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龍の棲む星  作者: 青丹柳
星食
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11

 湯に浸かった後のぽかぽかした体をベッドに横たえながらぼうっと窓の外の夜空を見上げれば、所々に浮かんだ雲の間から星の瞬きが確認できる。


(こんなところも地球にそっくりなんだ)


 長い間、その日を生きることに必死で夜空など気にしたことはなかった。星が輝こうが、月の光に照らされた神秘的な雲が流れようが、わたしの人生には何の影響も無いのだから気にするだけ無駄だ。

 そう思っていたのに、気にしなかった星の瞬きの一つに連れて来られて、結果穏やかに夜空を見上げる生活ができるなんて。


「あの星の光のどれかが地球なのかな」


 柄にもなく感傷的な独り言を吐いたのだが、想定外の返事が返ってきたので驚いた。


「それはないでしょう。人間の視力ではここから地球の輝きを視認できるはずありません、あまりにも遠すぎますから」

「・・・」


(マサイ族とかだったら見えるかもしれないじゃない)


 子供を諭すような穏やかな語り口も、場合によっては反発心の種になり得る。

 上体を起こしつつむっとして窓の外から扉のほうへ視線を移すと、予想通りリュウがこちらへ向かって来ていた。


「驚かせてしまいましたか?ベルを鳴らしたんですが」

「今日は体調記録はとらないかと思っていました」

「どうしてですか?」


 まるで思い当たる節がないという様子で、逆にこちらが途惑う。


「だって・・・忙しそうだったし、もう寝る時間です」


 庭で会ったあの深紅のマントの、多分女性が消えた後、明らかに神殿内が慌ただしくなった気配がした。目に見える範囲の人数がいつもの半分以下だったし、初めてリュウが夕食時に姿を見せなかったのだ。

 一人での食事など慣れっこのはずなのに、少しだけ心細いと感じたなんて誰にも言えない。


「ええ、確かに今日は色々と立て込んでいました。でも―――」


 大きな四本指の手が伸びて来て、そっと髪に触れた。


「だからこそ、です。こんな夜更けに申し訳ないとは思っていますが今日も診せてください」


(だからこそ、何??)


 敢えて濁したのか、うっかり言い忘れただけなのか。省略された部分が気になったものの、もっと気になる事があって問い損ねる。

 もさっと頭部に纏わりつく髪の毛を太い指にくるくると巻き付けて手遊びされているのが気になって気になって落ち着かない。


「少し濡れていますね」

「大体乾いているから大丈夫です」


 あの分厚く硬い皮でも水分は感知できるらしい。

 風呂に入る際にもお世話係兼見張りが付いているものの、彼女達に髪の毛という部位がないため乾かすという概念がないようだった。そのため牢屋に戻ってから自分で乾かしているのだが、如何せんわたしもそういった手入れから何年も離れていた身だ。面倒くさくて仕方がなかったので、いつも五割ほど乾かし終えたらあとは自然乾燥に任せている。


「人間は過剰に水気がある状態で長く過ごせば、風邪なるものを患うのでしょう」


 よく知っているなと感心しきりだったが、自分のマントに包んで僅かな水気を吸い取ろうとするので慌ててタオルを取りに立った。ぐるぐると頭部に巻き付けて、これで大丈夫と言うと黒曜石の瞳がゆっくりと一度だけ瞬きする。

 何だか最近距離が近くて落ち着かないから、あまり近寄らないでほしい。


(そもそも偉い人なんだから、無暗に単独で捕虜に近づくものじゃないと思うんだけど)


 庭で会う時も夕食時にも目の届く範囲に誰かしらはいるのだが、今わたしの牢屋の中には他に誰もいない。

 寝首を搔くつもりなど毛頭ないけど、本人も周囲ももっと警戒したほうがいい。


「じゃあ、はいどうぞ」


 さっさと終わらせようと腕を投げ出すと、昨日のように手首を握られた。

 でも触り方が昨日とちょっと違う。昨日は明らかに骨格を気にしていたが、今日は肉の方に興味があるようだった。


「体温は昨日と変わらず、外見にも特に変化はないですね」


 手首を握ったまま裏返して隅々まで皮膚を確認していたリュウが、あ、と声を上げる。わたしの指先が二人の顔の間に掲げられたので、今日の昼の出来事を思い出した。そういえばエオーが持つ枝を気軽に触ったらそのささくれが引っかかって出血したのだった。

 もうほとんど塞がりかけた傷だが、風呂の中でわずかな痛みを感じたのでささくれも馬鹿にできない。


「これはどうしたんですか」


 責めるような響きを感じるのは被害妄想だろうか。


「枝のささくれで少し切ってしまいました」


 指先は掲げられたまま、そこにリュウが顔を近づける。彼らの顔面にも鼻に相当する器官はあって、そこを傷口に近づけて臭いを嗅いでいるようだった。血の臭いでも感じるのかなかなか離れない。


(鼻、綺麗だな)


 リュウのそれはスッと通っておりとても綺麗だ。人間だったら美青年と言われていたかもしれない。そんなくだらない事を考えてじっと見ていると、やっと顔を離して少し上の方へチェック箇所を移動する。

 

 昨日伝えた程よい力加減で揉み解すように手首から肘にかけてを触っているが、果たしてこれで有用な情報が得られているのだろうか。マッサージなんて受けたことはないけれど多分こんな感じだと思う。彼らの外皮はごつごつと硬くほぼ弾力はないのだが、それがいい塩梅になっていた。

 腕に腫瘍か何かでも見つけたわけでもなさそうだが、一心不乱に揉んでいる。


(そろそろ・・・放してくれないかな)


 心地よいマッサージでだんだん眠くなってきた。


「どこか気になるところがありました?」

「いえ、もう少しよく見てみないと」


 ベッドの縁に腰掛けてわたしの腕を触るリュウの顔を覗き込めば真剣な声が返って来たので、そうっと引っ込めようとした手に力を入れるのをやめた。医学の知識は無いし健康診断も長いこと受けていないから、わたしにはわからない懸念点があるのかもしれない。


「・・・嫌ですか?」


 眠気に抗えず腕を差し出したまま顔を伏せて密かにうつらうつらし始めたら、嫌がっていると思われたようだ。ぱっと顔を上げれば美しい黒曜石が思ったより近くから覗き込んでいる。

 彼らに表情はない。それは間違いないのに、目は口程に物を言うという表現は彼らにも当てはまるかもしれない。その目には微かな不安が浮かんでいた。わたしの腕を只管に揉んでいた手も止まる。


(捕虜にそんなに気を遣わなくてもいいと思うんだけど)


「嫌じゃなくて・・・マッサージみたいに触るからだんだん眠くなってしまっただけです」


 もう寝るところだったし、そんな時に心地よいマッサージをされたら誰だって眠くなるだろう。

 だけどこの感覚は彼らにはないらしい。何か言いたげに五つの顎をゆったりと開閉すると、しつこく聞いてきた。


「触られると眠くなるのですか?本当に?」

「うーん、触られると絶対にというわけじゃないです。ちょうどいい力加減で一定時間触られていると、気持ちが良くなって眠くなるって感じです」


 感覚の話だから、わたしの乏しい表現力ではうまく伝わった気がしない。

 リュウは考え込んでいるようだったけど、出し抜けにふふふと笑った。もちろん顔面の固い外皮に変化はない。声音だけが面白がるようなものに変わって、マッサージが再開される。


「僕もあなたに触れているととても気持ちが良いです。同じですね」


(同じ・・・かなぁ?)


 マッサージしている側も心地よいのだろうか。

 いや、それよりも体調記録に心地よさは必要なのだろうか。


 疑問が浮かぶが、本当に眠気が限界に近付いてきたので深く考えることができず、ただゆらゆらと上体を揺らす。


「どうぞ眠ってください」


 そっと横たえてくれたのをいいことに、就寝の体勢に入った。

 リュウはまだ腕を揉んでいる。余程人間の触り心地が気に入ったようだ。


「明日からの体調記録は、夕食後ではなくて就寝前にしましょう」


 そうしたらよく眠られるでしょう、と言う言葉を聞きながら意識を手放した。




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