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龍の棲む星  作者: 青丹柳
星食
14/48

14

 庭に寝転んでぴくりとも動かなくなった捕虜を遠く目の端に捉えながら、隣の黄橡色のマントの男に問う。


「どう思った?」

「話に聞いていた気質の者では無さそうだ」


 同感だ。

 では何故白の者たちは躍起になって捕虜を貶め寄越せと言うのだろう。

 ウルズは彼女が居る方向を見遣りながら首を傾げた。


「まだ判断するには時期尚早だとは思う。白の者達が言うように、あの捕虜が邪な考えを巧妙に隠すことに長けており単に我々が欺かれているだけだという可能性はあるからな。しかしもう一つの可能性として、あの捕虜自身が己の価値を理解していないという事はないだろうか」

「価値ってどんな?」

「・・・・・・わからん!!」


 これだから脳筋と話すと疲れる。

 胸を張って堂々と宣言したウルズの肩を思い切り叩くと、後ろに立つもう少しマシな方に声を掛けた。

 ウルズはその場で静かにしゃがみ込んで呻いているが自業自得だ。


「あの捕虜はいつもあんな感じなの?それとも今日は外向きの顔だったのかしら」

「いえ、いつもと変わりない様子でしたね」


 アルジズが一時的に周囲の者達を上手く追い払ってくれたお陰で内密に捕虜と会話ができた。皆心配そうに彼女から離れて行ったし、特にエオーと呼ばれた従者は何度も庭を振り返りながら不承不承遣いに出されていたので、神殿内での彼女の扱いは決して悪いものではないようだった。


「しかし我々にまで面会を禁ずるような者でないのは確かだ。何故殿下はあのような措置を取るのか?我々が両政府の取り決めを破るような野蛮な者だとお思いか」


 呻き終わり復活したウルズの不満げな声に、アルジズがそっと目を逸らした。


「殿下はあの捕虜に・・・少々思い入れがあるようなので」

「会って間もない他星の生命体に思い入れも何もないだろう」


 脳筋にしては至極真っ当なコメントを零す。

 私も全く同じ疑問を持ったが、同時に予想もついていた。あの捕虜の父はあちらの軍部での重鎮だったと聞く。我々の種族の祖は武人だったため、実力を持つ軍人武人はどのような立場であっても無条件で尊敬する向きがある。あの捕虜の父とも戦線で相見えた結果、力を認めるに至ったのではないか。

 つまり、敵とは言え尊敬に値する者であったためにその娘も丁重に扱っているのだと踏んでいた。


(娘の方は武人とは言えない気がするけどね)


 もごもごと口ごもり続けるアルジズを尻目に、自分の中では結論が出たため本題に戻る。


「あの捕虜が望むと望まざると、存在が政に悪影響を与えているのは間違いないわ。かと言って、本当に当人に害が無いのであればあちらに突き出すのも忍びないし、そもそも捕虜の取り扱いは私達だけの問題じゃないから慎重にならなくちゃ・・・困ったわね」


 どんな時でも決断は早い方だと自負していたが、今回の案件は悩ましい。アルジズと二人、考え込んでしまったところへウルズが割って入り、どんと胸を叩いて言った。


「やはり今日のような短い会話では本質を見極めるのは厳しいだろう。明日から暫く俺が会話をして本性を暴いてやるから見ておけ!!」


 私もアルジズも胡乱な目をしているのに全く気付かず、肩で風を切って意気揚々と去って行く。

 単純馬鹿にそれができるとは全く思えなかった。


(ある意味あの性格は羨ましいわ)









「困ったな」


 昼寝しすぎて眠気が全く来ない。元々深く眠らないように気を付けていたので熟睡し辛い体質ではあるが、今夜はうとうとどころが目が爛々と冴えていた。

 とりあえずベッドに横にはなってみたものの、今なら徹夜だって楽々できそうだ。


(エオーのせいなんだから!)


 ごろりと寝返りを打って枕をぼすんと叩く。

 エオーのかくれんぼ能力が高すぎて自力で見つけ出すのは無理だと悟ったため早々に不貞寝を決め込んだ。探すのをやめて昼寝し始めたらさすがに出て来るだろう思っていたのだが、エオーは隠れている間に急な用事を申し付けられて庭を離れたらしい。

 結果、夕食時まで誰にも起こされずにたっぷり昼寝してしまうことになった。


 このままだと明日も昼に眠くなって夜に目が覚める夜行性の生活が始まりそうだ。別に誰に咎められるというわけでもないのだから気持ちの問題だが、何となく夜寝て朝起きる生活のほうが健康そうなので正したい。

 そのためには何としても今夜眠らねば。


「う~~~!!」


 ぎゅっと目を瞑ってごろごろと何度も寝返りを打っていると、すぐ傍からくすくすと笑い声が聞こえてきた。


「こういった行動は愚図る、と言うのでしたか。それともむずがる、と言ったほうが適切ですか?」


 わたしの認識ではそれはどちらも幼い子供に使う言葉だ。

 明らかにリュウの言葉には揶揄う響きがあったので、変なところを見られたとそっぽを向いて顔を隠すと、硬く大きな手が背に添えられたので驚いて体が硬直した。


「愚図った時はあやすのですよね」


 ぽんぽんと赤ん坊にするように擦られるとそっぽを向いている自分が大人気ない気がして、渋々起き上がりリュウのほうを向く。


「今日の分の体調記録ですね、どうぞ」


 照れもあってぶっきらぼうに腕を差し出したのに、今日はなかなか触診されない。


「?」


 不思議に思ってリュウの顔を覗き込むと五つの顎が放射線状に大きく開いて、吐息がわたしの前髪を揺らす。ため息のようだが、不満か、失望か、苛立ちか。不思議と恐怖はないが、何かやらかしてしまったかと身を強張らせた。

 あの顎を最大限まで開けばわたしの頭なんて丸呑みされてしまいそうだ。


「あなたばかり、不公平だと思いませんか」

「不公平?」

 

 次いで漏れた言葉は予想できなかった内容だった。


「あなたは情報ばかりを差し出して、何も得るものがない」


 リュウ達の種族の情報を得ようが、わたしにはそれを人間側に伝える手段はないし、そんな事する気もない。だから別にそれで良いと言おうとしたのだけど―――


「だからこちらの事も・・・僕の事も知ってほしいのです」


 どう答えればいいのか迷う。

 知ってどうするというのだろう。その先に何もないのは明らかだ。だったらそんな情報を得ること自体無駄だと思う。

 彼らは合理的に思考する種族だと聞くから、もしかしたらわたしが思いつかないような複雑な事情があるかもしれないけれど。


「本当の和平のためにはお互いに理解し合う必要があると思いませんか」


 そこまで言われたら断りづらいし、向こうが知ってほしいと言うのだからその願いを聞くくらいいいか、と頷くとリュウの目がすっと細められた。少しだけ笑っているように見えなくもない。


(こういうのも表情っていうのかも)


「では触ってみてください」


 先ほどのわたしのように腕が差し出されたので、逡巡の末手首のあたりに恐る恐る触れる。

 見た目通りのごわごわとした感触が掌に伝わって来た。正直にすごくかたいと漏らせばくすくすと笑い声が降ってくる。


「並みの刃物では傷を付けられませんよ」


 硬いとは思っていたが想像以上だ。

 ゆっくりと掌のほうへ指を進めると、さっと手首が反転したので驚いて引っ込めようとしたのだが、それよりも早くリュウの指が絡みついてきた。

 親指の内側から小指の内側まで、全ての指の間にリュウの四本の指ががっちり挟まっている。しかしあまりにもそのサイズが大きいので、必然的にわたしは全ての指を目一杯まで開いていた。

 掌の皮膚部分だけは、他の部分より幾分柔らかい。


「手、大きいですね」

「あなたが小さすぎるのです」


 そう言いながらサイズの違いを確かめるように指を絡めたまま閉じたり開いたりするので、その鋭い爪が手の甲に刺さりそうで少しだけ冷や冷やする。

 じっと見ていたら考えていることが伝わったのだろう、フォローが入った。


「フォークの先端も勢いよく接触しなければ人間でも傷はつかないでしょう?この爪も勢いを付けて触れなければあなたを傷つけたりはしません」


 つつつ、と爪の先でゆっくりと掌を引っかかれたが、確かに痛くないし傷もついていない。ただうなじの辺りがぞわぞわと総毛立ったので今度こそパッと手を引っ込めた。


「もういいのですか?」


 穏やかな声が問う。

 もういいもなにも、わたし自身はリュウから得たい情報があるわけではないのだからキリのいいところでやめたい。

 それよりも―――


「あの―――・・・」


 このままでは今夜はどうしても眠られそうになかった。

 でもあのマッサージをしてもらえればぐっすり眠られるのではないか、という淡い期待がある。


「またわたしに触ってほしいんです」


 そう言うと、ベッドの縁に腰掛けたリュウの尾がぶんと振り上げられた。あまりにもその勢いが強かったので、風圧がすごくて一瞬目を瞑る。


「そうしてもらえると、気持ち良くてぐっすり眠られそうだから」


――― ばすんっ


 振り上げられた尾がベッドの端に勢いよく振り下ろされたので、反動でわたしの体がわずかに宙に浮いた。あまり良い反応には見えない。

 駄目か、としょげかけたところで手首をぎゅっと握られたので急いで顔を上げた。


「・・・いいでしょう」


 その声はどう聞いても快い返事には聞こえなかったので、ああまた失敗してしまったと悟る。

 よく考えれば他者との交流時に一方的に我が儘を言ってはいけないし、そもそも偉い人にこんな事を頼むのは不適切なのだろう。少なくとも人間側の常識ではそうだった気がする。反省して、もうこんなお願いはリュウには絶対にしないと心に決めた。


 強弱をつけて揉まれる腕を感じながら、後悔と共にゆっくりと睡眠の沼に沈んでいった。


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