19
手紙を受け取ってから二週間後の今日、私は再びこの白亜の美しい城にやってきた。
「まさか、こんな短期間に再びこの情景を目にすることになるなんて……」
馬車を降り、再び目にした光景に目を細める。
城を眺めていると、私の到着と同時に待機していた騎士が傍に駆け寄ってきた。
驚いて動きを止めたものの、騎士は膝をついて簡易な挨拶してくれる。
私はその騎士に頭を下げるだけの簡易の挨拶を返した。
突然騎士が近寄ってきて何事かと驚いたが、どうやら、お茶会の会場までの案内役らしい。
よく見かける栗色の髪に緑色の瞳、貴族の出身だと一目で分かるやや派手な近衛の制服に身を包む男は、マルコ・モーゼルだと名乗ってくれた。
慣れた様子でエスコートの姿勢を取られ手を添えると、予定通りにあの長い階段へと移動した。
今度のエスコートはお父様ではないので、息を乱さないように細心の注意を払いつつ、呼吸をしなくては。ひっひっふー。リズムが大事。
無事階段を上り終わり、息を激しく乱すことなく王城内の廊下をマルコに従って歩いていく。
石造りの廊下をマルコは無骨な靴音を鳴らし、私は羽が生えたように軽快な足音を鳴らして歩く。
かっこつ、かつかつこつ。
明らかに私の歩数が多い二つの不思議なリズムをBGMに、単調な廊下をほとんど無言のまま進む。
石の廊下には、まばらに王城で働く人々の姿があり、すれ違った。その際、何故か通り過ぎる騎士や他の文官から生暖かい視線を感じる。
何故だろうかと首を傾げると少し進んだ先に私と同じくらいの身長の様々な恰好――貴族のように見える子もいれば、平民のように見える子もいる――をした少年少女が集団で移動しているのが確認できた。
まさか、という気持ちを抱き私はその集団の会話を聞き取ろるためこっそり身体強化の魔法を使い耳を澄ます。
「はーい。皆様、こちらがかの有名なフリポス3世の肖像画になります」
「はい、先生! この人は誰ですかー?」
元気よく手を上げた栗色の髪の少年が目を輝かせ、先生という大人――その姿は聖職者らしい服装をしている――の反応を待っていた。
私はその集団に思わず怪訝な視線を向けた。……フリポス3世だって今先生言ってたよ。……――ではなくまさかと思うが、あの子供集団の一人と思われて?
その疑問が浮かぶと同時に先生は少年の質問に嫌な顔一つせず、笑顔をむけた。
「ポールくん、フリポス3世ですよ。しっかり話しを聞いてくださいね。では、次の場所に移動しながらこのフリポス3世について説明していきたいと思います」
先生の上げた手の方向に従うように集団は次の場所へと移動を開始する。
私はというと、集団とは別の通路へ案内され、これ以上王城内での魔法の影響を考え、集団を追う事を諦めた。
集団を観察する事ができなくなった私は、疑問を確かめる術を持ち得てない事に、諦めの気持ちで疑問を忘れるように首を振った。同時に魔法も素早く解除する。
「どうかされましたか?」
通路を曲がってすぐ、私が首を振った事に気付いたらしいマルコが声をかけてきた。
「いいえ、なんでもないの。行きましょう」
マルコはしばらく不思議そうな顔をしていたが、私がいいから、と笑みを深めた事で、すぐさま案内の道順を歩き始めた。
私があの集団の一員だと思われたかもしれないとかそんな事よりも、今日は王妃様のお茶会という重要な予定がある。
先ほどよりは幾分か静かな廊下を歩き、前世で王妃様との初めてのお茶会について、私は目を細めて思い出した。
※※※
初めて王妃様と直接二人きりで対面したのは、結婚して一年はたとうかという時期だったと思う。
自室でのポーション作りに力を使い果たし、疲れた体を休めるためにベルベットの長椅子に寄りかかっていた。
その私にデボラが、自室の扉を開けカツカツと高圧的な靴音と共にやってきた。
「先ほど、王妃様からお茶のお誘いのお話をいただきました」
挨拶もそこそこにやってきたデボラは茶色の頭を下げ、前置きもなく私に告げた。
デボラの少し雑な対応に当時の私は特に注意するでもなく、けだるい体をゆっくりと起こしデボラへ顔を向けた。
「それ、もしかして、今からって話ですか?」
不満いっぱいに目を細めてデボラを見れば、デボラは頭を下げたまま言葉を続ける。
「はい。すぐにというお話でした。なんでも、とても大事な事だから直接会ってお話したい、と」
デボラはこちらを見ずに淡々と答えるだけだった。
この頃には、王妃様の忠犬である事を前ほど隠しもしていなかったように思う。
いつも私の傍にいる割にさっきまでポーション作りをしていて疲れている事など気にもしてくれない。
これなら、ロイスから推薦されてやってきたアメリア――先日やっと名前を聞きだした――の方が私を慮ってくれる分、まだ私としては好ましく感じてしまう。
ただ、アメリアもこのデボラと同じくロイスが送ってきたスパイなのだろう。そういえば、今日はまだ彼女の姿を見ていない。今日はお休みだっただろうか?
「――わかりました。それで、時間は何時からです……の?」
渋々という体を滲ませ、未だに慣れない貴族言葉にため息とともに答える。すると、デボラは間髪入れずに「今すぐだそうです」と声色を変える事なく答えた。
不思議とデボラの見えないはずの表情が嬉しそうに緩んでいるような雰囲気を感じ取る。
もしかしたら、これは王妃様からの嫌がらせか何かなのかと嫌な予感を抱き、私は視線をデボラから他の侍女たちへ移した。
姿を確認できる侍女はデボラのほかに二人いた。二人とも、デボラと私には一切視線も向けず私が作ったポーションを慎重に箱詰めしていた。私はその二人の侍女に声をかける。
「ねぇ、申し訳ないのだけれど、アメリアを呼んでくれないかな?」
私の言葉に二人の侍女は手を止めて、お互い顔を見合わせる。その顔には難色が見るも見事に浮かんでいた。
すぐさま左側の侍女が私へ頭を下げ、それに倣うように右側の侍女も手を止めて頭を下げる。
「レイラ妃殿下、本日アメリアは私用の為休日を頂いておりまして……」
眉を寄せ申し訳なさそうに答えられ、私は諦めのため息をついた。
「そう、では誰でもいいからお茶会に向かう為の準備をお願いしてもいい……かしら?」
「はい、かしこまりました」
二人のうち一人が作業を途中でやめ、私のために用意された衣装室へと向かっていく。
それを見届けデボラへと再び視線を戻した。私がデボラに声をかけるより前にデボラが口を開いた。
「では、王妃様の侍女に準備が整い次第すぐに、と伝えてまいります」
「えぇ。お願いし……」
デボラは顔を上げることなく一礼すると、未だに慣れない貴族言葉に戸惑いをみせる私を放って、そそくさと部屋から出ていった。
おそらく、デボラの敬愛する王妃様がお待ちなのだろう。私にもその3分の1でもいいから、敬愛してくれてもいいのに!
※
支度を終え、案内された庭園にやってくる。この庭園は王妃様お気に入りの庭園で、白亜のお城をバックに駆りこまれ長さの揃った芝生と色とりどりの花々が美しい場所だった。
とはいえ、そんな美しい庭園に私の心は癒されるはずもなく。体力的に余裕がない事も相まって気分は非常に憂鬱だった。
案内されたテーブルにつき、王妃様を待つ。
私が待っているとすぐさま王妃様は現れ、教えてもらった手順通りに椅子から立ち、カーテシーをした。
「ごぶさたしております。本日はお茶のお時間にお声がけいただきまして、誠にありがとうございます」
ひざを上げ、王妃様と視線を合わす。公務を散々逃げ回っていたおかげで直接お会いするのは、実に3ヶ月ぶりになる。
美しさが全面包囲に作りこまれた王妃様は妖艶な目元を三日月形にし、扇を広げ口元を隠していた。
「急がせて申し訳なかったわね。私もこんな事をするつもりはなかったのだけど、貴女はいつも聖女として城を空けてるか、体調を崩しているかでしょう? 私もどうしても直接話をしておきたい事があったので、仕方なくこのような無礼なお願いをしてしまったの。許してちょうだい」
隠された口から、聞き取りやすい声でゆっくりとした口調で話される。
許して、とは言いつつもその姿にしおらしさは感じとれない。これが、女王様……ではなく、王妃様の威光というものか。
「いいえ。ところで、その急な用というのは一体どのような事でしょうか?」
尋ねた私に王妃様はニコリと笑った。そして、扇で目元まで隠すと侍女を呼びつけ、何事か小さく耳打ちする。
一体何を言っているのかは全く聞き取れないが、この耳打ちされた事は後で、まわりまわって私のもとにやってくるのだった。
例えば、家庭教師の指導や、講師からの注意などへ形を変えた状態で。――今日は既にご指導賜ったらしい。
「まずは、お茶でものみながら、最近の事について話してくれないかしら? 聖女のお仕事はどう? 体調はよくなって?」
「……はい」
王妃様の言葉と共に、お茶かテーブルにサーブされ、それとほぼ同時に三段スタンドにお茶菓子が並ぶ。
私はサーブされたお茶を一口飲んでから落ち着きを払うように息を吐く。
「体調はまずまずです。聖女の仕事の方は小教区への参拝などの他に、各教会で始まりました新しい試みを見学させていただいております」
ゆっくりとしずかに答え、笑みを向けた私に王妃様はニコリと笑ってくれる。どうやら、今のやり取りはセーフらしい。
「そう。その事については教皇様からお話を聞いた事がございますよ。随分読み書きができる子供たちが増えているのだとか。レイラもその新しい試みとやらに――、参加したり、子供を教えたりするのかしら?」
私は言われた事に目を白黒させた。
見学した際の事を思い返す。その日は、子供たちの様子をゆっくりと見て、その後司祭様と一言二言話をして終わったと記憶していた。
唯一変わった事といえばあの日は、珍しく事前に質問するべき項目を渡されていて、その事を尋ねるだけで他は特になにもしないでほしいと強く言われていた。
その理由も、子供たちをむやみに興奮させてはいけない、という話だったと記憶していたが。
それ以外の事は常とさして変わりのない仕事であったけれど、何故王妃様はその事に興味を示されるのか。
「いえ、その際は見学だけで子供たちや教える教師の様子を見させていただくだけでした。私は、特に何もしていませんが……」
私が不思議に思いつつも王妃様をみれば、王妃様は笑みを深めて紅茶の入っているカップへと手を伸ばした。
「そうなの。それは意外ね」
「そ、そうですか?」
王妃様は手に取ったカップを口元へ運び優雅に紅茶を飲み込む。優雅で自然でいながらたっぷりの間をおいた王妃様は私をちらりと見た。
「実は貴女の学院の時の担任であるダニエル・ギラルディからお話を聞く機会があって、在学中の事についていろいろお話を伺わせてもらいましたのよ」
「そ、そうですか」
王妃様の言葉を聞いた私の頭によみがえったのはゲームで出てくる担任教師の顔だった。たしか、彼は赤い髪と特徴的なウルフカットをしたイケメンだ。そして、イケメンでありながら攻略対象ではなかったはず。
「レイラ、貴女在学中は友人と一緒に仲良く勉学に励んで、時に教えたりもしていたとか。それに、何をさせても人並以上に出来る人物で、周りを巻き込んで引っ張っていく人物だったとお聞きしたのよ」
「そ、そうですか。先生も王妃様を前にしてすこし緊張されたのかも……だから――」
私は背中に嫌な汗をかきながら答えた。
王妃様は相変わらず優しそうな顔を浮かべている。まわりにうふふふ、とでもいう言葉が付きそうなほどだ。
先生のいうその人物は、転生前の最終攻略に入ってた時の私だから、ゲームの仕様上高得点が得られるようになっていただけなんです! だから、あの時の私は私であって私ではないんです! という言い訳が口から出そうになる。
「あら、そうなの? それにしても、不思議ではない? 貴女がリベリオと婚姻してから私が誂えた家庭教師や講師の方々からお聞きする貴女とは随分違うような気がしてしまうのよ。……――ねぇ、レイラ自身はどう思うかしら?」
私は尋ねられた事を考えるふりをしながら、なんと答えるべきか考えた。
相手は義理とはいえ母だ。しかも、この国の女性では一番の権力者でもある。
そこで、私はふと、王妃様に私の状況を伝えたらどうなるだろうか? と考えた。
色々と厳しいところもあるけど、優しそうな見た目の女性だ。黒髪である事で母国でよく見た見た目に好感が持てる。
それに、ここで情の一つにでも訴え、お目溢ししてもらえるような関係を築ければ、今の私の状況を改善できるかもしれない。
なにより、私が転生者である、と告げる事でこの一年何の進捗もなかった帰還への道も何かしら開けるかもしれない。
私はゆっくり再び紅茶に口をつけた。そして、目のまえで微笑む王妃様をつぶさに観察する。
笑っているときに見えるえくぼはいつも通り存在している。私の返答を焦らす事もなく待ってくれる姿はそれだけで信用に足る人物のように思える。
その微笑みを見て私は、早計にも転生者であることを告げようと心に決めた。
なにより、あのふてぶてしいデボラを駒として使っている人物であるからには、とても優れている人物なのではないだろうか。そんな理由を最後に付け私は王妃様に神妙な顔を向けた。
「あの……王妃様、いえ、お義母様、実は大切な話があります」
ごくりと生唾を飲み込み、自然と手のひらに力がはいる。スカートの生地を強くにぎり、王妃様のアーモンド形の緑色の瞳を見た。
その緑の瞳は慈愛に満ちていて、私のどんな事でも受け入れてくれそうな、そんな器の広さを感じる。私はその微笑みに後押しされるように口を開いた。
「あの、驚かないでもらいたいのですが私……実は、てん」
転生者。まさにその言葉を告げようとしたところに丁度、というよりはかなりわざとらしい口調でロイスが会話に入り込んできたのだった。
「これは、これは姉上、ごきげんよう」
「――あら、ロイスでないの。ごきげんよう。一体どうしてここに? 前触れもなく現れるなんて、あなたでもそんな子供のような悪戯をするのね? 驚いてしまったわ」
全く驚いてなどいなさそうなゆったりとした口調で、王妃様は声のする方へ体を向けた。
そこには庭園を歩くロイスの姿が見える。少し息が上がっているように見えなくもないが、よくはわからなかった。
私は久しぶりとなるロイスとの面会に挨拶のやり取りをすると、気まずさからすぐさま紅茶の入っているカップへと視線を向けた。
※※※
あの後、ロイスが登場したおかげで私は王妃様に転生者である事を告げるどころか、結局なんの為に王妃様に呼ばれたのか、その本題すらわからないまま疲れだけ溜めてお茶会は終了したのだった。
しかも、登場したロイスが何の理由でやってきたのかというと、鳥のヒナの飼い方について王妃様と意見を交わす為だったらしい。全くもって信じられない。
――ただ、今なら思える事だが、あの”ヒナ”というのは何かの隠語だったのではと思う。
家庭教師から隠語について習った記憶はないけれど、きっと王家御用達の家庭教師すら知らない王族だけに伝わる隠語が何かしらあったのだろう。
その隠語がなんであれ、”ヒナ”の飼い方について二人の意見は食い違っていた。その事がきっかけでその後方向性の違う、王妃様含めリベリオとロイスの関係が険悪になったという噂話を耳にする事態になったのだろう。
今思い返せば、確かにこの頃からロイスとリベリオが前ほど気さくに話をする姿を見なくなったような気がする。
やはり”鳥のひなの飼い方”の話題には何かしらの意味が含まれていたのだろう。今となっては確認する事もできないが。
とはいえ、それは前世――未来である――の事なので、今日は関係ない。
本日は、普通の貴族令嬢としては一にも二にも参加したい王妃様主催のお茶会だ。
つまり、前世で散々注意や嫌味を言われ続け、出来る事ならもう関わり合いになりたくないなどと私が王妃様に思おうが、それはあくまでも無い未来――前世――の出来事で、この気持ちはそもそも存在しないものである。
だから、平凡な貴族令嬢の私は、嬉しそうな雰囲気にお花を散らし頬を緩ませる。今の私に求められるのはそれのみだ。
私は意気揚々とレースとリボンが愛らしい服装でスカートを揺らし、リズム感のずれた足音共に案内に従って進んでいく。
こつかつかつ、こつっかつこつかつ。




