表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

虹祭高校☆八機士伝

作者: 夢穂六沙

   ☆1☆


 名無瀬光ななせひかるが吼えた。

「えええーーーっ! 何でチケット没収なのよ委員長! このチケットを手に入れるために、あたしがどれだけ苦労したか分かってんの!? あたしが必死に小銭を貯めた二千円! お母さんからお小遣いを前借りした三千円! お父さんから参考書代として貰った二千円! 弟の貯金箱から無断で借りた千円! そういう苦労を重ねて集めた八千円! その全財産を投入して買った金城零男きんじょうれおのCD八枚! それに封入されたミニライブ・チケットの応募券八枚! それを全部応募してやっと抽選で当たったチケットなのに! 没収するなんて信じらんない! 委員長の鬼! 悪魔! 人でなし! スットコドッコイ!」

 虹祭高校一年白組。

 授業の合間、中休み中の出来事である。

 委員長が反論する。

「名無瀬さん、あなたの努力はとても努力と言えるものじゃないです。むしろ、かなりきわどい、犯罪まがいのお金の集めかたです。チケットが手に入ったのも、単なる偶然じゃないですか。抽選で当たったからって人に自慢している場合じゃないですよ。学生は学業が本分。当然、これは没収です」

 名無瀬光の友人、諸星巡もろぼしじゅんが言った。

「光はいい事があると、すぐ浮かれて有頂天になって、何でも見境なくペラペラしゃべっちゃうから。だから委員長みたいに目ざとい小ずるい男にすぐ見つかって後悔する事になるの。大切なものは人目につかないよう、こっそり隠しておかなきゃ駄目よ」

「えええーーーっ! だって巡! プラチナチケットだよ! 自慢しなくてどうすんのよ!金城零男に会えるんだよ!」

「どうせぽっと出のアイドルでしょ、すぐいなくなるわよ」

「ショックマンキチーっ!」

「ちょっと待ってください諸星さん。先程のあなたの発言には問題がありますよ。僕は目ざとくも小ずるくもありません。委員長としての使命をまっとうしているだけです。校則で勉学以外の持ち物は持ち込まないよう禁止されているんです。チケットも例外じゃありません。携帯ゲーム機、アクセサリー、スマホも禁止したいところですが…」

「非道ーーーいっ! なんでも禁止するなんて! 横暴だよ! 暴君だよ! 委員長だよ!」

「スマホは僕も利用しているから、それはいいでしょう」

「結局、委員長は委員長にとって都合のいい事だけを校則で縛ろうとするのよね」

「巡の言う通りだよ! この委員長が!」

「スマホとかを休憩時間や昼休み、または放課後だけに利用する。それなら何の問題もありません。しかし、悲しいかな、人間は気持ちの切り替えが全然出来ない。当然、授業中も悪影響が出ます。だから、ベターな選択として禁止する以外ないんです。僕以外の人間はね」

「委員長は気持ちの切り替えが完璧に出来るってわけ?」

「諸星さん。僕をただの人間だと思ったら大間違いですよ。僕はコンピューターのように正確に気持ちのコントロールが出来ます」

「あら、まるで人間じゃないみたい。ロボットか何かかしら?それとも単なる上から目線?」

「巡の言う通りだよ! 委員長は傲慢なゴーマニズムロボット委員長だよ!」

 クスリ、と委員長が笑う。

「傲慢…か、僕にとっては、むしろ誉め言葉です。名無瀬光さん、チケットは五里勇樹先生に預けるから、返して欲しければ、あとで五里先生と交渉するんですね」

「えええーーーっ! ゴリユキに取られたら半年は返って来ないよーーーっ! ライブは今日の夜なのにーーーっ!」

「それは残念。半年後にチケットが返ってきたら、額にでも入れて飾っておきなさい。それじゃっ!」

 委員長が職員室へ向かった。


   ☆2☆


 名無瀬光が気合いを入れた。

 昼休み。

 購買部へ行く途中だった。

「ぬおおおーーーっ! ごパンごパンごパン! いっぱい食べて力をつけないと! な、なに~っ! すでにスゲー混んでる! 負けるもんかーーーっ! 突っ貫っ! もみくちゃ! もみくちゃだよ! でも今日は限定メガ・イチゴあんかけコロッケバンの発売日! 限定商品は絶対ゲットだよ! う、手が届かないーっ! ちょとそこの人だかりの人! いつまで選んでるの? 早くどいてっ! あああ! あと一つになった! 一難去ってまた一難! てか一難も去ってない! ああ! 次なる魔の手が伸び伸びた! やばいよやばいよ! ピンチだよ! 名無瀬光ピーンチ!」

「クスクス、あの…これ、良かったらどうぞ」

 ロン毛で茶髪。

 背のスラリと高い少年が微笑を浮かべ、光にパンを渡す。

「え! いいの? スッゴイ美形の略してビケメンなモデルみたいな人!」

「…はい。なんか、このパンがすごい欲しそうな実況生中継が聞こえてきたので、買うに買えないかなって…」

「やったーっ! 限定メガ・イチゴあんかけコロッケバン、ゲットだよ! スッゴイ美形のビケメンなモデルみたいな人ありがとう!」

「いつまでパシりに時間かかってんだ御茶ノ水? つか、そこのチンチクリン誰? 超うざいんだけど。さっきから変な略称ばっか使ってるけど、何? 若手男性モデルナンバーワンの御茶ノ水双葉おちゃのみずふたば知らないの?」

「先輩、今、買い終わって、帰る途中だったんです…限定メガ・イチゴあんかけコロッケバンは売り切れましたが…」

「そこのチンチクリンとイチャついてるからだろ。たく、女ならよりどりみどりなのに、こんなチンチクリンと関わってどうすんだ?」

 光が逆上した。

「スッゴイ美形のビケメン…もとい、若手男性モデルナンバーワンの御茶ノ水さんをパシり扱いにするってナンツー奴! 先輩だからって許せない! きっと嫉妬ね! それに、他人まかせで買い物しないアンタが文句ゆーな! そ・れ・に、あたしはチンチクリンじゃない! 名無瀬光だっ!」

「「!!!」」

 御茶ノ水双葉とその先輩が絶句。

 スルリと先輩の手が伸び、光のアゴをつまむ。

 自分に引き寄せ、マジマジと光をガン見する。

「ちょっ! はーなーせーっ!」

「いや…まさか、な…そもそも苗字からして違うし、それに、彼女は…もっと美人だって聞いたぞ。こんなチンチクリンなはずがない!」

「またチンチクリンって言った!」

「先輩、理由は分かりませんが、いい加減名無瀬さんを離してあげてください。嫌がってますよ」

「おおーっ! 若手男性モデルナンバーワンは顔だけじゃなくて心もビケメンだね!」

「しゃーねーな」

 先輩と呼ばれた男が光を離し購買を離れる。

「またね…どこか、ボクのお母さんに似ている名無瀬さん」

「は! お母さん? まさか! ビケメンはマザコン!?」

 光は双葉の事を誤解した。


   ☆3☆


 名無瀬光が暴食した。

 まだ昼休み中。

「にしても、今! 思い出してもほんと! ガツガツ! 委員長の奴め! あったまくる! ムシャムシャ! 頑固すぎだよ! ゴクゴク!」

 諸星巡が呆れながら、

「光…食べるかしゃべるか、どっちかにしてよ、てゆーか、何? そのパンの山は? やけ食い?」

「ちっがうよーーーっ! 腹が減ってはイクサは出来ないだよーーーっ!」

「五里と交渉する気? 無駄じゃない?」

「そんな事ないよ! 必ずチケットを取り返してみせる! この昼休み中に必ずね!」

「そんなに…金城零男っていうのは、いいアイドルなのかしら?」

「超カッコいいよ! 王子様みたいにサラッサラの金髪。青い瞳。雪みたいに白い肌。スラッとした少年体型に爽やかなクリスタル・ボイス。ダンスも超上手いんだよ! 女の子なら誰でも憧れるんじゃないかな? でも、悲しいかな、弱小事務所の…確か、ショーリュー事務所? に所属していて、イマイチ、パッとしない仕事ばかりだけど…メディアもあまり取り上げてくれないし。けど、いずれ、その内、絶対ブレイクすって! ブレイクさせてみせる! 紅白だって夢じゃない!」

「あのさ、光…さっきは、その、委員長の手前、パッと消えるとか何とか、適当に言っちゃったけど…実は…わ、私もね、金城零男ってアイドルのこと、少し前から気になってたんだよね。以前、一回だけラジオに流れていた金城零男の歌を聞いたことがあるんだけど、まあまあ、いい歌だなって思ったの。それで、実はね光…チケットのことなんだけど…」

「そうだよ巡! チケットだよ! あたしは今! モーレツに打倒ゴリユキに燃えている~っ! 絶対チケットを取り戻す!」

「あっ! ちょっと待って光! 待ちなさいってば! あ~あ、行っちゃった。相変わらず、せっかな子ね。せっかく私もチケットを手にいれ…」


   ☆4☆


 名無瀬光が落ち込んだ。

 諸星巡が職員室から出てきた光に声をかける。

「光が職員室に入ってから、かれこれ十五分。あ、出てきた。どうだった? チケットは取り戻せた?」

「…ドンヨリ、ドヨ~ン…巡…あたしを、待ってたの? 御愁傷様です。名無瀬光はすでにこの世にはいません。ゴリユキ討伐に失敗して討死にしました。あたしの青春は燃え尽きました。真っ白な灰になりました。グッバイ青春。グッバイ愛しの金城零男、たま…グフッ!」

「何言ってるの! 光? もっとはっきり、具体的に話しなさい! 全然、話しが見えないわよ」

「グスン。だってゴリユキの奴ったら、あたしがチケットを返してって言ったら、急に逆ギレして、アイドルなんてくだらん! とか、どうせ5年で消える奴らだ! とか、あんな幼稚な歌は子供のお遊戯だ! とか、散々文句を言って、しまいにはチケットと関係ない、名無瀬の成績があがらないのはそのせいだ! って説教が始まって、最後には反省文をノート一冊書いてこい! って、パワハラまがいの事まで要求しだして! 交渉どころじゃなかったよ! 信じらんないよゴリユキ! 雪山でソーナンして死んじゃえ! 最低のクソオヤジだよ!」

「まあまあ、どうせゴリユキのことだから、思いつきで適当にしゃべってるだけよ。気にしないで適当にあいづちを打っとけばいいのよ。光のいい所は素直な所だけど、今回は仇になったみたいね」

「う~。巡みたいに上手く立ち回れないよ~。でも、どうしよう? このままじゃ零男のライブに行けないよ~。悔しいな~。とほほのほ~、ほ~ほけきょの山目くん~」

「意外と余裕あるわね。まあいいわ。ジャジャーン! これな~んだ!」

「えええーーーっ! ウソ! チケットじゃない! しかも二枚も! なんで? どうして巡がチケットを二枚持ってるの!?」

「ラジオで金城零男のライブチケット・プレゼントコーナーに応募したらペアチケットが当たりました!」

「すごーーーいっ! さっすが強運の魔女! いいな~っ!」

「ヨダレをたらさんばかりに見つめなくてもいいわよ。これで零男のライブを一緒に見に行きましょう」

「えっ!いいのっ?」

「うん。どうせ一人で行ってもつまんないから」

「ヤッターーーッ! 名無瀬光復活! でも、本当にいいのかな? 本当は、あの…星づ、何とかっていう人と一緒に行く予定とかじゃないの? 中学時代からのボーイフレンドでしょ?」

「いいのよ! あいつは! あんなシスコンは! ほっときゃいいのよ!」

「巡、顔が鬼みたいに怖いよ~。ブルブル。でも、彼氏と行かないんなら、不肖、名無瀬光が、つつしんでお供します!」


   ☆5☆


 名無瀬光が鼻歌を歌った。

 ラップ調の曲だった。

 放課後の教室に光の歌声が響く。

「チェキラ♪

 ラララ☆

 ラッキーガール!

 ルルル☆

 それはあたし!

 あたしのことだよお!

 YO♪YOYO♪」

「やめて光! 堪忍して! ラップじゃないよそれ! もはやボエ~よ! 公害だよ! ちゃんと掃除しようよ!」

 諸星巡が抗議の声をあげた。

 二人は掃除当番だった。

「ただでさえ風邪で二人も休んでいるのよ!遊んでる場合じゃないでしょ!」

「それはそれだよ♪

 諸星巡☆

 あたしのハートは♪

 超ルンルン☆」

「オレの心は♪

 ヒートアップ☆

 お前の歌声♪

 超アツアツ☆」

「誰よ?この日に焼けた野性的な顔付きの男は? 光の知り合い? ラップしながらヒップホップしたり一人ウェーブやってるんだけど!」

「オレの名前は緑川龍破みどりかわりゅうは♪ 歌とダンスにゃ目がない男さ♪ その子の歌声聞いて♪ ついつい反応しちまったのさ♪」

「おおーーーっ! わかる人にはわかるんだよ! あたしの魂の叫びが! あたしの名前は名無瀬光だよ。日に焼けた野性的な顔立ちの緑川龍破君、ヨロシク!」

「光だって? いやいや、まさかな…ところで、掃除の人手が足りないなら、オレが手伝ってやろうか? 料金は一回百円な!」

「えっ! お金取るの!」

「ダンス同好会の会費の足しにするためだ。同好会は万年金欠病でな。何でも屋を掛け持ちしてるんだ」

「何でも屋の緑川龍破…聞いた事があるわ。ダンスよりそっちのほうが有名なんじゃない? 色んな部活に顔を出しては助っ人として活躍してるって聞いたわ。でも、光にお金を要求しても無駄よ。昼休みに無駄にパンを買ったから、今は文無しなよ」

「あたしのプライベートをペラペラ喋らないでーーーっ!」

「じゃあ緑川に百円払うの?」

「えっ! それは、その…」

「オレも鬼じゃないぜ、初回はサービスだ。無料でいいぞ。安心しな!」

「ほんと! 良かった! 無料だってさ!」

「でも、次からはキッチリ百円もらうからな、よっと!」

「おおーーーっ! 机を2つもいっぺんに持ち上げたよ! 緑川君、ありがとう!」

 そこに別の男子が乱入する。

「ちょっと、ちょっと! どーいうことだよ、龍破! また、ただ働きしてんのかよ? いい加減にしろよな!」

「そんな、憤怒の形相で怒るなよマネージャー。女子がビビるだろ。あ、こいつもダンス同好会の会員で、マネージャーみたいな事をやってるんだ。いっつも怒ってばっかりなんだよな」

「龍破がボクを怒らせるような事をするからだろう! 初回無料はもうヤメルって、この間、言ったばかりじゃないか、そんなんじゃいつまでたっても会費が集まらないよ!他の仕事もたまってるっていうのに、割のあわない仕事はやるなよ!」

「ケチケチすんなよマネージャー。人助けは何でも屋の基本だぜ。それより、そこんとこ、汚れてるからホウキがけしてくんね?」

「たく、しゃーねーなー」

「文句を言ってる割にはしっかり働いてるよ。マネージャーさん。意外といいマネージャーかもしれないね!」

「とっとと終わらせる為だよ! チンチクリン!」

「ショックマンキチ! またチンチクリンって言われた! でも、そのホウキさばき、なかなかいい仕事してますな~」

 光が鑑定団のようにマネージャーをほめた。


   ☆6☆


 名無瀬光がゴミ袋をつかんだ。

「巡! ゴミ出しに行ってくるね!」

「はいはい、行ってらっしゃい」

 光がゴミ出しに行く。

 裏庭を通ると一人の男子が歌舞伎を謡い踊っていた。

「人間五十年、下天の内にくらぶれば、夢幻の如くなり」

 バチパチパチ!

 光が拍手した。

「おおーーーっ! 上手いもんだね! 歌舞伎って奴でしょ、虹祭高校に歌舞伎役者がいるなんて、驚きだよ! しかも、女の子みたいに綺麗な顔をした美少年ときたよ!」

 その場にもう一人、別の男子が現れた。

「でも、そいつの芸はさ~、謡や踊りがメインじゃなくって~、顔だけがメインなんだよね~。そいつの才能は顔だけなんだよね~」

「何だこいつ!? いきなり横からしゃしゃり出てきて、何てこと言ってんだコラ!? 失礼な奴! ヌボ~とした怠惰な顔したヌボーのくせに! 女の子みたいな顔の美少年に何言ってるの!? 美少年に謝れ!」

「いや~。おいら、そいつの兄弟子だからさ~。何で兄弟子が弟弟子に謝んなきゃいけないわけ~? これは教育的指導って奴だよ~。おチビちゃん」

「今度はおチビちゃんかい!」

「すみません、義兄あにの指導の事を、あまり悪く言わないで下さい。きっと、ぼくの成長の為に言っている事ですから、ええと君は…」

「一年白組、名無瀬光です! 女の子みたいな顔の美少年さん!」

「光!? いや、でも…苗字が違いますね…」

「何かさっきから同じような反応されるな~?あたしの名前、光って変なのかな~?」

「い、いえ、何でもありません。きっと…ぼくの思い過ごしです。申し遅れました。ぼくは、紫穂宮亜都夢しほみやあとむです。歌舞伎の世界で有名な紫穂宮家の内弟子です。今後もよろしくお願いします。名無瀬光さん」

「おいらはそいつの兄弟子って事でシクヨロ~」

「シクヨロって!? いきなり業界用語!? 超ウザっ! はっきり言って、全然、兄弟子の威厳ないよ、この人っ!」

「おチビちゃん。君も相当、失礼な気がするけどな~。まあいいや。それじゃ、ちょっとだけ、おいらの本気を見せちゃおうかな~」

「えっ! 何? 急にヌボ~の顔つきが変わったよ! それに、何? この鬼気迫る緊張感!? 一体どういう事! あたし…突然、戦場にいるような気持ちになってきたよ!」

「人間~~…五十~年~~…」

「これは! さっきぼくが踊った敦盛あつもりだ! 敦盛の舞台は悲惨な戦いだった源平合戦のあとの話なんだ」

「それで…殺気があるのに、なんか悲しい、虚しさを感じる雰囲気なんだね!」

「下天~…の内に~…くらぶれば~…」

「ああっ! あたし…なんだか…永遠の時みたいな、悠久の時の流れを感じるよ! 何で? 何で?」

「天上世界の下位にあたる下天の世界は、一昼夜が五十年もあるんだ。それはまさしく、人間にとって、未来永劫と思われる、永遠の時の長さに感じられるんだろうね。義兄の演技力の凄さだよ」

「夢~っ…幻の~…ごとくなりぃ~っ~~~…」

「うっ! 今度は頭がクラクラするよ! 本当に夢でも見ている感じ!」

「さすがです! 義兄さんはスゴイです! 一瞬で、ぼくたちを別世界へと誘って行きました。もはや人間業とは思えません。まさしく、夢幻の世界、本物の敦盛です! これ程の踊り手は古今東西、数多の役者が存在しようとも…義兄をおいて他にはいません!」

「なんだか~。本気だしたら~。眠くなってきちゃったな~。帰って十六時間は寝なよ~っと。は~、疲れた~。つうことで~。実力の違いって奴が分かったかな~? おチビちゃん!」

「うぬぐぐ…グウの音も出ないとは、この事か…悔しいけど凄かったよ、こんちくしょう!」

「そいじゃ~、寓弟アンドおチビちゃん。おいらはもう帰るからね。しっかり精進して、おいらの足元ぐらいには追い付きたまえよ~~~。アデュ~~~!」

 兄弟子が去る。

「何がアデューだ! お前なんかヌボ~で充分だ! ヌボ~で!」

「でも…実際問題として、義兄とぼくとの実力の差は歴然としています。義兄の才能は本物です。世間では初代・紫穂宮団九郎の再来、生き写しとまで言われています。何故、あれほど上手く、唄い、踊れるのか? つくづく才能という物が恐ろしいです」

「何言ってるのよ、紫穂宮君! 団九郎だかダンゴムシだか知らないけど、負けちゃ駄目だよ! 生き写しって言ったって、どうせただのコピーじゃない! そんなの本当の芸じゃない! ただの物真似だよ! 魂の通わないロボットと一緒だよ! そんなのに負けないで! 紫穂宮君は紫穂宮君の歌舞伎をすればいいんだよ! 誰にも真似出来ない、紫穂宮君だけの歌舞伎を!」

「ぼくだけの歌舞伎…考えた事も無かった。稽古は師匠の言う通りに、型通りにやるものだとばかり、ぼくは思っていた。でも…確かに、それだけじゃ、義兄を超えるどころか、追い付く事さえ出来ない。ありがとう、名無瀬さん。ぼくに大切な事を教えてくれて!」

「これからはずっと、紫穂宮君を応援するからね! って! あたしゴミ出しに来たのに、すっかり忘れてたーーーっ!バイバイ! 紫穂宮君!」

 光がダッシュで走り去った。


   ☆7☆


 名無瀬光が謝った。

「遅れてゴメチャ☆」

 諸星巡が怒った。

「可愛いい言い回しをしても誤魔化されないからね。っとに、ゴミ出しするのに一体何分かかってるの? 掃除はとっくに終わったわよ」

「じゃあさ、あたしたちも早く帰って、零男のライブが始まるまで一緒に遊ぼう!」

 委員長が注意した。

「名無瀬さん。通学中の繁華街への寄り道は禁止ですよ。一旦、自宅へ帰宅してから戻ってください」

「うげっ、委員長! まだいたの? 執念深いねっ!」

「委員長としての仕事が山ほどあるんですよ。たとえば、掃除のチェックとか」

「うわ、壁のハシのホコリを撫でてるよ、この人! おしゅうとさんか!」

「まったく、なってませんね、これは掃除のやり直しですか?」

「あっ! あたし急用を思い出しちゃった! 巡! 早く帰ろう!」

「そうね、光! ダッシュで帰りましょう!」

 二人はダッシュで教室を飛び出した。

「廊下を走っちゃ駄目ですよ!」

 委員長の注意は無視した。

 光が足早に校門を出る、


 ドンッ!


 誰かにぶつかる。

 尻餅を着きそうになった光の腰に少年の手が回る。

「大丈夫かい? 悪い、よそ見をしてた。ケガは、無い…よな」

「あ、ありがとう、大丈夫…です」

「俺がケガをさせたら、シャレにならないからな」

 巡が光をいさめる。

「あわてて出るからよ。委員長だって、こんな所までは追ってこないわ」

「だよね~。反省してます」

「俺、ちょっと急いでるから、それじゃ!」

 少年が校門前の横断歩道を渡って駈けて行く。

 巡が訝しげに、

「学ランに黒いコート。うちの生徒じゃないわね。でも、光の事を知っていたみたな口ぶりだったわ」

「え? あたしを? あたし、あんな人知らないよ」

「俺がケガをさせたらシャレにならない。そう言ってたじゃない」

「そうだっけ? 黒い前髪で片目をおおった、根暗そうな男の子か~。全然、思い付かないな~」

「私の思い過ごしか? あれ? 何だろう、これ? 道路に穴が空いている? それに、何か、変な金属片が刺さってるわ?」

「道路工事の人が見落としたんじゃないかな~。公共工事は手抜きして、早く壊れたほうが、次の仕事が回りやすいんだよね」

「それも問題だけど。それにしても何だ? これは? 鉛っぽいけど…完全につぶれていて、原型がさっぱり分からない。気になるわね」

「巡は気にしすぎだよ!」

「光が周囲の状況を気にしなさ過ぎなの!」

「気にしたって世の中そんなに変わらないも~ん」

「たく。お気楽ね。あっ! 委員長だ!」

「えっ! ウソ! どこどこ?」

「ウソです」

「非道ーーーいっ!」


   ☆8☆


 名無瀬光が新宿南口、トーワレコードの大型モニター画面を見ながら呟いた。

「すっごいよね~っ! あの岡月律子って女の子、歌上手いよね~っ! あの独特のハスキーボイス!超・可愛いいよ!」

 諸星巡が同意する。

「今、売り出し中の新人歌手ね。私たちと同い年よ。たしか…今年になってからブレイクしたんじゃないかしら」

「へ~、そうなんだ~。あっ! 巡! 見て見て! 駅前の歩道で男の子がライブをやってるよ! 見に行こうよ!」

「人の話を簡単にスルーするわね。でも、あの二人って…たしか…」

「赤い髪の男の子は素肌に赤い革ジャンでワイルドだね! ワイルドだろ~」

「一発芸はいいから。あの人、ウチの学校の生徒よ。名前は赤井豪。70年代の天才ギタリスト、ジミ・ヘンの再来って呼ばれるぐらいギターが上手いのよね。ロックは70年代に限るわね。赤井は軽音部に入ったけど、ヘビメタ好きがこうじて、結局、軽音部を辞めたらしいわ。そのあと虹祭高校で姿を見かけなかったけど、こんなところでゲリラ・ライブをしていたのね」

「もう一人、水色の髪の男の子が隣にいるね。こっちはクールな感じだね」

「あの人は軽音部の部長よ。もしかしたら、赤井を追って来たのかもしれないわね。クールな印象とは裏腹に、欲しい物があると絶対に手に入れないと気がすまないタイプよ。隠れ強欲キャラって言われているぐらいだから、もしかしたら赤井に未練があるかもしれないわね」

「ふ~ん。ねえねえ! 二人して交互にギターを弾き始めたよ! なんか、ギターで喧嘩してるみたいだね!」

「あれはギター・バトルよ。お互いに、自由にギターのフレーズを弾いて、テクニックやメロディーを競いあうの」

「赤井って人は赤いファイヤ・パターンのギターで、すっごい情熱的に弾くね!」

「あのギターはフェンダーストラトキャスターね。ギターのモデルの名前よ。ジミ・ヘンも愛用していた有名なギターね」

「軽音部の部長の軽音部長は、逆に青いギターで弾きかたもクールでシャープな感じだね! でも、ちょっと機械的かな~?」

「ロボットみたいに正確過ぎるのかしら? あのギターはギブソン・レスポールね。70年代のハードロックバンド、レッドツェッペリンのジミー・ペイジが愛用していたギターと同じモデルよ」

「も~う! ギターの話しをされても、チンブンカンブンだよ! ギターバトルはもういいや!」

「知識って重要よ。今は役に立たなくても、きっと、いつか役に立つ時がくるわ…ハッ! 知識といえば!」

「教科書忘れた?」

「近いけど惜しい、ちょっと外れ。本よ。今日、学校の図書室に音音音先生の新刊が入るのを忘れていたわ。いったん戻って借りてこなきゃ」

「知識、知識って言ってる割には、巡は忘れっぽいね!」

「わ、悪かったわね。光はここで待っていていいわよ。私一人で借りてくるから」

「え~っ! 一緒に行くよ! 乗り掛かった舟だもん! こういうのを呉越同舟って言うんだよね!」

「光…その知識は、思いっきり間違ってると思うわ」

「えっ! そうなの! 違うの?」

「そうです!」

 巡が続ける。

「呉越同舟とは、敵対する呉の国の人と越の国の人が偶然、同じ舟に乗って気まずい思いをした。という四字熟語です!」


   ☆9☆


 虹祭高校の図書室に入るなり、名無瀬光がつぶやいた。

「おお~っ! 図書室って、いっぱい本があるんだね!」

 諸星巡がズッコケた。

「あなたね…図書室に来たことないの?」

「アハハ。じつは、虹祭高校に入ってから一度も図書室に来た事はありません!」

「若者のカツジばなれが、ここまで進んでいるとは…光、これからは1日一冊、最低半冊、本を読みなさい!」

「ええ~っ! 無理無理! マンガならともかく、本って字ばっかりじゃない! 難しくって無理だよ!」

「千年前の過去の人の声を聞き、千年先の未来の人に語りかける事が出来る方法。それが本よ。本って素晴らしいものよ。とりあえず、無料の携帯小説を読みなさい。有名なサイトとしては、愛・ノベルとかがお勧めね」

 光が悩む、

「う~ん。携帯の小説ならいいかな?」

 光と巡に図書委員が話し掛けてきた。

「あの、この本なんて、どうでしょうか? とっても読みやすいライトノベルですよ」

 巡が、

「〈ピアノのピ〉ね。主役が悪ぶってるけど最後はヒロインに優しくなっちゃう。恋愛小説の定石通りの作品ね。ひねりは無いけど、普段ロクに本を読まない光には丁度いいかも」

 光が、

「なんか、すっごいバカにされた気がするけど、気のせいかな? 小柄な弟キャラ属性の図書委員さんもそう思わない?」

 図書委員が、

「さあ、どうでしょうか? ところで、ぼくは、露澪黄太郎ろみおきたろうといいます。本が大好きなので、図書委員をやっていますが…すみません。余計なことを話しました。でも、よかったら、次のお勧めの本はこれです」

 露澪黄太郎が本棚から別の一冊を取り出す。

 巡がその本を眺め、

「同じシリーズの番外編ね。でも、光にこの本は無理ね。光は恐いものが苦手だから。ホラー系は駄目でしょ」

「ひいい! ホラーはパスパス! 恐いのは絶対無理!」

「では、これなんかどうですか?」

 新たに本を探す黄太郎の腕が押さえられる。

 黄太郎が、

「司書長! すみません。まだ、本の整理の途中だったのに、余計な事をしてしまって…」

 光が小声で、

「何で司書長なの?」

 巡が説明、

「正式には図書委員長だけど、長いから司書長って呼ばれてるらしいわよ」

 光、

「ふ~ん」

 司書長が黄太郎に対し冷然と、

「露澪君。それはいいんです。しかし、あなたが渡そうとした、この本はいけません」

 巡がムッとしながら、

「音音音先生の新刊のどこがいけないの? 私も借りようとしていた本なのよ?」

 光が驚く、

「巡が珍しく怒ってる! そんなにいい本なの?」

 巡が書評を述べる。

「奇抜な発想が凄いの。劇中劇みたいに、作品の中に別の物語があったり、最後まで飽きずに読める内容なの」

 巡の書評に対し司書長が、

「まとまりの無い、いい加減な作品です。我が校の図書室に相応しくありません。誰が先生に頼んだのか知りませんが、図書室の本棚を汚すわけにはいきません。その本は古書同様、廃棄処分にします」

 驚く光、

「ええ~っ! せっかく新しい本なのに、すぐ捨てちゃうなんてもったいないよ!」

 司書長が、

「それでは、あなたにあげましょう。読み終わったら感想を聞かせてください。廃棄処分は変わりませんが」

 光は司書長から本を渡された。巡が猛反発。

「待ってちょうだい、焚書長ふんしょちょう!」

 光が問い掛ける、

「焚書って、何?」

 巡が説明、

「自公党が独裁政治を非難する本を燃やすことよ」光、「ふ~ん」

 司書長が、

「焚書長ではありません。図書委員長です。司書長と呼ばれる事は、たまにありますが、それで?」

「その本は、私がリクエストして図書室に置いてもらった本なのよ」

「では、あなたに差しあげましょうか?」

「そういう問題じゃないのよ。私はその本を、この図書室に置いて、たくさんの人に読んでもらいたいの。私が読むぶんはネットでとっくに電子書籍を購入済みよ」

「では、処分しても、問題ないじゃないですか。ネットで買った電子書籍を読んで、それを友達に勧めればいいのです」

 光が、

「焚書長! 話しの流れをもっと読もうよ! ネットはネット、図書室は図書室だよ。巡は、この本を図書室に置きたいって、遠回しに言ってるんだよ!」

 司書長が、

「君たちも人の話を聞かない人ですね。私は図書委員長として、この本を虹祭高校の図書室に置くわけにはいかないんです。そう判断したのです。それは今さらくつがえりません。この本は内容が薄いうえに読みごたえも無い。オリジナリティーも無ければ、個性もない。感動出来る要素が無いから、要するに、つまらない本です」

 巡が反論、

「つまらないかどうかは読者が決めることだわ。あなたじゃない」

「図書室の図書の選定は私に一任されているのです。私の感想が基準になります」

「ならどうして、ここに、この本があるの?」

「それは…私がメンテナンスで…いえ、体調を崩して休んだ時に、別の図書委員が勝手に担当の先生に頼んだのでしょう。手違いがあった事は先生に十分説明します」

「先生が一度許可したのに、何で今さら取り消すの? 完全に図書委員長の権限を超えてるわ。越権行為じゃなくって?」

「間違いは誰にでもあります。速やかに正せば問題ありません。言っておきますが、私は、私が認めた本は貪欲に取り寄せます。ですが、無駄と判定した本は即、処分します。今後も変わることはありません」

 巡が皮肉げに、

「まるで本の暴食漢ね」

 司書長が、

「お腹を壊したことは一度もありませんが」

 たまらず光が、

「ああ~っ! もう! これじゃ、いつまでたっても平行線だよ! どうにかなんないの? この二人!」

 瞬間、光の脳裏に素晴らしい閃きが浮かぶ。

「そうだ! ちょっと露澪君。こっちに来てくんない」

 露澪黄太郎が当惑しながら、

「え? いったい何ですか? その…そう言えば、まだ、あなたの名前をうかがっていませんね」

「あたしは…名無瀬光。光でいいよ」

「光? あなたは…光って言うんですか?」

「そうだけど…それが、どうかしたの?」

「い、いえ。何でも、ありません。たぶん、人違い…でしょう。ぼくが知っている光という人とは、随分印象が違うので…」

 光が、「ともかく、巡と司書長に気づかれないように、こっそりミッションをスタートするよ」

「ミッション? ですか? 確かに、二人は、ぼくたち二人のやり取りに、気づいてないようですが…」

「しめしめ、それじゃ早速、図書室の受付に行くよ」

「受付に? いったい何をする気ですか?」

「露澪君に図書委員としての仕事をしてもらうんだよ」

「ぼくが図書委員の仕事を?」

 光が顔を輝かせ、

「そう、この本を借りたいの。高校に入ってから初めて借りる本が、まさか、こんな形になるとは思わなかったよ。だけど、まあいっか」

 露澪黄太郎が、

「な、なるほど、そういう事ですか。わかりました、それなら、喜んで名無瀬さんに協力します」

 光が本を借りて、口論している巡と司書長の間に割り込む。

「名無瀬光が、本日、この時をもって借り受けました~っ! なので、返却期限の二週間が過ぎるまで、処分する事は出来ません!」

 巡が、

「でかした光! いつもは、おバカキャラだと思っていたけど、今日は、ちょっとだけ冴えてるわね!」

 司書長が歯噛みし、

「くっ! 露澪君! よくも……私を裏切りましたね!」

 露澪黄太郎が、

「い、いえ、司書長…ぼくは、図書委員としての仕事をしただけです。本を貸すのが、ぼくの仕事ですから」

「それは、時と場合によります。フッ。まあ、いいでしょう。どのみち、二週間後には、その本は処分する運命にあるのです」

 巡が、

「そうはいかないわ。二週間あれば、態勢を整える時間は十分にある。自公党が作った特定秘密・内密に処分法じゃあるまいし、この本は絶対、焚書処分にはさせないわ!」

 司書長が苦笑し、

「今日は、あの古書の処分だけで満足するとしましょう。ですが、ホコリをかぶった人気の無い本。借り手のない古い本。私が読んでつまらないと思った本。これらは、情け容赦なく処分します。その事をお忘れなく」

 光が、

「血も涙も無いよ、この人! 冷酷無情なロボットみたいだよ! バッサバッサ本を切り捨てていくよ!」

 巡が、

「行きましょう、光。もう、ここに用は……いえ、焚書長に用はないわ」

「な! 何度言ったら分かるんですか? 私は焚書長ではなく……」

 光が元気に、

「さよなら、焚書長! 読み終わったら、また返しにくるね!」

 そう言って、風のように立ち去る。

 巡が、

「まるで、風とともに去りぬ、ね。明日は明日の風が吹く、か」

 そう言いながら、光のあとを追いかけた。


   ☆10☆


 名無瀬光ななせひかるが募金した。

 新宿駅東口ルミネ前。

 駅ビルの一角で学生たちが募金活動をしていたのだ。

 光に募金された少年が、

「一般人の少女よ、災害復興支援に協力してくれて大変感謝する。なお、今後より一層の努力を期待する」尊大な口振りで言いきる。光が呆れながら、

「なんかこの人、スラリと背が高くて、長い青髪が貴公子みたいな感じだけど、スッゴイ上から目線だよ!」

 諸星巡もろぼしじゅんが、

「この人は虹祭高校の生徒会長で名前は、

 青海七院あおみないんタカビーなのは財閥の一人息子だから仕方がないわね」

「へ~、そうなんだ。そんな生徒会長いたっけ? ウチの学校に」

「入学式の時に生徒代表で挨拶したわよ。光は居眠りをしていて気が付かなかったでしょうけど」

「ええ~っと……記憶にございません! ところで、なんで生徒会長が募金活動をしているの?」

「誤魔化しても無駄だけど……一部の学生が問題を起こした時に、地域住民の人たちが感情的にならないよう、慈善活動をして予防措置をとってるの。つまり、うちの学校はボランティア活動をする良い生徒がいるから、そのかわり多少のおイタは目をつぶってね。ってこと」

「ふ~ん。なんか、面倒くさいんだね」

「政治っていうのは面倒くさいものよ」

 二人が話していると別の少年が近づき、

「生徒会長! 何をしているんですか! 会長は監督役ですから、余計な仕事はしなくていいんですよ!」

 とか言いながら少年が生徒会長の募金箱をひったくる。

「むう。だがな、副会長。私も皆のために何か役に立つ仕事がしたいのだ」

「会長はいるだけでいいんです! 妙に色気があるから、無駄に女の子が集まるじゃないですか! ぼく以上に色気があるなんて……許せないな!」

 光が、

「中性的な会長と比べると、副会長は女の子みたいな顔立ちだね! それも美少女だよ!」

 副会長がほほを赤らめ、

「そ、それはともかく! 会長はそれ以上、何もしなくても結構です! あとは僕たちがやりますから!」

 光が、

「実際、目立つもんね、この生徒会長。青髪貴公子って感じだよ! おお~っ! 会長の色気でドンドン女の子が集まるよ! 入れ食い状態だよ!」

 生徒会長が不満げに、

「ただボーっと立っているだけではツマラナイのだ」

「じゃあ一緒に歌でも歌おうか!」

 光がラップを歌う。

「チェキラ♪

 ラララ☆

 ラッキーガール!

 ルルル☆

 それはあたし!

 あたしのことだよお!

 YO♪YOYO♪」

「やめて光! ボエ~はもうたくさん! さっきも言ったじゃない!」

 巡が抗議の声をあげる。

 副会長もキレる。

「連れの女の子の言う通りだよ! ヒドイ雑音だ! せっかく集まった人たちが、みんな逃げていくじゃないか! 歌うならよそでやってよ!」

 生徒会長は満足げに、

「うむ。なかなか良い余興であった。誉めてつかわす」

 とか言いながら、光の髪をクシャッと撫でる。

「ほめられちゃった!」

 と光が無邪気に喜ぶ。

「光っ!」「会長っ!」

 巡と副会長が同時に叫ぶ。

 光がドン引きし、

「ええ~っと…おあとがよろしいようで、その……サヨナラっ!」

 ダッシュで逃げる。

「待ちなさい光!」

 巡が光のあとを追った。


   ☆11☆


 数分後、疲れきった名無瀬光と諸星巡の二人がアルタ前で、ようやく追い駆けっこを止める。

 アルタの大型モニターを眺めながら光が、

「あたしも世のため人のために募金活動をしようかな~?」

 すると巡が、

「やめなさい。あなたがやっても、みんなが迷惑するだけよ。自分が、とんでもないおっちょこちょいで、足手まといだってことに気づきなさい」

「ええ~っ、ひど~い! さりげなくヒドイこと言ってるよ! 今度こそ、ラップで盛り上がろうと思ったのに!」

「次やったらマジで口をふさぐだけじゃすまないわよ」

 巡が凄絶な笑みを浮かべる。

「巡がマジだ~っ! 仕方ない、ラップダンス・チャリティーコンサートはあきらめるよ!」


   ☆12☆


 キャアアァァッッーーーッ!

 レオよっ!

 零男様よおおっーーーっ!

 ドドドドドッ!

「何あれ? 女の子がレオ様って叫びながら集団で走ってるよ! まさか! 金城零男のこと? って、巡がいない! ええーっ! 巡が女の子たちにまじって先頭を突っ走ってるよ! なんつー野次馬根性! あっ! 女の子の集団が新宿通りのABC靴店を左に曲がったよ! 大通りに向かってるってこと? そうだ! アルタの地下を突っ切れば、大通りまで近道出来るよ! よ~し、遅れてなるものかーっ! 行っくぞおーっ!」

 名無瀬光が地下道に突入した。

 途端、

 ドンッ!

「あたっ!」

 光が叫ぶ。

 引っくり返りそうになる光を、少年が素早く抱きかかえる。

「ぶつかってゴメン! でも…ゴメンついでに、一緒について来てくれないかな、君! 俺、実は追われてるんだ!」

「えっ? ちょっと、どういうこと?」

「俺のことを助けると思って、頼む! この通り! 協力してくれ!」

 少年が手を合わせて光に頼む。

「しょ、しょうがないな~。困っている人を見捨てるわけにはいかないよ! どうすればいいの?」

「とりあえず、追っ手が来ないうちに、そこの洋服屋に隠れる!」

「ラジャッ!」

 二人がアルタのブティックに入る。

 ガラス張りのショウ・ウィンドウから外が見える。

「君っ! あたしより頭一個ぶん背が高いから、すぐ見つかっちゃうよ! かがんで、かがんで!」

 光が言うと、

「オケー!」

 少年が膝を折り洋服の影に隠れた。

「まだ、大丈夫だな」

 ウィンドウ越しに外を警戒する少年。

 光が、

「帽子を目深にかぶって、サングラスまでして…なんか、本当に変装して、逃亡してるって感じだね!」

 少年が口元に人差し指を立て、押し殺した声で、

「来た。今、通った奴だよ」

「えっ! あの女の人?」

「そう、仕事の鬼みたいな、あの女の人」

「こっちに来るよ! どうしよう? そうだ、試着室! 試着室に隠れよう!」

 二人で試着室に隠れる。と同時に、

「仕事の鬼みたいな女の人が入ってきたよ」

 試着室のカーテン越しに店を覗く光がつぶやく。

 女は店員に質問した。

「知り合いの男の子を捜しているんだけど、高校生ぐらいの男の子で、たぶん、簡単な変装とかしてると思う。この店に入った気がしたけど、見かけなかった?」

 店員が接客を止めて、

「ただいまこちらのお客様のご相談をうかがっておりましたので……そうですね、そういえば、先ほど、ご来店されたお客様が二名おりましたね。まだ、店内にいるはずですが……」

 女が店内を眺め、

「誰もいないわね」

 さらに試着室に目を止め、

「試着室ね。中を確認してもいい?」

「えっ? それは、その……」

 店員の返事を待たずに女が試着室のカーテンを開ける。

 寸前に、

「あの~、話は聞きました。けど、あたし以外の人は、誰も試着室に入ってませんよ」

 光が顔だけ覗かせて女に答える。

 女が疑わしげに光を見据え、

「ふ~ん。本当かしら?」

 カーテンに手を掛け、女が強引に開けようとするのを、

「今、裸なんです! スッポンポンなんです! 開けないでください!」

 光が必死に抵抗する。

 女が諦め、

「仕方ないわね。ところであなた、良かったらここに電話してみて。黒姫が復活するまでの繋ぎだけど、今、我が社は黒姫代理のアイドルも募集してるの。その気があったら事務所まで来てちょうだい。じゃあね!」

 女が光に名刺を渡し立ち去る。

 光が名刺を確認する。

「ええ~と、なになに、

〈小竜事務所〉

〈金城零男マネージャー〉

〈李月慈〉。

 小竜事務所って……金城零男のマネージャーって……ええっ! も、もしかして……ま、まさか、あなた……き、きき、ききき」

 少年が帽子とサングラスをはずす。

 狭い試着室の中で優雅にターンを決め、 

 両腕を胸元で交差し、

 人差し指を光に向ける。

「今夜は眠らせないよ!

 夢の中でもボクは君に夢中なんだ!

 絶対アイドル16歳! 

 金城零男! …って、バレちゃった?」

「レオたまやーーーっ!!!」


   ☆13☆


 ~突然ですが~


 物語は名無瀬光が下校の際、黒髪、学ランの少年と出会った際まで戻ります。


   ☆14☆


 青い空を切り裂き、

 螺旋状の軌跡を残して、

 鈍い真鍮色の弾丸がノロノロと地上へ降下する。

 見た目、時速5キロメートル。

 ハエが止まりそうなスピードだ。

 弾丸の先に名無瀬光の姿が見える。

 そのまま進めば光の眉間に当たるだろう。

 が、なぜか? 

 光は駆け足の姿勢のまま、止まったように動かない。

 ビデオの静止画像のようだ。

 光だけではない。

 諸星巡、他の生徒たち。

 校外の歩行者、車、鳥、猫、ありとあらゆる物体が静止している。

 弾丸が光に当たる直前、黒髪に学ラン、黒いコートの少年が、周囲の静止状態から切り離されたように、難なく光に近づくと、手刀で弾丸を叩き落とした。

 音速を超える弾丸が地面に激突し、

 グニャリ

 と、元の形状が判別出来ないほどにヒシャゲる。

 ドンッ!

 え? 

 と少年が思う間も無く、光が少年にぶつかってきた。

 倒れこむ光を、とっさに腕を伸ばし支える少年。

 光と一言、二言、言葉を交わしたあと、少年がその場を立ち去る。

 少年が舌打ちする。

「相変わらず不安定な加速だ」

 光が視界から消えると同時に、

「【アクセル=オン】」

 とつぶやく。

 音声認識により、少年の体内に内蔵された〈時限退行システム〉の副産物、

〈A・べスター・システム〉が再起動し、世界が再び静止する。

 厳密には、ゆっくりと時間は流れている。

 たたし、その流れは限りなくゼロに近い。

 ゆっくりと流れる時間に逆らって動ける少年は、相対的に速く動く。

 という事になる。

 自分自身が加速しているわけではないが、少年はあえてそれを〈加速〉と呼んだ。


   ☆15☆


 黒髪をなびかせ、学ランと黒いコートをはためかせる少年。

 乗用車、トラックの架台、電柱を足場に、少年が宙を舞う。

 アクロバティックな体勢から名無瀬光を狙う二発目の弾丸を蹴り落とした。

 二発の弾丸の射線から、少年は狙撃地点を特定した。

「あのビルの屋上か」

 3キロ離れた場所に建つ雑居ビルを見上げ、

「間違いなく、アークロイドの仕業だ」

 オリンピック、金メダル級の射撃の腕前があっても、3キロ離れた場所から正確に光の眉間を撃ち抜く事は不可能だ。

 少年が走る。

 放たれた弾丸のように、

 狙撃地点へ瞬く間に近づく。

 家屋や他のビルを踏み台に、

 ダンッ!

 少年が軽々と飛翔する。

 人間離れしたジャンプ力。

 遥か彼方の地平線が少年の視界をかすめ、雑居ビルの屋上まで10メートルと迫った瞬間。

 突然、静止していた世界が雑多な音とともに動き出した。

 バサバサッ!

 空を舞う鳩の群れに少年は突っ込み、雑居ビルの屋上へ無様に着地する。

「また……加速切れか。鳩の羽根まみれだぜ。シャレにならないな……」

 少年がうんざりしたように愚痴をこぼす。

 目を上げると、目の前に、もう一人の少年が、鉄柵を背にして悠然と見下ろしていた。

 上背のある少年だ。

 そのかたわらに、光を狙撃した長身のライフルが並ぶ。

 上背のある少年の髪が春風に踊る。

 腰まで伸びた銀色の髪。

 流れるような二筋の赤いメッシュ。

 細身の身体にピッタリ、フィットする純白の学ラン。

 銀髪の少年が端正な口元をほころばせ、

「ビンゴ」

 と鳥のさえずりのような、美しいアルトの美声を響かせる。

「ようやく君と会うことが出来たね。XS9686」

 少年が苛立たしげに、

黒巣蜂郎くろすはちろう……今は、そう呼ばれている。今の俺は、エイトロイドだ。アークロイドXS9686じゃない……KS108」

「蜂郎か…未来の光が付けた名前だね。それじゃあ僕も、KS108じゃなくて、そうだな……刀矢とうや…とでも名乗ろうか?」

「そんなことはどうでもいい! それより、いったい何人の光を殺した? 光という名の少年少女たちを!」

「4、5人……かなあ?」

「10人だ! 光は11人目になるところだった!」

「そんなに殺したっけ? なにしろ、相葉博士は……16歳の頃の記録が、まったく残ってないからね。確か……博士の母親が離婚問題で父親と親権を争った際、光を親戚か誰かに預けたんだよね。いちいち捜すのが面倒だから、仕方なく、手当たり次第に光という名の少年少女を殺したんだ」

 赤いメッシュを弄りながら語る刀矢。

「そんな! くだらない理由で……10人も殺したのか! KS108!」

「……今は刀矢、だよ」

「名前なんかどうでもいい!」

「君は変わったね、蜂郎。昔の君は……未来の光に捕まる前は、僕と一緒に何千、何万という、ガンロイドや人間の兵士を手にかけたという……」

「言うな! あの時の俺は……何も知らない人形だった! 今は違う! 光から大切な事を教わった! もう、あの時の俺とは違うんだ!」

「人形……か。でもね、蜂郎。ぼくらが人を殺した事実に変わりはないよ。ぼくらは永遠に殺人犯なのさ」

「違う! 俺は命じられたまま、何も知らずに、殺していただけだ……いつか……罪は償う……」

「償う必要はないよ。平和な国で人を殺せば犯罪だ。だけど、敵地で敵兵を殺しても犯罪にはならない。いや、むしろ千人の敵兵を殺しら、そいつは英雄だ。100万人殺したら……そいつは一国の王になれる」

 ジャキンッ!

 魔法のように刀矢の手に長身のライフルが握られる。

 流れるように蜂郎の眉間に狙いを定め、

 発砲。

 蜂郎が弾丸をあっさりかわす。

 すでに加速していたのだ。

 刀矢もまた同時に加速していた。

 加速した世界で刀矢が蜂郎に話しかける。

「蜂郎、君はその気になれば、100万人を殺す力がある。君は殺人犯じゃない……王だ。加速能力には、それだけの力がある。ただし、君の加速は不安定だ……そして、ぼくの加速にも欠点がある。ぼくの加速は、ぼく自身が加速するため、極端に負荷がかかるため、加速中の体感時間にして、3分しか戦えない。ぼくらは、お互いに欠点を抱えているってわけさ。だけど、その欠点を補えば……」

「殺人鬼と手を組む気はないっ!」

 刀矢の申し出を蜂郎が一蹴する。

 刀矢の深紅の瞳に哀しげな愁いが漂う。

 赤いメッシュを弄る指先が止まる。

「殺人鬼……ね。

 蜂郎、僕も軍に命令されて動く、哀れな操り人形の一人に過ぎないさ。

 好きで、人を殺しているわけじゃない。

 それに……僕らは、この国の未来を知っている。

 この国の政府は、近い将来、若者に選挙権を与える。

 成人年齢を18歳に引き下げる。

 そのかわり、若者に残酷な要求を突き付ける。

 それは……、

〈徴兵制〉の復活だ。

 若者に無理矢理、

〈兵士〉になる義務を課す。

 つまり、投票の、

〈権利〉を与えるかわりに、兵士になれ。

〈義務〉を果たせ、というわけだ。

 平和憲法〈9条〉の改正もいずれ成立する。

 先に成立した、

〈マイナンバー制度〉は、戦死者を識別するドッグタグでしかなかった。

 全ての準備が整い、その後、勃発した世界大戦に、政府は、

『1億総火の玉』

 と叫んで参加した。

 おかげで何人の若者が死んだ?

 数万人規模だ。

 政府にとって若者の命は、

 使い捨ての駒に過ぎない。

 死んだら靖井国神社で祀って終わり。

 新しい兵士を戦場に送り出すだけ。

 駒の補充が全てだ。

 戦争に正義は無い。

 攻めるにしろ、

 守るにしろ、

 傷付くのは戦場で戦う兵士たち。

 双方ともに、

 腕を失い、

 足を失い、

 時には命を落とす。

 敵も味方も、

 仲間や家族がいる。

 戦って傷つき、

 死んだ兵士たちを、

 喜ぶ仲間や家族がいるだろうか?

 いや、いない。

 軍の力は暴力であり、紛れもなく、

〈悪〉だ。

 孫子の兵法にも、

 戦わずして勝つことこそ、

 最良の勝利である。

 と書いてある。

 ろくに外交努力もせず、

 外国に尻尾を振り、

 他国の軍の尻にくっついて、

 後方支援と息巻く。

 愚の骨頂、孫子も嘆く愚策だ

 他人を力づくで屈服させる暴力は、

〈悪〉である事を忘れちゃいけない。

 それが例え、

〈必要悪〉であったとしても、だ。

 にも関わらず、何故、政府は戦争をしたがるのか?

 何故、戦争が無くならないのか?

 理由は簡単。

 領土と金を奪うためだ。

 時代が変わろうと、

 世界の価値観が変わろうと、

 戦争の根底にあるのは、それだけだ。

 政府は敵国の領土、財産、資源、利権を奪うために、

 若者に対し嘘をつく。

 人民の命を守るため、

 国の危機を救うため、

 全部、嘘っ八だ。

 政府は安っぽい正義や綺麗ごとを並べ、

『銃を取れ』

 と強要する。

 騙されちゃいけない。

 政治家が、どんなに屁理屈をコネようと、詭弁を弄そうと、すべては嘘偽りだ。

 戦争を始める真の狙いは、

 己の利益を得るためだ。

 他国と同盟を結ぶのも利益のため。

 戦争が始まれば、世界中の金と物が流れ、巨万の富が生まれる。

 戦争で最大の利益をあげるのは、

 政治家、官僚、財閥。なかでも、

 陸の四菱、

 海の角友、

 空のセコン……だ。

 彼らが本当にやることは、

 若者を無理やり過酷な戦場に送り込み……そして、平気で、

〈見殺し〉にすることだ。

 そのくせ、自分達は安全な場所でヌクヌクと過ごし、戦争で生じた莫大な富を、すべて自分の懐にしまいこむ。

 巨額の財産を溜め込み、甘い汁を思いのままにすする。

 そんな、政治家、官僚、財閥こそが……、

〈東方不敗〉の呼び名で、

 世界的に有名な〈光皇〉の軍、

〈光皇軍〉を、無益な血で汚す、

〈狂った殺人鬼〉どもじゃないのか?

 蜂郎?」

 刀矢の長話に蜂郎は激する気配もなく、黙って聞いていた。

 蜂郎はアークロイドとして、過酷な戦場をいくつも刀矢とともに渡り歩いた過去がある。

 蜂郎にとって、刀矢の舌鋒は必ずしも共感出来ないものではない。

「この時代の国民が、選挙で自公党に投票した結果だ。

 民意は覆せない。

 だが、過去が変われば未来も変わる。

 大人が変えてくれないなら、きっと……今の子供たちが、変えてくれるはずだ。

 俺はそう信じる。

 幸いなことに北区では、聾唖の女性が選挙で当選し、障害者のために尽力しているそうだ。

 選挙の全部が衆愚政治ではない。

 その好例だ」

 夢見るような漆黒の瞳を蜂郎は刀矢に転じ、

「話を戻そう……お前の言いたいことは……俺にも分からなくはない。

 大戦後、暴力団の頭目が、戦前の中国で強奪した金品を資金に作り上げた、暴力団政党の……、

〈自公党〉

 自公党は公職選挙法違反の女性議員がいるにもかかわらず、その議員を支援する理天教を恐れ、処罰することも出来ない。

 支離滅裂な歪んだ法解釈で事件を無かったことにしようとしている。

 これは許されることじゃない。

 小さな過ちを正せない者は、大きな過ちも正せない。

 独裁政権、狂気への第一歩だ。

 自公党は芯から腐敗しきった政党だ。

 それに、軍需産業へ天下りする官僚の……、

〈東大法学部出身者〉

 過去の汚職事件の全てに関わり、財政赤字を増やすだけ増やす、国家財政を破綻させる無能な連中だ。

 それと、戦争で私腹を肥やす四菱、角友……、

 なによりも、武器移転法を盾に、

 合法的に世界各地の紛争地帯で武器を売りさばく、

〈セコイムダジャアクチック・コンツェルン〉

 略してセコン。

 セコンは人の怨みすら利用する。

 人種、民族、宗教、人々が対立する要素を利用する。

 メディアを巧みに操作し、人々が戦争へ駆り立てられるよう演出する。

 陳腐で分かりやすい悪と善に世界を色分けする。

 そうしてセコンは、軍需産業で莫大な富を築く。まさしく、

〈死の商人〉だ。

 セコンは羽田空港で50年に及ぶ警備契約を結び、独占禁止法違反に問われている事でも有名だ。

 結果的には、政財界へ金をバラ撒き、巨額の賄賂で、このピンチを切り抜けるのだが……。

 さらに言えば、セコンは奴隷のように人を扱い、ゴミのように捨てる事でも有名だ。

 最低最悪なブラック企業といっていいだろう。

『セコンで武装してますか?』

 で、おなじみの元監督の笑顔を信じてセコンと契約した人々が哀れでならない。が、

 いちいち悪党どもを数えあげてもキリが無い……だからと言って、刀矢。

 いくら他人を非難しようとも、お前自身の罪が消えて無くなるわけじゃない。

 お前は光を殺そうとした。

 その罪は……決して消えない!」

 蜂郎の瞳が怒りに燃える。

「俺はお前を許さない!」

 加速した世界で二人の戦いが始まる。

 通常の時空間においては、2人の姿はおろか、おぼろげな形すら見えない。

 時折、音速のジェット機じみた轟音が、辺り一帯に鳴り響くだけだ。


   ☆16☆


 蜂郎が刀矢めがけ、息もつかさぬ鋭い打撃、蹴りを繰り出す。

 学ランがひるがえり、鮮やかな黒い軌跡が空間を埋め尽くす。

 音速を遥かに超える必殺の一撃だ。

 蜂郎の怒涛の猛攻を、

 フワリ、フワリ、

 と、刀矢が軽やかに避ける。

 まるで春の日差しの中、呑気に花の間を舞う蝶ちょのようだ。

「ぼくの加速の限界は3分。加速切れを待つほうが効率的じゃないのか? 蜂郎?」

 余裕の笑みを浮かべる刀矢。

「こっちの加速は、不安定でアテにならない! 早めにケリをつける!」

 威勢はいいが、息があがる蜂郎。

「ぼくは、自身が加速している関係で、思考速度や動体視力も極端に強化されている。そのおかげで、思わぬ〈ギフト〉が手に入ったよ」

 ドドッ!

 無数の白い影が蜂郎を叩きのめす。

 刀矢の手刀だ。

 蜂郎が吹っ飛ばされ、衝撃で加速が解ける。

 コマのように身体を回転させ、屋上のコンクリートを抉り、壁に激突する蜂郎。

「痛っ、このっ……!」

 蜂郎が立ち上がろうとするが、力が入らない。

 刀矢が蜂郎を見下ろし、

「それが、ぼくに備わった能力……未来予測の、

【デス=アイズ】さ。

 ぼくは加速中でも数秒先の未来が予測出来る。3キロ離れた場所から光を狙撃出来たのも【デス=アイズ】のおかげさ」

 刀矢が蜂郎と距離を詰める。

「たしかに、ぼくは光を撃った。けど、彼女がコケる事を見越して撃ったのさ。最初から光を殺すつもりはなかった」

「嘘だ! 光は偶然、倒れただけだ!」

「君の攻撃が当たらないのも【デス=アイズ】のおかげなんだけどね」

 刀矢が蜂郎に寄り添い、優雅に片膝を付く。

 ほっそりとした指先を蜂郎のアゴに付け、そっと持ち上げる。

「ぼくは……光の暗殺なんかに、興味は無いんだ。ぼくが本当に欲しいのは……蜂郎、君の力だけさ……おっと!」

 刀矢が指先を引っ込める。

「なにも噛み付かなくてもいいだろう。全然元気みたいだね。ともかく、今は光を殺す気はない。だけど、他の仲間は……アークロイドたちは、光を放っておかない。それと……エイトロイド? だっけ? 君のお仲間は? 彼らも、光の危機を放っておかないよね……」

「何が言いたい?」

 蜂郎が吠える。

「つまり、ぼくらは他のアンドロイドより絶対的に強い。加速の力は、はっきり言って反則レベルだ。レッドカードと呼んでいい。だから、ぼくらは彼らの戦いに干渉しちゃいけない」

「俺が、そんな話を都合よく聞くと思うのか?」

「それは、問題ない。君がどう思おうと、彼らが戦っている間、常に別の場所から、ぼくが光を狙っている……その事を、君は考えなきゃいけない。いつ、どこから」

 刀矢が指先をピストルの形に似せ、

「バンッ! 光が撃たれるか、わからない。君は常に、ぼくに警戒しなくちゃいけない。結果、彼らの戦いに干渉する事が出来なくなる」刀矢が微笑を浮かべ、軽やかに蜂郎から離れる。「おっかない顔をしないで欲しいね。戦いはフェアでないと。彼らが、ガチで戦って……果たして光が生き残れるかどうか? 

 それが問題だ。命を落とすようなら、それが光の運命さ。もしも、生き残るなら……」

 真紅の瞳が氷のように冷酷な光を放つ。

「その時は、ぼくの出番かな?」

 一瞬、気圧され、息を呑む蜂郎。

「冗談だよ。マジにならないで欲しいな。ゲームは始まったばかりじゃないか。もっと楽しもうよ」

 ブンッ!

 突然、刀矢の姿が蜂郎の視界から消え去る。

 加速したのだ。

「くそ……」

 蜂郎が気力を振り絞って立ち上がる。

「……くそ」

 体内を駆け巡る修復ナノマシンは、蜂郎の受けたダメージの修復をとっくに終えている。

 だが、別のダメージが残った。

 それは、光に対する事であり、自分ではどうにもならない事だ。

「くっそーーーっ!」

 蜂郎の雄叫びが、春の嵐にかき消された。


   ☆17☆


 ~再び時間は戻ります~


 名無瀬光と諸星巡が新宿駅・南口で青海七院と別れ、アルタへ向かう途中までです。


   ☆18☆


 名無瀬光が驚く。

「あれ? なんだろう? 人混みがドンドン左右に別れていくよ!」

 諸星巡が、

「神様がモーセのために海を割った例の伝説みたいね」

 通りの中央を歩く少年が歩を進めると、波が引けるように、人々が左右に道を空けた。

 光が、

「腰まで伸ばした銀色の髪に赤いメッシュ。それに純白の学ランって、なんかすっごい派手だね! なにかのコスプレかな~?」

 巡が解説口調で、

「いや、むしろ、空気抵抗を減らすために、ぴったりフィットさせたって感じね」

「なにそれ? ほら、ハリウッドスター顔負けの、絶世の美男子が来るよ。端っこに寄って、ビケメンを見物しよう!」

 巡が不服そうに、

「仕方ないわね」

 と呟く。

 街行く女性が魅了され、溜め息を漏らしながら少年を振り返る。

 少年が光の脇を通り抜ける瞬間、急に立ち止まり、

「君、相葉あいば光さんじゃないかな? たしか……このあいだ会ったはずだけど……違いますか?」

 言いながら光を覗き込む。

「えっ! あたしは、光……だけど、その……相葉じゃ、ないですよ」

 光を見詰める深紅の瞳が緩む、

「じゃあ、ぼくの勘違いですね。すみません、でも、よく似ているな~」

 一瞬、いびつな笑みを浮かべる、

「本当に、相葉光っていう人にそっくりですよ……瓜二つです。でも、他人の空似ってやつですね。それじゃ、苗字の違う光さん、さようなら」

 フワリ、

 と少年が春風のように立ち去る。

 光が訝しげに、

「なんだろうな~? 今日は、男の子の変なリアクションが多い日だね。にしても、スッゴいビケメンだったね!」

 巡が戸惑うように、

「あの男が笑った時、一瞬、妙な寒気を感じたわ。ところで、あの男が言っていた相葉っていう苗字が気になるわね。最近だと……相葉博士っていう人が、ロボット工学でノーベル賞を取ったけど。無論、光は関係ないわよね」

「それはそうだよ。だって、相葉博士は独身で娘はいないもん」

「即答ね。やけに詳しいじゃない。そういえば、さっき、あの男に質問された時、返事を濁らせたわね。どういうこと?」

「え~と、それは、その~」

「隠し事はしないで、ハッキリ言いなさい」

「え~、でも~」

「観念してお縄につきなさい」

「それはイヤ。実は……本当にハッキリしないけど、もしかしたら、あたしは近い将来……相葉光になるかもしれないんだ」

「え? それって、いったい、どういうこと?」

「ママの再婚相手が相葉博士なの。でも、親権問題でパパと離婚がこじれてるから、いつになることやら」

「待って待って、そんな情報は今まで一度も聞いた事がないわよ!」

「実は、あたしの苗字は、本当は名無瀬でもないんだ。パパの名前は、阿久呂井堂太郎あくろいどうたろう、苗字は阿久呂井ね。ママは、あたしがパパに連れ戻されないよう、あたしを名無瀬家に預けたの。ついでに名前も名無瀬を名乗れって、言われたわ。名無瀬家はママの親戚ね。最初は別の名前を名乗るのは嫌だったけど、すぐに馴れちゃった。学校にも事情を話して、高校に入ってからは、ずっと名無瀬で通したんだ~」

「たんだ~……って! うっそマジ? 青天の霹靂だわ」

 巡が茫然とする。

「マジです。今まで、黙っていてゴメンなさい」

「いや、いいけどさ……複雑な家庭の事情ってやつでしょ」

「うん。でも、本当に隠していてゴメンなさい」

 いつになく湿っぽい光を前に、空気を柔らげようと、巡がタロット=カードを取り出した。

「そうだ光! 久し振りにあなたを占ってあげようかしら。いつも前途多難な光の前に、なにか、いいカードが出るかな~?」

「おっ! 百発百中、幸運の灰色の魔女の占いだね! やってやって! 占ってみて!」

「では……気合いを入れまして……」

 巡がカードをシャッフル。バラリ、とカードを扇状に広げ、

「ドロー」

 裏返したままカードを一枚抜き取る。

 光に見えないように、カードの絵札を確認する。

「つっ! こ、これはっ!」

「何っ? 何なのっ? どんなカードが出たの?」

「な、なんでもないわ、よ。シャッフルが足りなかった、ようね。また、最初からやり直しよ」

「え? どうして?」 

 巡がカードをデッキに戻し、再びシャッフル。

 カードを広げ直し、再び一枚抜き取る。

 今度は、すぐに光に見せた。

 光が、

「太陽のカード! だね。それって、どういう意味なの?」

「このカードの意味は……幸福……よ」

「おおっ! 幸福って、運がいいね! ヤッターヤッター、ヤッター光!」

 はしゃぐ光を横目に、巡が先ほど隠した最初のカードを盗み見た。

 絵札には、闇に浮かぶ不気味な骸骨の姿が描かれている。

 その手には大きな鎌が握られていた。

「……死神……か……」

 巡が不吉なカードをデッキに戻す。

 そして、小さく溜め息を一つ吐いた。


   ☆完☆

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ