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案内された場所は、先ほど思い出したその庭園だった。
自然美を楽しむように作られた王妃様お気に入りの一つであるこの場所もまた前世同様、変わりはなく色鮮やかで美しいままだった。
私は庭園を見て思わず足を止めた。ごくりとツバを飲み込むとレースとリボンの美しいドレスのスカートを強く握った。
ここが私の新たな人生のスタートになるのだと思うと、王妃様と直接会話した時以上の緊張が私を襲っていた。
庭園に用意されたテーブルに案内され、マルコはすぐさま去っていく。
白いテーブルクロスが敷かれたテーブルと白いパラソルの下には、ピンクの髪の毛にベールを巻いた女性と金の髪を盛り髪した人物が既に座っており、その間の席に座るよう促され、席についた。
五脚の椅子が用意されたテーブルをみれば、ピンクの髪の毛をした人物がレイラであるという事がすぐわかる。そして、私を挟んで反対側には金髪の女性が座っている。
「ごきげんよう。リナリア様、お久しぶりね」
私がテーブルにつくと初めに挨拶してくれたのはテーブルの右側に座っている金の髪をしたエリカ・ロッセリーニ公爵令嬢だった。
デビュタント前に参加するお茶会などで何回か話をした事がある人物だが、とにかく権威主義な令嬢という印象で、派手なのと目立つ事が好きな人だったと記憶している。
そのエリカは、金の豪奢な髪を今流行の盛り髪にし、猫のような緑色の瞳を三日月形にして笑みを浮かべている。
「ごきげんよう。エリカ様、お久しぶりですね。私も先日やっと社交界にデビューいたしましたので、これからは会う機会も増えるかもしれませんね」
私はエリカに向け頭を軽く下げた。
ついでに、この派手が全面に出ているエリカ・ロッセリーニ公爵令嬢はゲームにおけるすべての攻略対象の時に登場する悪役令嬢その人でもある。
できれば、今回は別としてもロイスの攻略妨害に悪役令嬢である彼女と共闘できれば一番だと思っていたのだが、ここで問題が一つある。
それは、彼女の家が急進派の一大派閥のトップを父親に持っているという事である。
急進派はといえば宗教に対する執着は薄く、できるだけ経済に介入して国を運営したいと考えている人が多い派閥である。
だから、この世界で広く信じられているブルロラ教を世間に広く浸透させたいレイラの所属している教会とはもともと関係がよろしくない。
それは同時に我が家にも言える事で、程度によるとはいえ経済に介入されると商売が時にやりにくくなる事がある。
なので、彼女とタッグを組むかは様子を見て、必要であれば打診しようと思っている。
顔をあげた私と視線があうとエリカは猫のような緑色の瞳を大きく広げた。
……何も言ってくれるな。わたしも15歳になったのですよ。
私の深めた笑みを何と理解したのか、エリカは調子を整えるように喉をならし、レイラの方へ体を向けた。
「リナリア様、彼女はレイラ・サクラガワというそうなの。聖女候補なのですって。レイラ様、こちらの方がロドリーグ侯爵令嬢のリナリア様よ。ロドリーグ商会といえば、教会の方でもわかるかしら? そこのご令嬢よ」
エリカに紹介されるまま、私はレイラの方へ顔を向けた。
私の目の前にはゲームが三次元になったらと思わせるレイラが笑みを浮かべている。
白をベースに作られた聖女用の衣装に、髪の色がわかるくらいには透けて見えるベールのようなものをかぶり、胸元には祈りを捧げる数珠のようなものが下がっている。
レイラは、シスターとはまた別の聖職者とすぐわかるような姿をしていた。
「ごきげんよう。お初にお目にかかります」
「ご、ごきげんよう。あの、私まだ慣れない事もあってご迷惑おかけするかもしれないけど、その時はごめんなさい」
赤みの強い桜色の瞳を不安そうに伏せたレイラが、不慣れな様子で頭を下げた。
……なんというか、ゲームではこのあどけなさが良い様に描写されていたが、この様子を直で目にしてしまうと思っていた以上に胸に来るものがる。もちろん、悪い意味でだ。
ついでに、デビュタントが終わった後、レイラについて伝手を使って調べたところ、現在教会において一押しの聖女候補で、近々枢機卿の娘になるかもしれないと噂の人物でもあるらしい。
――ゲームでは知らなかったがこの時点から将来王太子妃になるに相応しい地位の下準備は順調に行われていたのだ。
「いいのよ。気になさらないで。誰にでも慣れない事というのはありますから」
レイラに言いながら、元一般人の高校生だった自分の黒歴史を思い出し、遠くを見るように視線をそらした。
「ありがとうございます! お優しいのですね」
私はレイラの言葉に遠くを見る視線をレイラに戻し笑って頷いた。
私の言葉に感激したのか、レイラは頬を赤くそめて、嬉しそうに目を細めていた。そこにエリカが、話しかけてくる。
「レイラ様、そんな事で感激していたら貴族なんてやってられないわよ。聖女候補はそんな風に考えるような立場になった事などないのかしら? 気楽でうらやましい事ね。ところで、リナリア様、今日はどうしてこのような集まりがあるのか聞いていて?」
「いいえ? 存じませんけれど、エリカ様は何かご存じですの?」
エリカの方へ顔を向ける。私と目のあったエリカは何かものしり顔で嬉しそうに口を引き上げた。
「実はね……「王妃陛下のご到着ー!」」
もったいぶるように間を置いたエリカの言葉に続いて、王妃様登場の声がかかり、会話は終了となった。
私とエリカ様は素早くテーブルから立ち上がり、顔を伏せて腰を低くなるように礼の姿勢をとった。私たちにすこしばかり遅れる形で、レイラも礼の姿勢をとると、王妃様が現れた。
「今日は忙しいのに、集まってくれてうれしいわ。皆、顔をあげて」
私たちは王妃様の言葉通りに顔をあげた。
ニコリと笑みを浮かべた王妃様は、ハイソサエティのトップに君臨する女王様風の気品を携えて、茶会に出席した面々に笑顔をむけた。
その瞬間、場の空気感が一瞬にして変わったように空気が別のものになったように感じる。
王妃様のその隣には、メイリーンが立っていた。
皆が自然とメイリーンへ視線を向けるので、弁えているというようにメイリーンはスカートのすそを持ち打上げる。
美しい髪が肩から流れ落ち、カーテシーの姿をとったメイリーンが伏せ気味の顔で口を開いた。
「皆様、ごきげんよう。はじめましての方にご挨拶を。私コルテーゼ公爵家の娘メイリーンと申します。以後お見知りおきを」
カーテシーを解いたメイリーンにレイラは慌てたように頭を下げて腰を折った。
「あ、はい。私はレイラ・サクラガワと申します。よろしくお願いいたします」
ペコリと頭をさげ、45度に腰を折ったレイラをエリカは目を眇めて見て、王妃様は扇で口元を隠し目を細め、メイリーン様は目を丸くして見ていた。
レイラの日本人らしい普通の挨拶をしたレイラに私はめまいを覚えた。
デビュタントの時もそうだがレイラのとった挨拶は、この世界における貴族の知っている挨拶の中でも、使用人がする挨拶にとても近いものだった。
そういえば教会でも一応聖女候補は一律にマナー教育するはずなのだが、何故その通りにしないのだろうか。
……やはり、先日と同様にゲームの仕様そのままなのか。そうなのか?
何やら思い出してはいけないかもしれない現実に触れそうになった私はゆっくり目をつぶった。
今は何も考えまい、むしろ、考えたら色々負けだ。
レイラがゆっくりと頭を上げるのと同時に王妃様は広げた扇を閉じ、雰囲気を変えるように口を開いた。
「皆これ以上の挨拶も不要でしょう。席について、お茶を楽しんみましょう」
王妃様の声とともにテーブルに集まった人々は席に着き、レイラもワンテンポ遅れて椅子につく。使用人がそれぞれの席に紅茶を用意し、同時に軽食も運ばれ、表面上は和やかなお茶の時間が始まった。
メイリーンは普段から王妃様と会話する機会があるのか、その会話に肩ひじはったものはなく、王妃様の性格も理解しているかのような会話を繰り広げていた。それが、エリカには気に入らないらしく、終始メイリーンに絡み質問攻めにしている。
その事に一切気づかないまま、メイリーンは相変わらず非凡の権化として返答するのである。
王妃様は、エリカとメイリーンの会話に時折2、3言葉を挟んだり、思い出したかのように私やレイラにも会話をふってくれる。しかし、基本的に会話の中で目立っていたのは、王妃様に話題を提供するエリカではなく、メイリーンだった。
そのあからさまな差別は誰の目にも明らかで、同時に、王妃様の第一婚約者候補はメイリーンだという事を周知する目的が、明け透けにあるのだという事がうかがえた。
これが、派閥のバランスを考えて集めたというお父様の対外的な言い分にあたるのか、と納得しつつ、このあからさまな優位性の取り方をする意味を推察する。
お父様は王妃様、もしくは王家がメイリーンを推しているのを知っていた。
それでいて、このような形を取らざる得なかったのは、きっと何かしら、まだは白日にさらされていない理由があるのだろう。
それを見極め、未来の王妃たる人物を選び助けろだなんて、お父様も難しい事を簡単におっしゃれるわ。私はただの平凡な貴族令嬢だというのに。
私は、円テーブルの中で淡々と進む会話を他所に、目の前の軽食を口に入れて、ため息をついた。




