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 王城主催のデビュタントに参加できる事、それは結婚を意識する貴族の子女にとって、重要なステータスなのだと家庭教師の先生から聞いていた。


 おそらくその重要なステータスの理由の一つにこの長い白亜の階段を登り切った体力的な勲章も含まれているに違いない。


 階段を上りながら、何故前世で何度も上ったはずの階段をこうもすっかり記憶のかなたに忘れ居たのだろう、と自分の記憶に恨み言を連ねつつ、そんなどうでもいい事を考える。


 だるく重くなる体を鼓舞して、あの白亜の長い階段を上り切った事実は称賛を送るに十分だろうと、心の中で盛大に自画自賛をし、周りを見廻す。


 そのまま、お父様にエスコートされ王城の開け放たれた扉の中にすすむと、中に入った瞬間心地の良い風が頬をかすめていく。


 オフショルダーの下、のほんのり汗で湿った地肌に何処からともなく通り過ぎる心地よい風が悩ませていた汗をあっという間に消していく。

 涼しい。と安心するのもつかの間、同時に私の鼻に、優雅で刺激的な匂いがまとわりついた。


 どうやら、空調のきいている王城では|消えていった汗のにおい《フェロモン》に代わり香水の香りが、至るところで香っているようだ。


 あぁ、前世も前々世の記憶をもってしてもわからなかったけれど、今この瞬間に何故貴族がきついほどの量の香水を体に仕込むのか、嫌でもその理由がわかってしまう。


 むせかえるような匂いが漂うロビーを微笑みを携えて進み会場の入り口にたどり着き、ネームコールマンに順次名前を呼ばれて入場する。


 入場すれば、目を輝かせるような豪華な会場とそこにすでに到着している多くの貴族の視線を受け、それらの視線に何となく微笑み返し、会場脇にある劇の入場シーンのようにカーブ描いてある階段に足をかけ、ゆっくりと下りながら小さくため息をこぼした。


 ここにきても、また階段か……。と、すぐさま短絡な思考に捕らわれ、品のある赤いカーペットに描かれているダマスクス柄の緻密な柄を見つめげんなりした気分になった。


 「だから、お母様は来て下さらなかったのね」


 「ステファニーの熱が下がらないから心配だと言っていたが?」


 小さくつぶやけば、お父様が私と同じネオンブルーの瞳でこちらをちらりと見てから、小声で私の言葉に返答してくれる。

 私はその答えに誰にも気取られない程度に不満げに一瞬唇を尖らせ、不満を示す。


 確かに妹の熱の問題もあったのだろうが、あの滲み出るような嬉しそうな様子を思えば、この先ほどから続く階段も嫌だったのだろうと邪推してしまうのは仕方ないと思う。


 お母様の様子を思い出し、小さな不満を示した私にお父様は小さくく苦笑を零すと、ゆっくりと私をエスコートしながら階段を降りた。


 階段を降りながら視線を上へむければ、そこにはアーチを描いた美しい天井が空間を彩っている。


 前世何度もみなれた上空を弓型に切り取られた天井美を見て、感慨深く、短く息をはいた。


 前々世ゲームでは何度もこの会場で多くの攻略対象と踊ったけれど、前世では王子と数回ダンスを踊ったくらいだった。


 あらためて確認するように全体に視線を巡らせば、白を基調とした壁と贅沢に等間隔で作られたガラス張りの窓、光を乱反射させるような贅沢をつくしたシャンデリアの数々が前世と変わらず同じ状態で存在していた。

 明かりに照らされた人の姿は変わらず、欲望が言葉という渦をまいているようには見えないほど優雅だし、笑顔の下に忠誠という名前の闘争心をひた隠しているのだ。


 最後の階段を降り床にカツリという靴の音が響き、良く磨かれた鏡のように映る落ち着いた色合いの床をみる。


 水面のように映る床には、会場を彩るすべてに胸を高鳴らせている多くの若者が興奮に頬を少しばかり紅潮している姿が見えた。


 デビュタントの衣装に身をつつむ同い年くらいの若者をざっと眺め、諦めと納得の気持ちで肩を落とす。


 今年は昨年王子様がデビュタントを迎えられたという事もあり、引き続き社交界デビューをする貴族子息子女が多いらしい。


 そのおかげで、未だに婚約者の無い、()()()()()()高位貴族の子女が多い事は、周知の事実だ。

 ざっと見まわしただけでも伯爵以上の高位貴族の令嬢令息が例年の二倍……もしくは三倍か、それほどまでに多く見受けられる。


 もちろん、私も例に漏れず。

 お父様が侯爵という立場だというのに未だ婚約者が決まっていない状態でのデビュタント参加だ。


 ただ、お願いできる事ならば。


 王子の婚約者などという尊大な立場はごめんこうむりたい。


 王族と書いて非凡と読む。

 平凡と普通を愛する私の好み真逆な人、それが王族だ。


 入場してしばらくすると、一番最後に入場した王様と王妃様よりデビュタントの祝福を全員でうける。

 といっても、特別珍しい事をするわけではなく、王様と王妃様から直接お言葉をいただくというものだ。

 久しぶりに見る前世の義理の両親は、驚くべきか、やはりというべきか、最後に会った時より幾分か若くなっていた。

 多くの貴族の前に立ち、お祝いの言葉をスラスラと述べる姿は、とても威厳に満ちている。


 私は義理の両親の素晴らしい王族っぷりを見て、相変わらずお元気そうでなによりだと心の中で挨拶する。


 その後は、慣例通りにダンスとなる。

 初めに主催者である王族の誰かしらが踊ることになっていて、今年は、昨年社交界デビューを果たした王子と王家に縁のある公爵令嬢がファーストダンスを踊る予定らしい。


 少しの喧騒の中ホールの中央に現れる二つの姿。

 一つはこの国の王子にして黒髪と青い瞳の美丈夫であるリベリオ殿下だ。

 社交界に相応しく華々しい装いで、王妃様と同じ黒い髪に合わせた黒い衣装は、今年社交界デビューするという公爵令嬢の装いに合わせたものだと推察できた。


 黒い服装に彩られた整った顔の上にある鋭利な眉は、リベリオの王族らしい気性を表しているように見える。しかし、少し垂れた優し気な青い目のせいで、全体としてきつい印象を受けない。


 つまりどういう事かというと、安定のイケメンであり、前々世におけるメイン攻略対象者顔で、寸分たがわず前世の夫の顔そのものだった。


 ……――まぁ、今の私には一切関係が無いのだが。


 そのお相手は、筆頭公爵家にして前国王の王妹が臣籍降下して嫁いだコルテーゼ公爵家のメイリーン様だ。


 実は公爵家のメイリーン様とは、父とコルテーゼ公爵が旧友の仲にある事で幼い頃何度か遊んだ仲だった。


 ただ、彼女の素晴らしく完成されたお嬢様らしい気質に平凡さなど存在せず、平凡を愛する私とは真逆のご令嬢であるが故に、ここ十数年程、疎遠になっている。


 メイリーン様の過去数度のお付き合いで目にした非凡な過去を思い起こし、あの見事な艶のある金の髪は今も健在だろうかと、リベリオ殿下の相手に細めた目をやれば、王子と手をつないで舞台に上がっているのは、ピンクゴールドの髪毛をアップにし、デビュタントらしく白いドレスを身に着けた美少女だった。


 あれ、昔と随分髪色と顔が違う? ……――まさかねぇ、と嫌な可能性を否定し、細めた目をさらに細くして、二人の様子をみていれば、周りからは「あれはどこの貴族のご令嬢か?」だとか、「コルテーゼのご令嬢は今年デビュタントの予定だったのでは?」だとか様々な声が囁かれ始める。


 え、何? つまり、あのピンクゴールドの髪の毛の彼女は前々世の私(ゲーム中)なの? との言が脳内を駆け巡ったあと、私は周りを気にする事なく、その思いを払うように思いっきりその場で首を左右にふった。


 過去は過去。前世は前世。私は気にしない。と頭の中で繰り返し、気持ちを切り替える為に深呼吸を繰り返した。


 私が何とか動揺を収め、周囲を気にする余裕が出てくれば、私の動揺など知らない周囲は予想外の二人が会場の中央に姿を現した事で、騒然となっていた。


 しかし、周囲の反応を気にした様子を見せない王子は、合図によって指揮者へと演奏の指示を出す。

 王子の合図をうけ指揮者が指揮棒をふれば、即座にワルツの優雅な音楽が流れ始めた。

 その瞬間、前々世で何度も見たオープニングムービーのそれにそっくりな状況が、見事というほどに再現されていた。


 私は、前々世の記憶を脇に置き、とりあえず隣にたたずんでいる父の耳元に状況を確認するようにこっそりと話しかけた。


 「お父様、確か殿下のお相手はメイリーン様の予定ではなかったかしら?」


 しかし、私の尋ねた言葉に、お父様は気難し気に眉に皺をよせ、うむ、だか、ううん、だかよくわからないうねり声を上げて返答してくれただけだった。


 どうやら、コルテーゼ公爵と旧友であるお父様も知らされていない事態らしい。


 慣例通りであれば、デビュタントのダンスの相手というのは、家同士の話し合いで、誰が誰と何曲目に踊るかという事が事細かく決められている。


 それを見て、多くの貴族が権勢を推し量ったりするものらしい。と、家庭教師のマーサ先生が言っていた。

 だからこそ、ファーストダンスの相手というのはお互いの恋心を推し量るよりも政治的な意味合いのほうが強かったりする。

 なにより、デビュタントという特別な場合は、社交界デビューしたての若者を歓迎するという側面も持つのだ。


 デビュタントといえど、社交場である。


 パーティーで男女が踊れば、それだけで上位の貴族はいらぬ噂の的になってしまう事が多い。

 若者を歓迎するためのデビュタントで、参加直後にいらぬ噂を寄せ付けたくないと考えるのが普通である。

 その為にも家の介入が必須で、当然ながら、何処の誰とは分からないような相手とはダンスを躍らせないのが習わしだった。


 であればこそ、目の前で踊られている王子と謎の令嬢のダンスは異例というより、異常事態なわけで。


 私は、眉を寄せ人込みの隙間からちらちら見え隠れする王子とピンクゴールドの髪の女性を見て眉根をよせた。


 「まさか、本当に前々世とか――?」


 誰にも聞かれないように小さくつぶやいた声を途中で自分の手で押さえた。


 これがもし、本当に前々世の私のゲームプレイ中だとするのならば、この先、もしかしたらこっちの世界に転生してきた私が現れるという事だろうか? そして、その私が散々人に話すのもはばかれるような黒歴史を繰り返すという事なのでは――? と嫌な予想に自然と眉をよせた。


 その後、すぐさまその可能性を打ち消す考えをしてみたものの、目のまえのオープニングムービーと全く同じような状況がその可能性を否定させてくれないのだ。


 ……いくら過去の私であったとしても、今の(リナリア)と全く関係ない。


 たとえ、恥ずかしい黒歴史を目のまえで再現されたとしても、私は別の人生を歩んでいるのだから――、とそこで、目のまえの主人らしき人物と殿下のダンスが終わり、二人が見つめあったすがたのままになる。


 そこから先、二人の間から画面が引かれ会場内に点在しているゲームの主要攻略キャラクターを映しだすのだが、当然、その姿もここからなんとなく場所を察して見回せば、主人公がリベリオ殿下に手を引かれ、二番人気であった真面目が性格特性の『アーノルド・ローベル』のところへ連れられていく。

 そこで、二人が一言二言話したあと、主人公が楽しそうに屈託なく笑い、気まずさを覚えたアーノルドが、気まずそうに視線を逸らしていた。


 その姿を見て私は思う。


 ……もし、このままゲームと同じように進んだとするならば?


 これから先、無知という暴力で彼女は貴族としても、恥ずかしい醜態をさらしていく事になるのだろう。

 そして、最悪の場合再び前世の私どうように無知という暴力で国政を行う国母に、私を含め多くの貴族が苦しめられ……場合によっては内紛なんていう事に――。


 私がそんな普通であれば考えられない状況に思考が及んだところで、思考をする時間は、ダンスの時間というイベントによって強制的に終わりを告げられた。


改稿(6/15)


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