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 お父様との話が終わり執務室を後にした。

 社交界デビューしてすぐに大役を引き受けてしまったわ。と、自分の成長に心をときめかせ、頬が自然と綻ぶ。

 廊下をふんふん、と鼻歌を歌い小躍りしながら歩いていく。


 自室につき、侍女に頼んでお風呂をはってもらい、湯舟へつかると本日の苦労をねぎらうように体を洗う。

 お風呂を終え寝る支度を大方整えると、侍女がタイミングよくお茶を用意してくれた。ありがたい。


 ふぅ、と体から力を抜くように息を吐き、それからすぐに侍女に下がるよう退室の旨を伝えた。

 長々とお疲れ様です。明日はゆっくり起きる予定ですから、寝坊しても大丈夫ですよ。と、心の中で呟き、部屋から去っていく侍女へ笑みをむけた。


 侍女が部屋から去ると、私はベッドの方へ移動する。

 ベッドの布団をめくりながら、今日は色々あったけど、最終的にはお父様に大役を仰せつかって、有意義な一日……と、本日を締めくくろうと考えたところで、私は布団をめくる手を止めた。


 「待って、待って、待って?!」


 独り言をつぶやき、めくった白いシーツに集中する。

 そこには丁寧に整えられシワ一つないシーツが見えるだけだ。しかし、問題はシーツなのではなく、気づいた事実の重大さだ。

 血の気が抜けていくような感覚を覚え、私はベッドの縁にへたり込んだ。


 「ど、どーすんのよ! リベリオの婚約者候補になったら、ロイスの攻略を妨害出来ないじゃない?!」


 その言葉を今更になって吐き出し、漸く私は本来の目的を思い出した。

 ぼうん、とベッドのスプリングが私の拳の衝撃を受けむなしく寝室に響いていた。


 ※※※


 翌日私は目元にくまを作り、いつもより毛穴の目立つ顔で食事室にやってきた。

 寝坊する予定だったが、何故かそれとは逆に寝不足になってしまった。頭がぼぉっとするが、仕方ない。


 昨夜はいろいろ考えて、何もまとまらず時間だけを無駄に消費してしまったのだった。


 そもそも、前前世の私のゲーム攻略の妨害という理由からあの庭園に向かい、ロイスに出会うという事態になったわけだが、何故寝る直前までその事を忘れていたのか。その事を問いただしたい。

 自分で自分が信じられなくなりそうだが、それは考えても仕方ないので、諦める事にした。

 過去には戻れない、そういうものだ。……――そう簡単には。


 ため息をつきテーブルの前の椅子に座る。


 目の前には、私が座ったタイミングで朝食がサーブされた。


 今日の朝食は、パンとサラダに鴨肉のロースト、そしてオニオンスープ。

 食欲をそそる香りがたちが鼻腔を刺激する。その香ばしい香りを胸いっぱいにすいこみ、両手を合わせた。


 「今日もとっても美味しそうね」


 頬を綻ばさせ、朝食に手を付ける。

 ぱくりと、口にサラダを入れたところで食事室の扉がバンっと普段なら聞かないような音を立てた。

 ちらりと、食事室の扉へ視線をむけたが、その人物が想像通りの人物であると分かると、私は何事もなかったかのように食事を続けた。


 そう、今の私に必要な事は戦う前の腹ごしらえ。それのみである。


 「お姉さま!!」


 まず初めにサラダを咀嚼する。しゃくしゃくと歯ざわりが心地よい。今日のドレッシングはさっぱりとしていて、寝不足でも体にやさしいような気がした。


 「お姉さま!!」


 次は、鴨肉のローストにフォークを刺した。ナイフで肉をきりながら、その様子をつぶさに観察する。

 柔らかな肉はナイフをするりと受容し、押し込まれたフォークからきらきらと流れる肉汁がなんとも食欲をそそる。

 切り終わった鴨肉を口に含み、頬を綻ばせた。おいしい。


 「お姉さま!! いい加減、無視なんて子供っぽいことはおやめくださいな!!」


 私の隣に腰を下ろしたステファニーは、私の食事を止めるように何度も呼び掛けていた。

 それを無視して再び鴨肉へとナイフを使って一口大に切っていく。


 ふむ、この色どりに添えられている濃厚なソースがまたさらに鴨肉と合わさる事で豊潤なうまみへと私の味覚を引き上らせていく。

 おいしい。その一言につきるのだけど、こんな食事を日常で味わえるのだから、やはり平凡というのは最高に違いない。


 私が、鴨肉を味わっていると、とうとう痺れをきたしたらしい、ステファニーが私のフォークを持つ手に手を重ねた。

 不機嫌に眉をよせ、ステファニーの手を睨みつける。


 「お姉さま、いい加減観念してください。そんな事をなさるから、私よりも幼くみられるのではありませんの?」


 思わずステファニーへ視線をむけた。

 不快を露わにステファニーを見ると、待ってましたとばかりに嬉しそうな顔をしていたステファニーと目があってしまう。

 そして、次の瞬間、私の視界いっぱいに紙の束を差し出した。


 「お姉さま、おはようございます。私にこの事について詳しくお話ください」


 視界いっぱいに埋まる紙の束を押し返し、紙束の横からステファニーを見る。

 そこには、私に怒られるかもなどとは一切考えていないうれしさが滲み出た顔で、いまかいまか、と私の言葉を待っているステファニーがいた。


 「おはよう。今日はえらく騒々しいのね。熱はもう下がったの?」


 「ええ、はい。それはもう、すっかり良くなりました」


 ステファニーがわざと子供扱いする事は今更なので、流すとしても、何がそんなに聞きたいのか。

 訝しみながら、押し返した紙の束を受け取り、ざっと目を通す。


 視線が紙の下に下がっていくに従って次第に握られていた紙の束を握りこむように力が入り次第に紙の束はその形を歪にしていった。

 最後結びを読み終えた私は、耐えられない、という心情が口から業火のごとく飛び出た。


 「だれが、ロイスのお気に入りですって!?」


 その瞬間普段は完璧にマネキンと化している使用人が、珍しく手に持っていた食器を落とし音をたてた。

 ガチャンと聞き慣れない食器の音に反応してすぐさま、従僕が謝罪の言葉とともにそそくさと部屋をさっていく。

 あっという間に食事室にはいつもと変わらない平穏な空気が流れた。

 するとすぐさま使用人の事など一切気にしていないステファニーが、私の腕に手を添えて尋ねてきた。


 「ね、ね、お姉さま。昨日いったい何があったのか教えてくださいまし。この手紙にかかれているロイス殿下というのは、”あの”ロイス殿下の事でしょう?」


 歪な形となっていた紙の束からステファニーに顔を向ける。きらきらと目を輝かせ、幼さの残る頬は赤い。

 明るい水色の髪はくるりとカールして、前々世におけるお姫様と言われたら納得の出来栄えだ。

 そのステファニーは、この手紙の内容の詳細を聞きたいが為に、私の朝食の手を止めたという事がようやく理解できた。

 これが、噂に聞き及んでいた夢見る乙女というものか。お母様の話の影響がこんなところで発揮されようとは。


 私は紙の束をテーブルに置き少し手で伸ばすと、再びお皿へと体を向けた。

 一つ深いため息をつき、再び肉を一口大に切り始める。


 「一体何をさして”あの”と言っているのか知りませんが、いいですこと? ここに書いてある事は全て……とまでは言いませんがほとんど妄想ですわ」


 私の言葉にステファニーは訝しげにこちらを見ていた。


 「お姉さま、いくらなんでもそれは強引すぎるのではありませんか?」


 「強引も何も、ありえませんもの。わたくしがロイス殿下のお気に入りで、手をつないでいた、だとか、今にもキスしそうなほど顔を寄せられていたとか。そういった事は一切ありませんのよ」


 私が落ち着き払って伝えれば、ステファニーは、唇を不満そうに突き出して尚も食い下がった。


 「お姉さまがいくらそういっても、誰も信じはしないわ」


 「そうはいっても、事実が常に真実だとは限らないでしょう? それに、ステファニー、ロイス殿下とわたくしとでは年齢も見た目も理想まで、何もかもかけ離れ過ぎていて釣り合わないと思わない?」


 ロイスは攻略対象であり、ロイヤルプリンスでもある。つまり、平凡や普通といったものからはかけ離れた男であることは間違いない。

 そんな男の隣に並ぶ女性が私のような普通を体現した女性など、社交界の誰もが許さないだろう。

 もちろん、私だって許さない。誰が悲しくて再び王家に嫁入りなどするものか。


 「それは……そうかもしれませんが」


 ステファニーの返事が鈍くなってきたところで、私は鴨肉を次々と口の中にほうりこみ、咀嚼する。


 「……ですから、そこに書かれている事は作り話よ。分かったなら、貴女も食事になさい。朝は全ての始まりよ」


 ステファニーに言うと、パンを手にとり一口大にちぎった。

 焼き立てのパンはバターの香りがして、ふわふわと柔らかい。

 そのパンを口にふくもうとしたところで、再び豪快に食事室の扉が開いた。


 私はその音を出した主を確かめるべく、扉に視線を向けた。

 すたすたといつも以上の速足で近づいてくるのは、お母様その人で。


 私はげんなりとした気持ちと共に手にとったパンをお皿に戻した。

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