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龍の棲む星  作者: 青丹柳
青星
30/47

30

 朝起きた時からいつもと違うとは感じていた。

 神殿内で色んな気配があちこちに動いていて、そのどれもが賑やかな空気を醸し出してまるでお祭りのようだったから。


(何・・・?お客さん?)


 いつもよりかなり早い時間だが気になって自室を出ようとした時に、ちょうど入ってこようとしていた何かとぶつかった。


「ゎぶっ!!」

「朝食はもう少し待ってください」


 定期的に聞いている声だが、こんなに明るい時間帯に聞くのは本当に久しぶりだ。

 突っ込んでしまった黒いマントから驚いて顔を上げると、ふふふと笑い声が降ってくる。


「あ、おかえりなさい」

「ええ、戻りました」


 尾をゆったりと揺らして目を細めるその顔は、表情はなくても見ようによっては笑っているように見えるかもしれない。

 最近はずっと暗がりで会っていたから、光の中で顔を合わせるとなんだか照れくさい。

 人間は多忙になると顔がやつれたり顔色が悪くなったり様子でわかるものだけど、彼らは外皮が厚いからか特段疲労は見られないが彼はどうだろう。


「朝食の準備が出来るまでお話ししていましょう」


 ごつごつした大きな手が肩を抱いて促すので、素直に付いていく。二人でベッドの縁に腰掛けると大きく軋んだ。


「あの・・・?」


 肩にあった手がするすると移動して、髪を一束掴み顔を近づける。

 匂いを嗅いでいるようにも見えるし、口付けているようにも見えてどきりとした。


「明るいところで見ると、光り輝いて一層綺麗です」


(そうかな)


 適当な乾かし方をしているしまともな手入れはしていないので、おそらく人間の中では綺麗な髪とは呼べないだろう。でも彼らには髪自体がないので基準がわからないのだと思う。


「離れていた間、どんな事をしていたのか教えてください」


――― コツン


 額を合わせて目を覗き込まれる。黒曜石の瞳こそ、明るいところで見ると光り輝いてとても綺麗だ。


「でも一昨日も会いましたよ」

「いつも真夜中、それも眠る直前だったからほとんど話せなかったでしょう」


 拗ねるような声音に、首を傾げて答える。


「毎日エオーと庭で遊んで、お風呂に入って、ご飯を食べて、特別な事はなにも」


 ああ、大事なことを忘れていた。ずっと言いそびれていた大事なこと。


「そういえば一つだけ新しい事を始めていて、皆にこちらの言語を教えてもらっています。聞き取りはまだあまり得意じゃないですけど、読み書きのほうは少しだけできるようになりました。皆に見てもらって手紙のやり取りもしているんです」


 最後のくだりで怒られないだろうか、怪しい事はしていませんとはっきり言い訳したほうがいいだろうか、と不安気に見上げたら優しく頬を撫でられたのでほっとした。


「ああ、それはいい事ですね―――」


 矢庭にノイズと唸り声を組み合わせたような音が耳を擽るので、急いで意識を集中させたが無駄な努力だった。

 

「・・・全然聞き取れません。簡単な言葉をゆっくり喋ってもらわないとまだ無理です」


 わかっていてやったのだろう。

 ムッとしたわたしを見てくすりと笑ったリュウに、ぽんぽんと頭を撫でられた。表情はないのに笑い声が聞こえるのは少し不思議ではあるが、その声はとても温かくてくすぐったい。


「少しずつ分かるようになればいいのです」


 髪の束を太い指に絡ませて遊ばれる。

 体格差もあって、傍から見れば大きな獣に髪の毛を掴まれて引き倒されそうに見えるかもしれないが、実際はただ穏やかな空気が流れていた。


「はい―――それで、今なんて言ったんですか?」

「秘密です」







「あっ」

「コ、ンニチ、ハ」


 ウルズも来ていると聞いたのできっとオセラも来ているだろうとわくわくしながら神殿内を探していると、庭で所在無げにぽつんと立っていた薄黄色のマントがくるりと振り向いて嬉しそうに寄って来た。

 尻尾を振りながら寄ってくる大型犬のようで可愛い。変なところで息継ぎが入る独特なイントネーションも一生懸命喋っているようで頬が緩む。

 わたしも駆け寄ろうとしたのだが。


(なんか、恥ずかしい)


 いくらお互いの言語習得のためだとはいえ、いくら添削者がそれぞれについていて遊びのようなものだとはいえ、あんなに熱烈な文章のやり取りを交わしていた人が目の前にいると思うと途端に恥ずかしさがこみ上げてきた。


 少し離れたところで足を止めてもじもじし始めたわたしの前まで来たオセラが、膝をついて顔の高さを合わせてくれる。

 こういう丁寧なコミュニケーションをとってくれるところからも彼の誠実さが伝わってきた。わたしも誠実に接しなくては。もじもじするのをやめて顔を上げると、しっかり目を合わせた。


「オヒ、サシブ、リ」

「うん、久しぶり」


 彼は会話のほうもかなり上達したようだ。

 二人で並んで座って話していると、所々で言葉に詰まるものの概ね支障なく会話ができるので驚いた。


(負けたかも・・・)


 わたしはまだ彼らの言葉の大部分を聞き分けられないから、学習の進捗状況に大きな差ができてしまったといえる。スタートした時点ではお互いの言語レベルは同じようなものだったのにと思わずため息をつくと、彼は困ったように尾を丸めて顔を覗き込んできた。


 慰めの言葉は咄嗟に紡げなかったようで、代わりに頭を撫でてくれて――――


――― ドォォォン


「なに??」


 神殿の中から大きな音と、言い争うような声が聞こえてきたので驚いて立ち上がる。

 オセラも音がした方向を見ていて、庇うようにわたしを背に隠してくれた。


 言い争う声はどんどん近づいてくる。ノイズのようなその声は彼らの言語だと思うが、やっぱりまだ内容は理解できない。

 悪意ある侵入者が来たのであれば狙いは何だろう。身を強張らせていることしかできない。


「オ、オセラ・・・何が起きてるの?」


 静かに、と言うように唇をちょんと指の腹でつつかれたので慌てて口を噤む。

 ドスンという重い音が響いた時に、オセラの背から顔を出したわたしにもその発生源が見えた。


(リュウ?)


 リュウとウルズが言い争いながら庭へ向かってきているのだが、リュウは怒っているのか尾を地面に激しく打ち付けており、その勢いがあまりにも強いので轟音が響いていた。少し遅れて来たアルジズが宥めようとしているが上手くいっていない。

 侵入者ではないようだが、あんなに取り乱しているリュウは今まで見たことがなかったので呆気に取られていると、膝の裏にざらざらとした何かが触れたので驚いて下を向く。


「・・・ソト、イコウ」


 膝の裏に続き、背中にごつごつとした硬い感触。それから体がふわりと浮いたので驚いて、わたしを持ち上げて唯一の支えとなっているオセラの首に縋りついた。


「わっ、何?どういう事・・・?」


 オセラがしようとしていることがわからなくて意図を探ろうとその顔を覗き込んだが、同時にノイズ音のような、大音響の重低音のような、内臓を揺さぶる咆哮が聞こえたので驚いて振り向く。

 振り向いた先には五つの顎を目一杯開いたリュウが居て、真っ直ぐわたしへ手を伸ばしていた。


「ねえ、怒ってるみたいじゃない?」


 理由はわからないけど、わたしに向かって何事かを叫んでいるから怒られているのはわたしみたいだ。

 オセラの首をつついて、下りて話を聞きに行ったほうがいいよね、と言ったら首を横に振られたので困ってしまった。


 リュウを後ろから羽交い絞めにしたアルジズに加勢しながら、ウルズが何かを叫ぶ。


 簡単な単語だったので辛うじて聞き取れたが、その意味は―――


(早く、行け?)


 瞬間、体が大きく上に引っ張られる感覚がして、ぎゅっと目を瞑った。




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