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不死病  作者: 葉訓
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調査開始

 あのメールを貰った日から数日経ち、その後も何度かサイトの投稿主さんに電話をかけてみたものの、直接話すことは出来なかった。もしかしたら、すごく忙しい人なのかもしれないし、何か優先しなければならないことが出来たのかもしれない。アドレス帳に登録し、スマホを閉じた。


しかし、連絡が取らないからといってじっとはしていられない。何か他にもやれることがあるかもしれない。いても立ってもいられなくなり、冬期休暇2日目、午前中に目覚ましを慣らした。学校がある期間は全然起きられらないのに、こういう日はなぜだがすんなり起きれるものだ。普段愛用しているショルダーバッグをクローゼットから取り出す。イヤホン、財布、定期券を入れて玄関付近に置いた。冷蔵庫にはいつ買ったのかあたり覚えていないヨーグルトと段々黒くなり始めているバナナがあり、それを食べることにした。買い物をしたときに間違えて、砂糖なしのヨーグルトを買ってきたようでこれは失敗したな、と思ったが甘いバナナがあったお陰でそこそこ美味く食べれた。


テレビの横の棚に無造作に置いてある腕時計をとり、部屋の暖房を切る。今日はなんだか帰るのが遅くなる気がすると感じながら自転車の鍵がダウンジャケットのポケットに入ってるのを確認して、家を出た。


アパート専用の駐輪場の端の方に最近買った自転車をしっそりと置いている。特に、高価だとかそういう訳でもなくそこら辺にある普通の自転車ではあるのだが、徒歩の移動に嫌気が指してバイト代を貯めて買ったからそこそこ大事に使っている。


人にも会えないし、ネットで出てこないけど、文書なら何か情報があるかもしれない、と考えてまずは図書館に行くことにした。駅の近くにある図書館は広いしたまには使えるよな、と思ってネットで調べてみたが、今日は残念ながら休館日らしい。冬期休暇中だし、この様子だと大学の図書館も空いていないだろうと思い、念の為調べると今日の夕方まで空いているとのことだ。大学の図書館なんて試験期間に気が向いたら行くぐらいだ。まさか自らあんな静かで退屈なところに行くなんて思いもしなかった。


図書館の駐輪場の端に自転車を停める。籠からリュックを取り入口に向かう。不死病を調べる、とは言っても一体どのジャンルになるんだろう。医療ではあまり明確になっていないとは言え、やはり本を出してる人はいるのだろうか。そもそも本があるかどうかもわからない。とりあえず、受付の近くにある書籍データベースで検索してみることにした。音を出さない静かに椅子に座りパソコンにログインする。検索欄に「不死病」と入れてみるが、やはり検索結果はゼロだ。関連書籍にも出てこない。すると肩にトン、と何かが当たった。振り返ると今学期で同じゼミを受けていた阿久津だ。今にも何かを話したそうな表情だ。右耳のイヤホンを取った瞬間に、阿久津は口を開いた。


「おまえ、こんなところで何してるん。」


「…まぁ調べものだよ。」


「調べもの?レポート課題でも出てんのか。」


「んん、まあそんなもんだよ。」


ふーん、と阿久津は少し不思議そうな表情を浮かべる。


「阿久津こそ休みなのに珍しいじゃん。」


「俺は、単位落としかけてるから救済措置のレポートやってんだよ。」


「レポート課題出てるの、そっちじゃん。」


阿久津はため息をついた。手伝って欲しそうにしているが、今日はなんとかして本を探さないと。

またあとで、と阿久津は自分の席に戻っていった。


入学式で隣席になったのがきっかけですぐに仲良くなった。そのまま同じ講義を受けたり、休日に飯を食べに行ったりして今ではなんでも相談しあえるくらいの仲になった。誕生日にずっと欲しかったワイヤレスイヤホンをくれたのも阿久津だ。でも、時々掴みどころのないところがある。講義中とかふとした時に阿久津に目をやると相変わらずぼんやりとしているのだが、どこかを見つめるその眼には何か別のものが映っているような気がするのだ。何かとんでもない過去があるとか誰にも言えない隠し事があるとか、とにかく少し変わった雰囲気を醸し出す時がある。とは言っても男女問わず友達が多いし、明るくて優しいところに変わりはない。とことんいいヤツだと思う。


結局、検索には引っかからないせいで全く調べものが進まなかった。関連書籍で出そうとしたが、生活習慣病とか癌とか病気の中の病気、みたいな有名なものしか出てこない。阿久津のほうに目をやると必死になってレポートを書いていた。もう少し粘ってみるか、とパソコンに向き直る。最後の検索にしようと思い、いろいろ考えた末“死なない病気”と検索をかけてみた。すると、結果一覧の横にある関連書籍の欄にで小さくある書籍の表示が出た。クリックすると「死ねない病気」という本が出てきた。そしてすぐにあることに気が付く。 ―――伏井直也

この前、診察してくれた先生を思い出す。あの人は看護師さんに伏井先生、と呼ばれていた。これはあの先生が書いたものなのだろうか。先生は周りに自分が不死病であることを隠していないのだろうか。家族も友達もそのことを知っているのだろうか。それに本なんて出版していたら、不死病という難病はとっくに世間に知れ渡っているはずだ。本棚の場所を調べてパソコンを閉じ、置いていたリュックを持って立ち上がる。咳ばらいをして本棚に向かおうとすると、阿久津が顔をあげてこちらの様子を確認しているのが横目で見えた。この本を借りたら阿久津に声をかけに行こう。あの顔はきっと一緒に帰りたいという表れだ。そんな表情だった。


本棚に着いたものの伏井先生の本はない。背表紙の番号のシールを見て探すと本棚の下のほうに古本がある。ゆっくりしゃがんで、そっと手に取ると確かに伏井直也の本だった。表紙は色褪せていて本名の文字も薄くなっている。最後のページを開くと本の発行時期が記載されていた。驚くことに発行されたのは50年も前だ。もしかしたら同姓同名の人がたまたま書いたものなのかもしれない、とまで思う。先生は誰がどう見ても30後半くらいだし、これが先生の書いたものなら不死だけじゃなく不老でもあるということだ。わからないことが沢山ある。とにかくこの本を読んでみないことには始まらない。本を手に取り、そっと立ち上がり受付に持って行った。


「1ヵ月以内に返却お願いします。延長したい場合も一度手続き必要ですのでよろしくお願いします。」


「はい、ありがとうございます。」


本をリュックにしまう。ファスナーの音が受付あたりに響く。やはりこの雰囲気はどうも緊張して好きになれない。受付の人に軽く会釈して阿久津のもとに向かう。阿久津は満足そうな顔をしている。


「レポート書き終わった?」


「うん。大体はね。」


「大体って。せっかくなんだから最後まで終わらせちゃいなよ。」


「いや、キリいいから。こんぐらいなら家でもできるし。」


そう言いながら阿久津はペンケースやら本やらを適当にバッグにしまい始めた。片付けが終わるまで横で待っていたが、阿久津が借りている本の量に少し違和感を感じた。こんなに借りないと書けないレポート出される講義って、一体何の講義を受けているんだ。…本当にレポートをやっていたんだろうか。


「これでなんとか単位は救われた。一件落着。」


「あ、あぁうん。よかったな。」


そして2人で出入口に向かう。阿久津は上半身を伸ばしながら大きなあくびをした。図書館の出口の自動ドアを抜けると阿久津は途端にいつもの声量で話し始める。


「やっぱりあの空気感には慣れないよね。」


「普段行くことないから、余計な。」


駐輪場の自転車を取りに行くと、その横にある自動販売機の前で阿久津はじっとこちらを見ながら待っていた。


「結局、調べものはできたわけ。」


「中々本が見つかんなかったから辞めようかと思ったけど、借りれたから一応できると思う。」


「借りれたんだ。…で、何の本なの。」


自転車を押しながら阿久津のほうをみると相変わらず真っ直ぐな目でこちらを見ていた。


「そんな大した本じゃないよ。なんていうか雑学、みたいなやつ。」


「そうか。じゃあ別にいいんだけどさ。」


「なんだよ、阿久津こそめっちゃ本重そうじゃん。」


「それよ。ネットで調べてもさ、ビックリするくらい出てこないんだよな。」

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