5 玲と多々良(完)
祭りの三日後、玲と多々良は再び旅の空の下にあった。
「ここで冬を越してもいいんだぜ?」
宇嘉良はそう申し出てくれたが、多々良は断った。
「この冬は久々に帰ろうと思っていてな」
もともと多々良は、自分の村へ帰る途中だった。玲と出会ったのはその道すがら。たまたま方向が同じだったから、ともに旅をしているのだ。
「そうかい。まあ、結婚したことも報告せねばならんだろうしな」
達者でな、また会おう。
宇嘉良のその言葉を背に、玲と多々良は村を後にした。
「やれやれ、夫婦ごっこがようやく終わったの」
「いや、それは本当にすまなかった」
「して、多々良殿の村まではどれほどじゃ?」
「途中、船に乗るが……まあ、半月というところだな。冬が始まる前には着けるだろう」
玲は多々良と話し合い、この冬は多々良の村で過ごさせてもらうことにした。
宇嘉良の村にも負けぬほどの、大きな村だという。近くに火山があり、湯量豊富な温泉もあるそうだ。
「言うておくが、もう夫婦ごっこはせぬぞ?」
「そう何度も念押しせんでもよいではないか」
玲の再度の念押しに、多々良は苦笑を浮かべた。
「俺と夫婦というのは、そんなに嫌だったか?」
「……気疲れしてかなわんだけじゃ」
からかうような多々良の口調に、玲はぷいとそっぽを向いた。
脳裏に浮かんだのは、村を出る直前、玉野にささやかれた言葉。
「玲様、どうかお元気で。それと、一つお願いがあるのですが」
「なんじゃ?」
「次は、多々良様と本当の夫婦になって来てくださいね」
「……気づいておったのか」
「だって多々良様、玲様のことを『巫女殿』て呼ぶんですもの」
実は玲が巫女だというのも、多々良の呼び方で気づいたという。
「夫らしい振る舞いもありませんでしたし、ああ違うな、と。あ、玲様は初々しい新妻のようで、とても可愛らしかったですよ」
褒められたのか、からかわれたのか。
いずれにせよ、夫婦ごっこをずっと見られていたのだと思うと、玲は顔から火が出るほど恥ずかしかった。
「お二人、とてもお似合いですよ。ぜひ、本当の夫婦になってくださいね」
(ええい、何が「お似合い」じゃ)
何やら腹立たしくなってきて、玲は頭を振って玉野の言葉を追い出した。
「どうした、巫女殿?」
「どうもせぬよ」
「そんな仏頂面で言われてもな」
「気のせいじゃ」
「夫婦のフリの件なら、本当に悪かった。機嫌を直してくれんか、巫女殿」
「……その呼び方」
玲は足を止め、じろり、と多々良を睨んだ。
「なんとかせい」
「は?」
「夫婦のフリをしているというのに、巫女殿、巫女殿と……玉野殿にバレておったぞ」
「げっ、本当か!?」
「まったくお主は」
玲は大きなため息をついた。
「名前で呼んでくれて構わぬぞ? 巫女であることを大っぴらにされるのも嫌なのでな」
「いや、出会いが出会いであったから、馴れ馴れしくしては嫌われるかと思ってな」
はははっ、と笑う多々良に、玲は頬を火照らせた。
山中の泉での出会い。あの時、玲は泥まみれの体を清めるべく水浴びをしていて、多々良はそんな場に出くわして……
「……それ、忘れてくれんかの?」
「いやしかし、脳裏に焼き付いてしまってな。こうして目を閉じるとありありと……」
「ええい、やめんか!」
思わず振り回した瓢箪を、多々良は悠々と受け止めた。
「すまんすまん、そう怒るな、玲」
「……いきなり呼び捨てか?」
「玲も呼び捨てにしてくれて構わぬぞ」
ニカッ、と笑う多々良を見て、玲は深くため息をつく。
なんというか。
この男には振り回されっぱなしのようで、癪にさわる。
「さて、急ごうか、玲。本格的に寒くなったら、旅は辛い」
「……そうじゃな」
だが、気づいた。
まあよいか、と流してしまうぐらいには、自分は多々良に心を許しているらしい、と。
「急ごうかの、多々良」
案外すんなりとできた呼び捨てに、玲がかすかに微笑むと。
瓢箪の鈴が、りりん、とひやかすように、小さく鳴った。