14
会場内に問答無用でエスコートされた私は、さまざまな貴族の視線を集めながら、ロイスに恨めしい気持ちで笑みを向けた。
「殿下、なぜ、突然このような暴挙に?」
「そなたは私のエスコートが不服だとでも言うのか?」
ロイスの優雅な微笑みは会場にむけられ、私にしか聞こえないような顰めれた声で尋ねられる。
私はその王族らしい威厳に満ちた笑みをひねり潰したい衝動にかられつつ、も声を低くして答えた。
「わたくしが不服であるかどうかは重要ではありませんわ」
えぇ、重要なのは、あなたが私をエスコートしているという状況を如何に私と関係のないところに落ち着かせるか。
それが今の私にはもっとも重要な事のように思えたのだった。
私とロイスを囲むように集められる目は、山形になって卑しく光を放っているように見えた。
それらの目から奇異を表すような視線が空気にふれ、皮膚や呼吸をする空気に溶け、空気は重く濁っていく。その空気を吸い込む私の体は、普段以上に体の動きに意識を向けなければ動かないような気がすしたのだった。
まるで、視線に溶けた空気が体を傷つけているような、そんな感覚に、やはり、今世でもこの視線は好きになれない、と目を瞑った。
集まる視線から己が消えてしまいたい衝動を押さえるように、俯きがちに床へ顔をむけた。
※※※
聖女として、教会への礼拝は避けられる事のできない義務だった。
最近増え始めた公務の多くは何かと理由をつけ不参加としているが、聖女としての仕事だけは不参加が難しいものが多い。
本日私は、教会が管理している小教区に向かっていた。
小教区で私は聖女として人々の前で礼拝を捧げ、聖女パワーなる聖魔法でキラキラとダイヤモンドのような輝きを放つ光の粒ののエフェクトを放出するという仕事が待っているのだった。
いわゆる、プロパガンダという教会側の宣伝に駆り出されているだけなのだが、このエフェクトを見せびらかすためだけに朝早くから王城を出て、慣れない馬車に揺られている。
話によると、その小教区というのが王都の城からそこまで遠くない場所だと聞いていたのが、馬車に揺られる事四時間ばかり。
数度の休憩を挟めど、未だにその場所にたどり着くような気配がみられない。
馬車から見える街並みは王都の賑やかな趣など無かったように、木々が生い茂り、遠くには野生の草花が緑に色を添えていた。
時折、ガタガタと馬車が揺れる音のほかに鳥や生き物の鳴く声が聞こえてくるが、それ以外はとくにこれといった変化はみられない単調な道のりだった。
私は、馬車の中で、固くなった背中を伸ばすように両手をもちあげて、伸びをした。
いつだったかロイスから聖女の力が弱まっているのでは? と尋ねられ、その後数日は「大丈夫、大丈夫! 近々きっと帰れるし!」と高を括って見ないふりをしていた。
しかし、日を追うごとに、次第に本当に力が弱まっているのかな? という疑問と、それと同時に不安に駆られたのだった。
しばらくその不安と疑問を放置しておけば、しておくほどに私の中で大きな靄となって。それらは重くのしかかる。
そんな気持ちを抱えていても仕方ないので私は、問題解決のため、ゲーム中聖女のお仕事の一つであったポーション作りを決行する事にしたのだった。
清められた水――見た目は普通の水――を用意させ、その水が入った桶に両手を浸す。
目をとじ、水の感触を確かめながらゆっくりと呼吸し、その呼吸に合わせ手のひらに意識をむけると次第に手のひらが熱くなるのを感じる。
目をあければ、そこには虹色のポーションが完成していた。
私はその事にアンドのため息をつき、それと同時にやっぱりロイスの言ってた事は嘘か何かだったのだ、とロイスに腹を立てたのだった。
しかしそれ故に、聖女の仕事を断る理由が見つからず、なんだかんだと聖女の仕事をこなす羽目になったのだった。
ただ、聖女の仕事というのは地味に体力をガツガツと削るようだった。
ゲーム後半のようにポーション作りだけではMPをほとんど消費しない、などという事はなく。
作れるポーションには限度があるし、時には必要分のポーションをつくりながら、意識を飛ばしてしまう事もあったのだった。
その聖女のお仕事であるポーション作りと、その他の聖女ならでわの仕事が重なると、私は死んだ魚ような顔になって、へろへろに力なく歩くしかなくなってしまうのだった。
そのたびにロイスの優しい言葉を思い出すが、なんとなく聖女の力が弱まっているという事実を認めたくなくて、すぐにロイスのその言葉を忘れるよう死んだように布団について眠る事が多かった。
馬車は未だガタガタと揺れるだけだ。
景色も街の中に入ったとも思えず、街路樹が淡々と等間隔にならんでいる。
「はぁ、まだ……つかないのかなぁ」
小さくぼやいた声は隣にいた侍女がしっかりと拾い上げ、私の言葉に反応してくれる。
「あと、半時間ほどで目的の街も見えてくるとおもいますが、一度確認しましょう」
慣れた様子で馬車に揺られている侍女は、馬車の窓を開けると近くにいる騎士に品よく後どれほどで到着するか尋ねていた。
この少女は、最近ロイスが推薦して私付きの侍女となったどこかの貴族の娘だという。
その見た目は私とさしてかわらないどころか、少しばかり幼くみえる。
分厚い瓶底眼鏡と髪の色がほとんどみえない白いスカーフのような帽子をかぶり、デボラとは違い、基本的に家具のように存在を消し顔を伏せているので何を考えているのかよくわからない女の子だった。
貴族の令嬢に生まれたら、一生遊んで暮らせして、いきいきと天国のような極楽な人生が送れるのだろうと思っていたけれど、貴族の生まれだというこの少女の根暗な行動を見るに、どうやらそうではないのかもしれない、と世の中の世知辛さを感じてしまうのだった。
今日は珍しくデボラに変わってその少女が私の侍女として同じ馬車に乗っていたのだった。
少女の問いに騎士は、一度馬車から離れ先頭にいる騎士に確認をとっていた。再び馬車の窓を軽くノックしてからその少女に何事かを伝える。
少女は「ありがとう」と笑みをむけ礼をいって扉を閉め、同時に日差しを遮るカーテンを素早く引いた。
カーテンを引く時にはすでにいつもの無表情に戻っていたが、私はその時初めて、家具の様に感情を表情に乗せない少女の表情が動くのを目にして、目が点になった。
そんな驚いた顔をしている私を気にする事なく少女は淡々と必要事項を教えてくれる。
「確認いたしましたら、この後小休憩を一度はさんで、その後半時ほどで目的地に到着するとの事です」
私はその報告を聞き「え~~」と不満げな声を出す。
ちらりと再び少女の表情が動く事を期待して視線をむけたが、少女は特に私の不満な声になどかまわず、
「聖女様も慣れない馬車の移動におつかれなのでしょう。後ほどの休憩する場所で少し散策などされて気分転換をしてはいかがでしょうか」と顔をふせながら答えてくれた。
育ってきた環境が違うとはいえ、自分よりも年下の侍女に大人な対応をされ、さらに気づかわれつつも、やんわりと窘められるような口調に居心地の悪さを感じ、眉を寄せた。
ちぇっ。私にも笑ってくれてもいいんですよ!
小休憩となる場所は広く開けた野原が見える場所だった。
野原には小さな草花が咲いており、その一つ一つを観察するようにゆっくりと歩き始める。
そして、一つの草を見つけるとその草を手で遠慮なく折った。
その草は雑草として日本にいたころよく草相撲をしていたものだった。
いつだったか、とあるきっかけでこの草がこの世界でも便秘改善の薬になるという事を教えてもらった事があった。
その時の出来事以来、こうやって気づいた時に教えてもらった雑草を集め、集めたものを王城の薬師にこっそりと渡し、薬を作ってもらう事にしている。
その調合してもらったものを侍女に頼んで街の薬屋に売ってもらい、そのお金の何パーセントかを侍女と薬師、そして、残りは私のポケットマネーとして懐に収め、何かあった時にすぐ使えるお金として稼いでいる。
野原を移動し邪魔にならない程度の雑草を収穫した私は、満足いく収穫物に気分が高揚していた。
あぁ、お金を稼ぐって素敵ね! と労働の幸福を味わいつつ、空にみえる太陽に手をかざした。
白く華奢な手は爪の先までも綺麗に整っている。
雑草の緑色の汁が少し手を汚していたが、手のひらから透けて見える血潮はほんのり赤く、そしてきらきらと光っているようにみえた。
そして、ふと私はここでゲームエンディング近くに使うような大規模聖魔法を試してみようという気になったのだった。
この聖女パワーは、大規模の癒しを与える回復魔法で、健常の人が触れても何の害もない。逆に聖魔法が弱点である、人間にとって良からぬものには大きな被害を与えるのだが、その被害は心配するだけ無意味という事で、私はニコリと怪しく頬を引き上げて笑みを作った。
広い野原をぐるりと見まわして、周囲を確認する。
私の背後には存在を消した影のように例の無表情な少女が顔を伏せて付き添っており、少し離れたところに騎士と馬、そした私が乗っていた馬車がみえた。
私は、それを確認すると特に何を告げるでもなく、深呼吸してから空に手をかざした。
「はあ〜〜〜〜っ!!」
天にかざした手をもう片方の手で抑え、そこから放出されるであろう光に身構えるような姿勢をとる。
そして、ゲームのエンドで使えたような、大規模の白く光るエフェクトが天からふって……くるはずなのだが、おかしい。
空は変わらず青いままで、ゲームのように天の祝福っぽいエフェクトが全く見えない。
私は首を傾げ、おかしいなぁ、と小さく呟きながら、己の手をじっとみつめた。
その後、何度か同じような事を繰り返したものの、特に変化は見られず、最終的に
「聖女様、そろそろ馬車のお近くに戻られた方がよろしいのではないでしょうか」と少女な侍女が顔を伏せ気味に告げたところで、私はにっこりとほほ笑みながら
「わかったわ」と何事もなかったかのような態度で馬車の方へ歩を進めた。
この日、私は大きな聖魔法が一切使えないという、事実を目の当たりにしてロイスの懸念していた魔力が弱っているという可能性を感じ取ったのだった。
それは私にとって、唯一の居場所だと思っていた聖女という立場を揺るがすかもしれない出来事だった。




