13
コルテーゼ公爵令嬢のメイリーンを大人にしたような人物を認めたロイスは私たち三人の輪を崩し、メイリーンらしき人物に体を向けた。
自然と私に背をむけるような形になったので、私はリベリオにだけ辞去を伝え、こっそりこの場を去ろうと考えた。
ふふふ、と笑みをこぼし、伏せていた顔を上げリベリオの方を向ければ、リベリオはなんとも形容しがたい、困ったような、きまりの悪そうな、それでいて期待するような顔をしていた。
そんな顔、結婚していた前世ではほとんど見た事が無かったと、心の中でなんともいえない複雑な感想をこぼしリベリオを見ていると、リベリオが私に気づいてくれる。
「どうかしたか?」
尋ねられ、私は反射的に前世と同じようにニコリと笑う。
「あの、大変申し訳ないのですが、わたくしそろそろ会場に戻らないと……」
小声で話しかけたものの、リベリオはロイス達の方顔をむけたまま、気を取られているのか、返答がない。
返答がなければこの場を去るわけにもいかないので、必死になって、リベリオの横顔をガン見していれば、やっと気づいたらしいリベリオが、
「――すまないが、もう一度いってくれないか?」という声を上げる。
しかたなく、私はリベリオに断りを入れてから距離を詰めた。
リベリオと私の間にあった人二人分の隙間が人ひとり分ほど埋まり、先ほどより近い距離でリベリオを見る。
現世の私から言わせてもらえるのであれば、この距離は非凡と平凡のギリギリすれすれの境界線手前だ。普通なら、考えれないし、ありえない。
しかし、ここまで近づいているにもかかわらず、リベリオは私が近づく事に特に気にする素振りもみせず、変わらずロイスとメイリーンの方へ顔をむけていた。
私はそのまま詰めた距離を空中でさらに詰めるよう前のめりになって、耳元へ向け再び同じことを伝えた。しばらく沈黙が続きロイスとメイリーンを見ていたリベリオが憤慨ぎみにこちらに視線を向けた。
視線がばちりと合い、一瞬驚いたような瞳をしたが、すぐさまニコリと笑ったリベリオが腰をかがめ、片耳を見せるような形をとった。
つまり、聞き取れなかったのではなく聞く気がないのか、と心の中で呟き、ひきつる笑みを抑える。
平凡と非凡の境界線の間で、私が必死になって、辞去を伝えようとするのに、久しぶりに見る元夫は、私の事など気にする事もなく、私の言葉を何度も聞き返すような、失礼な男になっていた。
再度リベリオの側に近づく無礼を謝りつつ、非凡の境界線内に私の体を踏み入れると、小声で要件を伝えた。
「わたくし、用も済みましたので、こちらでおいとまさせていただこうかと考えていたのですが、よろしいでしょうか?」
辞去する旨を口にすると、ようやく私の言葉が届いたらしいリベリオが、
「あぁ、かまわないよ。叔父上が送ると言っていたが、メイリーンが来たからしばらくはこのままだろうし、僕が送っていっても構わないが、今僕と一緒に行動するのは良策とはいえなし……ね」
苦笑をこぼして教えてくれた。
私はその苦笑の意味をそれとなく察し、同じく苦笑を零す。
「では、わたくしはこれで「メイリーン、実は紹介したい人物がいてね」」
失礼いたします。と言いかけたところで、ロイスの声が私の言葉にかぶさるように廊下に響いた。
どう考えても嫌な予感しかしない言葉とともに、リベリオのすぐ傍でひそひそ話をしていた私の腕を再びがしりとつかまれる。
そのまま、掴まれた方へ体をひっぱられ、ずいっと問答無用にメイリーンの前に立たされた。
私は引きつる広角をあげ、メイリーンにあいさつをした。
「ご、ごきげんよう」
私の前に立つ久しぶりに見たメイリーンは、それはそれは美しくなられ、金の豪奢な髪に赤い瞳が蠱惑的な「ルッパ~ン♡」な不二子ちゃんのようなスタイルの女性になっていた。
まったくもって非常にけしからん肉体というのはこの事か。
その不二子ちゃんで大人な女性が驚き露わに口元を手で押さえ私を見ているのだから、その驚きの意味をなんとなく推察してなんともいえない気持ちになった。
私は久しぶりとなるメイリーンに二ヘラとしまりのない笑みを浮かべる。
「ご無沙汰しております。メイリーン様。覚えていらっしゃるでしょうか、わたくし、リナリア・ロドリーグと申します」
再びあいさつをすると、メイリーンはきれいな口を小さくぽかんと開け、こちらをみているだけだった。
一体何に対する無言の驚きなのかは聞きたくもないが、その表情だけで、色々と理解してしまう。
例えば、私が昔とそう変わらない見た目である事だとか、私の身長が一般女性より幾分か低い事だとか、私が妹のステファニーよりも年下に見えるだとか、そう言った事だ。
私が不服そうにゆっくりと眉を寄せるのを見るとメイリーンは、艶のあるふっくらとした唇から驚きを滲ませた声を出した。
「えぇ、えぇ、覚えていますわ。ロドリーグ小父様のリナリア様でしょう?」
私はその驚いているだけという行動に、目を細めた。
同じ15歳で、同じような白いドレスを身に着けているというのに、かたやバービー人形も驚きの妖艶な美少女、かたや、いいところでちびっこお姉さんが、会場前の廊下で二人ならんでいるのだ。
自分の体に不満を覚えた事はなかったが、一体、私の成長過程のどこに栄養が不足していたのだろうか、と思わず考えてしまう。
私が無言のまま目を細めていると、メイリーン様は焦った様子でおろおろと、私とロイスを見た。私はハッとしてから
「えぇ、合っています」とニコリを笑みを向けて答えた。
「おや、二人は既に知り合いであったのか。それに、そなたはロドリーグ候の娘であったか」
ロイスは、今更私の素性を知りましたよ。というわざとらしい声を上げた。
私はそのわざとらしい声を上げるロイスの声を聞いて、ロイスが私の素性を知っているかも、という予想を確信へと変えた。
貴方知ってましたよね? という視線を向け、短く「えぇ、はい」と、素っ気ない声で返答する。
私が横にいるロイスをじっとみていると、何かの雰囲気を察したらしいメイリーンが言葉を続けた。
「小父様はよくお父様に会いにいらっしゃっているみたいですけれど、リナリア様とは本当に久しぶりですわね――たしか、最後にお会いしたのが……」
メイリーンが最後に会った時の記憶を掘り起こそうと考えるような仕草をとる。
すると、ずっと会話に参加していなかったリベリオがわざとらしく「う゛うん゛」と喉を鳴らした。
私たちはその喉を鳴らしたリベリオに視線を向ける。すると、リベリオは気まずそうに顔を伏せた状態で何事かぼそぼそと言っていた。
その前世で知っているリベリオらしからぬ不思議な対応に私は首を傾げる。
先ほどから見せるリベリオの対応はどうも、私がしっているリベリオとは別人のような行動が多かった。
何かに気を取られ私の――人の話を聞かないような態度を取る事もそうだし、なにより女性を前にした時の態度が違うのだ。
そもそも、ゲームでのリベリオは幼い以前にゲームの主人公と出会う前まで、女性やましてや恋愛などといったものに、一切の興味を示さない、清廉潔白で、四角四面な王子様だったはず。
その清廉潔白な王子が、学園生活で主人公と様々な経験を通し、人を愛するという事を知っていくはずなのだ。
だから、ゲームが始まったばかりだというのなら、リベリオのこのメイリーンに対する態度は違和感でしかない。
まるで、好きな人を前に悪さをする子供が、無視された時のようなそれの状況によく似ている。
私が不思議に眉を寄せ、リベリオを見ていると私を強制的にメイリーンの前に立たせたロイスが訳知り顔で尋ねた。
「リベリオ、一体どうしたというんだ? そんなんじゃ、全く伝わらないと思うぞ?」
リベリオが一瞬ロイスを睨みつける。
「叔父上は黙っていてください」
メイリーンの前に近づくために、数歩前進する。
その様子に私はそっとメイリーンの前からずれ、その立ち位置をリベリオに譲った。
同様にロイスも私と共に場所をゆずるような形をとった。
メイリーンの前にたったリベリオは、偉そうに腰に手をあて、一度メイリーンを見たあと、気まずげに首をよこに向けた。床を見て、ちらりと伺うような視線を再びメイリーンに向け、口を開いたり、閉じたりを繰り返す。
私はその見た事もないような行動をする元夫が一体何がしたいのか、わからなかった。
リベリオの不思議な行動に首をかしげるのは私だけではなく、メイリーンも同様だったようで、メイリーンの前に立ち何も言わないリベリオにメイリーンは大きな赤い瞳にクエスチョンマークを乗せて尋ねた。
「あの……、リベリオ様、どうかなさいましたか?」
「あの、……いや、さっきは……かった」
「……もうしわけありません。今のお言葉をもう一度お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「だから! その、あの……わる……った」
リベリオのとぎれとぎれに聞こえる声に、私もメイリーンも耳をこれでもかというほど澄ましていた。
しかし、聞き取れる言葉ははっきりとしない。
むしろ、扉の向こうから聞こえてくる音楽が新たな曲に変わったという事の方がはっきりと聞き取れたほどだった。
私は、それほどまでに言いにくい事がなんぞあったかいな? と眉をよせつつ耳さらに澄ました。すると、リベリオの会話を切るような形でロイスが突然ものすごーくわざとらしい声を上げた。
「あぁ、そうだ。私はこの小さきものを親元に返す仕事が残っていたのだった」
私は勢いよく顔をロイスへ向け、まだ、送る気でいたのか! と思いをのせ、ロイスの顔を目を広げて見た。
子供っぽさをせめてごまかすための長い髪が勢いよくロイスとは反対方向に揺れ、その髪が肩に触れた瞬間、ロイスは
「では、私たちはこれで失礼しよう」と私の腰に手をそえ歩き始めた。
私の静止する言葉もほとんど聞かず問答無用で攻防を繰り広げていた扉をあけると、そのまま会場にほとんど無理やり入場してくれたのだった。




