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16


 帰宅後、着替えを済ますとすぐにお父様の執務室に呼ばれた。

 声をかけ了解を得て入室する。

 お父様は着替えもせず、部屋の奥まったところに置かれた机の後ろの窓から夜空を見ていた。


 お父様がガラス越しに私の姿を認めると、早速とばかりに尋ねられた。


 「リナリア、本日ロイス殿下と一体何があった?」


 私は執務室の机の前で立ち止まり、困惑に眉を寄せる。

 お父様の尋ねる事の意味が理解できず、そのまま顔を見ようとガラスに映るお父様へ視線を移した。


 ガラス越しに見えるお父様の瞳は、夜の黒に映えるネオンブルーだ。うっそりと映る見慣れた青い瞳は、気のせいか普段よりも気難しさを増しているように感じる。


 あら、お父様、もしかして何か困っていらっしゃる?


 いつもと変わらない気難しい顔にすこしばかり、眉間の皺が濃くなりすごみが増している。

 お父様の顔から伺える困惑に思い当たる理由がなく、私は指を顎に添え首を傾げた。


 「何か、とは……? ロイス殿下がご説明なさった通りで、わたくしから特にお伝えしたい事というものはございませんけれど」


 言い終わったおと、一拍置いてからさらに言葉を続けた。


 「――強いて何か言うのであれば、ロイス殿下が、小動物を愛好しているという体裁を包み隠さず、その趣向を私に向けてくれたのは意外でしたが」


 未だ、ロイスにとっての目的が何だったのか、見当はついていない。

 あの後、ロイスの目的が何であるか、可能な限り考え尽くした。しかし、考えれば考えるほど、ロイスの目的がわからなくなっていったのだった。

 そして、最終的にたどり着いた目的というのが、ロイスがペット好きという事を周知させ、新たな産業を生み出そうとしている、という、非常にあり得ない結論に辿りついたのだった。


 「ではなく、殿下に何か言われただろう? 随分お前に執着しているように見えたが?」


 言われて、私は首を反対に傾げた。


 はて、何か言われたといえば、確かに色々言われはした。


 私は既に薄れつつある記憶の中から、ロイスに言われた事を思い起こそうと考えた。しかし、お父様に伝えておかなければならないような会話をした記憶はない。

 むしろ説明が困難な出来事の方が多いため、この場合は流すに限る。


 「たしかに、会場内で終始異常なほどわたくしに愛想を振りまいていたように思われますが、それはロイス殿下のペット好きを周知させる目的があるのではないかと、推測しているのですが違いますか?」


 お父様の質問に意味がわからないと言いたげに首を傾げたまま眉間に皺がよっていく。

 私の言葉を聞いた父は普段以上に訝し気な表情をして、深いため息をついた。


 「……なぁ、リナリア我が家がどういう立場であるか知っているか?」


 改めたように尋ねられ、私はさらに首をかしげる。

 確かにお父様はロイスと話をした時きまずそうな顔をしていたけれど、それと今の質問には一体どんな関係がるのかしら? と疑問を浮かべ、お父様の言葉を繰り返す。


 「立場、ですか? それは、政治的な――という意味ですか?」


 確認の意味も込めてお父様に尋ねれば、お父様がゆっくりと頷いた。


 「そうですわね。まず、我が家は侯爵という爵位を王家から賜っております。

 その我が家は爵位を賜って以来中立派の一角としてその立場をになっており、よく言えば慎重、悪く言えば日和見主義を貫いております。

 それに合わせて、我が家の伝統的な風見鶏な気質が有利にはたらいた家業である商いが現在非常に好調ですわね。

 加えて、現在お父様は外交の長という立場を担っており、現在お父様は王城務めをなさっておいでですわ。

 その事を合わせて我が家の立場といいますと……」


 確認するように言葉を吐き、腕組みをしながら、視線を彷徨わせる。

 知っている情報を一つにまとめようと、一度言葉を切った。

 こちらを向いたお父様が続きを促すように、立場というと? と私の言葉を復唱し、私はそれに続く形で再び口を開いた。


 「――経済活動と人脈を出汁に王家に取り入っている侯爵家、というところでしょうか?」


 どうだ! と言わんばかりに胸を張って答えれば、お父様は再び深いため息をついて目を伏せた。

 お父様のがっくりと肩を落とす姿を見て、私の張った胸がゆっくりとしぼんで背中が丸くなっていく。


 「なぜ、そこまでいって、最後に導きだされる結論がソレなんだ……」


 ちらりとこちらに視線をむけたお父様が小さく呟いた声は、執務室にはっきりと響き、私は項垂れた。


 お父様に何故と問われても、そう思ったから、以外の理由は分からない。

 むしろ、お父様の反応を見て自信満々だった回答に対して、不思議と半信半疑になってしまったといってもいい。


 私が言葉もなく項垂れていると、お父様がごほん、とせき込んだ。私はその合図とともに姿勢を正す。


 「そういった見方はあるにはあるが、リナリア、お前もよく知っているだろう? 我が家の家業がどういったものか」


 お父様の言葉に私は、神妙に頷きながら返答をした。


 「お父様それは、よく存じています。わたくしたち侯爵家はロドリーグ商会という商会を運営する非常に異質な貴族。しかし、商人という姿は表の顔で影では情報を秘密裏に扱う怪しい一族ですわ」


 私の答えにお父様は眉をよせ納得のいってない表情を浮かべていたが、それを言葉にすることなく私に背を向ける。


 ……確かに怪しいは余計でした。ごめんなさい。


 申し訳なさにかるく頭を下げた私を窓ガラスから見つめたお父様は、再び話を始めた。


 「なら、今の状況がどういう状況かという事もわかっているだろう?」


 言われて私は再び首を傾ける。


 「お父様、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」


 お父様は私の声に反応してか、小さく頷いてみせる。


 「確かに、今日のわたくしの行動は褒められたものではありませんわ。でも、あれは――ロイス殿下が私を出汁にして、小動物愛好家だと知らしめようとしたおかげなので、わたくしお父様から注意を受けるような……」と告げたところで、お父様が「リナリア」と私の名前を呼んだ。


 名前を呼ばれ口をつぐんだ私は、お父様の背中を見つめ、その反応を待った。


 「ロイス殿下が小動物を好んでいるという話は一旦置いておきなさい」


 お父様に注意され、私はさらに首をかしげる。


 だって、今日殿下私を引きつれてお父様の前に現れた事が問題だと言いたいのでは――? と疑問を眉に乗せてお父様の背中に念派を送る。

 お父様は、ガラス越しに疑問を浮かべている私の顔を見て深いため息をこぼした。


 「とりあえず、リナリアが現状を理解してないというのはよくわかった。しかし、今日の出来事でリナリアの婚約話が立ち消えになったら、どうするつもりだ……?」


 予想もしていなかったお父様の言葉に、寄せていた眉が上がる。


 う、そ……。

 今の今まで一切その手の話をしないお父様の事だから、親ばかよろしく私を当分結婚させないつもりでいるのだろうと高を括っていたけれど。

 まさか、私の知らない水面下でそんな喜ばしい話が進んでいたなんて。


 お父様の言葉に、私はすぐさま今日一日の出来事を思い出す。


 もしや、お相手というのは今日ファーストダンスを踊ったお父様の友人のご嫡男であるニーノ様かしら。

 それとも、笑顔が素敵なミケレット家の次男で騎士団にお勤めだというダニーロ様かしら? と私の婚約相手について検討し始める。


 そこで、はたりと、それよりも先に確認すべき事があるという事に意識が向く。

 不安な気持ちを乗せ、未だにこちらを向かないお父様におずおずと尋ねた。


 「もしかして、今日の出来事でわたくしの婚約の話が白紙に戻されるなんて……」


 続く言葉を自分の手で覆い隠した。

 これ以上言葉が出てこない。折角手に入れらる平凡な幸せを逃しそうになっているなんて、確認するのも恐ろしいような気がした。


 「いや、それはないだろうが……。もし、今日の事がきっかけでロイス殿下との仲が深まるようでは、選ばれたリベリオ殿下の婚約者候補から即座に外されてしまうかもしれん」


 ガラス越しに私を見たお父様は溜息交じりに告げ、私はその言葉に息を完全に止めた。


 ほわっ?! 今、お父様はなんて言いなすった? リベリオ殿下の婚約者候補?!


 再び、驚き露わにお父様を見た。


 お父様は、伝えるべき事は伝え終わったとでもいうように、ガラス越しに空をみるのを止め、執務室に置いてある棚へと向かっていた。

 棚からロックグラスと六角柱の蒸留酒が入ったガラスボトルを出し、執務机にグラスを置く。

 雑にお酒を一人分注ぎ、手に取って色を確かめる。


 私はその様子を何も言わず見つめていた。


 お父様が一口、注いだお酒を煽った。


 私は、お父様の言葉が嘘であってほしいという希望を抱きながら、震える声で尋ねた。


 「あの……、お父様。今、もしかしなくとも、わたくしが、リベリオ殿下の婚約者候補に選ばれた、とおっしゃいました?」


 私の質問にお父様はすぐ返答する事なく、顰め面をしてグラスを見ていた。


 もったいぶるなんて、そんな、無体な!


 相当辛いのか、きついのか、美味いと思っているようには見えない顔をグラスに向けた後、顰め面を解いたお父様が私のほうへネオンブルーの瞳をちらりと向ける。


 「そう言ったつもりだったが、何か問題でもあるか?」


 「問題あるかって、問題ありまくりでごさいますわ!」


 なんでまた、日和見主義の我が家が王族の婚約者? しかも、相手はリベリオだなんて、ちょっと本当に勘弁してほしい。


 不満たっぷりにお父様に告げれば、私の言葉遣いに不満をあらわにするでもなく、片方の眉を持ち上げたお父様が不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。


 「一体何が、問題だというんだ?」


 お父様は、いつもと同じような口調で答え、再びグラスの中の酒をあおると、空になったグラスに再び琥珀色の酒を注いだ。

 私はそのいつもと変わらない姿勢のお父様の行動を見て、一瞬にして全て理解してしまう。

 ぱちぱちと瞬きをしてみせ、お父様が伝えようとしている事を整理しようと、心を落ち着ける。


 「お父様、我が家は目立たず、長いものに巻かれるのが家訓なのでございませんの?」


 確かめるような口調でお父様に告げた。

 お父様は、執務机の椅子に座って、再び夜空を見ていた。

 ……一体、空に何があるというのか。ただの夜空が少し気になる。


 「……それは、カテリーナか家庭教師が言ったのか?」


 私はその言葉に首を横にふって答える。


 いや、これは私が勝手にそう思っていただけです。お母様は関係ありません。


 お父様は私の行動にため息を一つ落とし、遠くを見るように目をほそめた。

 ガラス越しに私を見つめるその表情は、別の事を思い出しているように見えた。


 「確かに、我が家の先祖も私もそういう質が無いわけではない。だが、次期王と名高いリベリオ殿下の婚約者候補に選ばれるというのは、それだけでも名誉なことだ。何を嫌がる必要がある?」


 細められたお父様の目を見て私は表情を固くしていく。

 一体お父様は私に何をさせたいというのか。


 「お父様、もし、この婚約者候補という立場を辞退したい――とわたくしが申しましたら、お父様はどうなさりますか?」


 「どうもしない。リナリア、これは確認事項ではなく、決定事項なのだ。リナリアが何を言おうと、決定を覆すのにはそれ相応の覚悟というものが必要だとリナリアもよく知っているだろう?」


 尋ねられた私はお父様の言葉にゆっくりと頷いた。


 「それに、何も婚約者候補に選ばれたからといっても婚約者になるとは限らない。候補の中には、リベリオ殿下と幼い頃から共に過ごしていたコルテーゼ公爵家のメイリーンもいると聞く。おそらく、我が家は派閥のバランスを考えて選ばれたに過ぎないだろう」


 お父様の言葉を聞き、安心の吐息がこぼれる。


 なんだ、そういう事なら早くいってほしい。私はただのバランスを考えて選ばれたただの駒という事か。


 お父様の言葉にリベリオの婚約者候補という衝撃が和らぎ、安心が私を包んでいく。

 よかった。という言葉を心の中で繰り返し、再び王妃となるかもしれない可能性がほとんど皆無だという事に胸をなでおろす。

 そして、改めてお父様にむけ、礼をするような姿勢をとった。


 「わかりましたわ。では、わたくしは一体なにをすれば?」


 私の言葉がさして意外ではなかったのか、お父様はとくに態度を変えずお酒を口に含んだ。

 しばらく沈黙が続き、お父様が口を開く。


 「……リナリアの婚約者にリベリオ殿下がもったいないお方だと思うのなら、将来王妃たるに相応しいと思う方を助けてやりなさい」


 お父様の言葉に私は静かにうなずいた。


 「わたくし、この大役しかとお受けいたします。しかし、その後、何かあって婚約者の立場が叶わなかった場合、別の婚約者様には平凡で至って普通で特徴のないお相手をご用意していただけると嬉しうごさいますわ」


 顔を上げ、にっこりとほほ笑めば、お父様は再び難しそうに眉をよせ「あぁ、考えておこう」と先ほどより幾分か覇気のない言葉を返してくれた。


 やはり、お父様は親ばからしく、私の結婚を歓迎できない質らしい。


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