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龍の棲む星  作者: 青丹柳
星食
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 周りの喧騒が遠退く。

 白目のない、黒々とした眼球が一斉にぎょろりとわたしを見た。五つの顎を僅かに放射線状に開閉して何事かを言い合っているようにも見えるが、音は聞こえない。

 明らかに人と違うそれは不気味なはずなのに、黒曜石みたいな目が綺麗だなんて場違いな事を思った。


「どうか、()()を以って、和平の証としてくださいますよう」


(まるで生贄)


 続けて聞こえるのは理解不能なノイズ。

 ノイズではあるが、一定の規則性をもって発されているようだ。相対する席に着いた見たこともない生物達が重々しく頷く。


――― ドンッ


 似合わない軍服を着込んだ後ろの男に無理矢理背中を突かれて押し出された。今日、この日のためだけに支給された、ここ数年一度も袖を通したことがないレベルのまともな衣服、ワンピースの裾がひらりと旗めく。


 間違えた。正しく生贄だったんだ。


 悲しくなんかない。悲しみを感じる心なんてずっと昔に無くしてしまった。


「・・・?」


 押し出されたわたしの手を大きくて鋭い爪を持つ生物の手らしきものが摘み上げた。一応力加減はされているようだから、もしかしてこれはエスコートのつもりだろうか。

 しかし人間とは体の造りが違うので痛くはないが奇怪な光景だ。後ろの軍服の男が嘲笑を浮かべたのが気配でわかった。見よう見真似の人間的仕草を馬鹿にしているのか、それとも家畜のように引き渡されていくわたしを馬鹿にしているのか。


(どっちでもいいか)


 どちらにしろ、彼には二度と会わないだろう。

 彼が、彼らが、人類が去った後、すぐに見せしめで処刑される可能性が高いと看守達が噂話をしていた。



 人類が仕掛けた愚かな争いに完敗寸前の今、適当な落とし所としての捕虜、虜囚、人質、生贄。それがわたしだった。










――― キィィン・・・・


 極僅かに鼓膜を震わせるのはホバー式の移動装置のエンジンだ。


 左右に座るのは筋骨隆々の兵士、のような者達だった。彼らにも性別はあるが、人間と違って見た目でほとんど判別できない。男女どちらも逞しい筋肉を誇る文化があるらしいのでわたしから見れば全て男性に見えた。

 わたし達の後ろに乗っているのは、先ほど引き渡しの席でテーブルについていた五人だ。きっとこの星の中でも高位の存在であるのは間違いない。二人で一列ずつ座っているが、最後尾に一人だけで座っているのが最高位に着く者のようだった。


(わたしには関係ないか)


 死にゆくわたしが彼らの階級など気にしても仕方ない。前方の窓から見える青々とした木々に興味が移る。

 故郷の地球からは遠く離れた星なのに、懐かしさを感じるほどに地球と似通っていた。豊かな緑と青い空、空気、そして星の大部分に広がる水。

 初めて訪れたが、人類がこの星を標的にした理由がよくわかった。これは第二の地球となり得る環境だ。


(まあ返り討ちにされたんだけど)


 徐々に地球の資源が枯渇し始めていることに危機感を抱いた人類は、数百年前から他星系への進出に本腰をいれ取り組んでいた。最初は手近な火星から始まり、少しずつ遠くへ遠くへ調査範囲を広げ、そしてわたしがまだ幼かった頃についにこの星までたどり着いた。

 しかし似たような環境だということは、地球と同じようなことが起きている可能性があるということ。既にこの星を支配する生命体が居た。


 それは同時に人類が初めて出会う他星の生命体だった。


 平和的協調か、戦争か。

 この生命体と小競り合いを繰り返しながら方針を二転三転させる地球政府は内部で相当に揉めたようだが、結局自分達の科学技術のほうがより発達している可能性を信じて暴力で奪う事を選択し、そして負けた。

 彼らは人類の数百年先を行く技術を有していたのだから、必然の結果だ。


 命懸けでやる博打なんて馬鹿みたい。


 そう思った時、上体が傾いだ。どうやら停止したらしい。


「・・・通訳とかいないの?」


 左右から聞こえるのは規則性を持った例のノイズ。

 わたしの両脇を固める兵士たちが何事かを伝えようとがんばっている、気がした。彼ら二人共がわたしの顔を見ながら五つの顎を開閉しているから。


(降りろ、ってことだよね)


 わたしの立場からしたら引き摺り下ろされたって文句は言えないが、二人共無理強いをしてくるような事はなかったので少しだけ拍子抜けした。


 正直に言って、ここ数年他人からこんなに丁寧に扱われたことがなかったので却って戸惑う。

 調子が狂うからうんと酷い扱いをしてくれていいのに。さっきわたしを引き渡した人類のように。


 彼らの紳士的態度に逆に不信感を覚えながら、わざと不作法に飛び降りる。その後ろに二人の兵士だけでなく、偉そうな者達もぞろぞろと降りてきた。

 てっきりここが処刑場なのかと思って見回したものの、眼前に広がるのはまるで古代遺跡の神殿のよう。

 血生臭いこととは無縁に見えるが、彼らの感覚では違うのだろうか。

 周囲に全く他の生き物の気配がないのも気になる。


(衆人環視の中で処刑なんて、今日日人類でもやらないか)


 いっその事、ここで殺してくれればいいのに。

 そう思っていたら最後尾に座っていた一番偉そうな者が徐にわたしの隣に立った。


(なに?)


 やっぱり5つの顎を開閉してノイズを発する。残りの者達は首を垂れ神妙に聞き入っている。

 全く馬鹿馬鹿しくて笑ってしまうが、人類と同じように彼らにも序列があって偉い人の話はよく聞いておかないといけないんだろう。


 早く終わらないかな、とそっぽを向いているとふと向かいの木の上に気配を感じて顔を上げた。


(・・・蜘蛛?)


 地球ではあり得ない中型犬サイズの蜘蛛が枝にしがみついてこっちを見ている。

 この星にも彼ら以外の生命体が息づいていると聞く。地球だって人間以外にも多種多様な生物がいるのだから不思議ではない。その中でも数種の生物は彼らに使役されていると聞くが、あの蜘蛛のような生物もそうなのだろうか。

 特別虫が苦手というわけではないし、それなりに距離があるので冷静に見ることができるが、あれに飛び掛かられたらちょっと怖いかもしれない。


(冥土の土産に良いもの見られた)


 満足して偉い人の話に意識を戻すと、やっと終わったのか四人の高位者と二人の兵士が乗り物に戻っていくところだった。

 二人の兵士がちらりとわたしを振り返る。

 彼らには表情という機能が備わっていないため、言語の中で表現するか声の一種である震動音で感情を表現していると聞いたことあったような。しかし彼ら二人の目には明らかに困惑の表情が浮かんでいた。


 今から処刑されるものへの同情か、それとももっと溜飲が下がるようなまともな生贄の方がよかったという落胆か。


 わたしが気にする事じゃないと瞬時に頭を切り替えて、それからおかしい事に気づいた。

 今、荘厳な神殿の前に立つのはわたしと最高位の偉い人の二人だけだ。護衛も何もいない。普通捕虜と重要人物を二人きりにするだろうか。万一暗殺されたらどうするつもりなのだろう。

 尤も、彼らは戦闘民族と揶揄されるほど軍人だけでなく一般人まで戦いに長けていると聞くから、柔な人間の小娘一人取るに足らないと思われている可能性は高い。


――― さわさわさわ


 遠くに木々の葉がさざめく音がする。太陽に相当するものがあるのかは知らないが、照りつける日光のようなものに目を細めて偉い人を改めて見た。


 外見は他の者達と変わらない。

 放射線状に開閉する五つの顎、ナイフ程度は跳ね返すと聞く硬質の皮膚、引きずるほどに長く太い尾が振り下ろされると岩をも砕けるらしい。長く鋭い爪を持つ手には四本の指が付いているが、人間の三倍ほどの大きさがあるので少し不恰好に見えるものの、あれで殴られただけで絶命しそうだ。全体的に筋肉が満遍なく付きいかにも軍人然とした佇まいだった。

 だけど人間に似ている部分もあって、頭部が一つ、腕が二本、足が二本で二足歩行をする、という体の基本的な構造は人間と同じ。つまり頭部と皮膚と尾を除けば驚くほど人間に近かった。

 こういうのを宇宙の神秘と言うのだろうか。


(どうでもいいか)


 興味を持ったって仕方がないものの事を考えるのは嫌い。いつもの癖で脳内から目の前の異星人の存在を強制削除すると座り込んだ。彼が何も指示せずにわたしを見ているだけなので、他にやることもないから脳内に引き篭もる。周囲の全てをシャットアウトして殻に閉じこもるのは、わたしの最も得意とするところだ。

 移動させる必要があれば兵士でも呼んで引きずって行ってくれるだろう。


 全ての思考を放棄して暖かい光にうとうとと目を閉じかけた時、鋭い爪の大きな手が勢いよく振りかぶられたのが見えた。爪の先端が光を受けてきらりと輝く。


(なんだ、ここで処刑するんだ)


 処刑者以外誰にも見送られることのない最期なんて、一人ぼっちのわたしにぴったりじゃない。

 そう思ってゆっくりを目を閉じた。



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