表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍の棲む星  作者: 青丹柳
星食
18/48

18

 もしかして、という思いで二人を見上げると困惑の色を目に浮かべて所在無げに立っている。個体判別が難しくても、どう接して良いのか迷うような様子に見覚えがあった。神殿まで移送された際に居た兵ではないだろうか。

 よく見れば黄系統のマントを見に纏っているのでウルズの部下のようだ。


「こんにちは」


 挨拶をしてみたらノイズ音が返って来た。

 神殿まで送ってくれた時にも彼らは人の言葉を話さなかったから、きっと話せないのだろう。高位の者や、わたしの近くに居る神殿の者たちが流暢に話すから誤解していたが、皆が皆話せるわけではないようだ。


(そりゃそうだよね、わたしも向こうの言葉はさっぱりだし)


 結局こちらの言葉を習うことなく終わりそうなのは残念だと思う。

 お互いに困ったように見合って、それからカプセルを指さしてから眠るジェスチャーをしてみたがどこまで伝わったのやら。


 イサと呼ばれていた白マントの話を聞いた後、わたしにできることは何だろうと考えた。


 最初こそ命を投げ打てば丸く収まるだろうと高を括っていたのだが、イサとウルズの会話をよく聞けば捕虜の扱いは難しいとのことだった。それはつまり、わたしが死ねば済むという簡単な話ではないということだ。

 考えてみればそれも道理で、捕虜と言う立場で死ねば折角纏まった和平交渉の亀裂が入りかねず、どちらの政府にとっても面倒な事になる。

 こちらの星へ来るときにすぐに処刑されるぞと散々脅されていたけれど、今思えばきっとあれも嫌がらせの一つで本当に処刑されるとは思っていなかったのだろう。


 そうすると、わたしが取れる道は更に狭まる。


 カプセルを撫でると、前に居る二人が遠慮がちにそろりと腕を伸ばしてわたしとカプセルの間に差し込み顎を僅かに開閉する。黒々とした目が半分に伏せられたがノイズ音は聞こえない。

 まるで引き止めるかのような仕草に首を傾げた。


「?」


(心配してくれているのかな)


「大丈夫です、眠るだけなので」


 結局わたしが選んだのはコールドスリープだった。死ねないのなら仮死状態になるしかない。

 自由の利かない彼らの管理エリアで永い眠りにつけば間諜の疑いも消えるし、用事がある時だけ起こしてくれれば問題にもならないだろう。

 元々自分の殻に閉じこもるのは得意だから、カプセルに閉じ籠るのだって抵抗はない。


 黒曜石のような瞳を見返して安心させるように頷くと、低く唸るようなノイズ音が漏れ聞こえた。


「彼らもお前の身を案じている。本当にこれでいいのか?何も短絡的にこのような手段を取らずとも、きちんと証拠を集めて反論する余地はあると思うぞ」

「そうよ、このままじゃ悔しいじゃない。考え直せない?」


 後ろから現れたのはウルズとベルカナだ。腕を伸ばしていた二人が慌てて居住まいを正して頭を下げる。

 

「いいんです。今後同じようなトラブルが起きるかもしれないことを思えば、ここでわたしが眠るのが一番手っ取り早いですから。それに狭い場所に閉じ籠るの大好きですし、別に死んだり苦しんだりするわけじゃないですし」

「お前、後ろ向きに前向きだな」


 おかしな表現にふふふと笑うとウルズは首を傾げた。その隣でベルカナが、偶に起こしてあげるからその時は色々と話しましょう、と困ったように言う。


 コールドスリープの手筈を整えてくれたのはウルズとベルカナだが、当座のカプセル管理はウルズが行う。こういった事態で黄が出張ることは通常ない事だそうなので、あくまで特別措置だ。そのうち黒、リュウ達の管理下に置かれるだろうとは言っていた。


(その辺りはいいようにやってもらえれば)


 目の前の電子ブラインドへ視線を移すと、その向こうからザワザワとたくさんの気配を感じた。ウルズとベルカナが集めた各色の者達だ。

 今から彼らの前で永い眠りにつき、事態を収束させるのだ。


――― ザッ


 ベルカナが手を挙げるとブラインドの透明度が上がり、大勢の者達が一斉にこちらへ注目する様が確認できる。

 支配種であるリュウ達の種族に加え、エオーのような従属種の姿も見えた。皆の視線がわたしに注がれている。


(あ・・・)


 群衆の中から射貫くような鋭い視線を感じてぶるりと震えた。ひしめき合う群衆の狭間に目を凝らすと白いマントがちらりと見えた気がする。

 真っ白なマントを纏う者は他にいないのであれはおそらくイサだろう。その冷たい視線には間諜を捕らえてほっとした感情ではなく、口惜しさの滲む憎しみのようなものを感じてぞっとした。

 視界に入らないよう目を逸らしてウルズの方を向く。


 ウルズは段の中央に立ち、わたしとカプセルを指さしてノイズ音を発しているので、きっとこれからしようとしている事を説明しているのだろう。群衆の反応を伺おうにも、皆表情はないので納得しているのか、憤っているのか、よくわからない。

 促されるままにカプセルに身を沈めると無重力特有の奇妙な浮遊感に襲われた。


(これでよかったんだよね。神殿でのんびり過ごすのとここで寝てるのと、多分大差ない・・・はず)


 神殿の者たちに挨拶できなかったことだけは心残りだが、次に起きた時に話せばいいと思うことにして目を閉じた。







 薄く目を開けると真っ暗闇に瞬く星が歪んで見える。星空の下に広がるのも真っ黒な建物だから、どこまでが地上でどこからが夜空なのかわからない。

 顔が酷く冷たいのは何故だろうと手探りで触れると不快なほどの水気を感じた。


(・・・わたし・・・そうか、お母さんの)


 肌寒くてぶるりと震えると、腹部に回ったごつごつした腕がぎゅっと力を込めてきたが体温はほとんど感じられず震えを止めることはできなかった。

 気づいた腕の持ち主が、真っ黒なブランケットを自身諸共被って包みこむ。

 頭まですっぽりブランケットに包まったので星は全く見えなくなった。


「僕はあなたの体を温かく包み込む事はできませんが―――」


 少し変な訛りの混じった、男の子の優しい声が耳元で囁いた。


「でもずっと傍にいますから。気が済むまで泣いてください」

「・・・年下のくせに、偉そう」

「ひとつしか違わないですよ」


 ぐすんと鼻を啜りながら可愛げのない言葉がぽろりと零れるが、強がっているだけだときっと伝わっている。

 優しい声と、座り込んだわたしを後ろからすっぽり包む温かみの乏しい体と、それから宝物を愛でるようにゆっくりと頭を撫でる大きな手。

 お互いに子供なのだから父に抱き上げられている時とは違う。体格もそう大きな差があるわけではないが、それでも男の子は同年代にしては体格が良くて、巻き付けられた腕に包容力を感じどきどきしないと言えば噓になる。

 年下には思えない落ち着いた態度を見ていると無意味に反抗したくなるのは何故だろう。


「泣き止んだら戻りましょう」

「・・・いや」


 涙でぐしゃぐしゃのみっともない顔面を晒していてもそれは変わらない。

 毎度毎度、どこに居ても彼はわたしを迎えに来てくれるから無意識に甘えたくなるのかもしれない。


 男の子は、じゃあ、と続けて―――とっておきの内緒話をするように声を抑えて囁いた。


「ずっとここで一緒に居ましょうか、二人きりで」

「・・・ずっと?」

「ずっとです」

「絶対に?そんな事言って、いなくなったりしない?・・・お母さんみたいに」

「絶対に。何があってもずっと一緒です」


 わたしを抱え込んで揺り籠のようにゆらゆらと揺らすのはあやしているつもりだろうか。

 頭を撫でていた大きな手が肩を経て、添え木を括りつけられたわたしの手首を撫でるようにさする。


「あなた達の国では男性が女性を傷つけたら責任を取るものだと聞きました。だから、その・・・申し訳なく思っていますし、もう怪我させたりしません。ずっと見守ります。手首はまだ痛みますか?」

「・・・・・・ううん、平気」


(なんだ、そういうルールだと思ったから仕方なく一緒にいるって事)


 がっかりして一層悲しい気持ちになったけど口には出さない。

 冷静になればこれは社交辞令というものかもしれない。大人びたこの子のことだから、場を和ませたり円滑な交流のためそういった類の言葉を上手に操れそうだ。


「でも学校あるし、ずっとは居られないよ」

「そう、ですよね」


 社交辞令に相応しい雑な答えを返したつもりなのに、男の子が予想外に悲しそうな声を出したので驚いて思わず言ってしまった。


「卒業して大人になったらまた来る!・・・そしたら約束、破らないでよね」


 背を預けている状態だから顔は見えないけど、短く息を呑んだのを感じる。


「すごく、すっごく楽しみにしています」


 嬉しそうに呟くその声だけは年相応の幼い声で、酷く印象に残った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ