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龍の棲む星  作者: 青丹柳
青星
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 もうどうにもならないと諦めていた。主は頑固だし、自分自身も共犯者となってしまい止めることは出来ない。

 そこへウルズが颯爽と現れて全て任せろと言うから、どこでどう真実を知ったのか、どうしようというのか、途惑いながらも静観していたら―――


(火に油を注ぐとは聞いていない)


 考えうる限り最悪の状態になってしまって目も当てられない。

 お互いを牽制しあう主とウルズを横目に主が握りつぶした手紙を拾い上げると、物に罪はないとわかっても睨まずにはいられなかった。


 ウルズの部下が去った先を見るが、もうその姿は見えない。

 いくら主でもウルズと自分を振り切って追い駆けるのは至難の業だろう。


(正直どちらへ加勢すればいいのか悩むが)


「何故黙っていたんですか」


 収まらない怒りが滲む声と体から漂う気迫に、ウルズ以外は気圧されてしまい近づくに近づけない。

 彼女が単独で黄の宮殿へ向かった時を含めて思い返しても、主がこれほどまでに周囲を憚ることなく負の感情を撒き散らした事が今まであっただろうか。


「何故報告しなければならない?内容に不審な点がない事は神殿内の全員と俺、それにベルカナも確認している。だったらあとは彼女の自由の範囲内で許されて然るべきだ」

「あんな手紙を許すはずがないでしょう」


――― ドゴッ


 このままでは神殿が崩れてしまうかもしれない。


「何故許さないのだ」

「・・・それは・・・彼女は捕虜で、僕はその管理者だからでしょう。僕が許さないと言えば全て駄目です」

「理由になっていないぞ。お前は神殿内での自由を与えた、彼女はそれを守った。何が問題だ?」

「でも今は神殿から出てしまった!!」


 やれやれと溜息を吐くと、首を振った。


「それはお前から一旦引き剝がすためだ」


 今のお前に詰め寄られたらか弱い人間はショックで倒れるかもしれん、と続ける。


(確かに)


 普段はウルズのほうが直情型で、事あるごとに温厚な主が諫めていたのに、今は逆転しているように見える。感情的に答える主は彼女が消えた方向から未だに視線を外さない。

 

「ずっとこの星に留め置くのなら、永い残りの生の慰めに恋人がいても良かろう。そのほうがこちらの文化にもよく馴染む。そうなれば今後人間と交渉する際にも良い潤滑油となるだろうし、恋人という枷があればこちらに不利な事はしないだろう?」


 珍しく滔々と語るその内容は至極真っ当で、反論の余地は無いように思う。

 だが、主は承服しかねるとわかっていた。思った通り、唸り声混じりの否定の声が聞こえる。

 この正論が伝わる主ならばあのような大それた計画は実行しないし、それでなくとも普段の様子を見ていれば推測できることだ。

 本人の口から語られる機会はなかったから自覚の有無はわからないが、間違いなく異性として彼女に惹かれている。


 過去の縁によるものなのか、それとも再会してから芽生えたものなのか。

 絶対に深入りしないという当初の約束は疾うに破られ、なかったものとされた。それだけでなく仮初めの伴侶を選出し、あまつさえ取引によってのみ繋がることを選択したのだ。白の長としての確固たる地位と引き換えに、対外的には妻帯者として振る舞えるように協力を取り付けた。

 主が進もうとする道は異質で、折を見てそれとなく諫めたものの私の力では止めることができないと悟る。結局主が否と言えば最終的には私は従うだけだ。

 だから戦々恐々としていた。ウルズは主から何かを引き出そうとしているようだが、一体何を言わせたいのか。


「お前はあの捕虜をどうしようというのか」

「どうするつもりもありません」

「だったら恋人を作るくらい大目に見てやれ」


――― ドンッ


 主がウルズのすぐ横のかべを殴った衝撃で四方にひびが走るが、ウルズのほうは予想していたのか微動だにしなかった。

 諭すように主へ囁く。


「闇雲に荒波を漂うのと、目的を持って嵐の中を進むのは似ているようで全く違うのだぞ。前者になろうものならお前の手から大事なものが零れ落ちるかもしれない」


 これはアドバイスだ、と言って肩を叩いたウルズの手を主が叩き落とす。


「あの捕虜に恋人がいたらどんな感情が湧くのか、どうしてそう思うのか、よく考えることをお勧めする」


 もしかして主は―――







「勝手に外に出ていいのかな・・・わたし、神殿の外に出てはだめって言われてるよ」


 人間とは比べ物にならない跳躍力で神殿の敷地を出たオセラの様子はいつもと変わりない。

 何があったのかとわたしは混乱しているのにオセラは気にしていないということは、想定内の騒動ということだろうか。


「ダイジョウブ、ウルズサマ、シジシタ」


 確かにウルズは早く行けと言った。

 だけどリュウは何か言いたいことがありそうだった上に怒っているように見えたから、強引に出て来たことが引っかかる。


(理由もなく怒る人じゃないから、ちゃんと話を聞いたほうがよかったんじゃ・・・)


「スコ、シ、サンポ。ソノア、ト、モドル。デンカ、オチツ、ク」


 神殿の方を何度も振り返るわたしを抱えたまま、緑の生い茂る道を歩くオセラの声は落ち着いていた。


「オセラが怒られない?大丈夫?」


 リュウが怒っていた理由はわからないが、予め手紙の件を打ち明けても何も言われなかったのだからきっとわたしがやらかした事ではない、他の要因に絡んで苛々しているのだと理解している。手紙以外で後ろめたいことなど何もなく、リュウの前に出てもきちんと会話すれば大事にはならないと思えた。


 でも神殿の外に連れ出したオセラは違うかもしれない。

 きっとわたしが怖がると思って連れ出してくれたんだろうけど、彼が処罰されるような事になったらどうしよう。

 心配でやきもきしていると、ざらっとした感触が頬を撫でた。


「ゴメン、テ、ツカエナイ、イマ・・・シンパイ、アリ、ガトウ」


 彼らの顎は人間でいう頬のあたりまで広がっているので、頬擦りされると硬質な外皮だけでなく顎の境目もあってゴリゴリとちょっと痛い。

 じゃれつく大型犬のようで思わず頭を撫でまわしたくなるが、やっぱりオセラが心配だ。


「ミセル、モノ、アル」

「何?」


 外を歩き慣れないので必要以上にきょろきょろしてしまう。挙動不審過ぎて周囲に人がいれば悪目立ちしそうだが、幸いにも神殿の周囲は静かで何の気配もない。

 神殿の外周をしばらく歩いたところでオセラの足が止まり、静かに地面へ下ろしてくれた。


「コレ」


 オセラが見ているのは何かを模した像だ。生い茂る緑に埋もれているので、気を付けて見ないと通り過ぎてしまいそう。

 かなり年季の入ったもので造形が崩れかけているのと、像そのものが大きいのでわたしの身長では仰ぎ見なければならず、最初は何なのかよくわからなかった。

 わたしの様子に気付いたオセラがもう一度高く抱え上げてくれたのでやっと全体像が見えたが、何なのかを認識して絶句する。


「これ・・・は・・・」


 オセラの顔を見ると、艶々した黒曜石の瞳が見上げてきた。


「トテモ、タイセツ」


 わたしの体をゆっくりと下ろしてくれたオセラは、目の前に屈むといつものように視線を合わせてくれた。外皮に比べればほんの少しだけ柔らかい掌が頬を撫でる。


「タイセツ」


 その言葉をどう理解すればいいのかわからなくて、もう一度像を仰ぎ見た。





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