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龍の棲む星  作者: 青丹柳
星食
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「もう本当に大変だったんだから!!・・・ねぇ、聞いてる?」


 八本の足をばたつかせながら一生懸命話しかけてくるエオーに、はっと意識を戻す。

 どうも昨晩は夢見が悪くて気を抜くと夢の内容の考察に意識が飛んでしまう。寝起き直前に感じた両手首の疼くような鈍い痛みには微かに覚えがあった。

 わたしが覚えている限り、手首に鈍痛を伴う怪我をしたことなど人生で一度もないはずなのに、あの夢の既視感はなんだろう。


(わたし、何か忘れてる?)


 もやもやとした気持ちは残るが、このままだとまた意識が遠く夢の中へ行ってしまいそうだったので、エオーが振り回している枝のようなものを取り上げて無理矢理頭の中から追いやった。枝はあちこちささくれていて指先に赤い線を残していく。うっすらにじむ血の赤が、現実へ意識を向けることを助けてくれた。


「聞いてる聞いてる。黄色の人たちが押しかけて来たんだっけ?」


 わたしが彼らに引き渡された際、五人の統治者達が立ち会っていたのは覚えている。エオーが言うには、統治者五人はそれぞれ別の"色"を纏うのだと言う。

 学問を司る青、軍事を司る黄、法を司る赤、宗教を司る白、そしてそれら全てを統べる黒。

 どの職務に就いているかはマントの色でわかるのだと初めて知った。あの場に居た五人のマントも五色に分かれていたのだろう。


(どうせすぐに殺されるんだと思って、全然見てなかった)


 格好なんて欠片も思い出せない。


「そう!捕虜に会わせろっていきなり押し掛けてきて門のところで大暴れするんだもん。神殿内のみんながその対応に駆り出されて疲れたよぅ」

「そんな騒ぎがあったなんて全然気づかなった・・・捕虜ってわたしの事でしょ?呼んでくれてよかったのに」


 だから昨日は庭でエオーに会えなかったのか。

 絶対に楽しい用事ではないだろうけど、無駄な争いになるくらいなら突き出してくれて構わなかった。


「とんでもない!あの乱暴者達は何をするかわからないんだから!!主様も絶対に駄目って言ってくれて、追い払ってくれたんだよ」


 その騒動の後にわたしの部屋に来たのか。

 庭に居なかったから様子を見に、と何でもない事のように言っていたが、騒動の影響も気にしてくれたのかもしれない。


(いや、わかんないけど・・・)


 庇護下に置かれ、あまりにも恵まれた環境で落ち着いて暮らしているからか、どうしてもリュウ達を贔屓目で見てしまうようになった気がする。

 しかし先日睨まれた濃紺のマントの者といい、門で暴れたという黄色のマントの者達といい、この神殿内が特別なだけで外の者たちはやはり厳しい目でわたしを見ているのだと思うと、わかっていたのに陰鬱な気分になってしまった。

 せめて要らぬ争いの種になりたくない。


「その黄色の人たちはどんな用事があったんだろう。早く殺せって言ってたの?」


 何気なく聞いてみたらエオーが八本の足を激しく動かして飛びかかって来た。正確には抱き着いてきたのだが、その動きが小動物を襲う時と全く同じものに見えたので一瞬身を引く。


「何てこと言うのさ!そんな暴言は主様が絶対に許さないよ!!」


 そうだろうか。さっきとは真逆の思考が頭を占める。

 リュウには地球政府との取り決めに従って捕虜の管理義務のようなものはあるかもしれないが、いちいち小競り合いからわたしを庇う義理などないはずだ。


「殺せなんて言ってなくて・・・えーっと、とにかく会わせろ、としか言ってなかったと思う」


 膝にしっかりとしがみついた状態でエオーが言う。


(会ってどうするの?変なの)


 引き渡し時を除いて神殿外の生命体と接する機会など全くなかったはずなのに、何故そんな事になっているのか心当たりは全くなかった。

 不満解消のサンドバッグとして探されているのでなければいいが。

 いくら一度は生きることを諦めたわたしでも、少しずつ痛めつけられたり長く苦しめられた末に死ぬのは嫌だ。一瞬のうちに死にたい。


(また来たら嫌だな・・・)


 でもその時はちゃんと前に出ていこう。できれば一思いに殺してくださいって正直に願ってみよう。

 それまでは食べて寝て起きて、毎日庭でエオーと遊べればそれでいい。


「ねえ、エオーは木登り得意だよね」

「え?うん」

「じゃあどっちが天辺まで早く登れるか、競争しよう!」


 いつかきっと手放すことになるこの穏やかな生活を、束の間享受しよう。




* 




「一体どういうつもりだったか知らないけど、悪手なのは間違いないわ」


 大股で庭を取り囲む廊下を渡りながら愚痴をこぼすが、応じる者はいない。昨日の騒動のせいで私の部下達まで立ち入りを禁じられてしまった。真正面から捕虜に会わせろと乗り込んだ馬鹿のせいだ。こんなだからゴリ押ししか能のない脳筋は嫌いなのだ。

 ゆったりとしたマントも今は苛々を増幅させる一因となっていた。権威の象徴である深紅のマントは引きずるほど長くて尾の動きを阻害するし、乱暴に歩くのでうっかり踏んづけてしまいそう。


 ああもう、なんで私がこんな面倒なことしなきゃならないのよ。


「兎にも角にも、まずはアルジズに・・・ッ!!!」


――― ドスッ


 異質な匂い。

 この星には存在しない匂い。

 本能を刺激するような生々しい匂い。


 理屈ではなく直感で反応した。


――― スタッ


 大きく振るった爪がまとめて薙ぎ払った大小の枝が一斉に振ってくる。それから、匂いの元も。

 それは空中で一旦バランスを崩したようだったが、地面に激突する寸前に立て直して最終的には衝撃を最小限に緩和した着地に成功したようだった。


「・・・ニンゲン?」

「え・・・?あ、はい」


 ふわりと揺れる濃い茶の糸のようなもの、髪の毛と言うのだったか、それが頭部を守るように取り巻いている。一本一本が光を受けて輝いて見えた。同じく光を受けたむき出しの肌は内臓が透けて見えるのではと思うほど薄く淡い。眼球は濃い茶の円の周りが白に囲まれた不思議な構造だ。

 急襲部隊ではなかったため交戦時でもこんなに近くで生体を見る機会はなく、思わずまじまじと眺める。引き渡し時に短時間見かけて以来の異星人は、相変わらず私達と似ているような、いないような不思議な外見だった。


 呆気なく目的のモノに出会えたが、まさかこんなに簡単に会えるとは思っていなかったので、逆にどうしたものかと脳内が忙しなく算段をつける。


「・・・」

「・・・」

「・・・逃げないの?」

「逃げたほうがいいですか?」


 こちらが観察する間、じっと見返す焦げ茶と白の眼球は何を考えているのやら。

 人間という種族は雌雄で強さが大きく変わると言う。雌雄共に生まれながらの武人と自負する私達からすれば信じられないが、人間の雌は弱いので雄が守るという暗黙の了解があるらしい。捕虜として連れてこられた人間は雌だと聞いていたが、改めて見てみると確かに細いし小さいしひ弱そうだ。身長など、私の胸より少し下くらいしかないのでまるで子供だった。なのに肝が据わったようなこの目はなんだろう。


「いえ、あなたに危害を与えるつもりはないから逃げなくてもいいわ。私はベルカナ、法を司る赤の者よ。覚えているかわからないけれど、あなたの引き渡し時に私達一度会っているわ」


 人間も私達も、礼儀としてまず名乗るという流儀は変わらない。昨日の今日なので無害である旨付け加えた。


(今のところは、ね)


 なのにそこで初めて捕虜の目に動揺の色が浮かんだ。


「え?あ・・・ん?・・・はい」


 先ほどまでの意志の強そうな目つきは消え失せて、代わりに途惑いと疑念の色が浮かぶ。人間は表情なる機能が備わっていて心理状態が外見からわかりやすいのは知識として持っていたが、なるほどその通りだ。

 しかし私の言葉のどこに途惑う要素があったと言うのだろう。


(変な生き物)


 ちらちらと私の顔を見上げて落ち着かなげな捕虜の様子に首を傾げながら、あまり時間的猶予はないので急いで話を切り上げた。


「私はもう行かなくちゃならないんだけど・・・あなたは自由に出歩けるの?いつも庭に?また会いに来てもいいかしら」


 折角目的の捕虜に会えたというのに、登場人物が足りないので一旦撤退する他ない。


「そうですね。神殿内であれば自由にさせてもらっていて、大体は庭に居ます」


 こくりと頷いて素直に受け答えするその姿にますます奇妙な気持ちになった。


「・・・それじゃ、また今度」


(何よ、なんだか話が違うじゃない)


 踵を返して神殿の中へ向かいながら、今後どうすべきかについて考えを巡らせた。




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