表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍の棲む星  作者: 青丹柳
星食
12/47

12

 ぐるりと腕を回す。しかし肘が一番後ろに来たあたりでぎこちない動きになり、最終的に全身の動きが止まった。


「何やってるの?」

「寝違えたみたい」


 顰め面でエオーに訴えたが、当然のように理解されない。不自然な姿勢で寝ると痛みがでるのだと説明しても、不自然な姿勢はどういうものなのかと問われると上手く伝えられなかった。エオー達はどんな姿勢で寝ても特に支障はないと言うのでなんだか悔しい。


 昨晩はベッドの縁に座るリュウの方向へ両手首を差し出したまま寝たため、首から肩にかけてじんわりとした痛みが広がっていた。


「ニンゲンってふべーん」

「うるさいな」


 いつも通りエオーと軽口を叩きあいながらさりげなく周囲を見回す。


(あの人、本当に来るのかな)


 深紅のマントを纏った、ベルカナと名乗った女性はまた来ると言っていたような。

 他人の機微に敏いほうではないけれど、それでも彼女からはわたしへの複雑な想いが見て取れた。憎しみか、恨みか、憎悪か、嫌悪か、侮蔑か、どれだか分からないがあまり良くない類のもの。すぐに、ああここで殺されるかもしれない、と覚悟を決めた。

 完全に直感だが、彼女はねちねちした殺し方はしない気がしたのでそれならいいやと思って大人しくその時を待った。

 結果、危害は加えないと言われて拍子抜けしたのだけど。


(殺さないなら何のために会いに来るんだろう)


 抹殺が目的ならば昨日会った時が絶好のチャンスだったのだから、本当にそのつもりはないのだろう。もしくはわたしの直感が間違っていて、一度仲良くなったと見せかけた上で絶望に突き落としじっくり殺したいとか。

 そうなると話が変わってくるので、できるだけ会いたくない。


 エオーや他の見張り達から離れないようにしなければ。







「おい・・・おい!聞いているのか!!」


 横柄な態度で座る黄橡色のマントを纏う男を前にして、我が主は心ここにあらずだった。もっとはっきり言えば、全く話を聞いていないのは明白だった。目線は黄橡色のその向こう、庭へつながる窓へ注がれている。

 額に手を当て口を挟むかどうか迷っていれば、決断するよりも早くドンと地鳴りのような音が響き渡り大型のテーブルの上に置いてある通信機器や水の入った器が浮き上がった。

 左目に刻まれた刀傷のせいで隻眼となったが、残った右目だけでも刺すような鋭い眼力だ。


「その腑抜けた態度はなんだ!!!臣下に対してとはいえ礼を失しているのではないか!?」


(遅かったか)


 ぐうの音も出ない正論に主がどう返すのかと固唾を飲んで見守っていると、やっと視線を庭から目の前の男に戻して言った。


「そうですね」


 恐らく直前の怒髪天を衝く咆哮すら聞いていなかったが故の気の抜けた返事に、軍事を司る黄の男、ウルズは怒りのあまりブルブルと震えている。

 主への言動としては些か不適切かもしれないが、彼もまた幼少からの付き合いだ。加えて主とは因縁浅からぬ仲なので、非公式、かつ自らが信頼に値すると評価した者のみの場であれば幼少からの態度を変えないのが彼の信念のようだった。主もそれを許容しているので、それ自体は問題ない。


「~~ッ!!!もう良い!!!俺が直々に確認する」


 権威付けのために無意味に重く作られた椅子を蹴り上げると、半長靴の踵を激しく鳴らしながら真っすぐに扉へ向かう。

 怒りは已む無しとして一旦大人しく見送るしかない―――と、思っていたのだが。


「どこへ行くのです」


 音もなく動いた主がウルズと扉の間に割って入った。

 先ほどまでの身の入らない様子は一変し、主から発せられた電気が駆け抜けるような緊張感が辺りを包み込む。


「フン、聞くまでもないだろう。あの捕虜が居る場所だ」

「僕の許可無しには会わせることはできません」


 仮にも一色の長たる男だ、自らの主に圧力を掛けられようともこの程度で臆することはない。


「お前が捕虜をこんな辺鄙な場所に閉じ込めるのが悪いんだろう!あの頓智気野郎達が更に図に乗るぞ!!よく考えろ、馬鹿者!!」

「分かっています。時を見て―――」

「そうやってのらりくらりと躱せば騙せると思っているな!!お前は昔からッ」


 段々と言い合いに近くなってきた。このままではまたウルズが大暴れして出禁を言い渡される羽目になる。そうすると政に支障が出て、結果被害を受けるのは私なのだ。

 何より、これでは幼少時の喧嘩と大差ない。


 嫌々二人の間に介入しようとした、その時。


「二人ともいい加減にして!!!」


 先ほどのウルズの怒声の十倍ほど凄味が増した声が響く。

 ずっとウルズの横で黙って座っていたベルカナが、ついに声を上げたので思わず拍手したくなった。


「ウルズ!!昨日私がどれだけ苦労して執り成したかわかっているの?まさに今その苦労を台無しにしようとしているって気付いてる?」


 マントの境目から覗く彼女の拳がメキョッと嫌な音を立てる。

 そういえば今でこそデスクワーク一辺倒だが昔から彼女の拳は抜きんでていた。ウルズもそれを思い出したのか、彼女の拳を凝視して動きを止める。


「それから殿下!!当初は捕虜の神殿預かりに皆異論はありませんでした。少なくとも私やウルズはあまり興味もありませんでしたし。まあ青の方は多少ご不満そうでしたけど・・・しかし状況は変わってしまった。最早いつまでもそうしておく事はできないとお判りでしょう?」


 物理的なパンチも正論パンチも、彼女のものは昔からどちらもとびきり重い。さすが法を司る者だ。

 主のほうには特に動揺は見られなかったが、ピリッとした緊張感を孕む空気は霧散した。


「・・・皆が何を言いたいのかはわかります。しかし最終的な決定権を持つのは僕です。誰からも如何なる指図も受けませんし、誰であろうと捕虜との面会は許可しません」


 凛とした言葉でそう宣言すると、臣下の反応は見ずに出て行ってしまうので残された面々はお互いに顔を見合わせた。

 平時は良き為政者ではあるが、昔から変に頑固なところがある。一度この状態になってしまうととても覆る見込みはないと皆わかっていた。


「どうするんだ」

「あの様子じゃどうにもならないでしょ」


 ウルズの不機嫌そうな声に、間髪入れずベルカナが答える。


「しかしッ」

「だから、私達だけでどうにかしましょ」


 嫌な予感がして固まるウルズと私の顔を見ながら、彼女は堂々と言った。


「捕虜の調査はこの思慮深く理知的な私に任せなさい。ウルズ、アルジズ、私を手伝うのよ」


 自信満々に尾を振り回して胸を張るベルカナは、そういえば昔から行動力の塊だった。

 尾の先が当たって吹っ飛んだ器を回収しながら、こっそり心の中で思う。


(思慮深く理知的な・・・って自分で言います?)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ