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龍の棲む星  作者: 青丹柳
星食
20/47

20

 神殿の庭に座り込んで回廊を行き交う者達をぼうっと眺める。

 時々わたしの姿を見留て声を掛けられるが、その度に緊張して体が強張ってしまうのはどうしようもなかった。


(どう接していいかわからない)


 自ら考えて行動した事を咎められ、他者との交流を含め全てリュウの管理下にあると念押しされてからずっとこうだ。

 幽閉されている時の罵声や殴打に怯えるのとは根本的に違う。悪意ある者に抵抗する力は身に付いていても、心を許した者からの叱責にはどうすればいいのかわからなくてずっと怯んだまま。

 この恐怖は、期待を裏切ることはできないという強迫観念のようにも思える。


(神殿内なら今まで通り自由にしていいと改めて言われたけど・・・でも怖い)


 唯でさえコミュニケーション能力に難ありと自覚していたのに、また怒られたらと思うと以前のように気負わないコミュニケーションがとれなくなっていた。


「はぁ・・・」

「どうしたのー?」


 呑気なエオーの声だけが今は救いだ。天真爛漫で明け透けなこの子とだけは不思議と肩肘張らずに話せている。

 ううん、と首を振って抱き上げると、きゃいきゃいと楽しそうな声を上げるのでこちらも自然と笑みが零れた。もうずっとエオーとだけ仲良くしていようか。


「楽しそうですね」


――― ぎくり


 後ろから聞こえた声に、否応なしに再び体が強張った。振り返ることができない、答えることができない。

 接し方がわからないのはリュウも同じだった。


(どうすればいいの)


 最初は柔和で穏やかで、かつての敵であるわたしにも誠実に接する人だと驚いたものだ。あまりにも紳士的だったので多少懐疑的ではあったものの、最近は信頼できると思いかけていた。

 それが、あの事件でよくわからなくなった。


 動揺から抜け出した後からずっと考えているが、わたしがカプセルの中で寝ていようと、神殿でふらふら生活していようと、とりあえず生きていれば彼にとってはどちらでもよかったはず。問題さえ解決できれば方法などどうでもよかったと思う。なのにあれほど怒ったのだから重要なのはそこではなかったのだ。

 わたしが指示に従うか否か。

 立場を弁えて居るか否か。


『あなたは捕虜なのですから』


(ああ、そっか)


 お前はこの星で管理する異物なのだと、心を持って接する対象ではないのだと明確に線引きされたのだろう。

 弁えていたつもりだったけど、優しく接されているうちにいつの間にか仲が良くなったように錯覚してしまった。どこまでいってもわたしは異星人だから、きっとこれ以上深入りしないほうが良い。

 エオーをぎゅっと抱えたまま、ゆっくりと振り返る。


「こんにちは」


 目は伏せたままだ。腕の中に居るエオーの後頭部をじっと見つめるようにして立っていると、下向きの視界に微光沢のある黒マントの裾がふわりと差し込まれた。

 周囲がさっと翳る。


「今日はまだ仕事があって難しいのですが、明日はご一緒してもいいですか?」

「いえ、ごめんなさい、明日は部屋にいます」


 エオーが驚いたようにこちらを振り向き、それからリュウの顔を見て困惑している。

 本当は明日も庭に出ようと思っていたが、今この瞬間に取りやめた。

 以前と変わらず優しい声で話しかけてくる事がより大きな混乱を招くからやめてほしい。話しかけないでそっとしておいてくださいという言葉を飲み込んで全てをシャットアウトするように目を閉じた。


「・・・それではまた、夕食時に」


 返事はせず頭を下げて見送った。

 これでいいんだと思いながら、ゆっくりと頭を上げると少し離れた場所でリュウがまだこちらを見ていて目が合ったので急いで頭を下げなおす。


 わたし達の姿をアルジズが何か言いたげにじっと見ていた。





 今、わたしはとても焦っている。

 

(早くしないと来てしまう・・・!)


 夕食時に自分の殻に閉じこもり、ずっと考えていた。わたしが取れる最善の弁えた行動とはなんだろうと。

 目の前の皿からちらとも視線を上げずに錠剤を飲み込んでいるのだが、向かいの席から痛いほどの視線が突き刺さるのがわかる。

 でも絶対に顔を上げないと決意してから臨んだためか、何とかやり過ごせた。


 本当は一緒に食事を摂るのだって辞退したかったけど、急に部屋で食べるようになるのも変だから渋々テーブルについたのだが、そのうち体調などを理由にフェードアウトしよう。

 今はそれよりも―――


(体調記録はアルジズ様に頼みたい)


 昨日は疲れているだろうということで免除されたが今日は記録があると思う。冷静に考えれば最高位に就く者直々に体調を記録されるのは変だし弁えていない。何よりリュウが来たら息苦しさで失神するかもしれない。

 アルジズを探して夜の回廊を忍び足で歩いていると悪い事をしているような気になって、つい息を詰めてしまった。

 

「誰をお探しですか?」

「ぎゃっ!!!」


 振り向くと暗がりの中で濃灰色のマント翻る。探していたアルジズの方からわたしに声を掛けてきたので飛び上がるほど驚いた。普段、彼はリュウの脇に控えていて、滅多に話しかけてくることはない。


「その・・・以前にお願いされていた日記のことで探してて・・・」


 リュウはどこまでアルジズに話していただろう。自身が直接体調を診ていたなんて、もしかして言っていなかったりして。

 冷たく黒々とした目がこちらをじっと見ているが、何も言わないのでそわそわする。


(いや、よく考えればわたしが自分でやればいいんじゃ?)


 元々アルジズの依頼はそうだったはず。記録用のタブレットはリュウに没収されてしまったけど、あれをもう一度もらい使い方さえ教えてもらえれば。


「前にもらったタブレッ―――」

「すぐに部屋へお戻りください」


 わたしの懇願を遮ってぴしゃりと言われたので、目を見開いてアルジズの顔を伺う。

 纏う濃灰色のマントが暗がりに溶け、遠近感が掴めない。威圧的に見下ろすその冷たい目を見ると蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れなくなった。


 風のさざめきのようなノイズ音が漏れ聞こえる。

 リュウと同じ五つの顎が小刻みに開閉しているのが見えた。


「あなたはわかっていない。殿下はあなたに並々ならぬ関心をお持ちです。あなたに害を為す者を躊躇なく消せるくらいにはね」


 きっとぎくしゃくした態度を失礼だと咎められているのだ。気まずさのあまり顔を伏せた。


「わかってます。捕虜として丁重に扱って頂いたのに、わたしが立場を弁えなかったのが悪かったって、ちゃんとわかってますから」

「・・・なんですって?違います!どう理解したらそうなるんです!!このような夜更けに部屋から出るなど心労を増やす行為をやめてくださいということです」


 苛ついたようにアルジズの尾がばしんばしんと床を打つ。ミシミシと音がするので痛くないのか気になった。

 またコミュニケーションに齟齬が出てしまったのだと体を縮こまらせると、顎を大きく開いてはぁと盛大なため息を吐かれた。表情が伴わない分、ため息の勢いが強くてわたしの髪がさらさらと揺れる。


「殿下の事・・・まだ思い出せませんか?」

「え?何の話―――」


 アルジズの顔を凝視した時、唐突に第三者の声が割って入った。


「そこで何をしているんですか」

「あ・・・」

「・・・殿下」


 回廊の反対側、わたしの部屋のほうからリュウが大股で向かってくるのが見える。

 慌てたようにアルジズがわたしに耳打ちしてきた。


「いいですか。これ以上殿下を暴走させないために、この神殿の中から決して出ずに今まで通り過ごしてください。何もかも今まで通りですよ!」

「ええ・・・はい」


 やはりぎくしゃくした態度を指摘されているのだと感じて眉を下げる。


(でも、普通にできるかな・・・)


 何しろ向こうから弁えろと言われているのに、今まで通りだとまた怒られるのではないかと足が竦む。

 あっという間に距離を詰めてくるリュウの姿を見ながら、思わずアルジズのマントの陰に入った。早速今まで通りではない。


(わたし、こんなにうじうじする人間じゃなかったのに)


 情けなくなってアルジズの陰から出られずにいたら、矢庭に首根っこを掴まれてリュウの眼前に突き出されたので目を白黒させる。


「お迎えが来ましたよ」


 これじゃまるきり子供扱いだと顔を顰めると、ぶらりと宙に浮いた体の脇下にリュウの両手が差し込まれたので抱き上げられた格好になった。

 黒橡色のごわごわした皮膚が目の前にきたが、手を伸ばして支えにするのは憚られる。


「外の空気を吸いに出ていらしたようです。殿下、部屋まで送ってあげてください」


 そう言って頭を下げるアルジズとはもう話せそうにないから体調記録の事は明日以降に話すしかないだろう。

 不安定な体を捩って地面に下りようとすると、リュウはゆっくりと下ろしてくれた。本当は送ってくれなくていいですと言いたいけどアルジズが後ろで目を光らせているからそれもできない。

 仕方なく回廊を歩き始めると、リュウも歩調を合わせて付いて来た。


(こんな事なら最初から外に出なきゃよかった)


 悶々としながら回廊の角を曲がった時に、大きな手に肩を掴まれたので驚いて足を止めた。


「どうして怒っているんです」

「え?」


 振り向くと黒曜石のような瞳が少しだけ伏せられて、表情はないのにまるで憂いているように見える。


「怒ってるって、わたしが?」


 身長差が大きいので、ぬぅっと上から覗き込むようにされただけでかなりの威圧感を覚えて距離を取ろうとしてしまう。が、肩を掴んだ手がそれを許さないので動けない。

 怒ってなどいなくて接し方がわからないだけだが、そのぎこちなさを怒りだと誤解されたようだ。でもどう弁解すればいいのか。


「怒ってなんて」

「でも僕を避けていますよね」


 肩を握る手に一層力が入る。

 痛みを感じるぎりぎり手前、いつぞや教えた限界値がしっかり活かされていた。


「っ・・・そんなことないです」


 肩を掴んでいるのとは逆側の手も伸びてきてもう片方の肩も掴まれる。あとちょっと力を入れられると脱臼しそうだ。


「アルジズとは仲が良さそうだったのに、何故僕だけ駄目なんですか」


 あれのどこを見たら仲が良さそうに見えるのか。でも拗ねるような声音に口を噤んだ。

 話が変な方向に進んでいるのはわかるのに、コミュニケーション能力の無さ故に是正のしかたがわからない。


「口もきいてくれない、顔も上げてくれない、目も合わせてくれない」


(ああ、もう、そうじゃない!)


――― がしっ


「怒られた事にどう対処していいかわからなくて!捕虜はどういう態度を取るべきなのか悩んだ結果あんな感じになったんです、ごめんなさい」


 両肩を掴む隆々とした腕に手を伸ばしてぎゅっと握った。とはいっても、わたしの掌では掴む事ができないくらい太くて、握ると言うより添えるだけだ。

 

「わたし、ちゃんと立場を弁えなきゃと思って」


 伝わったかな。


「あまり親しくしないようにと気を付けてて」


 薄情な言い方になるかもしれないけど。

 縋るように見上げると、見開かれた黒々とした目にわたしの困り顔が綺麗に映り込んでいる。


「・・・・・・どうしてあなたはそう余計な事を気にするんですか」

「だって、"あなたは捕虜です"って念押しされたから・・・」


 ごつごつした腕がするりと背に回ってリュウの胸に頭を押し付けられた。

 温かみに欠けるのに、どこかほっとする不思議な気持ちになる。昔々に同じような気持ちになったことがあるがいつだったかと思い返していると、ふと思い至った。


(なんか、お父さんに抱っこされているみたい)


「本当にごめんなさい。怒っているわけではなくて、どう接したらいいのか困って変な態度になっただけです」

「よかった・・・嫌われたのかと思いました」


 捕虜に嫌われたからと言ってどうという話でもないだろうに。


「何も気にしなくていいんです、何も・・・弁えろなんて言っていません。ただ、あなたの身を案じただけですから。どうかこの神殿の中で今まで通りに過ごしてください」


(コミュニケーションって難しいな)


 あの時確かにリュウから憤りのようなものを感じた。なのに今は怒っていないと言う。

 言葉の裏を探り過ぎても疲れるし、言葉そのままを受け取っても取り違える。


 実際心の底でリュウがどう思っているかは未だにわからない。

 でもあの時の背筋が震えるような姿ではなく、背に手を添え自室への帰り道に付き添ってくれる今まで通りの穏やかなリュウの姿にやっと心がほどけて落ち着いた。

 


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