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龍の棲む星  作者: 青丹柳
青星
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 地面に座り込んで、ぼけっと庭の木々を眺める。

 隣でエオーが心配そうに寄り添ってくれているが、自分自身このもやもやした気持ちの理由がはっきりしていないので相談することもできない。


「エオー、もやもやした気持ちになった時ってどうする?」

「ええ??うーん、思いっきり体を動かすとか」


 狩りは苦手だけど、という言葉を聞きながら考えてみた。

 わたしも体育が得意だったわけではないが、幽閉生活の中では強制的に体に鞭打たねばならないことも多く、体力や俊敏さはそれなりにあると思う。何に追われるでもなく伸び伸びと体を動かしたら、このすっきりしない気持ちも多少は晴れるかもしれない。


(神殿の中を散歩するくらいなら怒られないよね?)


 庭にいるのが常となっているが、特に庭以外が制限されているわけではないから大丈夫だろう。


「ねえねえ、元気ないけど何かあったの・・・?」

「あったような、なかったような・・・今ツーアウトなの、多分ね」


 さすがに野球用語は通じなかったようで、エオーの頭の上には疑問符がたくさんついている。

 今朝の出来事を思い出して、深いため息を吐いた。







 リュウが寝るためだけに戻って来ていた時は、一緒に寝てもわたしが起きる頃にはもう居なくなっていたから、目を開けて一番にリュウの黒橡の肌が視界に入って驚いた。よく見れば黒マントも外してベッドの端に畳んであり、いつもは見る機会のない白くて薄いワンピースのような服だけを纏っている。

 ごわっとした質感の肌はもう見慣れたが、目を閉じているところは初めて見たかもしれない。


 珍しかったのでしばらく観察してから、一旦顔を洗おうと体の上に乗った腕を慎重に下ろす。


(起こしてしまわないように・・・)


 そっとベッドから降りると備え付けの洗面台で顔を洗う。しゃきっと目が覚めたところでベッドのほうへ引き返せば、リュウが起き上がってベッドの縁に腰かけていた。

 否が応でも昨晩の姿を思い出して、どきりと足が止まる。


「お、は、ようございます」


 ぎこちない挨拶に、艶のある黒曜石の瞳がわたしを見た。


「おはようございます」


 リュウの様子はいつも通りだ。

 昨晩の様子は絶対に普通ではなかったと思うが、どこがどう普通ではないのかはわからない。わたしには人間の常識も乏しいし、彼らの常識も学び始めたところだから、持ちうる限りの双方の常識を照らし合わせても具体的にどこがおかしいのかはっきりと言えなかった。


 こちらへ、と言って自分の隣をぽんぽんと叩くので仕方なく指示された辺りに腰かける。

 二人とも昨晩と全く同じように並んで座っているのでますます緊張した。


「ウルズの部下との手紙についてですが」


(そういえば昨日、手紙について話があるって言ってたっけ)


「終わりにしてもらえないでしょうか」

「えっ・・・でも昨日は・・・」


 いい事だと言っていたのに。

 思わず不満な気持ちを表情に出してしまったようだ。ベッドの上に横たわっていたリュウの尾がうねるように動いて忙しなくシーツを撫でる。


「ええ、言いたいことはわかっていますが、僕が嫌なんです。だからお願いです」

「でも言語や文化を学ぶなら、あれが一番近―――」


――― ぼすん! 


「嫌なんです!!」


 尾を打ち付けられたベッドのスプリングが悲鳴を上げたので、驚いてリュウを見たら顔を伏せられてしまった。

 叱られた事はあったけど、これはちょっと違う。どちらかというと。


(駄々を捏ねているみたい)


 極稀に見せる幼さがより強く表れているような。気のせいだろうか。


「・・・お願いです、もうあんな手紙は誰にも送らないと約束してもらえませんか」


 嫌だと言うなら命令すればいいのに、どうしてお願いの形を取るんだろう。

 どうして呻き声のような苦し気な声で言うのだろう。

 理由は考えても全く思い当たらないけど、ただ一つだけ言えることがある。


(そんな声、出さないで)


 リュウの辛そうな声を聞くと、何故かわたしまで胸が苦しくなってしまう。こんな結果を望んでいたわけじゃない。


「・・・わかりました、もう手紙は書きません」


 そっと額のあたりに手を伸ばすと、恐々と撫でた。苦しそうだからと慰めたい一心で。

 後から思えば危害を加えようとしたと捉えられる可能性があったが、幸いにもそうはならなかった。

 わたしの言葉に顔を上げたリュウの瞳が今まで見たことがないほど艶々と輝くから、少なくとも気分を害してはいないようだ。


「本当に?」

「はい、もう書きません」


 表情はないはずなのに、すっと極限まで細められた目は微笑んでいるかのよう。そんな顔をされたら、本音は心に押しこむしかない。


(勉強になるし、皆とのコミュニケーションにもなるし、本当はまだ手紙のやり取りを続けたかったけど・・・) 


「絶対に?破ったら罰があると言われても約束できますか?」


 緊張の面持ちでこくりと頷くと、鋭い爪の四本指がぬっと伸びて来て頭と頬を同時に撫でた。頭を撫でようとしたのだろうが、彼らの手は大き過ぎるから頬まで届いてしまう。


「・・・人間への罰にはどんなものが良いでしょう」


 罰を受ける側が罰を設定するなんてことがあるだろうか。しかも聞いてる相手がわたしなのだから、小学生レベルの答えしか得られないと思う。

 水の入ったバケツを抱えて立っておくとか、掃除をするとか、お尻を叩くとか、と答えると人間の考える罰は摩訶不思議だと言われた。


 他にもっとまともな罰もあるかもしれないが、小学校で実際にあったものや漫画で見た知識しかないのだから仕方がない。

 約束を破るつもりはないから罰のことはあまり気にしないようにしよう。


「どうしても手紙が書きたくなったなら、僕になら書いてもいいですよ」


 嬉しそうなリュウの声には少し戸惑った。

 だったらオセラに送ったって罰は当たらないだろう。なんでリュウは良くてオセラは駄目なのか。


 そう思ったものの、さっきのリュウの反応からすると言わないほうが良い気がして、疑問をぐっと飲み込んだ。







 リュウに叱られたり、苦言を呈されたのはこれで二回。

 どちらも困らせようとか悪い事をしようと思った結果ではなく、むしろ事態の打開や課題克服を目指して行ったことなのにうまくいかなかった。


(あーあ、なんか駄目駄目だな)


 エオーの隣にごろりと寝転ぶ。


 いつもだったら、もういいやどうにでもなれ、という気持ちで全てを投げ出して何もかも忘れて殻に閉じ籠るのだが、そうしたくない。そうしてはいけないような気がする。

 この閉塞感をどうにかしたいという逸る気持ちだけが体の中をぐるぐる回って気分が悪いくらいだ。


(わたし、変かも)


 エオーの言葉通り、一度思うままに体を動かし尽くしてどろどろになるまで疲れたほうがいいかもしれない。


 わたしの腕に頭を乗せて様子を伺っていたエオーを抱き上げるとすっくと立ちあがった。


「よし、走ろう!!」


 抱き上げられた状態のエオーはきょとんとしている。

 今のわたしならエオーくらいの重しを持って走ったほうが、より疲労感を得られて良い気がするから付き合ってもらおう。


 そう思ってそのまま走りだそうしたわたしの前に、薄黄の何かが視界いっぱいに広がった。




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