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龍の棲む星  作者: 青丹柳
星食
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 キラキラと輝く水面が広がり、その上に複雑多方向に掛けられた橋の上を散歩する人々の姿が見える。周囲には緑も見えるが、その向こうには高層ビルのようなものが覗いているのにすべてが不思議と調和していた。

 水がたくさんあるところを見ると地球に居るのかと錯覚しそうだ。太陽に相当する天体があって昼夜がある事など、過ごせば過ごすほど地球に近いと思う。

 もちろん文化的な部分は地球とは違うため、橋や建物などの構造物は見慣れない奇妙な曲線で構成されていて、独特な世界感だった。


(人・・・じゃないんだけど、人が一杯)


 神殿に連れて来られた際には周囲などほとんど気にしていなかったけど、改めて見ると面白い。きょろきょろしていると後ろから釘を刺された。


「絶対にフードが取れないように気を付けてね」


 ベルカナの声にウルズが応じる。


「フードがあってもこれではまるで子供、いや幼児だ」


 体格の違いはどうしようもない。

 淡い黄色、というよりも薄すぎてクリーム色に近いマントを改めて深く被りなおすと二人の間に挟まるように歩く。遠めに見れば親子に見えるかもしれない。


「まだ遠くへ行くんですか?神殿の誰かに言っておかなくても大丈夫でしょうか」


 今更ながらに心配になってきたので僅かに顔を逸らせて斜め前を歩くベルカナを見上げる。

 神殿内ならば自由にさせてもらっていたが、外に出るだけでなく遠く離れるとなればさすがに気が咎めてきた。恐らく高い地位に居るであろうベルカナとウルズから促されればわたしの立場では拒絶もできないし、二人が連れ出すのだから問題はないはずだと思って大人しく言われるがまま付いて来たが、何らかの罰はあるかもしれない。


「・・・アルジズの許可はもらっているから大丈夫よ」


 打てば響くように明瞭に話すベルカナが、一瞬言葉に詰まった。


(と言うことは、リュウの許可はもらってなさそう)


 捕虜であるわたしの身を管理するのは最高権力者であるリュウだと聞く。彼の許可がないということは、この状態が明るみなるのはまずいということ。

 あまり良くない事に片足を突っ込んでいるのだと薄っすら察して気が重くなった。


「目的地はここだ」


 ウルズが低く囁くように声を出したので少しだけ視線を上げる。


「うわぁ・・・!」


 できるだけ黙っていなくてはと思っていたのに、思わず感嘆の声を上げてしまった。

 見上げた先に広がるのは荘厳な建物だった。大きな黄色の旗が門の両脇に掲げられたその建物は一目で権威ある場所だとわかる。外見は普段生活している神殿とは大きくかけ離れており、先ほど遠目に見た建築群と同じ独特の曲線で構成されていた。神殿は地球にある人間の遺跡とどこか雰囲気が似ていて落ち着くが、こちらの建物はまるでおとぎ話の中の異世界に迷い込んだような印象を受ける。


「シッ!!ここから先は声を上げては駄目よ」


 ベルカナの鋭い囁き声に慌てて口を引き結んだ。


 今度はウルズが先立って大きな門を潜っていく。

 門番達が丁重に挨拶のような仕草をしているので、やっぱり二人は偉い人なのだろう。

 門を潜った先にも沢山の人たちが居て、二人に気付くと恭しく挨拶している。濃淡の差があれどほとんどの者が黄色系統のマントに身を包んでいたが、最も濃い黄色はウルズのマントだった。


 二人は迷わず奥へ奥へと進んで行く。進めば進むほど周囲に人気が無くなって来た。


(どこまで行くんだろう)


 今はまだ日が高いが、あまりゆっくりしていると夕食の時間までに神殿に戻られるのか怪しい。

 二人の言葉の端々から、わたしに掛けられている疑いに関して連れてこられたのは間違いないが、リュウの許可がない点から非合法な手段で調査されるのではないかと不安が募る。


 一思いに殺してもらえるならともかく、拷問されたり地球に送り返されるのは嫌だ。


 全身から変な汗が滲み始めた時、一際大きくどっしりした扉が見えてきた。その隣には従者達の控室だろうか、勝手口のような小さな扉がちょこんと付いている。

 周囲にさっと目を配ったベルカナが次いでウルズと頷きあうと、唐突にわたしを抱え上げたので言いつけも忘れて危うく声を上げそうになった。


「さあ、はっきりさせましょう」


 思わず自分の口を手で押さえたまま混乱するわたしを抱え、ベルカナは小さな扉のほうに飛び込んだ。









「それで、調査して頂けましたでしょうか」


 口調は丁寧だが、言葉の端々から隠しきれない憎しみと怒りと嫉妬、のようなものが感じられる。

 自分が把握する限りでは、この女がそのような感情を捕虜に対して持つ理由はないはずだ。地球政府との先の戦争には関わっていないはずであるし、近しい者が戦死したわけでもない。大体がこちらの圧勝だったのだから。


「まだ調査中だとしか言えん。既に和平交渉も済んでいる、捕虜の扱いは慎重にならざるを得ない」

「お判りでしょうね?このままあの捕虜を渡さねば、軍部は身動きが取れますまい」


(この女狐め!!)


 本当は怒りに任せて尾をテーブルに打ち据えて真っ二つにしてやりたいが、今後の付き合いも少なからずあるために無理矢理飲み込む。

 こういった駆け引きは本来であれば自分の出る幕ではない。


「こうは考えられませんか・・・この際本当にあの捕虜が間諜を働いているのかなど重要ではない、適当に何かの罪状をでっちあげればあなたも、いいえ、皆が幸せになれましょう。ウルズ様は法を司るあのベルカナ様と懇意にされているようですから、いくらでも融通は利くはず。そうでございましょう?」


 わざとらしく声量を落として猫なで声を発する目の前の女が心底腹立たしい。

 この発言は自分だけでなくベルカナをも貶めるものだ。


「・・・今の発言は聞かなかったことにする」


 これが戦場であったなら有効打となり得る戦術を取れる自信があるが、こと政や交渉事となれば駆け引きに不慣れであるが故に防戦一方となってしまう。特にこの女のような弁の立つ者が相手だと分が悪い。

 覚悟を決めて女狐を正面に見据えた。こういう時はあれこれ策を弄するよりも―――


「何故あなたはこうも捕虜に拘る?よしんば捕虜の罪状を捏造出来たとして、あなたに何の得があると言うのか」


 正面を切って疑問をぶつけるしかない。


 五つの色彩の中で、白は最も政から離れていたはずだった。

 国防を担う力を持つでもなく、法によって秩序を守るでもない。国力を支える技術を生み出すこともなければ、全てを束ねて国家という巨体を導く事もない。

 遠い昔には力を持っていたようだが、いつからか忘れられ辛うじて文化として保護された宗教という概念を司るのみ。正確にはもう一つ副業のような役目があるが、近年ではそちらの存在意義のほうが大きくなる始末。

 よって如何なる政にも口を出さず、ただひっそりと在るだけの、誰からも忘れられかけた存在。

 その状況を一変させたのがあの捕虜だ。


 当初は青以外の色は皆捕虜に対して然程興味がなかった。それは宗教を司る白も同じだ。いや、他の色以上に興味がなかったと言ってよい。何故なら捕虜の引き渡しの際、白を司る長であるこの女は姿すら現さずに代理の者が参加していたのだから。

 それなのに、捕虜を得て少し経ってから奇妙な主張を始めた。


 やれ、あの捕虜は間諜だ。

 やれ、あの捕虜は地球政府との取り決めを盾に神殿内で同胞を虐げている。

 ついには、あの捕虜はこの星に不幸を齎すなどとのたまうようになった。


 ただほらを吹いて回るだけならば気でも狂ったのかと失笑を買うだけで済んだだろうが、曲がりなりにも五色の一端を担う力を持つため面倒なことになった。

 国の存亡に関わる重要事項については、どの分野のものであっても五色の全ての賛成を得られねば決議できない。今まで白はどのような内容であっても反対票を投じたことはなかった。


(それが―――)


 今では全ての事項に反対票を投じるようになってしまったのだ。

 あの捕虜を白に引き渡すまではいかなる重要事項であっても反対票を投じると宣言し、実際にその通りに振る舞うようになったため政は現在進行形で麻痺している。

 通常、反対票が投じられた場合はどのような点が受け入れられないのか擦り合わせするため議論の場が設けられるが、それすら拒否しているので取りつく島もない。


 五色全ての賛成が必要となる重要事項のほとんどが国防を担う軍部に関するものだったため、直接的な被害を被っているのは黄だ。

 

 当初、証拠の無い話である上捕虜を管理しているのは最も厳格な殿下だったため誰も信じなかったが、このような状態が続くにつれ次第に身動きがとれない事への不満が捕虜へ向かうようになってしまった。白の主張が荒唐無稽であっても、彼らには益がない事をここまで押し通すのだから捕虜には何か問題があるのかもしれない、調査も致し方ない、と。

 国家の中枢が麻痺しかけているというのに、殿下が捕虜への如何なる接触や召喚も認めなかった事も更なる不満を招いた。


 よって、黒を除く四色で非公式な相談の場を持った結果、最も被害を受けている黄が代表して捕虜の調査を行う事になってしまった。

 真正面からぶつかりに行った結果、赤の手も借りねばならなくなってしまったが。


(全くあいつは何をやっているのだ!!)


 昔から何につけても優秀だった上に為政者に相応しい大局を見る事のできる者だと思っていたため、今回何故あのような行動を取るのか真意はわからない。直接話しても全くわからない。


――― チラ


 壁に投影された大きな地図を見遣る。

 いっその事、あの捕虜をこの場に連れて来て引き合わせたほうが話が早いのではという考えが過ったが、今のところ捕虜に怪しい点はない。白の主張の裏付けが取れていない上に、この女の反応を見る限り危険に晒してしまう可能性があるためすぐにその考えを捨てた。

 

(甘く見られたものだ)


 いくら政に支障が出ようとも、いくらかつての敵であっても、卑怯な事はしない。罪の捏造など以ての外だ。

 それに、捏造を持ち掛けると言うことはやはりこの女の主張は―――


「・・・私には何の得もございません。全てはこの星のため、皆様のためを想っての事です。いいですか、何としても私に捕虜をお渡しください」

「通常、罪人の管理は赤の職務の範疇だ。何故白へ引き渡さねばならん」

「例外があるのはご存じでしょう?高貴な者など特別な処遇が必要な罪人だけは白の権限で管理する事になっています」


 確かに遠い昔にそのような法が作られはしたが、一度も適用されたことはない。忘れられた法だ。

 得がないと言うならば、何故そうまでしてあの捕虜を欲しがるのか。


 それを問う前に、女は立ち上がった。


「それでは失礼します。良い報告を期待していますよ」


 うっそりと据わった目がこちらを見る。

 背筋が凍ったように動きを止め、ただその後姿を見送るしかなかった。




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