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龍の棲む星  作者: 青丹柳
青星
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「スリサズ様、如何されました」


 ああ、五月蠅い。

 薄灰色のマントを纏った者たちがわらわらと這い出て来てこの私に物申す。


「もうそろそろ議会が再開されます、お戻り下さい」


 休憩だというから少し中庭を歩いただけなのに騒々しい。

 身の内から溢れ出す苛立ちを上手く隠して振り返ったが、薄灰色のマントの向こうで白いマントの者達が遠巻きにこちらを見てることに気付き更に不快な気分になった。

 一挙手一投足が注目されているのをひしひしと感じる


「ああ、わかった」


 だから黒の宮殿には来たくなかった。

 しかし国家の重大事項であるが故に我儘を言うことはできず、連れて来られたからにはさっさと用事を済ませて白の宮殿に戻りたい。


 鏡のように磨かれた真っ黒な床材の上を大股で進み元居た堂へ戻ると、新たな苛つきの種が目に入ったので早速踵を返したくなった。


(何時までこの茶番を続けるのか)


 居並ぶ白のマント達が一斉に道を開けるので厭々自分に与えられた席に戻る。

 向かいの高台から見下ろす漆黒のマントは微動だにせずに、瞳を半分伏せていた。


「それでは再開します」


 アルジズの声が響くと堂の中のざわめきがぴたりと止んだ。

 と、思ったのは一瞬で、あっという間に四方八方から誰それの遺伝子情報が良いだの安産型だの既に丈夫な子を産んだ実績があるだの、凡そ非常識な内容の言葉が飛び交う。

 うんざりとした目をしているのはどうやら私だけで、左右の同僚たちは期待に尾を揺らしているのが見えた。


(ハッ、馬鹿らしい)


 家畜の品評会かと思うような下劣な会話が流れるのは、全てあの高台から見下ろす男のせいだ。

 言葉を交わした事などほとんどないが、最後に会ったのはイサの代理で捕虜の受け渡しの場へ出た時だったか。為政者としては大変に優れていると評判だったから切れ者なのだろうと思っていたのに、とんだ大うつけ者。


 高台の男から命じられ、四方八方から意見を投げつけていた奴らは順に立たされて、発言の根拠を述べさせられている。


 議会が始まってからずっとこの調子だ。

 彼らは最初は思慮深くも殿下の意向に沿うと言っていたのに、あの大うつけ者がよく論じた上で最適な者を示せなどと他人事のような指示を出したのだ。

 時間が経つにつれて、誰しもが疲れてきて早く結論を出したいと焦り始める。

 結果このような混沌とした状態に陥った。


(優柔不断、と言うよりそもそも話を半分も聞いてないな)


 白の長、いや自らの伴侶を選ぶのを拒むように議論を堂々巡りさせている。まるで誰も選ぶ気がないように見えるのは私だけか。


 あちらには選ぶ気がない、こちらも選ばれる気はない。

 この無意味な議会が終われば誰か起こしてくれるだろうと踏んで、人知れず目を閉じた。









 疲労の色が濃くなる臣下達を眺めながら、ちらと白マントの列の端に目を遣った。

 一人だけ尾をだらりと下げて顔を伏せているため、壇上から見るとかなり目立つ。本人はわかっているのかいないのか、微動だにしない。

 言葉を交わした事はないが、どういう者なのか大方の調べはついている。この態度を見る限り調査結果は正しいと思われた。


「――か・・んか・・・・・殿下!!」


 悲壮感の漂うアルジズの声に意識を戻すと、全員が頭を垂れて神妙に屈んでいるのでやっと答えを出したらしい。聞くのも面倒な上聞かなくても結果はわかっているが、形式上聞いておく必要がある。

 思慮深い為政者の面をつけ重々しく尋ねた。


「適任者は決まりましたか?」

「はい。最終的にスリサズ様が最適だという答えを出しました。如何でしょうか」


 もう一度白マントの列を見るが、何の動きもなかった。

 臣下たちは垂れていた頭をこっそりと擡げ、切実な瞳でこちらを見ている。考えに考えた結果だからどうか承諾してほしいと、その目は如実に語っていた。

 いつもはああだこうだと議会が荒れる事も珍しくないが、今は全員が一丸となって懇願しているのを感じる。


「理由は?」

「武芸の面での強さ、体力面での頑丈さ、生殖能力をはじめとした健康状態、それから執政能力。各候補者間でこれらの要素を比較した結果です」


 妥当な答えだ。母であるイサが選出された際の記録を鑑みても、選定方法と結果に異論は無い。何よりこうなるように仕向けたのは自分自身なのに―――


(胸が重い)


 脳裏に彼女の顔がちらつく。

 昔から何度もあった事だがいつも彼女の姿は幼い頃のそれだったので、あの短くも濃密な時間を懐かしんでいるのかと自己分析していた。しかし今は、現在の彼女の姿がゆらゆらと思い出される。

 これは懐かしさではない。


 ではなんだろう。


 この胸の重さはなんと表現すれば良いか、ただ只管に許しを請いたい気分だ。誰に、何に対して許しを請えばいいのかもわからないのに。

 叶うなら目の前の大きな卓を力任せにひっくり返して大声で喚き叫びたい。

 生来の気質だけでなく置かれた環境も手伝い、どんな状況でも決して感情的にならないよう生きてきた自分にこれほどの激情が眠っていたなど驚きだった。


(今は抑えなければ)


 訝し気なアルジズに向かって一度だけ尾を振って見せると、鷹揚に頷いた。


「・・・いいでしょう」


 臣下全員が頭を垂れるのを見ながら、知らぬうちに肘掛けをひびが入るほど握りしめる。

 アルジズの尾が思案するように揺れ、肘掛けとこちらの顔を交互に見ていたが、結局何も言わずに臣下達に向かって宣言した。


「殿下の承認も得られましたので次の白の長はスリサズ様となりました。これにて議会を閉じさせて頂きます」



 走りたくもない道を走り始めた気がして、やはり大声で咆哮したくなった。




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