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広い会議室のような部屋が見える。
その中央に設えられた楕円の大きな卓に向かい合うようにして座るウルズと白いマントの者が透けて見え、更に話す声も聞こえてきた。
「この部屋は普段はただの控室だけどね」
ベルカナが掌紋認証のような機器に手を翳した途端、向こう側が見えスピーカーから声も聞こえるようになったので、特定の者の許可があれば会議室の様子が盗み見られるようだった。
ベルカナが向こうの声を翻訳してくれる。
『お判りでしょうね?このままあの捕虜を渡さねば、軍部は身動きが取れますまい』
知らない声だ。
ノイズのような声ではあるが、冷たくて、悪意の籠ったものに聞こえる。
(わたしのことを話してる・・・?)
固唾を飲んで見守っていると、どうやら捕虜であるわたしの話をしている事は理解できた。だが、間諜だの、捏造だの、罪人だの、不穏な言葉ばかりが並ぶその会話に覚えはない。ウルズが”疑えと強制されている”と言っていたのは十中八九この白マントの事だろうとは推測できた。
身に覚えがないのはもちろんだし、そもそも捏造を持ち掛けようとしている時点でかなり怪しいのではないかと思う。
一つだけはっきりしているのは、明確な悪意を向けられている事だけだ。
白いマントが退室した後、ベルカナに促されて会議室のほうへ移動した。
「今の者に見覚えは?」
「ない・・・と思います。わたしは神殿外の方と会う機会がないですし」
何しろ彼らの個体判別ができないから断言はできない。ただ、あのマントは見た覚えはないしノイズ声にも聞き覚えはなかった。
それに悪意を持たれるほど深く関りを持った者もいない。
「参ったな」
ウルズは大きな椅子の背に片肘をついてため息をつく。人間だったらこういう場合は眉間にしわを寄せたり顔面を歪めたりするが、表情のない彼らにはそれが伴わないのでどこかちぐはぐに見えた。
「あなたに非がない場合はイサ、あ、さっきの白マントの名前ね。彼女の個人的な恨みや怒りが原因じゃないかと疑っていたのよ」
「そう、だからお前にイサの顔を確認させるため連れて来た」
「あなたに見覚えがなくても、あなたの周りの人とイサが何らかの関りを持っていた可能性はない?」
どう答えるか迷ったが、この状況では正確に伝えていた方が良いだろう。
「ないです。もうずっと前に家族皆を亡くしましたし、親しい人なんて一人もいません」
一瞬、二人とも怪訝そうな様子だったがそれ以上は深く聞かれなかった。
ベルカナが回転式の椅子の背をくるくると回しながら困ったように言う。
「兎に角、アルジズから聞いた神殿での動向や、さっきのイサの発言を聞く限り、やはりあなたに掛けられた疑いは偽である可能性が高そうね。捏造を持ち掛けるなんて、形振り構っていられないって感じ」
「この俺に捏造を持ち掛けるなど笑止千万!馬鹿にするにも程がある」
疑いが晴れたのなら一安心ではあるが、一番気になったのはそこではなかった。
「でもわたしが神殿に居る限り、問題は解決できないってことですね」
ウルズとベルカナにだけでなく、公の場に出てはっきりと疑いを晴らす証拠を提示するかイサの所へ行かないと、このままでは色んな人が困るのだろう。
しかしあの様子を見れば、イサのところへ行くとどんな酷い目に合うかわからない。
(わたしができること・・・あるかな?)
今こそ一宿一飯の恩義を返す時かもしれない。きっと体調記録なんかよりもずっと喜ばれるはずだ。
ウルズとベルカナの視線がわたしに集まるのを感じる。
「だったら、わたし―――」
*
「申し訳ございません!!私の独断で捕虜への個人的な接触の許可は出しましたが、まさか外へ連れ出すとは思わず・・・」
平謝りするアルジズには目も向けず、彼女の姿が見えない庭を見遣り尾を怒りのまま地面に打ち据えた。
――― ドゴッ
尾を中心にして大きな穴が開き四方に長い亀裂が走ったが、それだけだ。煮え滾るような怒りは晴れない。
彼女への不当な主張には本当に手を焼かされた。主張している相手が悪かったし、その対処のためにはあの気難しい青の男を説得する必要があったからだ。
やっと説き伏せ承知させたことに安心して神殿へ戻れば、当の本人が消えて居るのだから忿懣やるかたない。
「行先は判りました、黄の宮殿です」
(ウルズ・・・!!)
ウルズとベルカナは昔からの付き合いなので勝手が分かる。彼らは客観的に物事を判別できるし、どんな状況に置かれようと不当な主張は受け入れない。きちんとした証拠さえ提示できれば青のような説得は必要ないと判断し、二人との調整が後回しになっていた事を酷く悔いていた。
「・・・何故なのだろう」
かつて約束した通り、彼女と二人で静かに穏やかに日々を過ごせればそれでよかった。ゆっくりと年を重ねていく中でいつか彼女が思い出してくれれば嬉しいし、そうでなくとも傍に居られるだけでよいと思っていた。
そのためにわざわざ地球政府に必要のない捕虜を望み、彼女を指名したのだ。
多くは望んでいないはずだ。ただ近くに置いておきたいというのは過ぎた願いだったのだろうか。どうして誰も彼も彼女を放っておいてくれないのだろう。
黄の宮殿へ移動するため足早に門へ向かおうをすると、アルジズが慌てた様子で立ち塞がる。
自他ともに認める穏健な性格だと思っていたが、間違いだったらしい。今まで感じたことのない激しい苛立ちを抑えられず低く威嚇の声を上げると、アルジズは言い辛そうに顎を何度か開閉させたあと耳打ちしてきた。
「黄の宮殿へ向かわれる前にお耳に入れておきたいことが」
彼女より大事なことなど無いのだから後にしろ。
そう言おうとしたが、アルジズが言葉を発するほうが早かった。
「彼女が、身の潔白を証明するのだと言って皆を黄の宮殿に集めています」
こんな事になるならば正しい手順など踏まず、裏であの女を排除しておけばよかった。