異世界召喚されたからテンプレ成り上がりを期待したのだけど…
知り合いから異世界召喚物を頼まれたら筆が滑った。
「ようこそ勇者様」
信号待ちでスマホを開いていたら突然足元が光り出して驚いた次の瞬間、テレビで見たギリシャの神殿みたいなバカでかい柱に囲まれた広間みたいな場所で、周りには目のやり場に困るヒラヒラした布に身を包んだ美女に囲まれていた。
「え…?」
何これ? なんかのドッキリ?
「なんだこの貧相な小僧は!?
これが本当に勇者だと? 馬鹿馬鹿しい!!」
訳が分からず固まっていたら筋骨隆々のオッサンがそう怒鳴りながら俺に近付いてきた。
「何を仰るか将軍殿!
彼は間違いなく我らが神が人類の存亡を救うべく異世界より呼び出された勇者様に間違いありません!」
そうオッサンに割って入るしょぼくれた爺さんの言葉に、俺は内心大はしゃぎだった。
異世界召喚キターーー!!
異世界召喚と来れば次はチート!!
そして美女三昧のハーレム!!
…ああ、いや待て。まだ安心出来ない。
異世界召喚のテンプレ成り上がりはチートヌルゲーだけじゃ無い。
無能力orゴミスキルからの知識チート全開で駆け上がる底辺這い上がりパターンも多い。
どっちも最後はモテモテハーレムは確定してるけど、だからこそスタートがどちらなのか注意深く確かめないとな。
……いや、待てよ?
最近は成り上がりに見せ掛けて、実は不遇に喘いでいた奴の踏み台にされて奴転がり落ちていくざまぁな展開もありえるじゃないか。
中でも踏み台役が召喚勇者なんてパターンはテンプレもテンプレ。
その手のパターンはクラスごと召喚で成り上がりもカースト下位の奴が殆どだけど、今回みたいな単体召喚された異世界人が踏み台になる展開だってそこそこある。
兎に角、警戒を忘れずざまぁの気配を感じたら是が非でも…
騎士っぽいオッサンと神官っぽい爺さんの口論を横目にこの先の展開を予想していた俺は、ふと、足元から振動が這い上がってきていることに気付いた。
「なんだ?」
地震かなと思った直後、耳が壊れそうな凄まじい轟音と共に天井が吹き飛んだ。
「何!? 魔王が攻めてきた!?」
まさか絶望スタート系異世界召喚だったの!?
いきなり死にかけたり着の身着のままで寄る辺もなく彷徨うのかと慄いていたら、空から血達磨の髭面爺が降ってきた。
「ひぃっ!?」
つい情けない悲鳴が溢れてしまったが、こちとら毎日食ってる肉や魚でさえスーパーの処理済みぐらいしか見たこともない現代都会っ子なのだ。
死体どころか脱臼している患部を間近で見るのもキツイのだから血塗れの姿なんて耐性が有るはずもない。
「手間取らせてくれたなぁこのクソ野郎が」
血塗れで呻いている爺に誰もが混乱して動けない中、空からジーパンスカジャンサングラスで根本の色から金髪に染めているだろういかにもヤの付く自営業のお友達然とした人物が降ってきた。
「きさっ、貴様っ、私を誰だと思っていぶっ!!??」
爺が怒りに顔を真っ赤にして喚こうとするのを男が顔を踏みつけて遮った。
「この世界でデカイ顔して図に乗った挙げ句、俺様達の庭の人間かっ攫って暇潰ししようとしたクソ野郎だろうが」
「ぐっ!」
男の指摘に顔色を見る見る青褪めさせていく推定この世界の神。
その様に鮫のような凶暴な笑顔という感じの怖い笑顔を浮かべる人物に、俺はなんとなく日本のとある神様を連想した。
「あの、もしかしてスサノオですか?」
「あん?」
「ひぃっ!?」
マジでヤクザにしか見えない眼光を向けられチビリそうになった俺に、彼は若干視線を生暖かくさせながら「そうだな」と口にした。
「確かにお前達がそう呼んでる奴で間違いねえよ」
「あ、そうなんですか」
マジで!?
と、すると、今度は新たな疑問が浮かんでくる。
「えっと、何をなさっておいでなんでしょうか?」
「決まってんだろ?
人の庭に許可なく入ってきた挙げ句好き勝手したクソ野郎に制裁かましてんだよ。
後、拉致されたままだと外聞がうるせえから回収しに来た」
えぇ…?
「回収しにって、俺をですか?」
「嫌なのか?」
「えと…」
そう聞かれると正直困る。
異世界でチートヒャッハーしたいって気持ちは有るけど、帰れるってなら帰りたい。
「因みに、断ったら…?」
「死んだって放置する」
まさかの見捨てる発言!?
「当然だろ?
お前らだって偶に庭に入ってくる野良猫が消えたって、まあそうかでしばらくしたら忘れるだろうが」
「いや、それはそうかもしれないですけど…」
「後、このクソ野郎が俺達が交わしているルールに違反したから、人間が増えすぎて可哀想だからやめておこうって開催場所を探していたハルマゲドンやらラグナロクやら何度目かのマキアやらユガの転輪やらを此処で開催「スサノオ様の温情に心から感謝します!!」そうか?」
どれ一つとっても人類終了のお知らせしかない神様の大戦争じゃないか!?
一部違ったかも知んないけど人が沢山死ぬのは変わらなかったはず。
そんなものが起きる場所になんか一秒だって居たくないよ!!
「じゃ、帰るぞ」
そう言うとスサノオ様は腰に吊るしていた剣を抜いて真横に振るった。
直後、空間が切れたとしか表現出来ない現象が起きて、切った場所にさっきまで居た場所が広がる。
「ほれ行け」
「アッ、ハイ」
とんでもなく凄い事をしている筈なんだけど、ライターの火を付けるような軽い感覚で行われたせいで驚く前に言われた通りに戻ってきてしまった。
「じゃ、これ閉じたら時間が進むから」
「ちょっ、せめて一つ質問を!」
仕事は終わりだという態度についそう声を発してしまう。
「あん?
今からサンドバッグで遊ぶんだから早くしろよ」
踏み付けていた神()を喉輪締めに吊るしながら面倒くさそうに言うスサノオ様に、何を聞くべきかと僅かに悩んでから俺は尋ねた。
「地球の神様って、今も昔と同じぐらい強いんですか?」
ラノベとかだと地球の神は信仰を失うと弱体化してしまうってのが大凡だけど、スサノオ様の様子や話だとそんな気配は微塵も見えなかった。
そんな疑問に対してスサノオ様は心底呆れた様子で言った。
「なんで先に生まれた俺達が後から生まれたお前達の意識で存在を左右されるんだよ?」
「えぇ…?」
そう言われれば確かにおかしい話だけど…
「なら聞くが、お前達は蟻に存在を否定されたら消えるか?」
「いえ」
「そういう事だ」
そう言うとスサノオ様は「精々つまんなく生きろよ」と言って開いた空間を閉じてしまった。
「……」
途端、さっきまでの静寂が嘘のように騒音が戻り、待っていた横断歩道が青になって「とおりゃんせ」を流し始める。
「あ、信号変わる前に行かなきゃ」
思う事は沢山あるけど、どうせ行っても誰も信じないのだから俺は横断歩道をいつものように渡り始めた。