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 私の感じた恐怖とも不安とも違う、何とも言えない気分はすぐに晴れる事はなかった。


そんな私を他所に庭園では、ゲームと同じ展開が進んでいく。


 頭を下げた主人公を前に再び口元を隠すよう扇を広げた令嬢は、主人公の後頭部を眇めながら尋ねた。


 「まぁ。ご丁寧にありがとうございます。その挨拶は随分と変わっていらっしゃるのね。貴方一体どちらのご出身のお方なのかお聞きしてもよろしくって?」


 令嬢の相手を見定めるような視線は自然と緩められている。

後ろに控える二人の令嬢は扇を持ち出し、目だけを見せる形をとって口元は隠してるが、明らかに嘲笑おうとする意思が見えていた。


 おずおずと頭を上げた主人公は視線を彷徨わせた後、その緑色の瞳に伺うような視線を乗せ、目のまえの令嬢に尋ねられている事を答えよう口を開いた。


 「え、えっと……私は――「レイラ嬢! 探しましたよ!」」


 主人公の声にかぶさるようにして張り上げた声の主は予定通り、アーノルド・ローベルだった。


 良く通る少し低い声は、この庭園で衆目を集めるのには十分だ。


 アーノルドの声がすると主人公と対面に立っていた令嬢たちはすぐさま主人公から視線を外し、アーノルドの声がした方へ体を向けた。


 アーノルドは、かけていたであろう足を少し緩め、乱れたらしい黒っぽい落ち着いた茶色の髪の毛を手櫛で後ろに整えながら足早に主人公の前にやってきて、主人公と令嬢の前に立った。


 落ち着いた青い衣装に我が国の文官らしい堅苦しいヘアスタイルと眼鏡姿の長身の美丈夫で、その立ち姿はチュートリアルに出てくる姿そのものだった。

 唯一の違いといえば、ゲームのようなデフォルメが抜けているという事くらいだろうか。


 そんなどうでもいい事へ思考を割いている間、目を眇め展開を見守っていると、アーノルドが現れたチュートリアルはテンポよく進んでいく。

 どこから現れたのかゲーム同様に次から次へと攻略対象が集まってきていた。


 まず初めに現れたのが、四人以上の攻略で現れるキャラクターであり、我が国の暗部を掌握していると噂されている次期侯爵家当主で現在下男に扮する『リビオ・ゾルジ』だ。


 彼は、下男の男がよく愛用すようなハンチング帽とアイロンなどかけた事がないといったようなよれたベストを着こみ、膝がすり減って変色したくたびれたスラックスというなりだった。


 リビオは目を丸く驚いた顔を見せると、少年のような高い声を出し、令嬢たちの前にいるアーノルドを無視して、しげしげと上から下まで集団の令嬢を眺めた。


 「あっれ~? お嬢様方こんなところに集まってどうされたんですか?」


 そのリビオの手には、落ち葉などの庭掃除に便利なレーキというくまでのような形をした金属で出来た道具を手にもって気まずそうに眉を下げた。


 「ボク、庭の掃除を言いつけられてきたんですが……」


 不安そうにレーキを持つ手に力を込めるあたり、不慣れな下男が手違いでこの場に現れてしまった、という体が見事に表現されている。


 リビオが言いよどんだところで、その後を追ってきたらしい男の声が庭園に響いた。


 「おい、そこの君!」


 リビオの後を追うような形で現れた男は、腰に剣を帯刀しただけの騎士服を身にまとった男だった。

 彼は、ダークブロンドの髪を短くし、茶色の瞳を持つ人物で、遠目からみてもその騎士らしく均整の取れた肉体を持っている事が見て取れる。


 私はその現れた人物をみて、胸をしめつけられる思いになる。

 ギュッとむねの前によせた手をにぎり、苦しくならない程度に息を殺した。


 リビオの後に現れた彼は、騎士爵を既に授与されている伯爵家の三男『アルフレード・ジェルミーニ』である。


 アルフレードは、リビオに向かって声をかけると、その視界にすぐ庭園に集まっている令嬢たちを視界に収めたようだった。

 リビオだけだと思ったのだろう、庭園にあつまる令嬢や攻略対象たちを見て一瞬眉がピクリと動いたようだった。


 しかし、その驚きが表情に現れる事は無い。


 すぐさま騎士らしく、集まっている令嬢の中にいるアーノルドを認め、何事かを尋ねようとしたその時、私が隠れ居ているあたりとは反対の、令嬢たちがいる木々の付近から声がする。


 その声に追加されるようにがさりと草を揺らし現れたのは、『レナート・ディウリオ』だった。


 「お前らは、少し静かに事を済ますということができんのか?」


 不機嫌さを露わに、けだるそうな風体と濃い茶色の眉の間に寄せた皺が彼のマスカットのような明るい緑の瞳に乗せられている。

 その眼光だけで人を威圧できそうな視線を集まっている令嬢たちにむけていた。


 現在の彼は母親が貴族の娘ではないにも関わらず、不運が立て続いた結果若くして公爵家主導の事業の全ての実権を握り、かつ当主に成り代わった成金公爵と言われ、社交界ではその立場と生い立ちのおかげで扱い難い存在として認知されている。


 レナートは庭園に集まる人々に視線をめぐらし、人差し指で顎をなぞると、意味深にそれでいて楽しそうな声を上げ片方の眉を器用に持ち上げた。


 何か面白そうな事を思いついたのか、次々とあつまる人物の中心にいる主人公に向かい視線をむけ口をひらこうとすると、その声が響く前に後方からレナートの声にかぶさるように再び声が響いた。


 「レナート! ここにいたのかい!」


 レナートはけだるげに声のした方へ首を動かしした。おそらく、声の主をその声だけで理解しているのか、先ほどの威圧感が若干そがれているように見えた。

 レナートが視線を向けた方へ同じく視線を動かすと、そこには、レナートを探していたという体で現れたこれまた、今までの登場人物と同じくイケメンの男が近づいてきていた。


 男は、ミルクティーのような柔らかな茶色の髪を揺らし、灰色がかった青い瞳を持った人物で、宰相補佐であるアーノルドとは違い、随分と優し気な笑みをうかべゆっくりと歩いていた。


 「こんなところにいたのか。随分さがしてしまったよ」


 ゆっくりとしかし大股で素早く主人公に何か言おうとしているレナートに近づき、気軽に肩を叩く。

 それはまさに、友人らしい姿でレナートは眉を寄せたまま近づいてきた人物を軽くねめつけていた。


 レナートの眼圧など気にしていないとでもいいたそうに笑みを浮かべている彼は、レナートの友人であり、幼いころより主人公と幼馴染キャラである隣国の公爵家嫡男の『イアン・デグランジュ』だ。


 レナートと周りの人物をかるく見回して、再びレナートの方へ顔を向けると楽しそうな笑みを浮かべていた。


 「レナート、君はまたどうしてこういつも楽しそうな事をみつけるの上手いんだい?」


 明らかに、高位貴族とご令嬢というゲームのチュートリアルという括りを知らなければ全くもって謎の集まりを言外に指示して、レナートに声をかけていた。


 そして、そんなレナートとイアンのやり取りを他所に、私がイアンの後方へとすぐさまその存在に視線を奪われた。


 そこには、全てのキャラクターを攻略した後に出てくる隠れキャラクターである王弟殿下『ロイス・ディ・ロレンツィ』が、イアンの後ろから集まっているすべての人間を観察するような視線をむけて遠目に腕組みをして立っていたからだった。


 私はロイスが現れたところで、口をパクパクと鯉のように動かし、胸元で握られていた手を両方の頬にそえていた。


 こんな全く目立たない何もない庭園だというのに、各攻略キャラクター達は面白いほど皆何かしらの理由をつけて登場するあたり、ゲームと同じく作為的な何かを感じなくもない。

 しかし、私はロイスが現れるまで、どこか楽観視していたのだと理解した。

 だって、まさか。


 「ま、ま、ま、まさか……ロイスが攻略対象――?」


 そんな事絶対に無いとは言い切れないのに、何故かその可能性を考えていなかったのだから。


※※※


 あの時は、転生して二か月ほどたったころだった。王太子妃として、またこの国の聖女としての私の元に、元夫であるリベリオが、私が起床してすぐに私室にやってきたのだった。


 「やぁ、レイラ。今日も君はなんて美しいのだろうか。私は君と出会え、私の妻となってくれた幸福をいつも感じられるだけで、一日の活力がみなぎるよ」


 お昼にほど近い時間にやってきたリベリオはいつも眠気眼の私を気遣う言葉をかけ、座ったままの私の額に軽くキスをしてくれる。

 昨晩……というか、結婚してからかなりの日数、夜が長いおかげで常に睡眠不足と体力不足の私を慮ってくれての事だと侍女たちから聞いた。

 私はリベリオのキスに片方の目を閉じ、ほほを少し赤くする。

 その姿を見たリベリオが少し驚いたように目を広げると、口元をかくして何かつぶやくリベリオの姿に首を傾げた。


 私がリベリオのその行動を不思議そうに見ていると、何かに気づいたらしいリベリオが一度わざとらしく咳払いし、私の方を見て改めた口調で言った。


 「私の愛らしいレイラ、今日は君にどうしても伝えなくてはいけない事があってね」


 「えっと……それはいったいどんな事ですか?」


 リベリオの普段とは違う改まった態度に何やらよくない事が切り出されるのではないかと私は一瞬にして緊張を覚えた。

 リベリオの常とは違う緊張の顔に私は無意識の内、膝の上の拳を握りリベリオの瞳を見返す。


 「実は……叔父上が君に会って、折り入って聞きたい事があるそうなんだ」


 リベリオは深刻そうな顔のまま私にそう告げ、最後の言葉を言い終わる前になにやら悔しそうに顔を背け、強く聞き手の拳を握っていた。


 私はそのリベリオの様子に目をパチクリと瞬いた。


 普段は見せないようなリベリオのその姿に自然と緩みそうになる口元に手を当て、リベリオの悔しそうな姿を笑わないように唇に力を込める。


 しばらく、言葉に反応が無かった事を訝しがったリベリオが、横目でこちらをちらりと伺えば、私は顔を俯かせ片方の手で口をおさえ、もう片方の手で体を丸くして肩を抱き込むようにして笑いをこらえていた。


 何を思ったのか驚いたような声をあげて私の名前を呼んだリベリオが、私の肩を抱きしめた。


 私はリベリオのその行動に驚き、さらに笑いをこらえる羽目になる。


 口からは笑い声が零れないよう最新の注意を払うが、そろそろ腹筋が限界にきそうである。


 そんな私の葛藤など予想していないであろうリベリオは私をさらに強く抱きしめると私の背中をさすりながら、優しそうな声で私に語り掛けた。


 「そんなにつらいのなら、叔父上に会う必要など全くないのだぞ!」


 私を慮った声が耳元で響き、私はとうとう我慢の限界を迎え、声をだした。


 「っふ、ふふふふ」


 「っ!? レイラ?」


 私の行動を不思議に思ったのかリベリオは目を丸くした後、私が笑っているという事に気づいらしいリベリオは、自らの勘違いを自覚して恥ずかしそうに頬を赤らめ、私から視線を外した。


 私はその愛しくも可愛らしい勘違いをする夫を笑みを浮かべた目で見つつ、リベリオに向かって返答した。


 「ご、ごめんなさい。えっと、大丈夫です。問題ありません」


 答えながら、目から零れそうになっている涙を指で払う。


 それをみたリベリオはむずかしそうに眉を寄せた。


 「つまり……叔父上と会うと?」


 「えぇ」


 頷きならがら短く返答した私にリベリオが何とも言えないため息をつき、やや大げさに肩を落とした。


 「何か問題でもありますか?」


 首を傾げリベリオを見るとリベリオは顔を一度背けた状態で視線だけでこちらを見て、何か言いたげな表情をしていた。


 「いいや、ない。が――叔父上はできればレイラと二人きりで話をしたいと――」


 「そうですか。わかりました」


 はい、と頷くとリベリオはすごい勢いで背けていた顔をこちらにむけた。


 「叔父上とふたりきりでも、問題ないのか?」


 私はその迫力にあっとうされ、腰を少し引きながら答えた。


 「えぇ。二人きりといっても、侍女も一緒でしょう?」


 何もわかっていなかった私がきょとんとした目でそう答えれば、リベリオは、再び私を強く抱きしめた後、「だから、二人きにしたくないのだ」と小さく耳元で呟いた。


 私はその声を発するリベリオの背中に手をまわし撫でるようになんども大きな背中をなでた。


 しばらく、そうして私を抱きしめていたリベリオは、私から手をはなした。


 立ち上がり、やや気まずそうに頬をかくと視線を上にむけ、何事もなかったかのような口調で、必要事項を伝えてくる。


 「それで――、場所なんだが、離宮の一番近くの応接室で、時間はレイラに合わせるそうだ」


 「そうですか、わかりました。時間に関して、私は何時でもいいですよ」


 ニコリと答え、リベリオの顔を見るとリベリオはまた難しそうな顔をしてこちらをみていたけれど、暫く逡巡した後すぐいつもの調子を取り戻し、笑みを浮かべた。


 「わかった。では、叔父上にはそのように伝えよう。時間が決まり次第連絡するよ」


 ゲームでも転生してからも頻繁に見た王子様然とした笑みを作り、リベリオは部屋から出て行った。


 私は部屋から出ていくリベリオを笑みを向けて見送ったのだった。


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