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15


 「そなたは床が好きなのか?」


 私が過去に捕らわれている事など知らないロイスは意地の悪い声色を乗せ、体を私の方に傾けた。

 私の顔を覗き込むような姿勢に、自然と進む足は止まる。


 私は床に伏せていた視線をあげ、その声色とは真逆の気遣うような態度のロイスを睨みつけた。


 ロイスの整った顔を視界に映しながら、なぜ、ロイスは王族なのか。不快を示すのにも気を遣う。と考えながら目を細めてロイスを見る。

 しかし、すぐさま首を横にふって表情を解き、笑みを浮かべた。


 言葉もなく返答した私にロイスは器用に片方の眉を持ち上げる。


 「ほぉ?」


 その知っているけれど、あえて知らないふりをしてあげますよ、とでもいうようなロイスの怪訝な顔がとても腹だたしく感じ、ロイスから見えないであろう手を強く握った。


 拳を握ればせめて何か報復を、という気持ちが高まってくる。

 仕方ないのでもう、二度と貴方の策略にはまってあげませんからね! という強い思いを込めて眉を少しだけ寄せた。

 口を真一文字に結び、睨みつけたい気持ちを抑えロイスをひたすらガン見する。


 少しの間にらみ合っていると先にロイスが眉を下げ、楽しそうに鼻で笑い、すぐさま満面の笑みを浮かべた。

 そして、突然私の頭部を抱きしめるような形で私を包み込み、耳元に向け小声で囁いた。


 「そんな下から睨みつけても、大した威力はないぞ?」


 皮肉たっぷりにそう告げたロイスは私から体を離し、再び、エスコートの姿勢を取る。

 離された私の手を違和感なく自然にとり、ロイスの腕に絡ませる。

 私は、ロイスのその行動に、非常に納得のいかないという強い思いを込めて再び威圧的な視線をむけた。

 お父様のように眉の様々なところに力をいれ、強面を作ろうと努力する。

 しかし、ロイスは私の威圧など意にも返さないどころか、少し笑いを堪えるように口元を手で押さえ笑みを浮かべていた。


 くっ……。これが、権力を狙う男の余裕か。


 腹立たしさを覚えつつ、ろくな反抗もできない私は、悪あがきに、顔をプイっと横にそらした。

 すると、愛想のいい笑みを浮かべたロイスは、前腕に添えられている私の手を優しく包みこむように反対のほうの手を重ねたのだった。


 それは、よく見るリア充エスコートと私が名付けた姿によく似ていて。

 いつだったか、蜜月真っ最中の彼氏が彼女を離さまいとするエスコート姿に憧れを抱いて名付けたものだった。

 私もあのように婚約者に大切にされたいという希望を込めて名付けたその行動を何故か今、ロイスにされてしまっていた。


 私は顔を横にむけたままだった顔をロイスにむけ、自分の手に乗せているロイスの手とロイスを交互に見た。

 必死でもの言いたげに訴えてみせたが、ロイスは私の行動に尋ねる事もせず前を向く。


 歩き出そうと足を前に出すその最後の最後でロイスが、「あぁ、そうだ」と、何か気づいたように呟いた。


 私はその言葉にやっと気づいてくださいましたか、とほっと息をはく。


 ロイスが私の方に顔をむけロイスと視線があう。その瞬間、ロイスに微笑まれ、多くの貴族が囲んでいる会場で、私の顔にかかるおくれ毛を周囲にみせつけるようにわざとらしく耳にかけてくれた。


 「こういうスキンシップが好きだときいてね」


 耳に髪をかける際、ロイスは私に仕返しだと言わんばかりの、たっぷり糊付けされた言葉を声を潜めることなく愛想よく告げてくれた。


 いや、そんな事は話した記憶すらないのだが。


 その瞬間、会場に集まるピンクや黄色のドレスを身にまとった多くの令嬢の悲痛な、息をのむ音が広がり、次の瞬間には私とロイスを囲むすべての音が消え去られたかのように静かになっていた。やたらと静かな会場は、軽快な音楽がながれ、普段気にしない旋律がやたらと耳にこびりついた。

 ダンスを踊っている人たちも次第に違和感に気づいてか踊りをやめていく。


 一体どんな策略があって、私を巻き込もうとしているのか知らないが、ロイスの微笑みは私に一心に注がれている。

 私はごくりと生唾を飲み込み、目のまえのゲームでは殆ど笑う事のないはずのロイスを訝し気に見ていた。


 「なにか、私の顔についているか?」


 ロイスの言葉に訝し気な表情を解き、にっこりと笑う。ロイスの顔を観察するようにさらりと視線を上から下に動かした。


 「いいえ。ついてはおりませんが、”そのお顔に『ニタ』というお言葉が二度ほど乗りそうでございます”」


 この国の言葉ではない言語で、遠回しにニタニタとほくそ笑んでいる事はお見通しでございます。とロイスに告げれば、ロイスはさらに嬉しそうな顔を私に向けた。


 「そなたは、見た目に反して随分可愛げというものがかけているように見えるが?」


 先ほどよりも幾分か潜められた声でロイスが告げ、私の頭を犬猫のペットのように優しくなでた。

 最後に、ついでとばかりに耳の後ろを犬猫をくすぐるように触ってくれる。


 きー!! 私がペットのように容易いとでもいいたいのか!!


 王族であるロイスを睨みつけないよう細心の注意をはらいつつも、思わず顔に出る何この人!? という表情を眉に乗せてロイスを見ていれば、人垣の中からお父様が現れ、私とロイスに近づいてくる。

 それに気づいたロイスが、私にペットのように触れるのを止め、お父様に顔を向けた。


 「おぉ、ロドリーグ候。待っていた」


 現れたお父様に笑みをむけたロイスは、向かい合っている私の腰に手を回して答えた。

 ちょっと! イケメンでも、セクハラは犯罪ですよ!?


 腹をたてつつ、ロイスをみた。

 腰に手を回された私を見たお父様は、不思議そうに眉をよせ、私とロイスという組み合わせを交互に何度か視線を彷徨わせる。


 「これは……また、どうして私の娘と殿下が?」


 至極真っ当な疑問をお父様がロイスに向けるとロイスは淡々と事情を説明しだした。一通り説明を聞いたお父様は、納得の表情で言頷いていた。


 「なるほど、そうでしたか」


 その説明を聞いていた私は、顎が外れそうになるほど驚愕の表情を浮かべていた。

 ロイスの説明には全く一切の嘘はない。しかし、たまごがプリンになるほどの驚きが、ロイスの説明には存在していた。


 本来妙に勘のいいロイスの性格からして、草陰に隠れる怪しい人物を見つけたという時点で、その姿を補足し次第すぐさま容赦のない行動をとっていてもおかしくないのだ。

 それが、可愛らしい白いドレスに身をつつむ妖精が現れた……?


 それだけならまだしも、ロイスの説明にはロイスの真意を探ったりした私の不可解な行動が、ロイスの説明にはさくっと流されている。

 にもかかわらず、怪しい私と共に行動をしたがったのには、別の目的があった、という事だろう。そうに違いない。

 だから、可愛らしい私とのわずかな時間を共に過ごしたかったとかいう意味のわからない言葉は聞かなかった事にしよう。そうしよう。


 私はロイスの説明に合わせ引きつっていく頬を無理やり抑えてロイスへ視線を向けた。

 低い位置からの熱視線にロイスはこちらに顔をむけ、再びわざとらしく微笑みを向けた。


 「あの時は君を疑ってすまなかったね」


 「いいえ、あのように紛らわしい場所にいたわたくしにも問題が……。むしろ、疑いを持たれた時点で拘束なさる方が自然だというのに、あのように不可解な行動をとったわたくしを許して下さった殿下の寛容な対応になんとお言葉をお返しすればいいのか……」


 ニコリと笑いかけ、説明しなかった部分へ触れた言葉をはいた。しかし、ロイスにはそんな言葉さらりと受け流してくれる。


 「確かに、あの行動のおかげで私はそなたが人間であると理解できたのだ。しかし人間だと知れたからといって、目の前に現れた可憐な女性に手荒な事をして嫌われたくはないと思うのは男として当然の事だろう?」


 ぐいっとロイスは再び私の腰にまわしている手に力を込めて、体を寄り添わせた。ヲイ。


 「まぁ、そうでしたのね。”可憐な女性というのは一体どなたの事を申し上げているのか全く存じ上げませんけれど、”男性というのはそういうものですのね」


 再び都合の悪そうな言葉を他国語で吐きつつ、ゆっくりと腰に回っている手から距離を取ろうとする。しかし、ロイスは私の腰をがっちりガードして逃れられそうにない。

 全く緩みそうにないその手に触れ、ロイスを見つめ笑みを強めた。離してー!


 ロイスは私の顔を見て満足そうに笑った後、その笑みを解いてお父様の方へ顔を再び向けた。


 「……候もこのように愛らしい娘の姿が見えなくては、さぞ心配したであろう」


 腰をがっちりガードしながら答えるロイスの顔を見つつ、私の腰を支える手を何とか引き離そうと右手でロイスの手と攻防を繰り替えす。

 大きく細い手は予想以上に力があり、私の力では簡単に逃れられそうには無かった。


 「はい。本当に助かりました。娘は小さいころから、すぐどこかに消える癖がありまして……」


 ロイスの表面的な言葉にお父様も表面的な――すぐどこかに消えるというのは余計な一言だ――返答をし、和やかに会話が終わろうとしている。

 しかし、未だロイスは私の腰から手を離す素振りも見せず、がっちりガードしたままだ。


 小さな攻防を繰り返していると、ふと先ほども同じような状況だったことを思い出した。

 ロイスが頑なに私から離れようとしてくれない現状に、あれは、もしや、今のこの状況を想定した行動だった? だとしたら、それには一体どんな目的が――? という疑問が頭をよぎったところで、繰り返していた攻防防を止め驚いた表情でロイスを見た。


 私の瞳孔が開くのに合わせるように、突然攻防の手を止めた私を見たロイスの顔がこちらを向き、さらに嬉しそうに頬を引き上げた。


 「しかし、今日という日は私にとって良き日となった」


 腰を支える方とは逆の手で再び私の頬に優しく指で触れ、顎のラインをなぞっていくとすぐさまお父様の方へ顔を向ける。


 「ロードリーグ候とこうしてゆっくり話す事ができたのだからな」


 満足げな顔をしたロイスは、そう告げると私のがっちり抑えていた手の力を緩め、お父様に私を渡すように腰をそっと押した。

 その際、王子様な笑みを浮かべたロイスと、気まずそうに眉を寄せるお父様の双極的な表情を作った二人に私は首を傾げた。


 はて、ロイスが何かしらの目的の為に私をダシにつかったとするのなら、何故お父様は気まずそうに眉を寄せているのだろう?


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