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 ぶつかった時に響いた音に対してさして痛くもない頭を押さえ、目をつぶる。


 「ったぁ~~~~!」


 痛みはないが反射的に、うめき声が出てしまう。すると、ロイスからどこか冷ややかな声がかけられた。


 「平気か?」


 ロイスの方に頭をさすりながら顔を見る。


 「えぇ、ご心配には……」


 及びません。という最後の言葉を口にする前に、その言葉が途切れた。

 視線の先に見えるロイス顔は顎の辺りがほんのりと赤くなっている。どうやら、ぶつかったところは顎らしい。


 その傷一つ負った事のなさそうな見た目に反したほんのりと赤くなる顎が、おかしくて私は引き上がりそうになる頬を隠すべく、ロイスから表情が見えないように俯いた。

 色々と思うところはあるけれど、当然の事として王族に対する非礼を詫びる。


 「た、大変……申し訳ありません。殿下、お怪我はありませんか?」


 顔を伏せたままロイスに尋ねれば、ロイスはすぐさま何ともないという雑な返答を寄越し、それに続く形で「それで、そなたの腹痛は収まったのか?」という質問が投げかけられた。


 私はその質問に顔を伏せたまま何度か瞬きをして考える。


 そういえば、私はこれからロイスと主人公の恋愛を妨害する必要があったのだった。

 眉をよせ、その事に思いが至る。しかし、そこでまた別の事実にも気づいてしまう。


 ロイスという人物は攻略対象としう依然に王族なのだ。そして、それは同時に平凡を愛する私が苦手とする人物でもあるという事だった。


 伏せた顔を上げ、眉に寄っていく皺を濃くし、腕を組む。


 「う~ん、一寸延びれば尋延びるともいうけれど……」


 「そなた、もう腹は大丈夫なのか?」


 腕組みをした私にロイスは少し、当然の如く眉を潜めあきれを声に滲ませていた。

 しかし、私はその事に反応する事なく眉の皺を濃くしていく。


 「う~~ん。そうですねぇ……」


 「……私の話が聞こえているのか?」


 その言葉にも私は一切反応せず、過去最大値を記録できるのではないかというほど眉の皺を深くした。


 「う~~ん。やはり……」


 最大値の眉の皺を作りロイスのプラチナブロンドの髪から靴までを順々に眺め、この先この男をどう懐柔していくかと視線を巡らす。


 しかし、ロイスを眺めていてもやはり、妨害工作をするのは無理だ、とその美しい顔を見ながらひとり納得して、頷いた。

 私がロイスの顔をみながらぶつぶつと独り言をつぶやき続けていると、ロイスは寄せた眉の皺を深めた。


 「……よもや、ここまで話を聞いてもらえないというのは初めての事だぞ。もしかして、あえて聞こえていないフリをしているのか?」


 ロイスが尋ねた言葉に私は組んでいた腕を解き、顎に片手を添えてた。


 「いや、でも……」


 ぶつぶつと呟き続ける私にさすがのロイスもこの行動には腹を立てたのか、片手で顔を隠し、声を低呟いた。


 「そなた、ここまで私を無視をするとはずいぶんと肝が据わっているな」


 当然だが、その声も私には聞こえていない。

 それどころか、考えに窮した私は伏せていた顔を持ち上げた。


 「っも~~! わからないわぁっ!」


 大声で叫び、体を後ろに背らせながら空を見上げた。


 見上げた空は青空にオレンジが混ざり始めていた。デビュタントの開会が午後三時くらいだったので、その空模様にさしたる違和感はない。

 私が空を仰ぎ静まった次の瞬間、ロイスの不機嫌さを滲ませた声が、私の耳にようやく届いた。


 「私はそなたに答えに窮するような質問を投げかけた記憶はないが?」


 「いいえ、そうではないのですわ。単純に料金設定の詳細がかなり難しいだけなのですわ」


 しかし、届いた声に期待される答えを返せるとは限らない。私は問いかけられた事にロイスにとってまるで理解できないような頓珍漢な返答をしたのだった。


 あぁ、空は青に混ざる赤が雲に影を作りだしどこか哀愁を帯びているような気がする。しかし、そんな心的描写は全く見当違いとでもいうようにタフガイロイスは私の頓珍漢な返答に特に突っ込みをいれるでもなく、続きを促すように尋ねた。


 「一体どのような?」


 非常にありきたりで、端的な質問に私はそのままオレンジ色が濃くなっていく空を見つめたまま考えていた事を口にした。


 「例えば、ですわよ? ゲームでは好感度に応じたイベントが始まるのですが、ゲームの最中であれば、その好感度がある程度可視化され、目に分かりやすい状態になっておりましたの。でも、今回はそうではないでしょう? となると、好感度表示なしのハイパードエスモード……つまり、そうですわね、ハードモード。そういう事になりますでしょう? その状態で――「ちょ、ちょっと、まて」」


 説明しながらオレンジ色を睨みつける私の耳にロイスの戸惑ったような声が届く。


 私は思考を止めるようなその声を出したロイスの方へ疑問を映した顔のまま顔を向ける。むぅ、今度は一体なにかしら?


 視界に映したロイスをみれば、自然と目が開いていくのは自然の事で。私が驚きの表情を浮かべるのにそう時間はかからなかった。

 私が見た先にいたロイスは片方の膝をたて、もう片方はあぐらをかくような姿勢をしていた。さらに、こちらに手のひらをみせ止めのポーズをとっている。ステイ。まさに、その手だ。


 そ、そー言えば、ロイスに質問されてたんだった。えっと、なんだっただろうか? と開た口を手で押さえて今更考え始めた。


 「あっ! そうでしたわ! わたくしの腹痛についてお尋ねでしたわね!」


 ポン、と音がしそうな勢いで右手に握った拳を左の手のひらに打ち付けた。


 今、思い出しましたよ~。とでもいいたげな私の態度を見ていたロイスは止めのポーズをしたまま眉をよせる。


 「そなた、もしや、そういった病か何かか?」


 「わたくし――もしかしなくとも、殿下にとんでもなく失礼な事をしたのでしょうか?」


 確認をロイスに問いかけると、それと同時に自分の記憶の海に沈んでしまっている先ほど起きたばかりの記憶を掘り起こそうと考えた。


 ロイスは私の言葉を聞いてもさして表情を変えないまま、こくりと頷いた。


 その動作と同時に思考していた時にかけられた声の数々を思い出し、私の顔は血の気がなくなっていくのがわかった。手先はひんやりとして、感覚が急速に失われていく。


 王族の言葉を無視するとは、それつまり王家≒国家、国家を無視、それつまり国家反逆罪に足かけ……という言葉が脳を駆け巡った。


 そして、この状況に陥ったそもそもの原因である、己の汚点を亡き者にしようとした強欲(非凡な行い)がこの状況を作っているのだという事実にあらてめて、私は平凡を逸脱してはならないのだ。という初心を胸に刻み、頭をこれでもかというほど地面にこすりつける勢いで下げた。


 「た、大変、もうしわけありません!! 決して殿下のお言葉を無視しようとしていたわけではなく、これにはわたくしの言葉にできない深く不快な理由がありますの」


 あらんかぎりの言葉でもって弁解しながら只管に謝る姿勢をとっていると、私の姿勢に根負けしたのかロイスはもうよい、顔をあげよ。と声をかけ、私に顔をあげさせる。

 私はそれに従いおずおずと土のついた額を持ち上げ、上目遣いでロイスの態度を伺い見た。


 ロイスは、変わらず同じ姿勢のまま、顎に手をあてて、何か考えているように――私を断罪しようとしているように見える――眉を寄せていた。


 私はそのロイスの表情を見て、うわぁ……。これは、弁解など聞く気もなく、現在進行形で私の罪状を考え中なのでは……。という絶望の声を心の中で呟き、視線を先ほどまで額をめり込ませる勢いでつけていた地面に向け、そっと瞳を閉じた。


 あぁ、終わった。やはりロイス(非凡)とかかわるとろくな事にならない。きっと、今回の私の人生もここで前世と同じく転げ落ちていくに違いない――と、そう決めつけた。

 心持ちはすでに冷たい牢行きだ。目にたまる涙を放置して、心の中で父、母、妹にこれまでの感謝と最後の挨拶をしていく。


 そんな私の覚悟を他所に、ロイスは気難し気に寄せた眉のまま私の個人情報にたずねた。


 「そなたは――、なんという貴族の娘だ?」


 私は、あぁ、これから私の罪状を申しつけようとなさるんですね、と納得し、無言のまま両手首を合わせロイスに差し出した。


 すでにやらかした王族の言葉を無視するという非凡な行いを正すべく、私は平凡な解決策にでることにした。

 抵抗するだけ痛い思いをするのだと悟れた私は、お縄を素直に頂戴する予定である。


 「……この手はなんだ?」


 ロイスが不思議そうに尋ねるので私はそのままぐぐぐと合わせた両手をさらに高くあげ、合わせた両手をロイスの視界の高さになるように持ち上げた。


 「はい。これ以上殿下の時間を無為に頂戴するわけにもまいりませんので、色々と省略いたしまして、最終形態であるお縄を頂戴しようかと」


 一度言葉を切ると、さらに高く持ち上げた両手をロイスに近づける。


 「その姿勢でございます」


 すると、ロイスは「あ~~」と無駄にながい言葉を吐いたのち、「よい」と一言だけ言ってきた。


 よいという短い返答をすると同時に、オレンジ色に染まり始めた空から冷たい風が吹き、私とロイスを囲んでいる草がざぁぁと波を打つような音を鳴らした。


 私は「はぇ?」という声をあげ、伏せていた顔を上げてロイスを見た。


 ロイスは、額に手をあてて、頭痛がするとでも言いたげにこめかみをきれいに揃えた手で押さえていた。

 私はその様子を見て、急速に溢れ零れそうになっていた涙が体内へと戻っていく感覚を覚えた。

 鼻から出そうになっていた水をすす、と吸い込み、合わせた手首を離し、片方の手で鼻水が出た痕跡を抹消する。


 「あの……申し訳ありませんが、お聞きしても?」


 ロイスは視線だけむけ、是と合図する。


 「あの、よい、というのは一体どのような意味で?」


 「そなたを捕らえるつもりは今のところないという事だ」


 ロイスの口から深いため息とともにその答えが返ってきたのだった。

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