突然
目を開けると、白い天井が視界を覆った。消毒のにおいがする。焦って起きるとそこは病院のようだった。そういえば、電車で寝落ちしてから記憶がない。なんでこんなところにいるんだ。そう考えていると、病室にお医者さんが入ってきた。お医者さんはなんだか複雑な顔をしていた。別にもともとそういう顔なのかもしれないが。
「びっくりしただろう。体の調子はどうだい。」
「あ、あの…一体どうなってるんですか。全然覚えてなくて…。」
聞くところによると、電車で気を失っていて駅員さんの声に反応せず、近くの大学病院に搬送されたらしい。電車で急病人を介護したり、自分が急病人になったり、今日はなんだかいろんなことが起きる日らしい。そこでそのことをお医者さんに話すと、それが一時的なショックで気を失ったのかもしれない、という。仮にそうだとしても、なんでそんな複雑な雰囲気なんだろう。
話がある程度済んだ時に、お医者さんがポツン、と一言もらす。
「ヒトがもし、死なないとしたらどう思う。」
「え。それは…。」
ヒトが死なないことは絶対にない。もし、死ななかったら地球にはヒトがあふれてしまうし、新しくコドモが増えることもない。その分“死”という概念がなくなり、世界から悲しみが減るかもしれない。
少し考えてから答える。
「世の中が少し元気になるかもしれないですね。」
そう答えると、お医者さんはそういう考えもあるかもしれないね、と優しく微笑んだ。
「すごく難しい話になるんだけど、もしかしたら君はそれかもしれない。」
「え…。」
「一応、君には伝えておこうと思ってね。医学的にはまだ解明されていないんだが、私達医者はそれを不死病、とよんでいるんだよ。」
不死病。それになったからといってどんどん弱っていったりするわけでもなく、むしろ他の人よりも健康で長生きできるらしい。長生き、というか、むしろ死なない、といったほうがいいかもしれない。とにかくそのままの意味だ。治療方法もなく、真相もわからず、ずっと生きていくことになるらしいのだ。またその病気を持っている患者は少なくはないらしい。また、不死病と医者に言われたところで突然死したり、一般人同様寿命を全うする人もいる。不死病になった途端に衰えなくなったり、周りと同じように老化する人もいる。だから手の施しようがないらしい。1つわかっていることがあるとすれば、不死病の患者にはある体の部位に綺麗に並んだ3つの小さなほくろがある、ということぐらいだ。
「医者をやっているが、私も不死病なんだよ。」
そういって先生は左手首を見せた。たくさんの人の命をを救ってきた手のひらはかさついていて荒れている。その下のほうに横に綺麗に並んだほくろがあった。昔からコンプレックスだったんだよ、と先生はまた微笑む。
「僕にもそれがあるから不死病だって判断したんですか。」
昔からこのほくろはあった。生まれた頃からずっと気になっていた。先生が言うように家族や友達に不思議がられて嫌になった時期もあった。削り取ろうと思った時もあった。だからと言って今気にしているわけではない。すでにそこにあることが当たり前だったからだ。
「不思議なことにこのほくろは取れないんだよ。皮膚科でも治せない。唯一、不死病でわかっていることだ。」
先生は内科医をやりながら不死病の研究をやっているらしい。何十年も何百年も。先生が100歳を優に超えていることが不思議でたまらなかった。どうやら死なないのは本当のことらしい。見た目も若いのにこのなんとも言えない心地の良い雰囲気とベテランさは先生が生きてきた年数が段違いだからなのかもしれない。
「こんなに生きててもいまだにわからないことだらけだよ。でも、いつかわかることがわかるときが来ると私は信じていてね。これからいろんなことあると思うけど、何かあったら私を頼ってほしい。少しでも多く人を救うのが私の宿命だからね。このほくろは神様から授かったものだと思ってるよ。」