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 青空を濃くしたような鮮やかな髪をまとめ、首のつまったカジュアルなドレスを身に着けたお母様は、どこぞの美少女か、と言わんばかりに目を輝かせて語ってくれていた。


 「初めての事で、慣れない事ばかりだったわ。もちろん、デビュタントに参加するまでみっちりと練習はしていたのよ?」


 反応を伺うよう向けられた目は、嬉しそうに細められ、その姿は愛らしくチャーミングだ。

 可憐な微笑みを私たちに向けるお母様は、年齢に見合わない美しさを携えているとこの時点で断言できる。


 その顔に浮かぶ笑みは、加齢など一切感じさせないハリとツヤで、私たちを仲の良い三姉妹だと勘違いするには十分すぎるほどの姿だろう。


 実際にかこにおいて、お母様を私の姉だと勘違いした同級生に、紹介を頼まれた事も一度や二度ではない。


 そのたびに私は同級生に眉を寄せお断りを伝える事になるのだが、私が寄せた眉の意味を介さない同級生のしつこく必死なお願いは、恋に憧れる私の心を辟易させ、荒ませるには十分すぎるほどだ。


 そして、現在何故お母様ばっかりモテるの?! と思っていた頃は既に通り過ぎ、今の私にとっての恋というのは甘酸っぱく美しいものではなく、嫌悪と侮蔑の対象となっている。


 恋に溺れるその瞳を目にすると、ときめきより先におぞましさや嫌悪感が優先され、一目散に逃げだしてしまいたいほどトラウマと化している。


 とはいえ、同級生がお母様をみて、胸をときめかせるのも仕方のない部分がある、とも理解してもいる。


 我が家は私をふくめ二人姉妹で、私の下に妹がいる。


 妹はすでに8歳という年齢になっており、それを考えれば、お母様がそれなりの成熟した年齢に達していると理解するのに、そう難しくはない。

 しかし、妙齢とは確実に言い切れないはずのお母様は、なぜかその美貌に磨きをかけ陰ることすらなく、未だ若さを保ち続け、社交界では美の女神と呼ばれ父と二人で脚光を浴びているらしい。


 ついでに、陰で口さがない人々によると魔女の妙薬を飲んでいると噂されているらしい。


 同じ屋敷に住んでいる身として、魔女などという不穏な存在と関わっているかもしれないと思われるのと癪だし、その事実を否定したいところであるが、家族である私から見てもお母様のがどのようにしてその美貌を保っているのか、全く検討のつかないほど謎である。


 確かめてみたいという好奇心が無くもないが、あのお母様の事だ、本当に魔女の妙薬が出てきたら怖いので、お母様の美貌について確認するつもりはない。


 当のお母様は、私がそんな事を私が考えているなんてこれっぽちも分かっていないが――いや、分かっていてあえてそうなのかもしれないが――毎年恒例行事となるデビュタントでお父様と出会った時の甘い思い出をその美しい声と唇に砂糖の塊と乗せて話してくださっているのだった。


 無駄に甘ったるい軽快な声とおとぎ話のような夢みる展開はようやく、デビュタントで王族から直接詔をもらった部分へとさしかかっていた。


 とは言っても、それもまだ話の導入部分である事は理解していた。


 私は未だ進まない話に短く息を吐き、ソファの縁に手をかけてこの話ができるだけ早く結末を迎える事を祈って、いつもより渋い紅茶を口に入れたのだった。


 ■


 一体何杯目の紅茶であろうか。そんな事を考えながら、空になったカップに紅茶を入れるように侍女に合図する。

 新しい紅茶が注がれ目の前に置かれるまでの間、私はそっと視線を庭へと移した。


 窓から温かそうな日差しに照らされた緑が風に揺られている音が聞こえ、心地よい昼下がりだ。


 なんと良い陽気だろうか、とサンルームから庭園をみていれば、庭師が丁寧に作り上げた美しい庭に蝶が周遊している姿が見えた。

 ふよふよと当てもなく動く独特の動きに視線をなぞらえ、蝶の進む先を追っていく。

 頼りない動きで、しかし確かな軌道を描く蝶の姿は、庭の奥へと消えていき、その姿を追いかければ――その先には、現在進行形で話題の王城の塔がみえてきたのだった。


 私はその姿を視界に映し、眉を寄せる。


 それからしばらくただ庭園を眺め無為に時間を浪費した後、頃合いを見計らうようにしてとちらりとお母様へと視線を向けた。


 お母様は私の動向など気にした様子などなく、話はようやく終盤に差し掛かっていた。


 「そこで、助けてくださったのが、誰だと思う?」


 目を輝かせたお母様は、体を前に乗り出し私たち姉妹の顔を覗き込む。


 私は隣に座る妹に視線をむけた。

 妹のステファニーは、手を固く握り、続きを促すようにお母様の顔を見つめ、無言のままに、続く言葉を待っていた。


 幼いころから聞かせられた両親の出会いであるデビュタントは、いつも様々な切り口で始まるが、大体がおとぎ話のような夢物語のような調子で展開される。


 話の内容を簡潔にいえば初めての舞踏会で、窮地に陥ったお母様を王子様(お父様)が助けてくれて、しかも、その後出会って話をしてみれば、あらかじめ決めれていた婚約者だったなんて、まるで、運命! ってな具合の話なわけだが。


 その手の話を聞いて、胸を焦がせるのは現在8歳の妹くらいだろう。


 すくなくとも、来年デビュタントを迎える予定の私が、お母様のようにデビュタントを迎え運命的な出会いを果たし、とんとん拍子に上手くいくとはミジンコほども思っていない。


 私の一つ年上に婚約者の無い王子がいるとはいえ、それを夢見る気にはさらさらなれないのだった。


 第一に、私の知っているかぎりそれ以外の女性に人気の貴族の子息は、お父様に始まり既に幼い時から内々に売約済みであり、内々の婚約者がいる。

 そうでない人物に限っていえば、人間的に問題があるか、お家の事情がかなり複雑であるなど、訳ありな人物が大半なのだ。


 つまり、お母様の語る夢物語が普通に考えれば、あり得ない事態だというのはお茶会などを通して、そのうちだれもが自然と知っていくものだった。

 かくいう私もその一人なのは当然なわけで。


 しかし、当時のお母様は知らなかったようだが。


 おかげで、デビュタントを迎える前の未成年の身分ではあるが、私はすでに『平凡』だの『一般的』だの『普通』だの『ありきたり』と言われている事こそ自らの人生に起こるイベントの最強ワードだと悟りを開いていた。

 だいたい、恋に恋するその眼はおぞましいの一言に尽きる。


 だからこそ、娘の私は仕組まれたであろうその非現実さに乙女のように語るお母様の純粋さに、辟易してしまうのだ。


 しかし、私と同じ様な髪色と瞳を持ち、お父様譲りの冷めた顔を持つ妹は、そんな事つゆほども思っていない。

 なんと幸せな事だろう、と素直に妹のまっすぐさに感心する。


 私は、早く話を終わらせるために紅茶で喉を潤しているお母様に話の続きを促すように口を開く。


 「それで、助けてくださった殿方はなんという伯爵様でしたのですか?」


 「そう、その時はとっても驚いたのだけど、なんと――お父様だったのよ!」


 お母様は両手を合わせ頬を紅潮させていた。


 おそらく、空に描いているであろう当時氷の貴公子と呼ばれていたらしい幻のお父様の顔を思い出しうっとりしているのだろう。


 「まぁ。その上婚約者だったのでしょう? それは随分驚きましたね、お母様」


 思わず出たあきれ声を隠すように視線をそむければ、その視線の先にいた妹のステファニーが、唇を尖らせている姿が見えた。


 「なんでお姉さまそういう言い方をなさるの?」


 私が答えに不満があるであろう妹のステファニーは、私を睨みつけ不機嫌さを露わにソファの端に置いてあるクッションを強く抱きしめていた。


 私はクッションを抱きしめるステファニーに体を近づける。すると、ステファニーは顔を横にむけてそっぽを向いた。


 なんと可愛げの欠片もないのだろうか。

 苦笑を零し、仕方なく私は無視を決めこんだ妹の耳に手を添え、お母様に聞こえないように小さく耳打ちする。


 「ステフだって、この話を何回も聞いてもう覚えているでしょう?」


 「それでも、主人公であるお母様からお話をお聞きしたいのです」


 顔を背けたまま、少しの怒りを声に滲ませたステファニーは、答えると私を全く怖くない顔で睨みつけてきたのだった。


 同じ姉妹だというのに、同じ話を聞いてこうも真逆の対応をとれるのかと、妹に感心し、目を開き、感嘆の声を零した。


 「まぁ、さすがね」


 私は己の無感動を心の中で嘆きステファニーに近づいた距離をもとの位置にに正して溜息をつき、すっかりさめきった紅茶を口に運んだ。


 カップごしにお母様を見れば、お母様も口元にカップを運んでいた。


 どうやらお母様の話が漸く終点をみたようだった。

 やっと解放されるであろう喜びに手に持っていたカップをソーサに戻しテーブルに置くと、ソファから体を浮かす。


 すると、お母様は手に持ったカップをテーブルに置いて、私たち姉妹の顔を見てからオレンジベージュの唇を引き上げて言ったのだった。


 「そうそう。今年は殿下が社交界デビューなさるそうだから、もしかしたら、お目にかかれる機会があるかもしれませんわね。リナリアなら、年齢的にも殿下の婚約者に選ばれても不思議ではないもの。それに春には学園も始まる事だし、――楽しみね?」


 ソファに腰を下ろしたままのお母様は、夢見る少女のように両手を合わせて相好を崩し、私にそう告げる。


 「そうですか。そういった話は私よりもステファニーにしてくださいまし」


 チラリと夢見がちなステファニーを横目で見やり、気のない返事をすれば、お母様は不満げに眉をよせ、何か言いたげに一瞬眉をよせた。


「それでは、わたくし部屋にもどって先生から出された課題を片付けてまいりますわ。お母様、ステファニー、先に失礼しますね」


 私はこれ以上お母様の話に付き合う気はなく続く言葉を聞かぬように、笑みをむけたまま告げ、さっとその場を離れた。


 足早に離れたドローイングルームの扉をしめ、その扉を背にして扉によりかかると、息をついて天井を仰ぎ見た。

 そして、すぐさま耳を澄まし扉のむこうにいるであろう人々の様子を伺うように、扉に耳をピタリと寄せ、扉の向こうの音に耳を傾ける。


 続く声もなければ、気配もない。


 それに一安心し、扉から耳を話すと自然と詰めていた息を再び吐いて、緊張に力の入っていた肩を落とした。


 「それにしても、今更だけど、デビュタントと王子って組み合わせ何か引っかかりがあるような……?」


 人差し指を顎に当てながら、どこだったかな。と考え再び天井に視線を移す。


 我が家の天井はなんの変哲もない白い壁である。


 デビュタントと王子の組み合わせについて考えた瞬間、白いはずの天井に、どこか見覚えのあるデフォルメされた夜会を描いた絵画がブロックノイズが入ったように映し出される。


「わたくしったら、あんまりにもお母様の話が非現実すぎてとうとう幻まで見れるようになるなんて……」


 眉を寄せて少し考え、その不思議な出来事に見間違いか、と一言で片づけ自室に向かった。


 その後、私、リナリア・ロドリーグは、自らの行動に無い記憶を思い出した。

 その事実に驚き真夜中に大声を出し、そのまま酩酊状態に陥ったまま倒れこみ、翌日お母様から逃れたはずの小言を言われる羽目になるのだが、この時の私はまだ知る由もない。


改稿(6/14)

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