川口と戸田
「そこでショーガーが出て来て、ドカンと爆破とくるんだ」
「おおっ、それは激熱な展開じゃねぇか!」
「だろう? おれもそのシーン初めて観た時にはゾクゾクッと鳥肌が立ったわ」
高校の学食、4限の授業後の昼休みに俺はクラスメイトの戸田と昼食を取りながら映画について熱く話し合う。
アメリカのヒーローもの映画、日本でもかなりの興行収入があるようだが、俺の周囲では好んでいる人はいなかった。家族ですら親父の好きな映画は時代劇、お袋はサスペンス、姉貴は恋愛映画と趣味の合う人はいなかった。そんな俺にとって、映画の趣味が合う戸田は貴重な友人だった。
戸田もまた、楽しそうに話してくる。
「俺が最近観たのはキャプテン・アフリカのヤツだな」
「あ、俺まだそれは観てないわ。面白い? イケてる感じ?」
「ああ、面白いし、イケてるぜ。前の映画では何とな……」
この戸田との関係も高校を卒業して、進路が別れたら終わるのだろう。もう、そんな予感はしていた。
俺達は映画友達。それ以上でもなければ、それ以下でもない。ただ情報を交換し合うだけなので、意見がぶつかって対立ということもなく、ケンカすることもない。実にライトな関係だが、それが心地良くもあった。
「今度はシーサイド・スクワットの新作が出るみたいだぞ」
「14人もるせいでどうしてもとっちらかった感じになっちまうが、なんだかんだ言っても結局楽しみにしちゃうんだよなー」
「分かるわー」
野郎同志でばかりくっちゃべっていないで、彼女の1人でも作れよ。
そう軽口を叩くクラスメイトもいたが、俺にはこんな日常が非常に楽しいもので、それ以上の贅沢はしようとも思わなかった。
今は高2の7月。残り1年と2/3くらいの日々を戸田と楽しく過ごそう。そう思っていたのだが。
7月のある日、戸田は突如こう言った。
「済まない、川口。今日はお前と昼飯は食えない」
「え、どうしたんだ? 委員会か部活の話し合いでも入ったか?」
「いや、か、彼女ができたんだ」
「え?」
彼女ガデキタ?
俺は戸田の言葉を頭の中で反芻した。一瞬では戸田の言葉が現実のものとして感じられなかったからだ。
何処ぞの彼女と戸田がデートしているシーンを想像してみた。女と2人で微笑み合い、手を繋いでデートに行く。映画は勿論見るだろう。ランチも一緒に食べるだろう。色々な話もするのだろう。
当然ながら、そこに俺の姿はない。
「お、おめでとう? まあ、折角できた彼女だ。大切にしろよ」
「おう!」
戸田は満面の笑顔で、教室から出て行った。その彼女と合流して、学食にでも行くのだろう。その足取りは軽く、まるでスキップでも始めそうなくらいに浮かれたものだった。
その後ろ姿を俺は独りで見送って、まだ彼女がどういう人なのか以前に、名前すら聞いていなかったことに気付くのはその姿が完全に見えなくなってからのことだった。
和光さつき。クラスは2-Fで、吹奏楽部所属。クラスの中心的存在って程ではないがそこそこ社交的で、そこそこ明るい性格で、そこそこ友達もいるようだ。特別美人なタイプではないが、楽しそうな笑顔はとても可愛らしい。
戸田の彼女はそんな子だった。つまりは良い子だった。酷い箇所はなさそうなのは勿論、逆に戸田では釣り合いが取れない程に良過ぎることもない。嗚呼、文句の言いようがない彼女だった。
「クソッ!」
文句を言えるような彼女だったら良かったのに。
チラッとそんなことを考えてしまった、俺自身の器の小ささに腹が立った。曲がりなりにも友達なのだから、アイツの幸せを喜び、祝ってやらないといけないのだ。
とは言え、戸田に彼女ができてから俺が戸田と話をする機会は目に見えて減っていた。昼休みは彼女に用がない限り彼等2人でとるようになったし、授業合間の休み時間でも彼氏彼女2人で会うのは珍しくなくなった。
その結果、俺は独りとなった。別にクラスでハブられてる訳ではない。挨拶しても、何らかの話をしても、無視されないどころか邪険にされることもない。
では、俺が悪いのだろうか。他の人とはただ、合わないと感じた。感じてしまった。深谷・本庄ペアの会話にお邪魔した時もそうだった。
「ピンイン作る際のネギの使い方がどうのこうの」
「合うネギはどうたらこうたら」
合う合わない以前に、何を言っているのかさえ分からなかった。ただ、俺に合わせて俺の分かる別の話をしてくれと求めるのは違う気がした。俺に言えるのは一つだけ。済まない、邪魔したな。
白岡・吉川ペアの会話にお邪魔した時もそう。彼等はグレーな鳩の首筋に緑と紫が見えるのは何故なのかという話をしていた。光の干渉がどうのこうの言っていたが、文系の俺にはネギ話以上に分からなかった。
それは恐らく、俺と戸田がアメリカのヒーローもの映画について熱く語っていた時、そこへ他の人が入ったら同じように感じたに違いない。そう思うと、誰にも文句は言えなかった。
嗚呼、俺は独りだった。彼女と一緒にいない時、戸田が話し掛けてくれる気まぐれを待つ、そんなつまらない野郎になってしまった。
朝起きて学校行って、授業受けて、家に帰る。その繰り返し。それでも戸田がいた頃は日々がとても楽しいもののように思えたが、戸田がいないだけで俺の人生は薄っぺらでつまらないものに思えた。気付かずにいたが、ライトな関係と謳ってはいたが、俺の中で戸田はとても大きな存在だったのだ。戸田の中での俺は、たまに話をする映画友達ってだけのどーでもいい存在でしかないのに。
「ちくしょう。ちくしょう」
自室で俺は一人、そう呟いてみた。そして、何故そう思うのか考えてみた。
戸田に彼女ができたのが悔しい訳ではない。妬んでいる訳でもないし、幸せになれるのならばそれはそれでいいとさえ思う。
ただ、自分が情けない。戸田は俺がいない所でしっかりと彼女を作って、幸せそうにしている。その一方で俺は何をしていた? アメリカのヒーローもの映画を観て、ぼーっとしていただけではないか。
「情けねぇな。ああ、情けない」
俺はその言葉を繰り返し、そして少し笑った。笑うしかなかった。
そんなクソみたいな日々の中だったが、俺は分かっていた。しっかり分かっていた。まだ手遅れではないと。
「ここで忍び込んでいたブラック・ウイロウが活きてくるんだよなぁ」
「ああ、そこが一番の見せ場だな」
独りきりの夏休みが終わって、二学期が始まっても俺と戸田の関係はあまり変わらない。休み時間や昼休みなど、時間が合えばこうやって映画の話をテキトーにだべったりするくらいのものだ。
嗚呼、そんな映画もどうせ和光と観てきたんだろうな。俺は独りなのに。脳の片隅でそう思ってしまう劣等感が焦りとなり、何処か俺の心をチリチリと焦がしているのを、俺は一生懸命顔には出さないようにしていた。
そんな二学期の始まりのことだった。俺のクラスの担任は挨拶もそこそこに文化祭の話をした。
「この秋には文化祭がある。それぞれ部活動でやることもあるだろうが、このクラスでも一つに纏まって活動し、それを見せる必要がある。それにあたって、実行委員が男女1名ずつ必要だ。誰か立候補はいないか?」
それは誰も手を挙げないのが普通の流れだろう。静寂がしばらく流れ、決まらないとダメだから推薦でとか言い出して、誰か暇そうな奴に押し付けるというのがお決まりパターン。担任の顔も、立候補が出るとは思っていない、期待なんか何もしていないのが丸見えだった。
それを分かった上で、俺は手を挙げた。誰もが皆、しーんとしている中で。
「俺、やります」
俺以外の立候補は勿論誰もおらず、俺の実行委員就任は拍手と共にあっさりと決まった。女子の方は推薦で隣席の女子、越谷となった。彼女としても本意ではないだろうが、あからさまに嫌そうな顔をしなかったのは俺にとって安心材料だった。
そのホームルームの後、戸田がニヤニヤしながら俺に話し掛けてきた。
「意外じゃん。川口、こういう役回り嫌がりそうだったけど」
「ああ、その通りだ。めんどくせーって言って避けてた」
「じゃあ、なぜ?」
「だから、やるんだ。ちょっと自分変えてみたいと思ってな。ああ、済まんな。別にクラスの為にやる訳じゃない」
「そんなん、どーでもいいさ」
そう言って、戸田は笑った。俺もつられて笑った。
そんな俺達に、隣席の越谷が水を差すようにぴしゃりと言ってきた。
「川口、今日から早速文化祭実行委員会の会合があるのよ。さっさと行くわよ。アンタは立候補したんだから、しっかりとやる気を見せなさいよね」
「お、おう。悪いな」
越谷の言葉はキツイ。口調も流氷のように冷たい。だが、それでも俺は知っていた。彼女は俺の隣席。俺達の話が一段落するまで待っていてくれたのだと。
俺は優しい越谷に対して少し愛想笑いを浮かべ、彼女と共に教室を出て実行委員会へと向かう。ただ、教室を出る際に戸田への挨拶も忘れない。
「じゃ、戸田。また明日な」
「おう、頑張れよ」
俺はそうして文化祭実行委員会となった。ちゃんと力を入れてやっているので、それ相応に忙しい日々を送るようになった。なので、それに伴って戸田と話をする回数はこれまで以上に減りはした。
ただ、それでも今では戸田とは前よりもっと友達になれている。そんな気がした。
面倒臭いに満ちちゃってますね、この小説。タイトルだけじゃなく、名前付けるのも面倒臭いので、み~んな埼玉県の市名ですし。
ネギの話は深谷ならネギだろうということで。鳩は最近鳩を見て、俺が疑問に思ったこと。
もっと詳細書こうと思ったけど、そこまでしなくていいかなと。専門書じゃないし。
ああ、そこは面倒臭くて、じゃなくてね(^_^;)