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龍の棲む星  作者: 青丹柳
青星
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 ここでの生活は地球でのそれに比べれば天国のようだと思っていた。

 だけど実際はそう単純な話ではなくて、得たものがあれば失ったものもある。


 得たものは健康的な食生活、衛生的な環境、一般的な他者との関わり。失ったものは、自分だけの殻。

 地球に居たころは他人とまともに関わることがなかったから、辛くなるとすぐに自分の殻に閉じ籠れば全てが解決した。当然他者との深い交流から発生する対人面での悩みなどなかったし、自分という存在しかいない殻の中は居心地が良い。

 けれどこちらに来てからは一人の人間として扱ってもらえるようになったために、大なり小なり他者との関わりは避けられず殻から外へ出ざるを得ない。他者との距離の取り方がわからなくて上手くいかないと思う事が多くなった。

 そして今も―――


「・・・わたしの顔に何かついてます?」

「いいや」


 絶賛悩み中だ。


(この人、何しに来たんだろ。もっと話掛けたほうがいい?でも話題もないし・・・)


 明らかにいつもより周囲に居る人数が多いので、神殿の皆が見守ってくれているとわかる事だけが救いだ。


 目の前に居るのは昨日も見掛けた白いマントのスリサズ。

 昨日はリュウを探して神殿へ来たようだったから、すぐに彼女も神殿を離れると思っていた。彼は夜明けを待たずに黒の宮殿に戻ったのだから。


 気づかれないように彼女の姿を伺った。


 黒橡色の肌に映える微光沢の白マントを纏い、胡坐をかいてわたしの対面に座り込んでいる。左膝に頬杖をついているので、上体は少し傾いでいた。

 黒曜石の瞳がわたしを映すが、他の者達と違ってそこから感情を読み取るのは難しそうだし、尾の動きもない。人間という珍しい生き物を見に来たわけではなさそうだが、さっきからただじっと見られているので居心地が悪かった。


「神殿の外に出たことは?」


 リュウの奥さんということは女性なのだと思うが、彼女の声は僅かに掠れていて中性的だ。

 彼ら種族においては外見上雌雄の区別がつきにくいが、声には少しだけ違いがある。例えばベルカナはウルズよりも少しだけ声の調子が高い。アルジズは低い。リュウも低めではあるが、凛とした雰囲気があってスリサズの声質と少しだけ似ていた。


「一度だけ、黄の宮殿へ行ったことはあります」


 何の脈略もない唐突な質問だが、素直に答えた。あの時は結局大騒動になってしまったので彼女も知らないはずがない。


「白の宮殿には?」

「ないです」


 何でそんなことを聞くのか。

 前任の白の長であるイサに目の敵にされていたのに、白の宮殿に行けるはずがない。


 再び黙り込み見つめてくるのでそろそろ部屋へ戻ろうかと思い始めた時、彼女が急に立ち上がったので驚いてひっくり返りそうになった。

 わたしの腕を引っ張って支えてくれたのには更に驚いたが、周囲に居る者達に緊張が走ったのがわかる。


「もし何かあれば白の宮殿へ来るといい」


 それだけ言うと、マントを翻して颯爽と去っていった。

 あとに残されたのは彼女の言わんとする事を汲み取れずにぼうっとするわたしだけ。


(何かって・・・何??)









 提示された内容を見て首を傾げたくなった。


(どういう事だ)


 面倒な事になったとは思っていたが、その方向性が変わってきている。

 自身に不利に働くものではないから拒否する気は起きない、むしろ願ってもないほど有利だ。だが向こうにどんな益があるのか不思議ではあった。


「そちらの方面には興味もない。その内容で構わん」


 頭を垂れたアルジズがどう考えているかは知る由もないが、その奥の玉座に座る黒いマントの男は満足そうに頷いた。二人の空気から、これは綿密に計画された結果なのだと気づく。


(成る程、私なら交渉に応じると見越して白羽の矢が立ったということか)


 あの黒マントの駒になったようで多少不愉快ではあるが、そうまでする理由のほうが気になった。推測すらできないが、鍵は恐らく―――


「こんなものよりも、私はアレに興味がある」

「なんでしょう?」


 交渉事がすんなり纏まったために、議会で見た時よりもずっと緩やかな空気を湛えた黒マントの男が尋ねる。今なら褒美として与えてもいいと言わんばかりに上機嫌だ。


「アレだ。あの顔を見て興味を持たない者がいるか?少なくとも白の配下が見れば強く興味を惹かれる造形だ」


 何かは明言しなかったのに、二人とも瞬時に理解したようだ。

 一瞬で部屋の空気が暗転したのがわかる。


「話し合いとやらの場所を明確に言わぬから神殿へ行ったら会った。引き渡しの時は離れて見ただけだったが、実際触れてみると更に―――」


――― ドスンッ


 風を切る音の直後に轟音が響くが、室内の誰も微動だにしなかった。


「私のものに手を出すならば、貴女であっても許しませんから」


 やはり鍵はあの捕虜だ。激しく床を打ち据える尾を見ながら確信する。

 どんな思惑でこんな計画を立てているのかは検討もつかないが、きっとあの捕虜が我々に何かしらの恩恵を齎すからこれほどまでに注意を向けているのだろう。


(では、恩恵を齎したその後は?)


 交渉の余地はあるかもしれない。


「飽きたら私にくれ」

「出来かねます」


 恩恵はそれほど長く続くものなのか。だがいつかきっと手放す時が来るだろう。

 その時には是非私に第一交渉権がほしいものだ。イサの本心はまた違うところにあったようだが、理由はどうあれ確かにアレは本来白の宮殿に居るべきだと思う。


 それだけ告げて立ち去ろうとすると呼び止められた。


「彼女に、捕虜に余計な事を吹き込まなかったでしょうね」


(何故そんな事を気にする)


「別に何も」


 真意を探るために振り返ろうとしたが、アルジズがしつこく退室を促すので大人しく従う。きっとここで得られる情報はこれ以上ないだろう。

 あとは―――


(どうやって神殿に近づこうか)


 それだけを考えながら帰路に着いた。

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