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龍の棲む星  作者: 青丹柳
星食
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「よく来たな!」

「・・・どちら様ですか?」


 いつものように庭に出ようとしたところ、目の前に立ちふさがったのは濃い黄色のマントを纏った者だった。今日もエオーの姿は見えない。

 相変わらず彼らの顔の判別は難しいのだが、この黄色のマントの者だけはそれを脱いだとしても判別はできそうだった。彼の左目には斜めに大きな傷が走っておりそれがすごく目立つからだ。

 昨日のリュウの話では並みの刃物では傷をつけられないとのことだったが、あの傷はどうやってついたのだろう。


「俺はウルズと言う。軍事を司る者だ」


 尊大な態度だとは思ったが、もしかしたら態度に相応しく偉い可能性もあるので静かに頭を下げた。

 声が低いので男性かもしれない。リュウやアルジズと交流しているだけでは気付かなかったが、ベルカナと出会った事で彼らにも性別による声の高低があるのだと知った。


(なんでだろう、最近お客さんが多いな)


 代わりにいつも一緒だったエオーがいないし、ここ最近リュウにも日中は会えていない。

 二人とも忙しいのだろうが、少し寂しさがあった。


――― きょろ


 そっと周囲を見回すと、目の前のウルズと名乗った者がビシッ腕を伸ばして制するのでびっくりして見上げた。


「どうした、助け舟でも期待しているのか?」


 糾弾するかのような声。


「どうして助けてもらわないといけないんですか?」

「・・・む」


 湧いて出た疑問を素直に口に出すと、目の前の巨躯が少したじろいだように見えたのは気のせいか。


 視線を彷徨わせたのは、馴染の者がいないだろうかという期待と、昨日の客人はいないのかという確認だった。あの深紅のマントのベルカナは今度友達を連れてくると言っていたから、彼がそうだろうか。

 しかしわたしとウルズ以外には誰もいないようだった。


 二人の間を風がふっと通っていく。穏やかな庭の風景はいつもと変わりないのに、緊張感を覚える。


 ベルカナといい、ウルズといい、はっきりとはわたしに接触する目的を言わないが、先ほどのウルズの発言からしても何かを疑ってわたしを調査しているのではないか。

 何も隠すつもりはないのだから、何でも聞いてくれていいし調べてくれていいのに。身ぐるみ剥がされたって文句は言わない。


(何ならここで殺してくれても)


 こんな穏やかな場所で死ねるのなら本望だ。

 ただし苦しむのは嫌だけど。


 どうにでもなれという心持ちで両手を広げるとウルズの顔を改めて見上げた。


「なんだ!」

「わたしの事を調べたいのかと思って。だったら、どうぞ。でももし殺すのなら一思いにお願いします」


(お世話になった神殿の人たちにお礼を言えなかったことだけが心残りだけど)


 あとは待つのみ。

 目を閉じて身じろぎもせずじっとしていると、バサバサとマントがはためく音がする。

 ああ、もうすぐ。


 甘美な予感に胸を高鳴らせていると、両肩をぐいと抑え込まれた。


「!?わわっ・・・!?」


 強制的にその場に座らされる。


「生死を賭けた戦場ならば兎も角、神殿の庭でそのような事を言うものではない!」


 真面目なような、どこかずれているような、微妙なコメントにただぽかんと彼を見上げる他なかった。







「お前にはある嫌疑が掛けられている!俺はそれを問い質すために来た!!」


 はきはきとよく通る大きな声で喋るので聞き取りやすいが、もう少し声量を下げてもらえないだろうか。頭に響きすぎる。


「それってどん―――」


 どんな嫌疑か、と問おうとした時に何度か聞いたことのあるノイズ音が響いたので、今度こそ耳を塞いだ。


 目の前に翻るのは深紅のマント。そして逞しい腕が振り上げられたが、ウルズはそれを既の所で受け止める。

 聞き取れない言葉で、どうやら言い合いをしているようだった。友達ではなかったのだろうか。それともこの星の友達は拳で語り合うのだろうか。


(言葉、全然わかんない)


 エオーに習おうと思って忘れていたな、と二人の応酬を眺めていると、急に深紅のマントのほう、ベルカナがくるりと振り向いて今度はわたしにもわかる言葉を話してくれた。


「疑いのある者に直接訊ねるのは最終手段なのよ。通常は内偵の上、容疑が固まってからの聴取なのに。馬鹿正直なんだから本当に困るわよね」

「はぁ・・・」


 同意を求められても状況が掴めないので曖昧に返事するしかない。


「喋ってしまった以上、仕方がないわ。単刀直入に言うけど、あなたには間諜の疑いがかけられているのよ」

「か・・・何ですか?」


 基礎的な教育すらも満足に受けていないので、少し難しい言葉が混ざると聞き返してしまう。彼らの言語を聞き取る前に、自分の語彙力を上げなければならないかもしれない。


「間諜!つまり、スパイだ!!」

「はぁ・・・」


 昔にスパイ映画なるものを見たような気はする。

 敵側に潜入して味方に情報を流す役割を担う人の物語だった。


(ありえないな)


 何しろ人間側からはゴミ以下の扱いを受けた挙句に現在は目の敵にされているのだから、頼まれたってそんな事しない。

 とは言っても彼らは事情を知らないのだから、わたしに疑われる余地があるのは理解できた。


「じゃあ・・・死刑?」


 とりあえず結論が知りたくて問う。


「そんなわけないじゃない!!法治国家なのよ、ちゃんと調べた上で裁判よ!!」

「証拠も無しに問答無用で極刑に処すなど、野蛮だ!!」


 二人とも声量が大きいし、尾を力強く地面に叩きつけるので庭の芝生が抉れてしまっている。

 鼓膜がビリビリして思わず肩を竦めたわたしの様子に、二人とも大声を出しすぎたと気づいたのかやっと声の調子を落としてくれた。


「裁判以前にね、あなたは疑われている・・・というより・・・ああ、こういう時あなた達の言語では何て言うのが適切なの!!」


 ベルカナが地団太を踏むと、ウルズが引き継いで言った。


「疑えと強制されている、が正しい」


 どういう意味だろう。

 疑わざるを得ない、という表現とは若干のニュアンスの違いを感じた。状況や証拠によって疑いが生まれたのではなく、誰かに言われて疑っていると受け取れる。

 首を傾げたわたしに、二人とも顔を見合わせてどう話そうか迷っているようだった。


「ねえ、改めての提案なんだけど」


 大きな体がそっと近づいてくる。


「一旦ここから出ましょう」


 光を遮るように二人の影が視界を覆った。



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