくしゃした気持ちが全身に回ったことで、行動力がとめどなく溢れてくる感じがする。


――― パキンッ


 枝を踏む音に、後ろを付いてくる二人がびくっとしたのがわかった。


「付いてこなくても大丈夫だよ」


 ちょっと神殿の周りを歩くだけ、という言葉にエオーは絶対に付いていくと憤慨して、オセラは困ったように尾を丸めた。


 最初は気晴らしにエオーを抱えて走ろうとしたのだけど、わたしを訪ねて庭へ来たオセラに会ってからふと気になっていたことを思い出したのだ。

 一時的に神殿の外に出た時に見た像。あれがもう一度見たい。

 外とは言っても神殿の敷地内の端なのでぎりぎりセーフだと思っているし、ちょっとした冒険にもなる。


(前回見た時はあまりじっくり見られなかったから)


「そういえば、あの後怒られなかった?」


 精一杯オセラを褒めておいたがどうなっただろう。

 今日もウルズに付いて神殿まで来ているところを見ると大きなお咎めはなかったのだと思うが心配だった。隣を歩くオセラがこくりと頷いているので心底安心する。


「よかった・・・でももう手紙は駄目って言われちゃった」


 言葉に不満気な色が混じってしまったのがわかるが仕方ない。リュウがあまりに悲しそうに嫌がったので情にほだされて頷いてしまったが、心の底ではこの顛末に納得がいっていなかった。

 わたしの言葉にオセラは少し驚いたように尾を上げて、それから困ったように首を傾げている。

 反応を見るに彼の方にはまだ伝わっていなかったようだ。


「だから前よりたくさん会いに来てくれると嬉しい」


 きっとウルズの部下として仕事がたくさんあるだろうから頻繁には神殿に寄れないとわかっている。でも折角友達になれたのだから、たまには思い出して会いに来てほしい。たくさん喋ってお互いの語学力も磨きたい。

 わたしの気持ちが伝わったのか、再度こくりと頷いたオセラの尾が優しく背を撫でてくれた。


「ねえねえ、それでどこへ向かってるのー?」


 エオーはわたしが誰かと喋っているとすぐに口を挟みたがるところがすごく可愛い。

 オセラとわたしの間に突っ込んでぴょんぴょん跳ねるのを制しながら声を潜めて教えてあげた。


「秘密の像を見に行こうと思って」

「何それー!?そんなのあったっけ??」


 オセラにはわたしの言わんとする事が伝わったようだ。おろおろとしているのは像の場所を神殿外と見なし、ぎりぎりアウトだと思っているからか。

 彼はあれが何なのか詳しく知っているのだろうか。

 最初は一人でいいと思っていたけど、彼からあの像について詳しく聞けるチャンスかもしれない。


――― かさっ


 雑多に生える緑を掻き分けた先に、半分朽ちた像を見つけて駆け寄った。


「あれぇ?これって・・・」


 前に見た時から全く変わらずに存在しているその像を見上げていると胸がきゅうと掴まれたように苦しくなる。

 元は真っ白だったのだろうが、地球とよく似た環境であるこの星の雨風に曝されて薄汚れている上にところどころ欠けて失われていた。それでもこの像が象徴する何かが尊ばれ、敬われていたことは感じられる。


「女神様の像だね!」

「女神様?」


 エオーもこの像の正体を知っているらしい。


「今住んでる建物は神殿って呼ばれているでしょ?んで、神殿は神様を讃えるところでしょ?その神様だよ!」


 現実的で何より合理性を重んじる彼らにも信仰のようなものがあるのかと驚いたが、そういえば白色は宗教を司ると聞いた。それがこの像の神様なのだろうか。


(でも地球みたいに、宗教にもいっぱい種類があるかもしれないし・・・)


 うーんと悩んでいると、オセラが補足してくれた。


「この星には宗教は一つシカアリマセン。唯一の神様が、コノ、女神様」


 たどたどしさは残っているものの、オセラの語学力は更に上達していているし敬語も使えるようになったようだ。お蔭で理解しやすい。

 説明を聞くに、地球の宗教みたいに大きな神様を取り巻くあれこれ、つまり神話のようなものもほとんどなく、宗教と言えばこの女神を讃えるのみのシンプルなものだそうだ。


「でもね、ニンゲンもそうだと思うけど技術が発達するほど宗教は影が薄くなってるんだよね」


 今じゃ誰も宗教の事なんてほとんど覚えていないよ。この像だって、今じゃ誰からも忘れられているんだし。

 そのエオーの言葉にオセラが珍しく声を荒げて反論した。


「そうカモしれまセンが、でも宗教に帰依しない者でも心の奥底には根付いているモノです。悪い事をスルト、女神様ミテル、そう怒られます」


 わたしも宗教には馴染みなく育ってきたが、怒られる時に似たような言葉を掛けられたことがある。

 そんなところも人間と似ているんだなと感心して、それから一番気になっている事を口に出した。


「この女神様、すごく人間に似てるのはどうして?」


 すごく似てる、というより人間そのものだ。人間の女性の姿と寸分違わない。

 エオーとオセラは顔を見合わせて、二人とも困ったように首を傾げた。


「ただの偶然だと思うよ。ニンゲンも僕らにそっくりな架空の生命体を想像していたんでしょ?同じようなものじゃないかなあ。ほら、大きさは全然違うし!」


 そう言うと、エオーは台座のほうにぴょんぴょん跳ねていく。


「俺もソウ思う、マス。でも―――初めてお会イしたトキ、女神様が下りてキタと驚きマシタ」


 膝をついたオセラの瞳が優しく光る。


「女神様ミタイに、大切にサレルべき人デス」


 先日の言葉はそういう意味だったのか。

 わたしはそんなんじゃない。特徴のない普通の人間だから、オセラの眼差しに心が落ち着かない。

 

「わたし、そんな大それた存在じゃないよ。でも・・・この像にはすごく心惹かれる―――また来たいな」


 二人とも黙ってしまったのは、わたしが地球を、人間を恋しがっていると思ったからかもしれない。


(いまさら地球も人間も思い出したりしない)


 像の顔がお母さんに似ているから、という言葉はあえて口にはしなかった。



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