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9/21


 それから数日後の事、私はリベリオから伝えられたとおり侍女を連れて離宮から離れ、応接室まで足を延ばした。


 普段は見る事の無い多くの文官や武官が働いている姿に、好奇心に負けた視線が右へ左へと飛んでしまう。


 指定されて辿りついた応接室は、ロイスが住む離宮と私が住んでいる離宮のちょうど真ん中あたりにある場所だった。


 王族がプライベートな、もしくは個人的な用事で人と会うときなどに使われたりするような小さな応接室だと、一緒について来た侍女のデボラが補足のように教えてくれる。


 私はその応接室の前の扉の前でノックをしてから入室した。

 中に入るとすでにロイスは到着しており、優雅に飲み物を飲んでいる。

 約束した時間から遅れたつもりは無いが、待たせてしまったのだろうか。


 そんな事を考えつつ、結婚直後のパーティー以来久しぶりとなるロイスを見て私は少しだけ目を細めた。


 ゲームで出会うロイスはいつも魔術騎士団の黒っぽい衣装と多少の武具を身にまとっている事が多く、そうでないときも落ち着いた色合いのものを好んで着ている事が多かった。


 しかし、本日のロイスは白いにほど近い金の髪をラフに整え、ゲームで身に着けていた事の多い黒や紺といった落ち着いた色合いではなく、少し明るいベージュのスラックスと白いシャツといったふだんよりもかなり軽装で明るい服装だった。


 その服装はとても意外だったし、ゲームでは見る事の出来なかったお得感に口元が自然と緩む。


 ゆっくりと慣れないドレスをゆすって歩を進める。


 ロイスの背景を彩る応接室は、木目を生かしたダークブラウンの腰壁と相反するような白い壁、床にはこの国のとある地方でしか染める事のできない特殊な方法で染めた海のような深い青の糸で編まれた起毛カーペットが敷かれ、天井は造形美を凝らしたヴォールト天井が、ここでも圧巻である。


 しかしその部屋の見た目は派手ではなく、リラックスしやすい雰囲気が作られている。


 当然の事ながら当時の私にその知識はない。


 「シンプルな部屋ー」


 能天気な声で呟いたその声に反応したのが、私の到着を待っていたロイスだった。


 「そういえば、レイラの為に作られたという部屋は最近完成したらしいじゃないか。リベリオが随分趣向を凝らしたようだが――、それに比べるとこの部屋は、レイラの眼を楽しませるには不十分かもしれないね」

 

 用向きの違う王太子妃の部屋と比べる必要もないのだが、見た目こそきらびやかな装飾を控えているとはいえ、部屋に使われるものは全て貴重なものや一級品ばかりだ。


 それを知らず、ただ見た目のみで判断したのだと捕らえたとロイスに判断されたその言葉に、もし、現在の私が言われたのだとしたら、「何もしらないおバカさん」と一瞬にして正しくその言葉を脳内で翻訳して顔をしかめただろう。


 まぁ、実際当時の私は本当に何も知らない人間だったのだからしかたないわけだが。


 当時の私はそんな事毛ほども理解せず、ニコリと笑みを向けたロイスに、ただイケメン天国だわー、と能天気に頬を染めていた。


 「まぁ、座ってゆっくり話でも」


 ロイスが部屋の中に入って来た私に、ソファに座るように促した。


 私は一度ロイスを見て、その後、その隣に人ひとり座れそうなほど空いている空間を見る。


 ロイスの向いには同じサイズのソファが置かれていたが、ロイスの姿勢は私を向い入れるような態度でソファの端に座っていた。


 私はその態度を見て一瞬考えを巡らしたもの、再び緩みそうになる口元に力を入れ、一直線にロイスの隣に座ろうと足を向けた。


 これが、未攻略の状態ならば相手との精神的な壁と己のパーソナルスペースを鑑み合わせて、向いのソファに腰掛けていただろう。

 そうでなくともこの国の慣習において、私の行動は破廉恥で品のかけらもないものだと、今ならわかっている。

 いや、当時でもなんとなくいけない事なのではないか? 程度には解っていた。


 しかし、残念ながらこの時の私はご褒美タイムという事で思考が随分……いや、かなり斜め向こうに移動して傲慢になっていたのだと弁明させてほしい。


 そして、「お姫様最高!」という気持ちとともに頬を少し赤くしたところで、私はロイスの隣に座ろうとした。


 すると、私と一緒に来たデボラがわざとらしく声を出す。


 「妃殿下」


 どこか焦ったような声を上げるデボラの方を見るとデボラは何か言いたげに、私とロイスの反対側にあるソファを何度も視線で指さすように往復させた。


 私はその意味を理解できずに、こてりと首をかしげデボラに尋ねた。


 「えっと、デボラどうかした?」


 「いえ、何でもありません。突然声をあげて、もうしわけありません」


 デボラは特に変わった様子も見せずに深く礼をしただけで、部屋の隅の邪魔にならない位置に立っていた。

 その時丁度、別の侍女が私の分とロイスの分のお茶を用意を終え、部屋から下がろうとしていた。


 ロイスは同時にデボラに手で下がるように伝える。


 普段は侍女など一切気にしないロイスのその行動に私は再び首を傾げた。


 どうやら、デボラも一緒に下がれと命令しているようだった。その事にデボラは一度眉に不快を表したが、すぐさま私の方へ顔を向けた。


 「いかがいたしましょうか?」と言外に尋ねかけられているような視線をむけられ、私はわけもわからず頷きながら「さがっていいよ」とデボラに伝える。


 一瞬躊躇して見せたデボラだったが、あまり渋るわけにもいかないと判断したらしいデボラは足取り重そうに扉に手をかけ、一礼する。


 その姿を見送ろうと私はデボラに視線を向けていると、隣に座っていたロイスがデボラに向かいリベリオをからかう時のような爽やかな笑みを向けた。


 「あぁ、そこの君。この事は後できちんとリベリオに伝えるように」


 「かしこまりました」


 ロイスの言葉にデボラは一瞬すごくいやそうに眼を細め、深々と礼をし、扉を少しだけ開いた状態で去っていた。


 今でこそ思うが、この時から私はロイスという人物像を激しく勘違いしていたに違いない。

 少し若作りなところを除けば、随分大人の余裕がある優しい男性だと当時の私は思っていたのだ。


 だから、この言葉の意味を正確に理解する事も出来なかったし、なんなら当時の私は、マナーが完璧ではない事に対してもしかして、この後リベリオに熱いお仕置きされちゃう!? などと頓珍漢な期待をしていたのだ。


 私はデボラが開いた状態のままにしておいた扉をみて、眉を寄せた。

 マナーが未だ完璧とは程遠いというのは理解していたから、せめて少しでも挽回を狙おうと思ったのだ。


 「デボラったら、扉をきちんと閉めないで去っていくなんて、いつものマナーの鬼はどこに行ったんだろ?」


 普段のデボラの口うるさい様を頭に思い描き小言のように呟いた。

 その私の声をひろったらしいロイスは、隣で突然優雅に飲んでいたお茶で咽た。


 げほげほと普段のロイスらしからぬ行動に眉を寄せつつも、躊躇もなく背中をさする。


 それがどれほどの意味があるかなどという事を高校生だった私は考えもしていない。


 そのままロイスはその行動を止めるように背中をさすっている私の手首を握り、反対の手で静止をかけるように手のひらを私の顔の前で止めている。


 その間もロイスはげほげほと咽ているだけで何も言わないので、私はその意味が分からず、さらに困窮して眉を寄せた。

 そうしてすぐにロイスの咳が止まると、私は下から覗き込むような形に顔を近づけてロイスに尋ねた。


 「ロイス――殿下、大丈夫ですか?」


 ダンスを踊る時よりもゆっくりと近づいてくる視線と、握られた手に何を思ったのかロイスは目を大きく開いた。

 同時に握っていた私の手を離し、うろたえるように後ろに後退して顔を背けた。


 「あ、ああ」


 ロイスの短く答えられたその声にはいつにないほどの動揺が見て取れた。

 顔を背けられたその表情はよめないけれど、ロイスの普段らしからぬ行動に私は、おかしくなって小さく笑い声が漏れた。


 くすくすと零れる私の声を聞いたロイスは、すぐさま居住まいを正し、いつもの余裕のある姿勢をとる。


 どうやら、先ほどの、まるで過去の私はロイスの婚約者か! とでも突っ込まずにはいられない出来事は無かった事にするつもりらしいと、裏の裏なんて読めるどころか考えもしない私にも理解できるような態度をロイスは取っていて、私もその雰囲気も表情も堅苦しいもの変わっているロイスに合わせるように自然と変えようと笑い声を押さえて、近づいた距離を少しだけ取った。


 今なら思うけれど、これはロイスなりの温情と見せかけた私を脅しすための餌を自らプレゼントしたのだと理解できる。


 転生して日が浅く、この国のマナーにも疎い私が密室で男女が一緒になる事、そして、王太子妃が覗き込むように顔を近づける事の意味を全く理解していなかったのだ。

 その行動のおかげで相手にやすやすと弱みを見せたといっても過言ではない。本当に迂闊だ、前世の私。


 私の小さな笑い声が落ち着いたところを見計らってロイスが目を細めて微笑を浮かべた。


 「先ほどはありがとう。でも、気遣いは無用だ」


 「でも、ロイス――殿下は、わたしが結婚して直ぐのころから私を気遣ってくれます」


 ロイスの優しい声が響き、私はその言葉に眉をすこしだけ寄せて伝えれば、ロイスは私の返答が意外だったのか片方の眉を器用にあげ、怪訝な表情でこちらを見ていた。


 「あの……私何かへんな事いいましたか?」


 「いいや。何でもないよ」


 おずおずと尋ねた私にロイスはすぐにいつもの表情を取り戻し、目を優しく細めて私を見た。


 「レイラ。今日は随分早起きさせてしまったようで申し訳ないね」


 ロイスは一体何を知っているというのか、私はロイスの言葉に反射的に昨夜を思い出し顔と耳を赤くさせ、顔を俯かせる。


 視線を下げるとすぐ視界に映りこむのはリベリオが用意した地味目のドレスと、手首までの長さのレースであまれたグローブだ。そして、その下に見えるソファはカーペットより少し明るい青色の三人掛けのタフティングソファだ。


 視線を少し前に移動させれば、ソファの前に置かれた白く明るいオーク材で作られたシンプルなテーブルがあり、その上には、この国より南にあるカルマール大陸より輸入したという貴重な青磁のカップが二つセットになってならんでいた。


 この貿易が成功したのもリベリオの外交手腕が上手い事いったからだと話を聞いていた。

 そのおかげで私との結婚も難なく了承を得る事ができたのだと、デボラが言っていた。


 そこまでして私という人物を欲してくれている事に本来なら胸を打たれるべきなのだが、やはりというかこの時の私はご褒美タイムだと全ての出来事を一色淡にしていたのだから、救いようがない。


 私が青磁のカップに目を取られていた事に気づいたのか、ロイスは意味ありげに言葉を続けてくれた。


 「リベリオとレイラ――君の話はこの王城に居れば常に注目の的なんだよ」


 ロイスがテーブルに並んでいたカップを手に取り、その香りを楽しんでから中身を口に含む。

 私はその様を眺め、そういえばと今日呼ばれた用事があった事を改めて思い出した。


 「そういえば、今日は一体どんな用事だったんですか?」


 私が尋ねると、ロイスは「あぁ」と小さく呟き、そして、手に持っていたカップをテーブルに戻し、改めるように私の方に体を向けた。


 「実は、レイラに確認したい事があってね。なんというか、単刀直入に聞くが――君、何かとても大きな隠し事をしているだろう? 誰かに弱みでも握られているのかい?」


 特に大きな前置きもなく、投げかけられた質問に私は小さく息をのむ。


 転生の事は知られてはならない。それは、私が転生を果たした直後に胸に刻んだ事でもあった。

 王太子妃が頭のおかしな妄言を吐いてしまったら……それすなわち、ご褒美タイム終了のお知らせである、というのは理解できていた。


 だから、誰かに弱みなんて握られてはいないけれど、私がゲーム中とは別人格である事を悟られてはならない、と心していたのだ。

 私自身が転生を果たしたばかりで、四苦八苦しているのは事実だが、それだけで私が別人であるとは流石のロイスも気づいていないだろう、と心の中で唱え自分自身を落ち着かせた。


 とはいえ、そのせいで、ゲームの頃のレイラの様に言葉使いや、所作に違和感を与えていたのかもしれないと一瞬にして思い至ったのだ。


 「な、なんの事ですか?」


 ロイスの質問に改めて尋ね返すとロイスは優し気に緩められていた瞳に鋭さを乗せて再び同じ質問を投げかけた。


 「そうだな、なんというべきか――我が国が魔法大国だというのはレイラも知っているだろう?」


 そう言うロイスの言葉は確認するような口調であったが、私がどこまでこの国の事を理解しているか、確かめているような口調だと感じた。


 私はその言葉にこくりと頷く。


 「魔法は便利ではあるが、万能ではない。しかし、条件を満たした上でやろうと思えば大概の事を叶えてしまえる神にも似た力である事には間違いない」


 「そ、そうですね」


 何かに確信めいているようなロイスの声は至って落ち着いて、平坦だった。

 私を見る紫色の瞳は、深淵の覗き込むような深く黒い瞳孔で、私が行うどんな些細な事も逃さないような深さを感じた。


 「そんな便利な魔法において我が国の右に出る国は今のところ無いと断言できる。それでも、強いて上げるなら――隣国の魔導国くらいだろう。その魔導国ですら、我が国の人的資産も含めこの国の地の理を超えて侵略できるほどの力はないだろう。つまり……この国の王となるだけで得られるものの大きさがどれほどのものかわかるというものだろう?」


 「えっと、それはつまり……?」


 「リベリオは幼い頃からその事を十分過ぎるほど理解している聡すぎる子供だった。だからこそ、自らの背にかかるものの重さや責任についてがんじがらめになるほど肩ひじ張って生きて居た、と私は勝手に推測している。

 ただ、そんな真面目なだけであったはずの甥が、学院に通う事で少しづつ変わっていった。それは良いと捉える事も悪いと捉える事も出来ない些細な事だったが――……、卒業と同時に今までのリベリオから考えられない理由で唯一強情に強請ったのが、君だ。レイラ。

 確かに君には聖魔法という稀有な魔法が使えるという事と、膨大な魔力が君に宿っているから兄上も――王家が君を受け入れたんだ」


 その言葉に私はごくりとつばを飲んだ。


 ロイスが私に何を尋ねたいのか、まるで見当が着かなかったけれど、どうやら私が転生した事でなにやら疑われているという事だけは理解できた。


 私は、レイラではあるけれど、ゲームのレイラではないのだ。


 しかし、だからといって、私が数か月前のレイラではないという事をロイスに伝える事は憚られた。


 それはもちろん、伝えた瞬間にご褒美タイム終了のお知らせという事もあるが、今一番の理由はロイスのゲームでは知りえない底のない恐怖を感じる雰囲気んび尻込みしたのが非常に大きい。


 とにかく、その時私はロイスが尋ねる事に対して、まずは誤魔化そうという気持ちになったのだった。


 「ロイス――殿下は、どうして、そんな事を?」


 出来るだけ平静であるように心がけながら、両手を強く握り尋ねた。

 私の言葉にロイスは特に表情を変えずに私の瞳をじっと覗くようにこちらを見ていた。


 「どうして――か。まぁ、理由はいろいろあるんだけどね、要因の一つは君だ」


 私が、見つめられたロイスの瞳と視線を合わすと、ロイスの青みの強い紫色の瞳の中が奇妙に光ったように見えた。


 私はその一瞬の出来事を再び確認しようと瞬きをして、ロイスの瞳をみるが、ロイスの目はいつもと変わらないタンザナイトのような瞳のままで特に変わった事は見えなかった。


 やはり、言動の不一致が疑われている原因か? と内心ビビりつつ、私が特に返答もしないでいるとロイスはさらに言葉を続ける。


 「レイラはリベリオと結婚してから、聖魔法を使った事が無かったね」


 ロイスにそう言われ、私は転生してからの記憶を振り返る。

 転生してから、計二か月ほど過ごしているが、現在の私といえば、午前中は寝て過ごし、午後になって王太子妃としての教育時間のほとんどを取られているだけだったなぁ、とこの短くも長い転生について振り返った。


 「そうだけど――それの一体何が問題……ですか?」


 考えながら尋ねれば、ロイスは閉じていた唇を小さく引き上げて軽く微笑んだ。


 「聖魔法の特徴は癒し、だという事を知っているかい?」


 私はその言葉が目的としている意味が見えずにさらに首を傾げた。


 「知ってる……ますけど、その事と私が昔の私と違う理由になる理由が全くわからないです」


 糸の見えない押し問答を繰り返すロイスを少しだけ睨みつけるように見れば、ロイスは少しだけ眉をよせ申し訳なさそうに私を見た後、簡潔に答えた。


 「君が午前中、疲れ切っている理由だが、君の魔力が何らかの理由によって弱まっているせいだと思う」


 私はその言葉にひゅっと短く息を吸い込むとロイスからソファの上で距離をとった。


改稿済み

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