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捏ねる、固める、削る。
土がちょっと湿った状態だと形作りやすい。
「ニンゲンって手先が器用だねー」
感心するエオーにどうだと胸を張って見せるその隣で、オセラがダムダムと手を叩いている。手が大きすぎるので風圧と打音が尋常ではなく、拍手と言うより殴打といった様相だが本人は至って温厚だ。
「これ、なんだと思う?」
渾身の作品を前に二人の顔を交互に見ると、オセラがぱっと顔を上げて神殿を指さすので今度はわたしが拍手した。
「正解!」
言葉が伝わったのかはわからないが、わたしの表情や仕草で察しているようだ。
答えるのが遅れたエオーは悔しそうに足を忙しなく動かしているが、対照的にオセラのしっぽはブンブン振られており嬉しそうだった。
わたしの何倍も大きな体を持っているけど、つい頭を撫で回したくなる。フレンドリーな大型犬と表現するのは変だろうか。
「神殿って何て言うの?」
オセラと話す時は、自然と敬語が抜けるようになった。
お互いにまだ相手の言語を習得できていないけど、対象物を指差した上で"何て言うの"という問いかけ言葉は覚えたらしい。すっと膝をついて目線を合わせてくれた上で、ゆっくりと喋った。
――― ウゥ、グゥゥ
「うーぐー?」
彼らの言葉はノイズっぽいざらざらした音だと思っていたが、真剣に耳を傾けるとノイズ音と唸り声を組み合わせたもののようにも聞こえる。
聞こえたままを真似して発音してみたが、オセラは困ったように首を傾げたので多分全然違うのだろう。
「聞き取れるようにはなると思うけど、たぶん発音は無理だよ」
わたしたちのやり取りを見ていたエオーが仲間外れにされたとでも思ったのか、わたしとオセラの間に割って入ってぴょんぴょん飛び跳ねた。
「なんで?がんばればできるかもよ」
「声帯の作りが違うから無理って聞いたよ!ニンゲンの声帯って汎用性低いんだもん!!」
(・・・そうかも)
ノイズみたいな音を出している人間は見たことがない。体のつくりが違うから、と言われると納得できる。じゃあ―――
「通訳なしで話すには、オセラに人間の言葉を話せるようになってもらわないとだね」
両肩をぽんぽんと叩き発破をかけると、オセラはしっぽをくるんと丸めて肩を落とした。表情は全くないのに本当に自信がなさそうなのが伝わってくる。
それだけではない。そわそわと大きな手を握ったり開いたりして何かを言いたそうだ。
エオーに向かってノイズ音を発しているが、いつもよりずっと長い文章を喋っている。
「ふんふん・・・あのね、オセラはしばらく神殿には来られないんだって。ええとそれは、今日からしばらくウルズ様とか、偉い人みんな黒の宮殿でお仕事があるからだって」
「・・・そうなんだ」
偉い人みんな、という言い回しだときっとリュウやアルジズもそうだろう。確かに最近二人とも忙しそうで、夕食時にもいない事が増えた。唯一寝る前にリュウが姿を見せるくらいか。
そういった事情も捕虜という立場では気軽に聞きにくい。
――― クルルルル
「ん?これ・・・紙?」
何かを訴えかけるようにオセラがマントの下からぺらぺらした白いものを取り出してわたしに差し出すので、困惑しながらも一旦受け取った。
わたしの知る紙のようだが綴られておらず、ただ長い紙を蛇腹に折っただけのものだ。
「わー珍しい!今時紙なんて滅多に見ないよ!!」
エオーが垂れた蛇腹の端に噛みついたので慌てて畳むと、オセラがもごもごと何か言う。
「ふんふん・・・手紙を書こうって言ってる!お互いにこの紙にちょっとずつ相手の文字で、今日あったこととか楽しい事とかを書いていけばきっと勉強になるって」
(それ手紙っていうか、交換日記では?)
小学生の頃にやったことはある。いつの間にか飽きて誰からともなく終わってしまうのだが、今回はどうだろう。
いいよ、と頷くとオセラのしっぽが嬉しそうに大きく揺れた。
*
「うーん、冷静に考えると・・・やっぱり普通のやり方じゃ駄目だよね」
予想通り、夕食時にはリュウもアルジズもいなかった。もしかしたら体調記録も無いかもしれない。
寝るまで少し時間があるから早速手紙を書こうかと思ったが、嫌な記憶が蘇る。
(勝手に外部とやり取りすると、また変に疑われるかも・・・)
蛇腹の簡素な紙を見ながらよく考えて、悩んだ末に白紙のまま畳んで小引き出しに仕舞った。
誰かに交換日記の事を打ち明けて、内容をチェックしてもらってからやり取りした方が安全だ。一番良いのは最も厳しそうなアルジズに相談することだが、今日は彼も姿が見えない。
(明日相談してみよう)
そういえばペンも無いのけど、どこかに仕舞っていないだろうかと備え付けの小引き出しを片っ端から開けたり閉めたりしていると目の前が急に翳った。
ごつごつした冷たい何かが後ろから体に巻き付いてきたので硬直する。
「ッ!?」
(何??誰??)
人間驚きすぎると声も出ない。
強張った体をどうにか動かして目線を下げると、硬質な外皮に包まれた太い腕が見えた。
「体調はいかがですか?」
リュウの声だ。顔の見分けはつかないわたしでも、声はなんとか判別できる。ほっとして体の力を抜いた。
(なんだ、今日も体調記録あるんだ)
可もなく不可もなくだと答えようとして、ふと気になる。
今まで一度もここまで広い範囲で接触されることはなかった。接し方に迷ってぎくしゃくした際は多少の接触はあったけども、基本的には節度を持って紳士的に、安心させるように適切な距離を取ってくれていたと思う。
なのに今はぴったりと背中にくっついて、隙間なく体が接している。根本的に体格が違うので、今わたしの体はほとんどが独特な硬い皮に囲まれていた。
「どうかしました?何かあったんですか?」
「・・・・・・いいえ、何も」
答えが返ってくるまでに変な沈黙があった気がする。
何もないと言う割には解放されない。いつもの体調記録が始まる様子もない。
(??)
逃げ出したいと思うような恐怖はないから抵抗するつもりもなく、結局じっとして時間だけが過ぎていった。出し抜けに、ふふふ、と漏れるような笑い声が聞こえたので後ろのリュウがどんな顔をしているのかだけが気になったが、きっと表情は変わっていないだろう。
「怖がらないのですね」
「怖くないですからね」
「・・・」
何かの遊びかとも思ったが悪戯を好む茶目っ気のあるような性格ではなかったはず。きっと何か思惑があるのだろうとは思う。
でも何の説明もなく解放もされないまま、リュウがぽつりと零した。
「しばらく・・・黒の宮殿のほうで仕事があって、神殿には戻って来られないでしょう。良い子で待っていてくれますか」
「?ええまあ、はい」
良い子という言い方が引っかかるものの、今まで捕虜として大人しく過ごしてきたのに急に念押ししなくてもと思いかけて―――
(ああ、あの時の事を言ってるんだ)
「大丈夫です。勝手に外へ出たりしません」
わたしだって反省しているから言われなくても身の振り方には気を付けているつもりだ。誰にも言わずに暴走するつもりもないし、仮にどうしても外に出なければならない事情があれば神殿内の誰かに許可をもらう。
リュウの顔は見えないながらも力強く頷いて肯定した。
「そういう・・・・・・まあ良いでしょう。いいですか、何があっても全て僕が対処しますからあなたは何も考えないで、耳を塞いで」
つまり余計な事をせず弁えて行動しろという警告だと受け取ったが、変な言い方をするものだと首を傾げたわたしにリュウが重ねて言う。
「約束してください、必ずそうすると」
「わかりました、けど」
「けどは要りません」
珍しく強い口調なので渋々頷いた。
(明日から耳塞いで生活するの?)
面倒だな、と顔を歪めているわたしに気付いているのかいないのか、ごつごつした腕がするりと離れていく。名残惜しそうに足首にざらりとしたしっぽがくねくねと巻き付いてから、ゆっくりと離れていった。
やっと解放された体で振り向くとリュウはまだすぐ後ろに立っていて、くしゃりとわたしの頭を撫でて何か言いたげな目をしている。それでもそれ以上は何も言わず、静かに部屋から出て行った。
いつもとは違う様子だったのがやたら気掛かりだが、きっとわたしにはどうにもできない。
長らくそうしてきたように、不安な気持ちから目を逸らして心の奥底に仕舞い込んだ。
「あ、交換日記の事言い忘れた・・・」