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龍の棲む星  作者: 青丹柳
青星
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 神殿内執務室の空気は重い。

 先日の騒動は一旦収束を迎え、麻痺しかけていた政も回り始めたにも関わらず、だ。


「結局何も喋らなかったのか?」

「ええ。こうなったからには何かしらを弁明しなければ名誉も失うというのに・・・以前の冷静で落ち着いた彼女からはちょっと考えられないわよね」


 不可解なイサの行動の理由は本人の口から語られると皆思っていた。罷免手続きは済んだとはいえ弁解の場は設けられていたから、自分の名誉のためにもあのような行動を取る他ない理由があったと説明するはずだ。

 それなのに彼女は何も語らなかった。罷免だけでなく、国家の中枢を虚偽の情報で麻痺させた咎で処分されると警告してもだ。

 故にイサ自身が言った通り、特例として赤の管理下ではなく白の宮殿にて投獄される初めての者となった。


 ウルズとベルカナが気遣わしげに主を見るのも当然の事だ。

 誰もが知る通り、白と黒は密接な関係にある。他の三色とは違う濃い結びつきだ。


「その・・・殿下は・・・」


 庭に面した窓を眺めるその目は憂いに満ちているように見え、ウルズやベルカナと顔を合わせた。穏和で公平、しかし必要とあれば非情にもなれる為政者として申し分のない主ではあるが、きっと今回の事件は大きな負担になったはずだ。公の場では決して表に出さなくとも、また公私ともに深い付き合いのある私達に言わずともお辛いのではないか。


「あの足」


 ぽつりと言葉を零すので、息を潜めていた全員の反応が一拍遅れた。


「・・・え?」

「・・・何?」

「・・・何ですって?」


 窓から視線を外さずに、もう一度口を開く。全員が聞き逃すまいと身を乗り出す。


「すごく柔らかくて、触り心地が良くて」

「・・・・・・何をおっしゃっているのか理解しかねるのですが」


 ウルズとベルカナが目線だけでこちらに対応を押し付けたので、渋々口を開くが嫌な予感しかない。

 主の視線の先にあるのは庭に続く窓で、窓の外の庭には生物の気配があり、それは―――


「あの柔らかい足で地面を蹴って走れるのですから不思議ですね」


 やっとこちらを振り向いた主に全員黙り込む。

 同意を求めるような様子なので何か言った方が良さそうだが、何を言えばいいのかわからない。仕方なく曖昧に頷くと、鷹揚に頷き返された。


「ああ、それで、何の話でした?」


 案じる気持ちを返してほしい。

 主以外の全員がそう思ったはずだ。


(何故そこまで関心を持たれるのか)


 今まで主が特定の何かに興味を持つ事など、自分達が知る限りひとつもなかった。それは我々種族の教育方法に起因するだろうが、個人の資質も大きいだろう。

 実力さえあれば大抵の物や地位が手に入る世界にあって主だけは特別な存在だ。血筋が優先されるのはただ一つ、為政者のみ。そのただ一つの存在でありながら実力すらも手にし、望む物はなんでも手に入るのに。

 逆に何でも手に入るからこそ、興味を持てるものがなかったのかもしれない。


 以前この星へあの捕虜が招かれた際に何があったのだろうか。

 ごく普通に訪問しただけであれほど興味を持つようになるとは思えない。


 考え込む私の頭を飛び越して、大きな声が響いた。


「当座の問題は解消されたが、背後に隠れていた別の問題が見えてきただろう!!あれはどうするつもりだ」

「隠れていたというよりも・・・こっちはいつか絶対にぶつかる話だったから、例の事件で早まっただけよね」


 二人の言う通りだ。最近頻繁に集まる理由もその協議のためだった。


「そうですね」


 ここに居るのは長い付き合いの三人だけだから、主の言葉は身が入らない返事をする際のそれだと気づいたウルズが牽制する。


「ここで誤魔化しても仕方ないぞ、白の後任は一体どうする気だ!!」


 通常の繰り上がり人事ではない。主自身の人生に深く関わる重要な決定になるだろう。

 すぐに決められないのはわかるが、ずっと空席なのもまずい。


(あ!)


――― バリッ


 電子ブラインドを起動させると、視線をまた窓の外へ向けていた主の尾が床を強く叩いた。怒りに触れようが主の補佐役として正しい行動だと胸を張って言える。


「議論に集中してくださいませ」


 今後、大事な会議の間はあの捕虜を屋内に入れておいたほうがいいかもしれない。







 回廊をゆっくりと歩きながら先ほどまでの議論を反芻し、徐に隣のウルズの背を―――殴った。


「!?!?何をするッ」

「憂さ晴らしよ」


 進まない議論、決まらない人事。

 事が事だけに慎重になるのはわかるが、殿下自身にいまいちやる気が見られない事が気にかかる。夢を見るようなタイプではないはずだし、こういった場合はすっぱり割り切って淡々と手続きを進めると思っていたからこうも難航するとは思わなかった。


(何か変だわ)


 完全に直感だが、あの捕虜が関係しているのではないか。

 捕虜自身には計算高さや企みの兆候は見られないのは確かだが、逆に言えば平々凡々とした善良で一般的なごく普通の人間とも言える。

 しかしそれだけならば殿下のあの異常な関心の理由がわからない。当初は捕虜の父に敬意を表して尊重しているのかと思っていたが、どうもそれだけではなさそうだ。

 あの捕虜には私達の知らない何かがあって、それを理由として殿下は人事を決めたがらないのだろうか。


「あの捕虜自身が己の価値を理解していない、か」

「何だ?」


 ダメージから復帰したウルズに向きなおって言う。


「あなたがそう言っていたでしょ。これだけ人事を先延ばしにするのはあの捕虜に関係してるんじゃないかって気がしてて」


 この回廊は庭を臨むので、庭へ目を向ければ捕虜の姿も見える。ウルズが連れてきた部下と何やら会話しているようだが上手くいっていないのは一目瞭然だ。お互いに首を捻りながら苦労して交流しているようだった。


「単に好いているだけなのではないか」

「・・・ハァ?それは異性としてってこと?」


 あの殿下は惚れた腫れたの世界とは無縁だ。それはウルズもよくわかっているはず。

 何よりも我々と人間では番いの考え方に大きな隔たりがあるし最大の目的を達成できない。


 人間は恋愛過程を経て、もしくは家格の釣り合いや戦略を考慮して番いになる。しかも番いになる場合は法の下に婚姻契約を行うと聞く。

 我々も恋愛という概念はあるものの、家格や契約については理解の範疇外だった。番い関係においては先祖の地位が考慮されることはほとんどない上に、婚姻契約など普通は行わない。何よりも重視されるのは強い子を為せるかどうかだ。次代により強い種を繋げた番いがよい番いだとされ、子を為さなければ正式な番いとは見做されない。


 加えて殿下は特別だ。

 それは自身もよくわかっているはずで、異星の生物に現を抜かすとは思えない。


「それは無いでしょ。絶対他に何かあると思うんだけど・・・」


 ふむ、と腕を組むウルズは庭の奥へ目を遣ってから切り替えるように言った。


「何にしろこのまま白の後任が決まらないのは良くはないな。殿下の母であるイサ様が罷免された今、後任には殿下の子を為す強靭な体を持つ者を据えねばならん」


 宗教を司る白にはもう一つ役割がある。

 代々白の長は為政者の種から強い子を産める見込みのある者が据えられ、この任務は国務以上に重要な事とされてきた。

 イサも殿下と言う優秀な子を産んだことにより地位を確実なものとし、これまで長きに渡り白の長を務めてきたのだ。

 必然的に後任は殿下の子を産める者となる。


「こうなれば候補者をリストにしてダーツで決めるか」


 いつもの脳筋思考にどつきを入れたいところだが、こうも決まらないならそれも有りかもしれない。


(殿下がきちんと選ばないのが悪い!)


「・・・その案も考えておきましょう」




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