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目の前の確認作業はほとんど終わりを迎えていた。
アーノルドが主人公を連れ去ろうとしているところで、予定通り「僕が」「私が」という攻略対象たちの言葉が続いていた。
私はそれを認めたところで、前のめりになっていた姿勢を正し、身体強化の魔法を解いた。
確認作業であったはずのチュートリアルの検証は、その作業を大凡終えたところで、予想以上に私を苦しめる事実を教えてくれたのだった。
自分の親指をたて呟く。
「①現状を把握については、チュートリアルが終わったところよね」
続いて人差し指をたて②攻略対象が誰であるか調べる、を考え頭にその人物を思い描いた。
脳内で思い出されるその人物は、タンザナイトのような美しい瞳と白にほど近いプラチナブロンドの髪を持つ美丈夫である。
「まさか、本当に最終攻略に入っているとは……」
人差し指の先にロイスの笑う顔が目に見え、不快なものをみるように眉に皺をよせると、深いため息をついて手に映るロイスを払うようにプラプラと揺らした。そして、中指をたて呟き、目を細め中指を見つめる。
「③攻略をばれないように妨害する……」
呟いた言葉に反応するように、私の視界には中指に浮かんでくる主人公と人差し指に浮かんでいるロイスが、イチャコラする様が勝手に幻想として動いていた。
同時に、その二人の恋愛を妨害する方法について思考を巡らせたあと、眉間に出来た皺を深くし、私の指でハートをばらまいている幻覚の主人公に向かって怪訝な表情を向ける。
「――どうしよう、ものすごくしたくないわ」
「何がそんなにしたくないというんだ?」
私の意識を奪うような形で突然入ってきたその声に体を震わせる。
ゆっくりと声がした方を見ると、その声を発したと思われる人物は私のすぐ隣に――かなり密接な距離で、傾いだだけでも触れてしまいそうなほど近い距離に――座って居た。
深い青みの強い紫色の瞳とプラチナブロンドを持つロイスは15年という長い月日一度も会ったこともないというのに、最後のその時の記憶とさして変わる事もなく、私の隣にいる。
フラッシュバックの続きとも思える近さに私は驚き、奇妙な声をあげ後退した。
「どぅぇっ!?」
中指と人差し指がいちゃこらする事を如何に妨害するかという事ばかりに集中した事が悔やみつつ、心の中で己に叱責する。そして、目の前の迎えるべき現実から目を逸らした。
私が、ロイスから視線を逸らしていると、ロイスは再び私に声をかけた。
「そなた……大丈夫か?」
不思議な生き物でもみるように目を少しだけ細めたロイスの声は前世の記憶と寸分違わず同じ響きで、それは同時に私に前世で味わった苦い記憶を呼び起こすには十分な影響をもっていた。
大丈夫の前に置かれた少しの沈黙のおかげで、その間に「頭が」という言葉が自然と補完され、私は、すぐさま頭を下げた。額を地べたにこすりつけるほど下げ、ロイスの反応を伺う。
それと同時に前世を昨日の事のように思い出いし、相変わらず遠回しに――礼儀を弁えろと直接的に言わないところがロイスらしい、などと、心の中で暴言を吐いた。
「ロイス殿下、もうしわけありません」
この世界にはない土下座のような形をとった私にロイスはすぐさま、顔を上げさせ、礼を解かした。
それから、改めて距離をとってからロイスが口を開くのをまった。
本来なら、こんなところで、隠れるように向かい合う相手ではない事は百も承知している。
貴族人生が王妃人生よりも長いおかげで、前世のように大きな過ちを冒していない事に一安心しつつ、ロイスから声をかけられるのをまった。
しかし、何故かロイスは私に話しかけてこようとしないのだ。かといって、ここで何も言わないロイスに対し声をかけるという礼儀に欠く行動をとるわけにもいかず、私はただ只管、目の前にある雑草という目に良いといわれている緑を味わい、沈黙という静けさのなかにある重い空気を吐いては吸った。
私の肺が何度か空気の循環をしたあたりで、重い静寂を破り、ロイスが漸く口を開いた。
「顔をあげてくれ」
視線のあったロイスは昔から変わらない人の好さそうな笑みをつくっていた。
「それで、はじめにいくつか聞きたい事があるが、一番に尋ねたいのは……何故令嬢がこんなところにいるという事だが――」
ロイスが口にしたその言葉をきいて、座ったままの態勢で後ろに体を引いた。
がさりと目にいい緑が揺れた。
ロイスは私が腰を引いた事を特に気にもしてないのか、微笑みを携えたまま、私の反応を見ていた。
まずい、という焦が、自らとった怪しい行動を誤魔化そうとロイスの言葉が続く前に口を開く。
「えっと、その、なんといいますか、それはその……――御手水に?」
にへらとしまりのない笑みを浮かべ、首を傾げて答えれば、ロイスは、片方の眉を器用に持ち上げた。
「ほう? 最近の令嬢は屋外で花を摘むというのか?」
ロイスの言葉に私はしまったと首をふった。
今の私はどこまでも平凡な令嬢なのだ。平凡な――平凡でなくとも令嬢であれば――屋外で用を足したりなどしない。絶対に。
やらかしてしまった事への後悔を心中で叫び、顔を両手で覆いうなだれると体を左右にひねって、全身全霊で否定を露わにした。
少し冷静になってきたところですぐさま、これ以上の悲劇をさけるべく顔から手を離し、「こほん」とわざとらしくせき込んでから、何事も無かったように再びロイスに視線を合わした。
「で、ではなく――、迷いまして?」
再びヘラリと締まりのない笑みを浮かべた。
ロイスは特に表情を変えていなかったが、私の言葉に納得したとでもいいたげに、上下に軽く頭を揺らし、相変わらず人の好さそうな笑みを浮かべていた。
「では――、どうしてこの草陰に隠れようと?」
再び尋ねられ、私は目を大きく見開き、次の行動について瞬時に考える。
ここで、先ほどと同じく適当な嘘をつく事も可能であろう。しかし、ここで、誤魔化すためだけに同じ轍を踏むわけにはいかないのだ。
そこで、私は「う”う”ん”」とわざとらしく喉を鳴らし、居住まいを正した。
「殿下、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
ロイスは手で続きを促すような合図をする。
「殿下はわたくしが、何故この草陰に隠れていると思われるのですか?」
自信満々に笑みを作り、ほほが持ちあがる。
今度のリトライは、先ほどとは違う方向性でいく。
この方向は堂々とした感じが必要だと思うのだ。こう、無理に無理を通すには、傲慢な感じでいかないと。
先ほどのように、小物が「な、なにを知っているのいうのかね、ちみは!」みたいな感じでは決してない。
満面の笑みで答えた私に、ロイスは面白そうなものでもみるかのように目を細め、私と同じく口元に三日月を描いた。
「そうか。確かに、迷ったからといって、人が現れた場所へ向かい道を尋ねる事もせず、尚且つ、人から距離をとって草陰に分かりにくく座っているからといって、隠れている、とは言わないかもしれないな」
ロイスの一言、一言に背中が重くなり、頭が下がる。最後に「うぐぅ」と打たれたわけでもないみぞおちを抑え小さく唸った。
どうやら、この方向性もハズレらしい。
私は、その事を悟ると、これだけは使いたくなかった、と思いながら目を閉じ、みぞおちを抑えている手にもう片方の手をのせた。
顔を伏せたまま、声をあげる。
「あいたたたたたたた」
「……――大丈夫か?」
「で、殿下大変申し訳ないのですが、突然謎の腹痛がわたくしを……」
顔をふせたままお腹を押さえ、体に力を込めた。
ロイスはその突然の私の行動に訝しがる様子も見せず優しい言葉が返ってくる。
「何? 大丈夫か?」
私はその至って優しい普通の行動に、疑問を持つどころか、追い風がやってくる事を感じさらに現状を打開する嘘を重ねた。
「え、えぇ、だ、だ、大丈夫ではないかもしれません」
苦痛をにじませた声を上げれば、ロイスはさらに心配そうに腰を起こし、私の隣にたった。
「そうか、では、医者にみてもらったほうがいいな」
「えぇ、そうしたいのですが……」
少しだけ頷き、言葉を濁して返答する。ロイスは私の隣で暫く沈黙していた。
「――もしかして、動けないほど痛いのか?」
尋ねられ、私は再び鈍くこくりと頷いた。
「全く動けそうにない、と?」
「もうしわけ、ありませんが、難しいかもしれません」
苦悶に滲む声で答えれば、ロイスは少しの沈黙の後、軽く息をはいた。
はぁ、という深いため息を聞き、私はこのリトライの成功を確信しようとした。しかし、物事というのは思い通りにならないのが常で、話題変更を確信したその先で、ロイスは思いもよらない言葉を投げかけてくれた。
「悪いが緊急を要する事態のようだから、そなたの体に触れる事を許してもらいたい」
ロイスが当然のように私を運ぶ事を前提とした話をするので、私はゴールを目の前にしてすぐさま方向性を急転換し、勢いよく頭と体を上げた。
「け、け、結構です!!」
私の頭とロイスの顎がぶつかり、ゴンという鈍い音が脳内に響いた。




